中華航空140便墜落事故の生存者と現在!機長「終わりだ」ボイスレコーダー発言・犠牲者の名簿・脳みその都市伝説・手記も総まとめ

1994年に発生した「中華航空140便墜落事故」は264人もの犠牲者が出た航空事故です。

 

この記事では、中華航空140便墜落事故の原因や犠牲者の名簿、脳みその都市伝説、ボイスレコーダーの機長の「終わりだ」の発言、生存者の当時3歳の子供や兄弟、手記や現在についてまとめました。

中華航空140便墜落事故は乗客乗員264人が死亡した航空機事故

 

出典:https://www.nagoyatv.com/

 

「中華航空140便墜落事故」とは、1994年4月26日の20時12分19秒に、名古屋空港(現在の県営名古屋空港、小牧空港)で発生した大規模航空機墜落事故です。乗員乗客合わせて271人中264人が亡くなりました。

 

墜落事故を起こしたのは、台湾(中華民国)最大手の航空会社「中華航空(チャイナエアライン)」の旅客機で「エアバスA300B4-622R」という双発のジェット機でした。

 

 

中華航空140便墜落事故の発生までの経緯

 

事故機の「エアバスA300B4-622R」(以後、中華航空140便)は、乗員15名、乗客256名の合計271名を乗せて、日本時間17時53分(UTC8時53分)に台湾の中正国際空港を離陸しました。目的地は愛知県の名古屋空港でした。

 

中華航空140便は、18時14分(UTC9時14分)頃に巡航高度33000フィート(約10000メートル)に到達し、19時47分(UTC10時47分)に名古屋空港への降下許可を受け、20時7分(UTC11時7分)にILSによる進入許可を受けました。

 

進入は機長ではなく副操縦士による手動操縦によって実施されていましたが、20時14分(UTC11時14分)、高度が1070フィート(約330メートル)まで下がったところで、降下を止め水平飛行の状態になりました。

 

20時15分(UTC11時15分)、機長が操縦を交代し、副操縦士は名古屋管制に「着陸復航(going around.)」と一時上昇して着陸をやり直す旨を伝えています。

 

この直後、中華航空140便は急上昇を開始し、機首を大きく上に向けた角度で一気に1730フィート(約530メートル)近くまで上昇。

 

ほとんど棒立ちのような姿勢(ピッチ角52度)になった中華航空140便は失速して、今度は急降下を開始し、日本時間20時15分45秒(UTC11時15分45秒)に滑走路から東北東110m地点の着陸帯に墜落し大破炎上しました。

 

 

中華航空140便墜落事故の救助活動

 

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中華航空140便の墜落を受け、墜落1分以内に名古屋管制塔は消防に通報し、直ちに救助活動が開始されています。

 

中華航空140便の機体は墜落後に激しく炎上していましたが、墜落から1時間半後には火災は消し止められています。

 

また、墜落現場となった名古屋空港は、航空自衛隊の小牧基地が隣接しており事故当時に基地に勤務していた自衛隊員も救助活動に加わっています。

 

航空自衛隊小牧基地は、当時の名古屋空港事務所長からの災害派遣の要請を受け、小牧基地所在の部隊と陸上自衛隊第10師団などを派遣。消火と行方不明者の捜索、救助、遺体収容などの活動に従事しています。

 

自衛隊は中華航空140便墜落事故の救助活動と事故処理に、延べ人員5100名、車両約100両を派遣したと発表しています。

 

救助活動により、16名の生存者が病院に搬送されましたが、そのうち6名が病院に到着する前に死亡し、10名が病院で治療を受けました。病院に搬送された生存者10名の内訳は日本人7名、台湾人2名、フィリピン人1名と発表されています。

 

その後、4月27日、28日、5月1日にそれぞれ1名ずつが亡くなり、最終的な生存者はわずか7名でした。

 

事故現場から収容された犠牲者の遺体は、一時的に航空自衛隊小牧基地の格納庫に運ばれ、遺体の検分、遺族による確認が行われました。その完了後、犠牲者の遺体は基地内体育館に移され、4月30日に遺族に引き渡されました。

 

 

中華航空140便墜落事故の原因

 

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「中華航空140便墜落事故」の原因は大きく分けて、パイロットによる操作ミスと、事故を起こした機体「エアバスA300」のシステム上の問題点、機体の仕様変更への中華航空の対応遅れの3つでした。

 

 

中華航空140便墜落事故の直接的な原因はパイロットの操作ミス

 

「中華航空140便墜落事故」の発生直前、中華航空140便が名古屋空港への着陸体制に入った時の操縦は、機長ではなく副操縦士が手動操縦で行なっていました。

 

事故後、事故調査委員会によるフライトデーターレコーダーとボイスレコーダーの分析により、このフライトが副操縦士の訓練飛行を兼ねていた事が判明。名古屋空港への着陸にあたり、機長が副操縦士に「助言するから手動着陸を1人でやってみなさい」と指示していた事もわかりました。

 

そして、フライトデーターレコーダーとボイスレコーダーの分析から、中華航空140便が墜落するまでの機長と副操縦士の操作も判明し墜落に至った原因が解明されています。

 

機長から着陸操作を命じられた副操縦士は、途中までは順調に機体を降下させていましたが、20時14分(UTC11時14分)頃、高度1070フィート(約330メートル)まで降下した時に、誤って「ゴー・レバー」に触れてしまい、自動操縦の着陸復行モードが起動してしまいました。

 

「ゴー・レバー」とは、「ゴーアラウンドモード」に切り替えるためのスイッチで、「ゴーアラウンド」とは「着陸復行」、要するに着陸態勢に入った航空機が何らかの理由(滑走路上に物体を確認するなど)により着陸を断念し、再び上昇体制に移る事を指す航空用語です。

 

中華航空140便墜落事故を起こした機体「エアバスA300」のゴー・レバーは、スロットルレバー(推力調整レバー)を操作しながら軽く指で操作できる位置にあったため、副操縦士はスロットルレバー操作中に誤って触れてしまったとみられています。

 

これにより、中華航空140便は自動操縦の着陸復行モードに移行し、機体のコンピューターは水力を上昇させて機首を上げ、再び上昇に移ろうとしました。

 

機長はそれに気がつき、着陸復行モードを解除するように指示しています。副操縦士はその指示に従い、操縦桿を押して機首を下げようとしました。これは、操縦桿を強く押す事で即座に着陸復行モードが解除されると習っていたためでした。

 

機体は再び機首を下げたものの、着陸復行モードは解除されておらず、推力を下げて下降させるパイロットの操作と、推力を上げて上昇しようとするコンピューターという相反する指示が同時に出された結果、中華航空140便は上昇も下降もできずに水平飛行の状態になりました。

 

この状態で副操縦士が無理やり操縦桿を押し下げたため、機体は再び降下を開始し始めますが、高度510フィーチ(約160メートル)に達したところで、副操縦士は(失速防止機能が作動したため)スロットルレバーが固定された事を機長に告げました。

 

ここでようやく機長は操縦を代わり、操縦不能に陥っている事を把握しています。機長は着陸を断念し、再上昇して着陸をやり直そうとしました。

 

ところが、副操縦士が無理に操縦桿を押し下げる事でかろうじて機首を下げる力を生み出していた状態から、いきなり推力を上げてフラップを上げる操作を行なったため、機首が一気に上がって急激に上昇。

 

一気に1730フィート(約530メートル)まで上昇した後、ほとんど棒立ちのような姿勢となった中華航空140便は失速し、その直後に真っ逆さまに落下して500メートル下の滑走路に叩きつけられ大破したのでした。

 

 

中華航空140便墜落事故の根本的な原因は操縦システムの問題

 

「中華航空140便墜落事故」を起こした機体「エアバスA300B4-622R」を含む、エアバスA300シリーズと、操縦資格が同じ、A300-600およびA310シリーズにおいて、自動操縦に関わるトラブルが複数報告されていました。

 

それは、中華航空140便墜落事故の原因となった、自動操縦の着陸復行モードによるものでした。当該のエアバス機はこの着陸復行モードに入ると、それを解除するために複数のスイッチを正しい手順で押していかなければならず、まるでゲームのコマンド入力のような特殊な操作が必要な仕様になっていました。

 

そのため、中華航空140便墜落事故の時と同様に、誤って着陸復行モードに入ったために操縦不能に陥るトラブルが複数発生していたのでした。

 

メーカーのエアバス社はこれを重く見て、操縦桿を強く押し込む事で即座に着陸復行モードが解除されるよう仕様を変更する事を発表し各航空会社にそれを通知していました。

 

 

エアバス社から仕様更新の要請が来ていたが中華航空は放置していた

 

中華航空にも1993年にエアバス社からの仕様変更の通知は来ていましたが、強制力のない要請であったため、中華航空はこれを無視し、定期のコンピューターメンテナンス時についでに仕様変更する事に決めて放置していました。

 

また、中華航空はエアバスのフライトシミュレーターを持っておらず、業務提携していた他の航空会社にパイロット達のシミュレーター訓練を委託していました。

 

中華航空140便墜落事故の機長と副操縦士も、委託によるシミュレーター訓練を受けていましたが、問題の仕様変更が完了しているのが前提の訓練であったため、誤って着陸復行モードに入った場合は操縦桿を強く押し込んで解除せよと教えられていただけでした。

 

副操縦士は操縦免許取得研修の中で着陸復行モードの解除コマンドを習ってはいましたが、経験不足のために原因が特定できず、機長も仕様によるものではなく単なる操縦ミスによるものですぐに対処可能だと判断てしまったため、操縦を代わるのが遅れ対処が間に合わなかった事も事故の原因と推定されました。

 

エアバス社は中華航空140便墜落事故を受けて、要請ではなく強制力のあるリコールでの再勧告を実施。該当機種のコンピューターを強制的に仕様変更する事を決定しています。

 

また、台湾の民用航空局は、事故後の1994年5月3日に中華航空に対して、エアバス社の手順に従って改修を受ける事とパイロット全員に再訓練を受けさせる事を命じました。

 

 

中華航空140便墜落事故の犠牲者や名簿

 

出典:https://pbs.twimg.com/

 

「中華航空140便墜落事故」の犠牲者は乗客乗員合わせて「264名」です。

 

犠牲者のうち153名が日本人、63名が台湾人、残り48名は他の国籍の方でした。

 

また、中華航空140便墜落事故の犠牲者の名簿もネット上で多く検索されていますが、犠牲者の名簿は一般公開はされておらず確認する事はできません。

 

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一部の日本人の犠牲者の遺族の方が、メディアの取材に応じて犠牲者の方の人となりや思い出などを話してくれているのでいくつか紹介しておきます。

 

中華航空140便墜落事故当時小学校6年生だったという高木祥行さんは、父の育文さん(当時45歳)を同事故で亡くされています。

 

名古屋空港(愛知県豊山町)で発生し、乗客・乗員264人が死亡した中華航空機墜落事故から、26日で丸25年が経つ。当時、小学6年生だった高木祥行(よしゆき)さん(37)=愛知県日進市=は、父の育文(いくふみ)さん(当時45)を事故で失った。

 

引用:亡き父の姿追ったその先に 中華航空機事故から25年

 

高木祥行さんは3人兄弟の真ん中で、亡くなった父親の育文さんは名古屋市内で鋼材商社を経営しており、仕事のために1ヶ月1回のペースで台湾に渡航していた中で事故に遭ったという事です。

 

 

 

中華航空140便墜落事故では「脳みそ戻して」の手記の都市伝説も

 

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「中華航空140便墜落事故」にまつわる都市伝説に、墜落直後に瀕死の状態の乗客が、割れた頭から脳みそがはみ出した状態で「脳みそ戻して」と助けを求めてきたというものがあります。

 

これは生存者が語った話だとも、墜落現場から見つかった手記に記されていた話とも言われていますが、都市伝説の類で真実かどうかはわかりません。

 

この中華航空140便墜落事故の脳みその都市伝説を有名にしたのは、匿名掲示板5ちゃんねるに書き込みまれた下のコピペです。

 

みんな手を挙げて助けを求めていた。
前の席の人が私に助けを求めてきた。
その人は頭蓋骨が骨折しているのか。
頭から脳みそらしき物が流れ出し。
私にその物を頭の中に入れてくれと頼んできた。

「ごめん、それ元に戻して、戻して、ああ、頼む」

私はどうしたら良いのか分からず、
「もうすぐ救急隊きますんで、あまり動かないほうがいいですよ」
と返事をするより無かった。
ふと気がつくとその男性は息絶えていた。

 

引用:「脳みそを頭に戻してくれ」 24年前の名古屋空港・中華航空機墜落事故 生存者が語った「2分間の地獄」

 

似た内容の書き込みは少なくとも2015年頃から確認できます。

 

中華航空140便墜落事故は、墜落現場が自衛隊基地も隣接した空港だったため、墜落後すぐに救助が開始されました。そのため、救助活動開始時点ではまだ息がある人が相当数いたとも言われています。

 

犠牲者が今際の際に話した内容を救助にあたった方や生存者が耳にし、手記に残したり周囲に話したりしていたという事なので、そうした内容が発展する形で「脳みそ」にまつわる都市伝説が生まれてきたのかもしれません。

 

なお、中華航空140便墜落事故は乗客が異変を察知できる状況になってから1分にも満たない短い時間で墜落しています。そのため、犠牲者が残した手記や遺書、メモなどは存在していません。

 

中華航空140便墜落事故についてわかっている情報は、ボイスレコーダーやフライトデータレコーダーからの推測と7名の生存者と救助にあたった人々の証言によるものだけです。そのため、もしかしたら「脳みそ」の話も実際にあった事なのかもしれませんが、公式的な文章にはそのような記録は残されていません。

 

 

 

中華航空140便墜落事故の機長

 

「中華航空140便墜落事故」で墜落事故を起こした中華航空140便(エアバスA300B4-622R)の機長や副操縦士の実名は公開されいません。国籍も非公開ですが、中華民国軍のパイロット出身という事なので台湾(中華民国)の方でしょう。

 

中華航空140便墜落事故の機長について公開されている情報は、男性で年齢は42歳。総飛行時間は8340時間19分で、事故を起こしたエアバスA300B4-622Rの同型機での総飛行時間は1350時間27分。

 

機長が中華航空に入社したのは1989年2月1日で、元々は中華民国軍の空軍のパイロットで経験豊富だったようです。機長はこれまでボーイングの機体操縦がメインだったもののエアバスの機体の特性もしっかり理解しており、問題ないと評価されていました。ただし、最新のハイテク機については使い慣れていなかったようです。

 

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また、機長は人格的にも信頼されており教官としても高い評価を得ていました。

 

中華航空140便墜落事故の副操縦士は当時26歳の男性で、総飛行時間は1624時間11分、事故を起こしたエアバスA300B4-622Rの同型機での総飛行時間は1033時間59分でした。

 

中華航空に入社したのは1990年4月16日で社内での評価は高く、すぐにでも機長になれると言われる次期エースパイロット候補でした。

 

 

 

中華航空140便墜落事故のボイスレコーダーの機長の「終わりだ」の音声

 

出典:https://pbs.twimg.com/

 

「中華航空140便墜落事故」の事故調査報告書では、機長と副操縦士の事故発生までのやり取りを記録したボイスレコーダーの音声が文字化されて公開されています。

 

ボイスレコーダーの機長と副操縦士のやり取りから、機長は最初は副操縦士の単なる操縦ミスで問題が起きていると思い込んでおり、自分が操縦を変わったタイミングでようやく操縦不能の状態になって大きな問題が起きている事に気がついた事がわかっています。

 

そして、機長がその異変に気がついてから1分以内に中華航空140便は墜落しており、機長は操縦を代わってからほとんど対処する時間はありませんでした。

 

また、機長は墜落の5秒前に「終わった(英語訳でFINISH)」とも発言しており、この時点で墜落が免れない状態に陥った事を悟ったのではないかとも言われています。

 

下は中華航空140便墜落事故のボイスレコーダーの書き起こしです。重要な部分のみピックアップした和訳で、時刻表記はUTC(協定世界時)です。

 

11時14分10秒:(機長)君、君はそのゴーレバーを引っ掛けたぞ

 

11時14分11秒:(副操縦士)はい、はい、はい、少し触れました。

 

11時14分12秒:(機長)解除して(副操縦士)はい

 

11時14分26秒:(機長)君、そのスロットルを緩めなさい

 

11時14分29秒:(副機長)うーん、高すぎます。

 

11時14分30秒:(機長)君はゴーアラウンドモードを使用しているぞ

 

11時14分34秒:(機長)大丈夫、手を添えたまま、ゆっくりもう1度外して

 

その後、機長はゴーアラウンドモード(着陸復行モード)を解除してそのまま着陸を実施させようと、操縦桿を押して高度を下げるように副操縦士に指示を出します。

 

11時14分41秒:(機長)もっと押して、もっと押して、もっと押して。

(副操縦士)はい。

 

11時14分43秒:(機長)さらに押し込んで。

 

11時14分45秒:(機長)今、ゴーアラウンドモードになったぞ(副機長)了解。

 

11時14分51秒:(副操縦士)教官、まだ押し下げる事ができません。

 

11時14分58秒:(機長)そうだね、着陸モードになっている?

 

11時15分02秒:(副操縦士)教官、スロットルがまたラッチしました。(失速防止機能が作動し推力が絞れなくなった)

 

ここで、機長はようやく操縦を副操縦士から代わっています。

 

11時15分03秒:(機長)OK、わかった、わかった、わかった。(ここで操縦を代わる)

 

11時15分08秒:(機長)これはどうなってるんだ?

 

11時15分11秒:(機長)くそ!どうしてこんな事になったんだ

 

11時15分21秒:(機長)え、このままでは失速するぞ

 

11時15分25秒:(機長)終わりだ

 

11時15分31秒:(副操縦士)セット、セット、ノーズダウンを押します

 

11時15分34秒:(機長)大丈夫、大丈夫、だめ、急がない、急がない

 

11時15分37秒:(機長)あー、うわ!(副機長)パワー、パワー、パワー

 

11時15分40秒:(機長)わあ、ああ!(副機長)パワー!(機長)終わりだ

 

11時15分45秒:録音終了(クラッシュ音は記録されていない)

 

機長は失速する事を悟ってから2度「終わりだ」と発言しています。どういった意味合いでの発言だったのかはわかりませんが、絶望的な状況が生々しく伝わってきます。

 

 

 

中華航空140便墜落事故の生存者や兄弟とは

 

当時3歳の子供だった生存者の長谷部弘義さんと犠牲者となった母親(CBCテレビで紹介された家族提供の写真)

 

「中華航空140便墜落事故」の生存者も注目されています。

 

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当時の報道によると、生存者は7名で日本人が4人、台湾人が2人、フィリピン人1人でそのうち2人は日本人の子供だったとされています。

 

一部の海外メディアでは、生存者の2人の子供は3歳と6歳で、兄弟だったとも報じられていますが、事実かどうかはっきりしません。生存者の当時3歳の子供についてはその後の日本国内の報道で長谷部弘義さんという方である事がわかっています。

 

当時の海外メディアで報じられていた3歳の生存者の名前は(Seiji Nakayama)、その兄弟だという6歳の生存者の名前は(Yuji Nakayama)と報じられており全く違います。その他、海外メディアでは3歳の生存者の母親はDaisyさんというフィリピンの方だったとの情報も報じられています。

 

NAGOYA, Japan – A doctor said it was nothing short of a miracle that 3-year-old Seiji Nakayama survived a fiery China Airlines jetliner crash that killed 262 others. No less incredible was that Seiji’s 6-year-old brother, Yuji, and seven other passengers were alive last night, a day after the plane crashed and exploded in flames in a failed landing attempt at Nagoya airport, 170 miles west of Tokyo. The Nakayama boys’ Filipino mother, Daisy, was among the dead. 

 

引用:Fort Worth Star-Telegram – April 28, 1994 – 18 NEWS Doctor amazed that boy survived China Airlines crash

 

事故当時の3歳の子供だった生存者の1人長谷部弘義さんは、2023年4月26日にテレビメディアの取材に応じ、フィリピン人の母親と2人でフィリピンに里帰りしていたところを事故に巻き込まれ、母親は亡くなった事を明かされています。ただ、兄弟も一緒だったという内容は発言されていません。

 

事故を生き延びたのは、わずか7人。 名古屋市で飲食店を営んでいる長谷部弘義さん(32)は、その1人です。 (長谷部弘義さん) 「この時期が近づくと母親や被害者、被害者遺族の方を毎年思っている」 当時3歳だった長谷部さん。 フィリピン人の母とともにフィリピンに帰省した、その帰りに事故は起きました。

 

引用:犠牲になった母に「自分も成長したよ」と伝えたい 当時3歳の生存男性が語る…名古屋空港で264人死亡、中華航空機墜落事故から29年 生き延びたのはわずか7人

 

この事から、中華航空140便墜落事故の生存者の中に当時3歳の子供がおり、母親はフィリピン人だったというのは事実だと確認されましたが、一部海外メディアの報道にある、3歳と6歳の兄弟の生存者がいるという内容については事実かどうかわかりません。

 

なお、当時3歳の子供だった生存者の1人、長谷部弘義さんについては次の見出しで紹介します。

 

 

 

中華航空140便墜落事故の生存者の当時3歳の子供の現在

 

出典:https://www.nagoyatv.com/

 

「中華航空140便墜落事故」の生存者の1人で、当時3歳の子供だった長谷部弘義さんがメディアの取材に応じられています。

 

1994年、名古屋空港で中華航空機が墜落し、乗員と乗客合わせて264人が亡くなった事故。26日、この惨劇から29年が経ちました。当時3歳で、一命を取り留めた男性が、今の思いを語りました。

 

引用:中華航空機事故、生き残った3歳児の”29年” 結婚して父親に…治療医師や救助隊員と交流・再会も

 

長谷部弘義さんは、中華航空140便墜落事故から29年目にあたる2023年4月26日に、メーテレの情報番組「アップ!」やCBCテレビなどの取材に応じられています。

 

長谷部弘義さんはお母さんと中華航空140便に乗っているところを事故に巻き込まれ、お母さんは亡くなりました。

 

長谷部弘義さんは奇跡的に一命を取り留めたものの脾臓破裂など内臓に大きな損傷を受け、骨折もし、小牧市民病院に搬送されたものの生死の境を彷徨いました。

 

同病院の外科部長であった末永裕之さんの懸命な治療により、長谷部弘義さんはどうにか命をつなぎ、その後は順調に回復して3ヶ月後に退院できたそうです。

 

長谷部弘義さんは退院後立派に成長され結婚もされていますが、結婚式には命の恩人である末永裕之医師も出席されたそうです。

 

また、長谷部弘義さんは、中華航空140便墜落事故の後、男手1つで育ててくれた父親への感謝の気持ちもコメントされていました。長谷部弘義さんも2021年に子供が生まれ父親になった事も明かされました。

 

 

 

中華航空140便墜落事故の現在

 

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出典:https://pbs.twimg.com/

 

「中華航空140便墜落事故」は2023年の現在は(4月26日で)29年目にあたります。

 

現在の県営名古屋空港の滑走路の南延長上に、中華航空140便墜落事故の犠牲者の慰霊施設「やすらぎの園」が作られています。

 

「やすらぎの園」は事故から4年後の1998年4月に建立され、それから毎年、犠牲者の遺族や関係者が訪れて祈りを捧げています。

 

 

 

まとめ

 

今回は、1994年4月26日に名古屋空港で発生した「中華航空140便墜落事故」についてまとめてみました。

 

中華航空140便墜落事故は、機長と副操縦士による操作ミスと、事故を起こした機体のシステム上の問題、中華航空側の対応の遅れなどが複合的に絡み合った事が原因となり発生しました。

 

中華航空140便墜落事故の犠牲者は乗客乗員合わせて「264名」で、日本人が153名、台湾人63名、他の国籍の方が48名でした。犠牲者の名簿などは公開されていません。

 

中華航空140便墜落事故では、そのあまりに凄惨な内容からか、事故直後にまだ息のあった被害者が、頭部に損傷を受けて脳みそが出てしまい他の生存者に「脳みそを戻して」と頼んでいたという衝撃的な都市伝説も広まっています。

 

 

また、公開されているボイスレコーダーでの機長と副操縦士のやり取りで、最後に絶望的な状況を悟った機長が「終わりだ」と発言した事も話題になりました。

 

中華航空140便墜落事故の生存者は乗員乗客271人中7名のみでした。生存者の中には当時3歳と6歳の子供がおり2人は兄弟との報道もされていました。この生存者の当時3歳の子供は長谷部弘義さんという方で、現在は立派に成長されて結婚していて子供もいるそうです。

 

中華航空140便墜落事故は、乗客が非常事態を認識してから1分を満たない短時間で墜落しているため、犠牲者が残した手記や遺書などは残されていません。

 

2023年現在、中華航空140便墜落事故は発生から29年目を迎えており、名古屋空港近くに建立されている慰霊施設「やすらぎの園」では毎年、犠牲者の遺族や関係者が慰霊の祈りを捧げられています。

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