鹿児島県最南端に浮かぶ与論島の美しい自然や独自の文化が注目されています。
この記事では与論島の人口や場所、行き方、観光スポット、ゆかりのある有名人、近年起きた大きな地震と被害、島内での事件や事故、島に伝わる怖い話、現在の様々な取り組みなどについてまとめました。
この記事の目次
与論島は美しい自然と独自の文化を持つ鹿児島県最南端に浮かぶ小さな島

鹿児島県の最南端に浮かび、エメラルドグリーンに輝く「ヨロンブルー」の海と白い砂浜に囲まれた奇跡の島、与論島(よろんじま/通称:ヨロン島)。周囲わずか約23kmの小さな島でありながら、息を呑むような絶景、琉球と薩摩の文化が入り交じる独自の歴史、そして島民の温かい人情に溢れ、多くの人々を魅了してやみません。
しかし、与論島の魅力は決して「美しいリゾート地」という一面だけにとどまりません。歴史的な人口の変遷や、過酷な自然災害(地震・台風)、過去に起きた事件や事故、そして島特有の深い死生観から生まれる怖い話やスピリチュアルな伝承など、知れば知るほど奥深い顔を持っています。
この記事では、そんな様々な魅力を持つ与論島について詳しく紹介していきます。
与論島の場所と地理的・歴史的な特徴

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鹿児島県でありながら沖縄文化が色濃い場所と地図
与論島は、北緯27度02分、東経128度25分の場所に位置する鹿児島県大島郡与論町に属する島です。
行政上の場所としては、鹿児島県の最南端(奄美群島の最南端)に位置しており、鹿児島市からは南へ約580kmも離れていますが、お隣の沖縄本島(辺戸岬)からはわずか約23kmしか離れておらず、天気の良い日には沖縄本島の魚影や山並みがはっきりと肉眼で見えるほどの距離にあります。
与論島の地理的特徴…隆起サンゴ礁の平坦な島
奄美大島や徳之島が山が沈んでできた起伏の激しい島であるのに対し、与論島はサンゴ礁が隆起してできた島です。そのため島の最高標高はわずか97mと非常に平坦な地形をしています。
山川がないため、海へ土砂が流れ込むことがなく、これが世界有数の透明度を誇る「ヨロンブルー」の海を生み出す最大の理由となっています。
また、平坦な地形のおかげで上昇気流が起きにくく、同じ亜熱帯気候の奄美大島に比べると降水量が少なく晴天の日が多いのが特徴です。
ちなみに、奄美大島などに生息する猛毒のハブやアマミノクロウサギなどの特有の動物は与論島には存在しません。
琉球と薩摩が交差する歴史
与論島は古くから「ユンヌ」と呼ばれ、琉球王国との関係が非常に密接でした。14世紀には沖縄本島北部の北山王国の勢力下に入り、王子の王舅(オーシャン)が世之主として与論城を築いて君臨したと伝わっています。
その後、薩摩藩の琉球侵攻(1609年)を経て薩摩の支配下に入りますが、島民の意識や文化・方言・建築様式などは現在でも沖縄(琉球)に非常に近く、薩摩と琉球の文化が見事に融合した独特のアイデンティティを持っています。
ギリシャのミコノス島と姉妹盟約を結んでおり、島内には白い建物が多く見られるのも特徴です。
与論島の人口とその推移

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与論島の現在の人口データ(2026年時点)
2026年(令和8年)時点の最新の与論町の公式データによると、世帯数は2,651世帯、人口は「4,878人(男性2,380人、女性2,498人)」となっています。
かつては5,000人台を維持していましたが、少子高齢化や進学・就職に伴う島外流出の影響で、現在は5,000人をわずかに下回る規模で推移しています。
与論島の人口推移の歴史…集団移住と「離島ブーム」の波
与論島の人口の歴史は、激動の連続でした。1898年(明治31年)の夏、空前の暴風雨(台風)が島を襲い、干魃や疫病、飢饉など危機的状況に陥り、やむなく約1200人もの島民が九州本土などへ集団移住を余儀なくされたという悲しい歴史があります。
都会へ出た島出身者たちは「郷友会」や「東京奄美会」などを結成し、コンプレックスや厳しい競争に直面しながらも「ストグレ精神(反骨精神)」で助け合い、現在でも何世代にもわたって強い絆で結ばれています。
一方で、1970年代(沖縄返還前後)には、「日本最南端の島(沖縄返還前)」として全国的な離島ブームの火付け役となり、人口約7,000人の島に年間20万人を超える観光客が押し寄せました。
当時は島一番の繁華街・茶花地区が「銀座通り」と呼ばれるほどの賑わいを見せ、「ヨロン島(ヨロントウ)」という観光用のカタカナ表記が定着したのもこの時期です。
現在は落ち着きを取り戻し、量より質を重視する観光へとシフトしています。
与論島への行き方…アクセス方法と島内交通など詳細
与論島への行き方(アクセス)は、飛行機かフェリーの2択となりますが、どちらも南国の旅情を掻き立てるルートです。
与論島への行き方① 飛行機でのアクセス(最速で快適)

飛行機はJALグループ(JACやRAC)が運航しています。
鹿児島空港から: 直行便で約1時間35分(95分)。本土から最も早く到着する王道ルートです。
那覇空港(沖縄)から: 直行便でわずか約40分。沖縄本島からプロペラ機で飛ぶルートで、沖縄旅行とセットで訪れる観光客に非常に人気です。
奄美大島から: アイランドホッピングルートとして奄美空港からの便もあります。
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与論島への行き方② フェリーでのアクセス(のんびり船旅)

マルエーフェリーとマリックスラインの2社が、鹿児島〜奄美群島〜沖縄を結ぶ航路を毎日交互に運航しています。
沖縄(那覇港・本部港)から: 那覇港から約4時間半〜5時間、本部港(沖縄北部)からは約2時間半で到着します。気軽な船旅として最適です。
鹿児島(鹿児島新港)から: 夕方に出港し、翌日の昼過ぎに与論島に到着する約20時間のロングクルーズです。時間に余裕がある旅人にとって、徐々に南国へと変わっていく海の色を眺める最高の体験となります。
与論島内での交通手段はレンタカーやレンタサイクルなど

与論島は周囲23.7kmの小さな島なので、レンタカーを借りれば約40分で島を一周できます。
また、レンタサイクル(電動自転車)やレンタルバイクも人気です。ただし、夏場の強烈な日差しや、冬場の強い北風を考慮すると、体力に自信がない場合はレンタカーの利用が推奨されます。
与論島の観光スポット
与論島には「一生に一度は行きたい」と称される数々の絶景スポットが存在します。
与論島の観光スポット① 幻の砂浜「百合ヶ浜(ゆりがはま)」

与論島最大の観光スポットが「百合ヶ浜」です。島の東側、大金久海岸の沖合約1.5kmの海上に、例年春から秋にかけての大潮から中潮の干潮時にのみポッカリと姿を現す「幻の白い砂浜」です。
見渡す限りのエメラルドグリーンの海に浮かぶ真っ白な砂浜は、まさに地球上の楽園。グラスボートや水上オートバイで渡ることができ、浜辺にある星の形をした「星の砂」を自分の年齢の数だけ拾うと幸せになれるというロマンチックな言い伝えがあります。
なお、砂浜が出現する時間や形が毎日変わるため、事前の潮位カレンダーの確認が必須です。
与論島の観光スポット② 映画『めがね』の世界に浸るロケ地巡り

2007年に公開された荻上直子監督、小林聡美主演の映画『めがね』は、全編が与論島で撮影されました。映画の中で「たそがれる」ことの大切さを教えてくれた美しいロケ地が島内に点在しています。
寺崎海岸(トゥマイ浜): 映画の冒頭や、登場人物たちが「メルシー体操」を踊っていた美しい遠浅のビーチ。白い砂浜とヨロンブルーのコントラストが見事です。
ヨロン島ビレッジ: 映画の舞台となった宿「ハマダ」のモデルであり、実際に宿泊や食事ができる人気の施設です。
与論島の観光スポット③ ヨロン駅とギリシャ風の街並み

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与論島には鉄道がありませんが、鹿児島と沖縄を繋ぐ夢の懸け橋として作られた「ヨロン駅」というモニュメントがあります。
また、姉妹都市であるギリシャのミコノス島を模した白いモニュメントや、島最大のリゾート「プリシアリゾートヨロン」の白と青の景観は、SNS映えするフォトスポットとして絶大な人気を誇ります。
与論島の観光スポット④ その他の名所
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大金久海岸(おおがねくかいがん): 島で最大のビーチで、マリンスポーツの拠点。
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与論民俗村: 島の古い民家や生活用具、芭蕉布の工房を保存・展示しており、失われゆく島の生活文化を後世に伝える貴重な施設です。村長の菊秀史氏らが半世紀以上にわたり守り続けています。
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赤崎鍾乳洞: 長い年月をかけて隆起サンゴ礁が侵食されてできた神秘的な洞窟。
与論島出身やゆかりのある有名人
与論島は人口5000人未満の小さな島ですが、各界で活躍する著名人を多数輩出しています。また、島を愛し移住してきた名物キャラクターも少なくありません。
与論島と有名人① 川畑アキラ(ミュージシャン)

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バンド「ザ・コブラツイスターズ」の元ボーカルで、現在は「川畑兄弟」として活動。与論観光大使(ヨロンパナウル王国観光大使)を務め、音楽を通じて島の魅力を発信し続けています。
与論島と有名人② 玄岡正充(元プロ野球選手)

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与論町出身で、1980年代にヤクルトスワローズで活躍した外野手。引退後も地元与論島で「玄岡旗争奪中学校野球大会」を開催するなど、島のスポーツ振興に貢献しています。
与論島と有名人③ 橘麗美(女優・グラビアアイドル)

与論島出身。何度かの芸能界引退の危機を乗り越え、週刊ヤングジャンプの故郷・与論島ロケで復活グラビアを飾ったことでも話題を呼びました。
与論島と有名人④ 町亞聖(フリーアナウンサー)

日本テレビの元アナウンサー。父親が与論島出身であり、島にルーツを持っています。
与論島と有名人⑤ 喜島春樹(YouTuber)

与論島出身のYouTuber。「与論やまぐ学校(やまぐ=不良の方言)」というチャンネルを運営し、島の美味しいものをひたすら食べまくる動画などで数万人の登録者を抱える人気者です。
与論島と有名人⑥ 田畑哲彦(かりゆしバンドリーダー)

地元でライブハウスを経営し、島唄や三線で観光客をもてなす島の超有名人。与論のアイデンティティを守る活動に尽力しています。
与論島の地震

南西諸島はフィリピン海プレートが沈み込む琉球海溝に沿って位置しており、与論島周辺でも度々地震が発生します。
特に現在(2026年6月時点)からつい先日のこととなる、2026年5月20日には、与論島を大きく揺るがす地震が発生しました。
2026年5月20日の震度5強地震
2026年5月20日午前11時46分ごろ、沖縄本島近海を震源とするマグニチュード5.9の地震が発生し、与論島で最大震度5強を観測しました。
島内の防犯カメラ映像では、小刻みな揺れが次第に大きな縦揺れに変わり、約10秒間激しく揺さぶられる様子が記録されました。幸いにも人的被害や建物の甚大な倒壊は報告されませんでしたが、島内の複数のスーパーや店舗では棚から商品が散乱し破損する被害が出ました。
気象庁は緊急会見を開き、「この地域では数年に一度マグニチュード5以上の地震が発生する」として、今後1週間程度は同規模の地震に警戒するよう呼びかけました。
四方を海に囲まれた離島である与論島にとって、巨大地震に伴う津波のリスクや、物資の輸送ルート(港や空港)の遮断は死活問題となるため、島民の防災意識は日頃から非常に高く保たれています。
与論島で起きた事件と事故
平和で穏やかな与論島ですが、自然の脅威や離島ならではの環境が引き起こした事件や事故も存在します。
与論島の事件や事故① 強制性交致傷・逮捕監禁致傷事件(2023年)
2023年3月中旬(同年4月起訴、10月に初公判)、与論町茶花(ちゃばな)地区に住む当時28歳のアルバイトの男が、県内に住む20代の女性を店舗内に監禁し、乱暴をして全治2週間の怪我を負わせる事件がありました。
男は被害女性に対して「手品の練習台になってほしい」などと嘘をついて両手首を結束バンドで縛り上げ、身動きが取れない状態にした上で犯行に及びました。
この事件はその後、2023年10月24日に鹿児島地裁で開かれた裁判員裁判の初公判で、男は起訴内容を認めました。検察側が計画的な犯行を指摘したのに対し、被告本人は動機について「自分の欲望がまさってしまった」と供述しました。
与論島の事件や事故② LNGタンカー座礁事故(2023年)

2023年10月20日午前、与論空港からわずか約260mの沖合で、液化天然ガス(LNG)を積んだ749トンのタンカー「桃邦丸」がサンゴ礁の浅瀬に乗り上げて座礁する重大な海難事故が発生しました。
乗組員8人にけがはなく、天然ガスの漏洩や油の流出といった最悪の環境破壊は免れました。しかし、事故直後はタンカーが空港の制限区域内に立ち入っている可能性が懸念され、与論空港を発着する航空機が欠航や目的地変更を余儀なくされるなど、島の交通インフラに大きな影響を与えました。
運輸安全委員会の調査によれば、水深が浅いサンゴ礁特有の海域において、余裕水深の確保や海図の確認が不十分だったことが原因とされています。
与論島の事件や事故③ シャワー室での連続盗撮事件(2025年〜2026年)
2025年12月、与論町麦屋(むぎや)地区に住む当時57歳の飲食店従業員の男が、自宅の脱衣所・シャワー室に小型カメラを仕掛け、女性客らの着替えや裸を盗撮したとして「性的姿態撮影処罰法違反」の疑いで逮捕されました。
男はマリンレジャー(海遊び)を終えた顔見知りの20代女性に対して「うちでシャワーを浴びたら?」などと声をかけて自宅へ誘い込み、隠しカメラで撮影していました。逮捕直後、男は「盗撮目的ではない」と一部容疑を否認していました。
その後、警察による余罪捜査の過程で、押収されたカメラなどから「別の30代女性」がシャワーを浴びている動画も発見されました。
この被害女性も同様に海で遊んだあとに男の自宅でシャワーを借りており、被害に全く心当たりがなかったとのことです。この件により、男は翌2026年1月21日に再逮捕されました。
与論島の事件や事故④ 悲しい水難事故の記憶
透明度抜群の海はダイバーやシュノーケリング客を魅了しますが、水難事故も後を絶ちません。過去には、フリープランで島を訪れた国立大学の医学部生が、到着直後に待ちきれず海へ直行し、シュノーケリング中に溺死してしまうという痛ましい事故も起きています。
潮流の速さや離岸流(リップカレント)の知識がない初心者が、ガイドなしで遊泳することの危険性を物語る出来事です。
与論島に伝わる怖い話…独自の死生観や心霊スポット
与論島は美しいリゾートである反面、古くからの土着信仰や祖霊信仰が色濃く残る「魂の島」でもあります。ここではいわゆる「怖い話」、怪談や心霊現象にとどまらない、島独自の深い精神世界を紹介します。
与論島の怖い話① 病院に「霊安室」が存在しない理由
日本の一般的な病院には必ず霊安室がありますが、与論島の病院には霊安室がありません。これは医療放棄などではなく、島独特の死生観によるものです。与論島では、患者がいよいよ最期の時を迎えると病院から自宅へ搬送され、住み慣れた家で家族に看取られて亡くなる「在宅死」が圧倒的な割合を占めます。
もし自宅以外で亡くなった場合、その魂は迷い、「招魂儀式」によって自宅に呼び戻されない限り、正しく祀られずに「カーユン(祟る)」存在になってしまうと信じられています。
この「祀られない霊に対する畏怖」こそが、与論の人々にとって最も根源的な「怖い話」の正体なのです。
与論島の怖い話② ユタとマジムン(妖怪)の存在
琉球文化圏に属する与論島では、霊能力を持つシャーマン「ユタ」の存在が今も信じられており、原因不明の不幸や病気があるとユタに相談する風習があります。
また、「マジムン(悪霊・妖怪)」の伝承も豊富で、漁師の網にかかった謎の化け物「ハタパギマンジャイ」や「イシャトー」といった奇妙な土着妖怪の怪談も語り継がれています。
与論島の怖い話③ 島内で囁かれる心霊スポット
霊感がある人が訪れると「何かを感じる」という、いわゆる心霊スポットもいくつか存在します。
ハキビナ海岸と「ミコノスアイランド」: 島の南側、ハキビナ海岸沿いに建てられたギリシャ風の白い建造物群(ミコノスアイランド)では、「海から上がってきたばかりのずぶ濡れの男の幽霊が出る」という噂が囁かれ、一時期住人が定着しなかったという逸話があります。
城跡(グスク)の坂道: 島の高台にある与論城跡周辺の崖や洞穴は、かつて風葬(遺体を埋葬せず自然に風化させる葬法)が行われていた神聖な場所です。夕暮れ時にこの坂道を登ると、着物のような布を木の枝に次々と掛けていく黒い人影(幽霊)に遭遇するという背筋の凍る目撃談が語られています。
松井館(廃墟の宿): かつてバブル期に建てられ放置された建物の奥から、真夜中に「ひた、ひた、ひた…」と足音が近づき、寝ている人の腹の上を無数の足が踏んづけて通り過ぎていくというポルターガイスト現象が体験されています(後にユタに見てもらったところ、そこは「昔の村人たちの霊道(通り道)」だったとのこと)。
与論島の現在とこれから
2026年現在、与論島は過去の「大量消費型の観光」から脱却し、環境と共生する新しいフェーズに入っています。
与論島の現在① サステナブル・ツーリズム(持続可能な観光)への転換
かつての離島ブームでサンゴ礁が荒廃した反省を生かし、現在の与論島は官民一体となって環境保全に取り組んでいます。2021年には国際的な認証である「持続可能な観光地トップ100選」に選出されました。
地元住民と観光客が一緒になって行うビーチクリーン活動や、サンゴにダメージを与えるオニヒトデの駆除、星空保護区認定に向けた光害防止活動など、美しい「ヨロンブルー」を次世代に残すためのエコツアーが主流となっています。
与論島の現在② 移住者(Iターン・Uターン)の増加と新しい働き方
与論島では現在、人口減少に歯止めをかけるため、近年は移住促進に非常に力を入れています。
特に「ヨロンまちづくり協同組合」が主導する『家・仕事つきの移住プログラム』が大成功を収めています。
これは、島が用意した定住促進住宅に住みながら、3ヶ月〜半年間、島の農業、介護、宿泊施設、カフェなど複数の仕事を組み合わせて働く「マルチワーク」を体験できるという画期的な制度です。
物価や輸送コストの高さ、台風の脅威といった離島ならではのデメリット(リアルな辛さ)は当然ありますが、それ以上に「圧倒的な自然環境」、「満天の星空」、「広くて安い家賃」、「子育てに最高の環境(高校まで島内にある)」といったメリットに惹かれ、20代〜30代の若いファミリー層や、リモートワーカーの移住が着実に増えています。
与論島の現在③ 「何もしない贅沢」を提供する新しいビジネス
観光のスタイルも多様化しています。例えば、フランスのバカンス文化(何もしない時間を楽しむ文化)に感銘を受けた移住者が設立した株式会社メゾンシナハによる一棟貸しヴィラなど、「名所をせかせか回る」のではなく「ヨロンの風や波の音を感じながら、ただただ時間を忘れて過ごす」という高付加価値なリトリート体験が、現代人の心を強く捉えています。
まとめ
今回は、鹿児島県の最南端に浮かぶ与論島についてまとめてみました。
与論島は、エメラルドに輝く「百合ヶ浜」やヨロンブルーの海に代表される息を呑むほどの絶景を持つリゾートアイランドです。
しかし、その輝かしい景観の裏には、激動の人口変遷、台風や先日の震度5強地震といった過酷な自然災害、痛ましい海難事故などの歴史が刻まれています。
また、病院に霊安室を設けない独特の死生観や、城跡(グスク)や海岸で囁かれる数々の少し怖い話、スピリチュアルな怪談・伝承は、島民がいかに目に見えない「魂」や「自然の畏れ」を大切にして生きているかの証でもあります。
2026年現在、与論島はサステナブルな観光地へのシフトや画期的な移住支援プログラムの成功により、活気に満ちた新しい時代を迎えています。
都会の喧騒に疲れ、本当の「癒やし」や「自分を見つめ直す時間」を求めているなら、飛行機やゆっくりとしたフェリーに揺られ、映画『めがね』の舞台にもなったこの島へ、ぜひ1度「たそがれ」に訪れてみてはいかがでしょうか。そこにはきっと、人生を変えるような深い蒼と、島人たちの温かい笑顔が待っているはずです。


















