高見隆二郎(福知山脱線事故の運転士)の死因!白い車や心霊写真の噂・脱線の場所と原因・生存者の現在もまとめ

2005年4月に発生した福知山脱線事故で、事故車両を運転していた高見隆二郎運転士。この記事では高見隆二郎運転士の実家や家族、経歴、彼女、死因、事故原因、脱線の場所、事故時にあった白い車の噂、心霊写真の噂、生存者の現在について紹介します。

この記事の目次

高見隆二郎運転士が起こした福知山脱線事故の概要

 

出典:https://plaza.rakuten.co.jp/

 

2005年4月25日の午前9時18分頃、JR西日本の鉄道路線・福知山線の塚口駅から尼崎駅間で車両脱線事故が起こりました。

 

事故を起こした車両は兵庫県の宝塚駅と尼崎駅を結ぶ7両編成の快速車両で、先頭の4両は完全に線路から逸脱。

 

1両目は線路脇に位置するマンション「エフュージョン尼崎」の駐車場に突入し、2両目はマンションの外壁と後ろから激突してきた3両目と4両目に挟まれて押しつぶされて大破、先頭2両に乗っていた乗客を中心に107名の死者がでました。

 

死傷者が多く出た理由として、1両目がマンションの駐車場に突入していたために見当たらず、事故発生直後は2両目が1両目と誤認されて救助が遅れたことが挙げられています。

 

また107名の死者のほか、562名の負傷者も出ており、事故車両に乗っていた乗客はほぼ全員が何らかの被害を負ったとされています。

 

戦後4番目に多い犠牲者を出した福知山脱線事故の原因は、事故車両を運転していた高見隆二郎運転士の速度超過でした。

 

塚口駅を出た列車は南1kmほど走った場所であるカーブに、時速70kmという制限速度を大幅に超えた時速116kmで侵入し、曲がりきれずに脱線して、そのままエフュージョン尼崎に突っ込んだとされています。

 

そのため当初は高見隆二郎運転士の不注意による事故かと思われしたが、後の調査で運転士の不注意で片付けられる問題ではなく、事故の背景にはJR西日本の職員の過酷な勤務状況、日勤教育という名のパワハラがあったことが明らかになったのです。

 

 

 

高見隆二郎運転士が事故を起こした経緯① 35秒の発車遅れと回復運転

 

 

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高見隆二郎運転士が運転する列車が宝塚駅を出発した際、35秒の発車遅れがありました。

 

後述しますがこの頃のJR西日本、とくに福知山線は私鉄との競合で「顧客満足度向上、ダイヤ順守」が目標とされており、僅かな遅れを出しただけでも運転士は責められるような状況だったといいます。

 

そのため高見運転士もなんとか遅れを取り戻そうと「回復運転」を試みました。

 

回復運転とは

 

遅延が発生した際に平常ダイヤに戻すための運転。主に加速やブレーキのタイミングなどを調整したり、乗降者の少ない駅での停車時間を短縮するなどの対応がとられる。

 

高見運転士は快速が停車しない北伊丹駅を時速120kmで通過します。そしてそのまま速度を落とさずに停車予定の伊丹駅に近づきました。

 

伊丹駅の直前で速度超過に気づいた高見運転士がブレーキをかけ、また車掌も非常ブレーキをかけましたが間に合わず、列車は所定の停止位置を72mも超過して停車。

 

そのままでは乗客の乗り降りができないためにバックしたのですが、ここでも3m戻りすぎてしまい、また前進してやっと乗客の乗り降りができました。

 

しかし、この段階で遅れは1分20秒になっていたとされます。

 

 

 

高見隆二郎運転士が事故を起こした経緯② 車内通話の内容

 

オーバーランをしてしまった場合、車掌は運転管理者に超過の事実と原因を報告しなければなりません。

 

72mもの過走というのは本来であれば考えられず、運転管理者に知られたら処分対象です。これを恐れた高見運転士は、無線を使って車掌に「まけてくれへんか?」と超過距離を短めに報告してくれるよう交渉しました。

 

しかし、この通話中に乗客が車掌室のドアを叩き、列車が遅れていることへのクレームを入れてきたため、車掌は乗客の対応をするために通話を切断してしまいます。

 

そのため高見運転士は、車掌が運転管理者にどう報告をするのか不安なまま運転を続けました。

 

その後、クレーム対応を終えた運転管理者に「伊丹駅で8m超過しました」と報告。高見運転手の懇願を聞き入れて、ミスを誤魔化そうとしてくれたのです。

 

ところが伊丹駅を1分20秒遅れて発車したことは運転管理者にバレているため、「8mの超過でこんなに遅れたのか?おかしくないか?」と怪しまれてしまいます。

 

この通話は運転席のスピーカーにも入るようになっており、高見運転士も運転をしながら聞いていたそうです。

 

事故前の高見運転士は、この通話にかなり気を取られていたとされます。

 

 

 

高見隆二郎運転士が事故を起こした経緯③ 無謀な加速

 

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なんとか遅れを取り戻さないといけないと感じた高見運転士は、伊丹駅を出て猪名口、塚口を時速125kmで通過します。

 

本来であれば120km以内の速度で走らなければいけないため、乗客も「なんだか、この列車おかしくないか?」「いやに速い気がするし揺れが酷くて怖い」と感じていたそうです。

 

そして塚口駅を通り過ぎたカーブポイントに差し掛かる直前で慌てて速度を落とそうとしたものの間に合わず、時速116kmのまま突っ込み、曲がりきれずに脱線してしまったのです。

 

 

 

高見隆二郎運転士と被害者の死因

 

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福知山脱線事故では乗客だけではなく、高見隆二郎運転士も亡くなっています。司法解剖の結果、高見運転士の死因は腹部強打による圧死でした。

 

発見された時、高見運転士の遺体は駐車場の壁とひしゃげた運転台に挟まれてぺしゃんこと呼べるほど変わり果てていたとの話もあります。

 

1両目の乗客30人と、2両目の乗客70名の合計100名は事故が起きた時に即死したものと見られており、重症を負って病院に搬送された後の亡くなった方が7名いたとのことです。

 

犠牲者の主な死因は脱線の衝撃で体が投げ飛ばされるなどした際に頭蓋底骨折や陥没骨折を負って脳挫傷を起こしたことや、急性硬膜外血腫などの頭部や脳の損傷だったといいます。

 

高見運転士と同じく、腹部強打による圧死が死因の乗客も少なくありませんでした。

 

また命は助かったものの、体が押しつぶされた状態で救助を待ち続けたことからクッシング症候群になり、救助後に手足を切断することになった乗客もいました。

 

事故時には3両目と4両目も脱輪して反対側の下り線路を塞ぐかたちになりましたが、事故を目撃した近隣住民が踏切支障報知装置を操作して停止信号を出したこともあり、現場近くまで迫っていた特急車両は現場に到達する前に停車し、二重事故は回避されています。

 

もしも1962年に発生した三河島事故のように、対抗線路に車両が突っ込んできてしまったとしたら、死者の数は倍増していたおそれもあります。下り車両が事故現場前で停車できたのは、不幸中の幸いと言えるでしょう。

 

 

 

高見隆二郎運転士が事故を起こした間接的な原因① 日勤教育

 

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高見隆二郎運転士がここまで回復運転に躍起になり、事故を起こすほど焦ってしまった背景にはJR各社による社内教育制度、通称「日勤教育」への恐怖がありました。

 

日勤教育は建前では事故などを起こした職員の再教育を目的としていましたが、実態は勤務以外の時間帯に以下のようなことをやらせるというパワハラ行為だったとされています。

 

・車両やトイレ、社屋の清掃

 

・事故とは関係ないレポートの提出

 

・就業規則の書き写し

 

・真夏にアスファルトの上で動かずに直立し続けることを強いられる

 

・草むしり

 

・約10万円の乗務手当が給料から引かれる

 

・上司や先輩職員に囲まれて人格を否定されるような罵詈雑言を浴びせられる

 

もともと日勤教育は業務の改善のために設けられたものではなく、旧国鉄時代に労働組合に入っている職員を弾圧する目的で作られたのだといいます。「日勤教育が嫌なら労働組合を抜けろ」という脅しのための制度だったのです。

 

そのため教育的な要素はなく、職員にとって日勤教育は嫌がらせ・大人のいじめでしかありませんでした。

 

事件当時、運転士になってから11ヶ月しか経っていなかった高見運転士も日勤教育を恐れていたといい、過去に3回の日勤教育を受けた際には「日勤教育になると給料も減らされる」「ずっと文章の丸写しをさせられて、トイレも行かれなかった」「でも真面目に日勤教育を受けないと運転士を降ろされる」と疲弊しきった様子だったそうです。

 

このような過去の経験から、ミスをした際に「日勤教育だけは嫌だ」「なんとかミスを隠そう」という考えで職員の頭がいっぱいになってしまったことが、福知山脱線事故が起きた間接的な原因だと指摘されました。

 

 

2001年には自殺者も出ていた

 

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2001年秋には、日勤教育を受けさせられてる最中にあったJR西日本の44歳の運転士が自殺するという事故まで起きていました。

 

この運転士は50mのオーバーランをしたことで処分対象になったといい、日勤教育3日目の翌日に首を吊って亡くなりました

 

日勤教育は指導の内容だけではなく期間も所属区長の裁量に委ねられており、処分対象になった職員はいつ通常業務に戻れるのかわからないまま、ひたすらパワハラに耐えなければいけないのだそうです。

 

亡くなった運転士の遺族は「自殺は人権を無視した日勤教育を苦にしてのものだった」と、JR西日本に損害賠償を求めました。

 

大阪地方裁判所はJR西日本に運転士の自殺を予想するのは難しかったとして、遺族の訴えを棄却しています。しかし、運転士が自殺した理由は日勤教育による苦痛だったという点は認めていました。

 

なお、日勤教育については事故が起きる半年前には国会において「事故予防どころか重大事故の原因になりかねない」と批難されていました。この時にJR西日本が従前の日勤教育を廃止していれば、高見運転士も脱線事故を起こさずに済んだのかもしれません。

 

 

 

高見隆二郎運転士が事故を起こした間接的な原因② 余裕のないダイヤ

 

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JR西日本の路線は旧国鉄時代から私鉄と並行して走っている区間が多く、私鉄への競争意識、対抗意識が強かったといいます。

 

事故が起きた福知山線も例外ではなく、阪急電鉄の宝塚線、神戸線および伊丹線といった競合が存在しました。そのため他社との一線を画すべく、顧客満足度の向上を目指すことになります。

 

鉄道会社の顧客満足度向上となると、第一に求められるのがダイヤどおりの運行です。「めったに遅れない電車」「悪天候でも運休しない電車」というのは、通勤や通学の足に重宝されますよね。

 

事故当時の福知山線は快速停車駅の停車時間が15秒に設定するなど、余裕のないダイヤを組んでいました。さらに脱線事故が起きた快速列車は、2004年10月のダイヤ改正でいっそう運行時間が短縮され、まったく余分な時間がなくなっていたといいます。

 

このように時短だけを目的に余裕のないダイヤを組んでいた私鉄はなく、JR西日本だけが「余裕時分全廃」を目標にしていたそうです。

 

安全よりもダイヤ順守、絶対に遅れを出さないという会社の方針は現場の運転士らにも大きな影響を与えたものと思われます。

 

とくに高見運転士のような新人にとって「遅れてはいけない」というプレッシャーは相当なものだったでしょう。

 

脱線事故の原因となった回復運転も、事故当時の高見運転士の技術では難しいものだったのではないか?と指摘されています。

 

 

 

高見隆二郎運転士が事故を起こした間接的な原因③ ATS-Pの不備

 

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事故が起きた福知山線の宝塚から尼崎間は1日の運転本数が、10年前に比べて4倍にまでなっていたにもかかわらず、新型ATS装置のATS-Pが設置されていませんでした。

 

JR西日本の主力本線は東海道線や山陽線であり、それらの路線へ優先してコンピュータ制御の運行管理システム導入したため、福知山線は旧式のATS装置のままだったとされています。

 

それでも速度照射が正常におこなわれていればよかったのですが、事故が発生した区間には情報を送る速度照査用の地上子が線路上に設置されていませんでした。

 

地上子が設置されていれば、制限速度を大幅に超えたスピードでカーブに差し掛かかることが予想できた時点で、非常ブレーキが自動で作動するため、事故は防げたと指摘されています。

 

また、前述のような1秒の遅れも許さないような過密なダイヤを組むためには直線での速度超過が必須となっていたために、精度の高いATS-Pは設置できなかったのではないか?との指摘もあります。

 

いずれにしても、もっとも削ってはいけないはずの安全対策にかける費用をJR西日本が削減していたことから、このような凄惨な事故が起きたと言えるでしょう。

 

 

 

高見隆二郎運転士が起こした福知山脱線事故の場所

 

 

「福知山」が京都府の地名のため、福知山脱線事故は京都府内で起きた事故と思われることもありますが、事故現場は兵庫県尼崎市久々知です。

 

事故車両が突っ込んだとされるエフュージョン尼崎は、2002年に建築された分譲マンションでした。そのため終の住処として購入した方や、住宅ローン返済中の方も多く住んでいたと思われます。

 

しかし福知山脱線事故で1階の駐車場と2階のバルコニーと外壁が損傷して住み続けることが困難になり、住民は全員退去。事故翌年の2006年には、JR西日本がマンションの所有権を買い取ることとなります。

 

それから10年ほどは無人のマンションの前に犠牲者のための献花台を設置し、24時間体制で警備員が入口を厳重に警備していました。

 

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しかし、2017年に入って建物の解体がはじまり、現在はマンションの跡地に「祈りの杜」という慰霊碑と事故の資料などを展示した資料室が設けられています。

 

 

 

高見隆二郎運転士の経歴

 

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高見隆二郎運転士は大阪府東部の生まれで、建設関係の会社で働く父親と専業主婦の母親、兄、姉、弟の6人家族の次男でした。

 

大学には行かずに地元の公立中学、府立高校を卒業した後にJR西日本に就職しています。なお、国立大学に入れるレベルの成績だったものの、家庭の事情から大学には進学しなかったとのことで、中学生の頃から家計を助けるために新聞配達のアルバイトをしていました。

 

中学時代はバスケットボール部に所属しており、部活仲間の話によると「超」がつくほど真面目な性格だったといいます。

 

運動神経が飛び抜けて良かったわけではなく、レギュラー選手ではなかったものの、1、2年生時の夏休みの練習は1日も休まずに参加し、顧問の教師にそのひたむきさを買われて本来は出られない試合にラスト1分だけ「特別出場」をさせてもらうこともあったそうです。

 

また中学時代の別の友人は、高見運転士について「頭は良かったけれど、どこか気弱なところがあった。ちょっとボンヤリしていて、『しまった!』という顔をよくしていた印象がある」と語っていました。

 

真面目で誠実、努力家である一方、少しうっかりした性格だったのかもしれません。

 

事故の後で取材を受けた友人の1人は、責任感の強い高見運転士の性格を考え「こんな大惨事になって、(高見運転士が)生きてへんでよかったのかも」と話していたといいます。

 

 

JR西日本に就職してから

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

高校を卒業した高見運転士は、2000年4月にJR西日本に入社しました。

 

当時は高校に一枠だけ設けられた校内選考に通らないと、JR西日本の採用試験さえ受けられなかったといいます。

 

見事に狭き門を通過した高見運転士は、高校3年間を通してトップクラスの成績だったそうです。入社後の勤務態度もやはり真面目で、運転士の試験も好成績でパスしました。

 

家族の話では「小さい頃から電車の運転士に憧れていた」といい、実際にJR西日本で運転士の業務に就いていることは高見運転士の誇りだったようです。

 

福知山脱線事故が起きる3日前に自宅の近くで偶然、高見運転士と行きあったという中学時代の同級生は「JRで運転士をしているんだよ」と嬉しげに近況報告をしてきたと話していました。

 

しかし、JR西日本に就職してから順風満帆だったかというと決してそうではなかったようで、以下のような理由で3回の日勤教育を受けていたといいます。

 

・駅員として勤務していた頃、遅刻をして厳重注意を受ける

 

・車掌の業務に就いていた頃には「目が虚ろ」という理由で指導を受ける

 

・運転士になってからは下狛駅で100m、灘駅で40mのオーバーランをする

 

何が原因で処分を言い渡されるかわからないという緊張状態にあったせいか、このほかにも高見運転士はちょこちょこと細かなオーバーランを繰り返していたそうです。

 

これだけ聞くと高見運転士の運転技術にも問題があったのではないか、不注意な性格だったのではないか、とも感じられます。

 

しかし、高見運転士が運転士見習だった頃に指導をした先輩運転士は「しっかりしていて、技術も問題なかった。制限速度を超えた運転をするようなタイプではない」と、語っていました。

 

この先輩運転士の発言から見ても、やはり高見運転士が無謀な運転をしたのは日勤教育への恐怖とプレッシャーがあったためだと想像できます。

 

電車の運転士の多くは、子どもの頃からの夢を叶えて憧れの職業についたという方でしょう。高見運転士もどれだけ職場で嫌なことがあって、精神的に追い詰められていても「退職」という選択肢はなかったのかもしれません。

 

小学生時代からの親友だったという男性によると「2004年の6月頃に13日間の日勤教育を受けたと言っていたことがあって、それから様子がおかしくなっていた。休みの日に一緒に電車に乗っていても『この直線はもっと速さを出せる』と回復運転のことを聞かされた」とのことです。

 

 

 

高見隆二郎運転士の実家・家族

 

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福知山脱線事故が起きた直後は、線路への置き石などが疑われつつも、事故の原因はもっぱら高見運転士にあると見られていました。

 

そのためマスコミが高見運転士の自宅に押しかけましたが、家族が出てくることはなく行方不明状態とされました。

 

マスコミが「高見隆二郎運転士の家族に接触できた!」と報じたのは、事故が起きた2005年の年末のことです。

 

当時の報知新聞によると、高見運転士の父親は玄関先で取材に応じ、「事故を起こしたのは息子です」と頭を下げたうえで「ただ、今はまだ遺族の方にも何もお話はできないです。息子だけが悪いということで通っていますから」と語ったといいます。

 

父親は午前6時という早朝の突撃取材に嫌な顔をせずに応じ、「うちが貧しくて大学まで行かせてやれなくて。でも、夢だった運転士の職業に就いてね」と亡き息子の思い出についても話していました。

 

高見運転士の父親は大工でしたが、福知山脱線事故が起きてから仕事に行かれなくなってしまったのだそうです。

 

しかし、生活するためにはお金を稼がなければと仕事を再開したところに報知新聞の突撃取材があったため、運良く父親に会うことができたとのことです。

 

 

 

高見隆二郎運転士の彼女は自殺していた?

 

高見運転士には高校時代から交際していた彼女がいたといいます。結婚の約束をしていたとの話も出たことから、「家族に近い存在」としてネットではこの彼女に対しても謝罪するべき、と批判の声があがりました。

 

その後、2ちゃんねるに「高見隆二郎の彼女は自殺した」「彼氏が起こした大事故を苦にしてノイローゼ状態になって死んだ」という書き込みがされ、ここから高見運転士の彼女は自殺したとの噂が流れるようになったようです。

 

ただ、この彼女が亡くなったという話は匿名の書き込みしか情報源がなく、根も葉もない噂です。

 

もちろん公表する必要もないので、高見運転士の彼女の名前や現在どのように暮らしているのかは不明となっています。

 

 

 

自殺していたのは事故被害者の恋人だった?

 

高見運転士の彼女が自殺したという話はただの噂でした。しかし、実際に事故関係者の恋人で亡くなった方がいらっしゃいます。

 

2006年10月15日、福知山脱線事故の被害者の男性の婚約者の女性が自殺するという痛ましい事故が起きました。

 

亡くなった女性・荒川由起さんは一人暮らしをしていた大阪市東淀川区西淡路のマンションの駐車場に倒れていたところを母親に発見されたといい、同マンションから飛び降りたものと見られました。

 

十一階の廊下にきちんと揃えられた荒川さんのサンダルがあったほか、住んでいた部屋からは「すべてを返して」「悔しくてたまりません」という遺書が発見されています。

 

荒川さんは福知山脱線事故で婚約者の芦原直樹さんを亡くしていました。2人は13年間も同棲しており、芦原さんが事故に遭う前から西淡路のマンションに住んでいたといいます。

 

事故前から同棲状態にあり、婚約もしていたとなれば2人は事実婚の関係にあったといえます。

 

しかしJR西日本は「入籍していないのだから荒川さんと芦原さんの関係は同居人、恋人に過ぎない」として、遺族に支払っていた生活費の補償を早々に打ち切っていたそうです。

 

荒川さんは事故の後、鬱状態になって病院に通院していたとの話もあり、家族によると「死にたいと口にすることが増え、精神安定剤を飲んでいた」とのこと。

 

婚約者を亡くして精神的に不安定になっていたところ、「婚約していたとはいえ夫婦ではないのだから」とJR西日本からも誠意のない対応をされ、芦原さんの後を追ってしまったのです。

 

荒川さんの遺書には母親に向けて「JRと戦って下さい」という書かれていたといいます。

 

 

 

高見隆二郎が起こした福知山脱線事故の噂① 白い車の謎

 

出典:http://www.asyura2.com/

 

福知山脱線事故が起きた直後、事故の原因は線路内に進入した白い車と列車が衝突したためと報じられました。

 

たしかに事故直後の報道では列車とともに大破した白い車が映されていることが多かったのですが、事故の2時間後には警察から「白い車は列車が激突したマンションの住民のもので、マンション駐車場に停まっていた」と、事故とは無関係なことが発表されています。

 

しかし最初の報道のインパクトが強かったせいか、「列車の進行方向を考えるとこの白い車の壊れ方は不自然」「白い車はテロリストのもので、やはりこの車が突っ込んできたせいで列車は倒れたのでは?」といった陰謀論が根強く囁かれているようです。

 

 

 

高見隆二郎が起こした福知山脱線事故の噂② 事故を予言した老婆

 

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福知山脱線事故が起きた当日、事故車両に乗ろうとしていた女性が60〜70歳ほどの高齢女性に「乗ったらあかん」と腕を引っ張られ、電車から引きずり降ろされて九死に一生を得るという不思議な出来事があったといいます。

 

高齢女性に止められたおかげで事故車両に乗らずにすんだ女性は「命の恩人です。お礼が言いたい」と、彼女のことを探したといいます。

 

上の画像のように報知新聞にも掲載されたことから「この老婆は何者なんだ!?」と話題になりました。

 

ただ、同じ出来事を報じた『週刊新潮』では「電車から引きずり降ろされる前に、この女性が高齢女性から『電車内で携帯電話を使うな』と注意を受けていた」ということが明らかにされています。

 

そのため予言などではなく、単に電話を切る、切らないで揉めてトラブルになり、電車から降ろされただけだったのではないかとも指摘されています。

 

 

 

高見隆二郎が起こした福知山脱線事故の噂③ 心霊写真がTVで流れた?

 

出典:https://twitter.com/

 

上の画像は日本テレビ系列の昼のワイドショー『ザ・ワイド』で流された、事故直後に撮影された写真です。

 

事故車両の2両目を撮影したものなのですが、2両目は乗客の70名が亡くなっており、事故直後は「2両目には生存者がいなかった」という報道もあったことから、ネットでは「じゃあ、『ザ・ワイド』の写真に写っていた女性はなに?」「首しか写っていなかったし、心霊写真なのでは?」と話題になりました。

 

あまりにも鮮明に2人の人物の顔が写っていることから「ネットで拾ったコラ画像ではないのか」とも指摘されましたが、この写真は事故が起きた列車の4両目に乗っていた男性が撮影したものであることが明らかになっています。

 

また、霊ではないかと騒がれた写真の2人は正真正銘の生きた人間で、写真が撮影された後に無事に救出されていました。

 

出典:https://www.bo-sai.co.jp/

 

凄惨な事故が起きた直後ですから、さまざまな噂が出るのは仕方のないことですが、写真のお2人はご存命ですし、報道された写真も心霊写真ではありません。

 

 

 

高見隆二郎が起こした福知山脱線事故の噂④ 運転士は生きている?

 

実は高見隆二郎運転士は生きているとの噂もネット上では見られました。事故の直後に高見運転士の生死確認が遅れたために、情報が錯綜して生存説が流れたことが原因のようです。

 

しかし事故車両の先頭にいて無事だったわけがなく、高見運転士はブレーキを握りしめたまま絶命しており、遺体発見後に大阪市内で親族のみの葬儀がおこなわれ、荼毘に付されたと報じられています。

 

また、「高見運転士は生きていて、どこかに逃げた」という噂もあるようですが、おそらくこの噂は事故車両にたまたま乗っていながら、救助活動に参加せずにいち早く現場から姿を消したJR西日本の職員(運転士)が2名いたことから流れた噂ではないかと思われます。

 

 

 

高見隆二郎が起こした福知山脱線事故のその後① 生存者の現在

 

福知山脱線事故は遺族だけではなく生存者、救助に携わった人など大勢の人の心に傷を残しました。

 

事故車両の1両目に乗りあわせ、重症を負ったものの一命をとりとめたという女性は関西テレビの「報道ランナー」に出演し、サバイバーズ・ギルトに悩まされたと語っていました。

 

こんなつまらない生き物よりも、もっと活躍すべき人がいたのではないかっていう、そういう気持ちが時々浮かんでは消えることはありました

 

引用:JR脱線事故から17年 1両目で重傷負った女性 同じ車両に乗った友人と支え合う【兵庫発】

 

上のように考え、長く苦しんだそうですが、この女性も同じ車両に乗り合わせた友人と支え合いながら、現在は事故のことに囚われすぎることなく、自分の人生を歩んでいるといいます。

 

出典:https://www.youtube.com/

 

2021年の夏季パラリンピックに出場を果たしたアーチェリーの岡崎愛子選手も、福知山脱線事故の被害者の一人です。

 

同志社大学の学生時に脱線事故に巻き込まれ、岡崎愛子選手は頸椎を損傷し、首から下に麻痺が残るという障碍まで負いました。

 

しかし2013年にアーチェリーと出会い、2018年から介助者をつけながら競技に参加。見事にパラリンピックへの切符を手にして女子個人で5位入賞を果たしています。

 

岡崎愛子選手らのように事故を乗り越え、新しい人生を歩んでいる方々がいる一方、凄惨な事故の状況が忘れられず、PRSDから命を絶ってしまったという男性もいました。

 

亡くなった男性は事故で負った傷は軽症であったものの、意識がしっかりとあったために死傷者の様子をしっかりと見てしまい、PTSDから自死を選んだとされています。

 

 

 

高見隆二郎が起こした福知山脱線事故のその後② JR西日本の現在

 

 

実際に事故を起こした高見隆二郎運転士は亡くなっていますが、検察は当時のJR西日本の安全管理そのものに問題があったとして、2009年に事故時社長であった山崎正夫氏を業務上過失致死傷罪で在宅起訴しました。

 

しかし、神戸地方裁判所は「事故は予見できるものではなかった」として、山崎氏に無罪判決を下します。

 

さらに検察側が「起訴相当」としたJR西日本の歴代社長3人についても、2017年に最高裁判所により無罪が確定。

 

高見運転士については本人死亡のため不起訴という処分になるため、福知山脱線事故で刑事責任を負うことになった人は1人もいませんでした。

 

また、高見運転士が事故を起こす原因とされている日勤教育ですが、事故後には技術重視の内容の研修に変更したとされます。

 

 

 

高見隆二郎が起こした福知山脱線事故のその後③ 同乗していた車掌の現在

 

事故直後、「乗客が気づくほど速いスピードが出ていたのに、車掌は何をしていたのか?」「車掌が非常ブレーキを操作すれば事故は防げた」と、高見運転士とともに勤務していた松下正俊車掌に対しても批判の声があがりました。

 

松下車掌は列車の最後尾にいたことから事故後も生存しており、「事故列車に乗務して」という手記も事故遺族らに渡しています。

 

しかし、この手記には犠牲者を悼む言葉や謝罪の言葉がなく、事故当時にどれほど自身が混乱していたかなどが綴られているだけであったため、「車掌の義務を果たしていない」「負傷者の救助にもあたっていなかったのか」とかえって怒りを買うことになってしまったのです。

 

事故のショックから松下車掌は適応障害になり、車掌を休職。その後、2010年にはJR西日本を相手取り、車掌としての地位確認訴訟を起こしています。

 

訴訟の際に松下車掌は「きちんと通院して適応障害の治療も終えた。車掌業に復帰できる」と以下のように訴えました。

 

「立っている乗客が進行方向に滑るように倒れていくのが見えた」と説明。直後の対応について「最後尾の車掌室から客室車両に移り『けがをされたお客様はいませんか』と呼び掛けるなど、車掌としての務めをできる限りやった」

 

引用:尼崎脱線事故の車掌「できる限り務め果たした」 地位確認訴訟

 

しかし、JR西日本側は「適応障害が完治したかは不明であり、業務に影響を与えるおそれがある」「事故時の対応もマニュアル的で、救護にあたらなかったのは車掌に適正がない」等の反論をしました。

 

ただ、高見運転士から「まけてくれへんか?」と頼まれてオーバーランを短く報告した点などからも、松下車掌もおそらく日勤教育を恐れ、ダイヤ順守が第一だという考えが染みついていたものと思われます。

 

非常ブレーキをかける勇気があればよかったのはもちろんなのですが、事故につながるとは思わなかった、ここで止めたら自分が処分されると思って動けなかった、という事情もあったのではないでしょうか。

 

また、松下車掌は大きな怪我を負わなかったことから、事故後、すぐに警察に連れて行かれて事情聴取を受け、さらに会社からも5日間ホテルに閉じこけられて事情聴取を受けて、開放されてから「不眠症・適応障害」の診断が下ったといいます。

 

このような点から、批難の声がある一方で「車掌も運転士もかわいそう」「車掌業は難しくても、十分なポストを用意できないのか?」との声もあがっています。

 

 

 

高見隆二郎と福知山脱線事故についてのまとめ

 

今回は2005年4月に発生した福知山脱線事故の原因となった高見隆二郎運転士のオーバーランと、高見運転士の経歴、事故のその後などについて紹介しました。

 

事故の直接の原因は高見運転士の無謀な運転でしたが、その背景には当時のJR西日本の利益重視体質があったとされます。そのため事故直後と違い、現在では高見運転士に対しても同情的な声が多く見られるようになりました。

 

犠牲者の方々のご冥福をお祈りするとともに、今後は同様の事故が起きることがないよう願いたいです。

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