渋谷温泉施設爆発事故とは、2007年6月に女性専用温泉施設「」別棟で起きた爆発事故で、従業員3名が死亡しました。この記事では渋谷温泉施設爆発事故の原因や爆発の瞬間、大成建設の社員に下された判決、社長の現在、跡地について紹介します。
この記事の目次
渋谷温泉施設爆発事故の概要
2007年6月19日午後2時18分頃、東京都渋谷区松濤1-28-1にある女性専用温浴施設「松濤シエスパ」別棟の地下で爆発が発生しました。
シエスパは地下1階、地上9階建てとなっており、設備室とスタッフ用の施設が入った地下1階、地上1階建ての別棟と繋がっていたとされます。それぞれのフロア構成は以下の通りです。
・地下…ロッカー室、パウダールーム(本館)、設備室(別棟)
・1階…フロント(本館)、スタッフ用更衣室兼休憩室・事務所(別棟)
・2階…レストラン
・3階…ヨガスタジオ
・4階…リラクセーションルーム
・5階…岩盤浴、アイスバーデ、バー
・6階…トリートメントルーム
・7階…浴場「深海の湯」、スチームサウナ
・8階…露天風呂「天空の湯」、フィンランドサウナ、水風呂
爆発が起きたのは別棟の地下にあった設備室で、地下水に含まれるメタンガスの排出にトラブルが起きた結果、設備室内にガスが充満して大規模な爆発が起きたとされます。
爆発の規模は非常に大きく、骨組みだけを残してシエスパ別棟が吹き飛んだほか、建物内にいた従業員3名が死亡。同じく建物内にいた従業員2名と付近を歩いていた男性が重傷を負うという被害が生じました。
さらに近隣にあったビルも爆風でガラスが破損して飛び散るなどしており、これによって軽傷を負った人も複数いたとされます。
渋谷温泉施設爆発事故・発生の瞬間
- 渋谷の繁華街からほど近い場所で起きた事故のため、爆発の瞬間は多くの人によって目撃され、周辺の監視カメラにも爆発発生時の様子が収められました。
- 渋谷温泉施設爆発事故発生時に現場周辺にいた人々によると「どこかに雷が落ちたのではないかと思うほどの轟音が響いて、地面が揺れた」「鼓膜が破れるかと思うような爆発音がした」とのこと。
また、温泉の水が大量に道路に流出して一面が水濡れになり、小石のように粉々になった壁やガラス片が吹き飛んできて、付近にいた人も何が起きたのかわからないような状態だったといいます。
さらに現場近くに住んでいた人はインタビューで「窓の近くにいたところ、『ドカーン』という大きな音がして、慌てて庭に出た。そうしたら、庭にどこから飛んできたのかわからないコンクリートの塊が落ちていた」と話していました。
同じように比較的大きなコンクリートの塊は、シエスパから半径100m以内の私有地や道路で複数発見されたとされます。
東京消防庁から57部隊が出動
事故直後、東京消防庁からはハイパーレスキュー隊など57部隊が現場に駆け付け、被害者の救出や瓦礫の除去にあたりました。
しかし、爆発後の通報で「ガス爆発かもしれない」という情報が寄せられていたことから、消防庁の隊員も火花が出るような工具の使用ができずに手作業で瓦礫の除去などを行ったされます。
さらに渋谷という都心で日中に発生した事故だったためにあっという間にマスコミや野次馬が現場周辺に殺到し、くわえてシエスパの建物が狭い裏通りに面していたことから、被害者救出には困難が生じました。
渋谷温泉施設爆発事故の原因
当初、渋谷温泉施設爆発事故の原因は地下にあるボイラーの爆発ではないか?と考えられていました。
しかし、ボイラーの爆発にしては規模が大きすぎることすぐに別の原因ではないか?と指摘されるようになり、その後の調査でシエスパにはそもそもボイラーがなかったことが判明します。
実はシエスパの建設計画が持ち上がった際、近隣住民からは猛反対の声が上がっていました。その理由は渋谷区の地下には「南関東ガス田」があったためです。
ここでは渋谷温泉施設爆発事故の原因について詳しく見ていきます。
南関東ガス田
出展:https://www.eurofins.co.jp/
日本は天然資源に乏しい国という印象が強いため意外かもしれませんが、千葉を中心とした南関東一帯の地下には南関東ガス田という天然ガス田が存在します。
地下100~2,000mにある上総層群という地層にある「化石海水」と呼ばれる地下水にメタンガスが溶解した水が含まれているのです。
現在の時点では地盤沈下などの災害が懸念されるため、千葉県の東金市やいすみ市など一部の地域でしかガスの採掘は行われていません。
それでも南関東ガス田から得られるメタンガスは日本の国土全体からとれる天然ガスの十数%にあたるとされ、総埋蔵量は日本の国内のガス需要2,200年分を賄える量に相当するとの調査結果も出ています。
このように日本に希望をもたらすことを希望されている南関東ガス田ですが、渋谷温泉施設爆発事故では、爆発を引き起こす原因となってしまいました。
シエスパの設備
前述のように渋谷区の地下には南関東ガス田が広がっており、シエスパが温泉に使用した地下水もメタンガスを含んでいました。
そのためシエスパにあった温泉は、別棟の地下のポンプで汲み上げられ、地下設備室内にある分離装置でメタンガスと水が分離される仕組みになっていました。
そして水のみが本館に送られ、ボイラー室で温められてから8階と9階にある温泉に送られていたとされます。
一方、分離されたメタンガスは2つの系統で屋外に排出されていました。1つは本館の上層階に設置されていた排気口で、周辺住民への配慮からこちらの排気口がメインで使用されていたそうです。
もう1つの排気口は別当の地下設備室内に設置されていました。地上に近い場所にガス排気口があるのは問題ではないかとの指摘は当初からありましたが、本館の排気口をメインで使用し、こちらは緊急時用に使うとのことで周辺住民の理解を得ようとしていたようです。
また、別棟の設備室には排気ファンがついており、設備室内にメタンガスが充満しないような設計にもなっていました。
地下施設内にガスが充満した理由
出展:https://plaza.rakuten.co.jp/
事故発生時、別当の地下整備室で分離されたメタンガスを本館に送る配管のU字に落ちくぼんでいる箇所に結露した水が溜まっていたことが判明しています。
そのためパイプが閉ざされて逆流したガスが地下設備室内に逆戻りし、結果、別棟にある排気口から大量のガスが放出されることになってしまったのです。
温泉から排出されるメタンガスは湿り気を帯びているため、建設時から結露した水がU字管に貯めることは懸念されていました。
その対策として水抜き用のバルブが設置されていたのですが、なぜか設計を担当した大成建設はバルブで定期的に水抜き作業が必要なことや、水抜きの重要性をシエスパ側に説明していなかったのです。
したがって従業員はバルブの存在を知らず、オープンから1年半の間、一度も配管内の水抜きがされていませんでした。
爆発
しかもそんな状況の中、別棟の地下設備室内にあった排気ファンまで故障してしまいます。
通常、施設内で機器の故障があれば警報ブザーが鳴り、警報ランプが点灯して異常を知らせるはずでしたが、排気ファンの故障は見過ごされてしまいました。
実は、シエスパでは事故が起きる数日前にお湯をろ過する機械のモーターも壊れていました。
その修理が終わるまで警報ランプはつきっぱなしの状態になっており、一度点灯した警報ランプが解除されないと、ほかに不具合が検知されても警報ブザーが鳴らない仕組みになっていたのです。
こうして不運が重なり、地下設備室内には通常では考えられないような量のメタンガスが貯まってしまいました。
そして推定ではありますが、そこに制御盤の火花が引火して大爆発に至ったとされています。
渋谷温泉施設爆発事故で死亡した被害者は3名
渋谷温泉施設爆発事故で亡くなった被害者は3名で、全員シエスパで働いていた女性従業員です。
敷地面積があまり広くなく、男女共用の施設を運営するのが難しかったことから、シエスパは18歳以上の女性専用の会員制温浴施設でした。
そのため接客をする従業員も女性で、亡くなった3名と重傷を負った2名は、爆発発生時に別棟の1階にあるスタッフ用の更衣室兼休憩室で昼休憩に入っていました。
そこに真下で爆発が起こり、休憩室にいた5名は吹き飛ばされて壁などに打ち付けられたと報じられました。亡くなった3名の遺体は損傷が激しく、全身を集めるのに苦労するほどだったといいます。
ここでは渋谷温泉施設爆発事故の被害者の方々の経歴やご家族について紹介していきます。
渋谷温泉施設爆発事故の被害者・千財明菜さん
渋谷温泉施設爆発事故で命を落とした千財明菜さんは、北海道旭川市出身の23歳の女性でした。
高校1年生の時に両親が離婚しており、母親と2人で支えあって暮らしていたという千財さん。
高校を卒業すると「航空会社で働きたい」という夢を追いかけて、奨学金を利用して東京の専門学校に進学したといいます。
残念ながら航空会社に就職は決まりませんでしたが、学生時代に培った英語力が認められて専門学校卒業後は都内にある一流ホテルのラウンジで契約社員として働くことになったそうです。
そこで千財さんは、当時建設中であったシエスパを運営する「ユニマットビューティーアンドスパ」の宮田春美社長と出会うことになります。
宮田社長は千財さんの勤務先ホテルのマネージャーの姉でした。何度か会ううちに親しくなったという2人。そして宮田社長は、ホテルの契約が切れるということで仕事を探していた千財さんに「うちの施設で働かないか」と声をかけたのです。
こうしてシエスパのオープンから1年3ヶ月が経った2007年4月、千財さんはシエスパ内にあるレストランでアルバイトとして働き始めることとなりました。
アルバイトといっても社員と遜色のない働きをしており、航空会社で働く夢を諦めていなかったことから就職活動も続けていたそうです。
私生活では上京時には1人暮らしをしていたものの、事故当時は東京にいたという父親と2人暮らしをしていたそうで、事故前日の6月18日には父親に感謝の手紙と手作りチョコレートを贈っていたといいます。
渋谷温泉施設爆発事故の被害者・日詰真里さん
同じく渋谷温泉施設爆発事故で亡くなった日詰(ひづめ)真理さんは、千財さんと同じレストランフロアで働いていた51歳の女性です。
日詰さんはデザイナーの仕事を退職して、シエスパで働き始めたところだったそうです。ご主人と非常に夫婦仲がよく、夫妻で「50歳も過ぎたし、今後はゆっくり過ごしたいね」という話をしていたといいます。
8月には銀婚式で海外旅行に行く予定だったそうで、日詰さんも楽しみにしている様子だったとのことです。
また、日詰さんは1人娘だったといい、思わぬ事故で娘を奪われた母親はノイローゼ状態になってしまい、「早く真理のところに行きたい」と自殺未遂を繰り返し、2011年6月に亡くなったといいます。
母親の死因は公表されていませんが、日詰さんの夫が「事故の4人目の犠牲者が出てしまった」と語っていたことから、仮に病死だったとしてもずっと突然の娘の死を受け入れられず、苦しみ続けていたのではないかと思われます。
渋谷温泉施設爆発事故の被害者・藤川広美さん
同じく渋谷温泉施設爆発事故で亡くなった藤川広美さんは、シエスパの正社員として働いていた22歳の女性です。
リフレクソロジストとして勤務していたといい、施設の支配人からは「笑顔の可愛らしい人だった」との話がありました。
渋谷温泉施設爆発事故の裁判と大成建設への判決
渋谷温泉施設爆発事故発生から1年半が経った2008年12月12日、警視庁は温泉施設を施工した大成建設の設計責任者、シエスパの運営会社であるユニマットビューティーアンドスパの保守管理担当者、管理マネージャーの3人を業務上過失致死傷罪で書類送検しました。
まず、水抜きバルブの使用方法や重要性をシエスパ側に説明しなかった大成建設の設計責任者角田宜彦(つのだよしひこ)被告には、2016年5月25日に最高裁判所で禁錮3年(執行猶予5年)の有罪判決が言い渡されました。
ユニマットビューティーアンドスパの保守管理担当者と管理マネージャーについては、施設周辺に住んでいた住民に対してガス検知器の設置などを約束していたにもかかわらず、約束を反故にしたことにより、業務上過失致死傷容疑がかけられたとのことです。
しかしシエスパ側の社員2人に関しては、ガス探知機の設置は義務ではないことから最終的には無罪となりました。
民事裁判
2010年6月16日、ユニマットビューティーアンドスパの後継会社に当たるユニマット不動産は大成建設など4社に対して、施設の説明に不備があったことにより損害を受けたとして105億円の賠償を求める民事裁判を起こしました。
また、被害者の1人である日詰真理さんの遺族も、大成建設に損害賠償請求訴訟を起こしました。
この民事裁判はどちらも大成建設らが和解金を支払うことで解決したと報じられていますが、和解金がいくらかだったなど、細かいことは不明です。
渋谷温泉施設爆発事故での社長の責任は?
出展:http://sakamotoryu.blog34.fc2.com/
渋谷温泉施設爆発事故で刑事上の責任を問われたのは、施設の設計・建設を担当した大成建設のみであり、シエスパの運営会社であるユニマットビューティーアンドスパおよび宮田春美社長は罪に問われませんでした。
しかし、社長やユニマットビューティーアンドスパにまったく責任がないとは言えません。
会社側は、無色無臭のメタンガスを扱うにもかかわらず、ガス漏れ探知機の設置を怠っていたことが判明しています。
しかもシエスパオープン前の住民説明会ではガス探知機の設置と毎日ガス濃度を測定することを約束していたにもかかわらず、どちらも守らなかったのです。
事故後に開かれた記者会見ではこの点について宮田社長に批判が集中しました。しかし、社長の口からは「施設のメンテナンスは日立ビルシステムに一任していた」との言い訳めいた発言が繰り返されるのみでした。
渋谷温泉施設爆発事故の現在① シエスパの跡地
シエスパの跡地は10年以上、解体さえされずにバリケードで囲われて放置されていました。
2016年になってやっと解体され、その後、別棟の跡地はコインパーキングとして利用されています。
本館も改装されて、2020年からワークコート(WORK COURT)渋谷松濤というコワーキングスペースが開業しましたが、こちらは2023年3月をもって閉店となっており、その後は何が入るのか発表されていません。
渋谷温泉施設爆発事故の現在② 被害者の現在
渋谷温泉施設爆発事故で亡くなった3名と一緒に更衣室で爆発に巻き込まれ、重傷を負ったという池田君江さん。
池田さんは事故が起きる1週間ほど前からシエスパでネイリストとして働いており、不運にも爆発で脊髄を損傷し、車いす生活を余儀なくされていました。
池田さんは爆発で下半身をロッカーに挟まれてしまい、意識が戻った時には下半身の感覚がなくなっていたといいます。
池田さんは事故直後のことを振り返って以下のように語っていました。
「医師にさんざん、“命があっただけでも奇跡なんですよ”と言われました。今となったら、そうなのかなと思えるけど、当時はピンとこないのが正直なところでしたね」
当時、池田さんのお子さんはまだ中学生だったそうで、家族のためにも「歩けなくても、寝たきりでも、命があっただけでよかったと思わないと」と言われても納得する気にはなれなかったのです。
そこで池田さんは自分でいろいろ調べて、脊髄損傷専門トレーニングジム「ジェイ・ワークアウト」の見学に訪れ、リハビリに励みました。
そこから努力を重ねて車いすに乗って移動するまでに回復したのだといいます。
現在、池田さんは車いす生活を通して感じた嬉しかったこと、悔しかったこと、不便だと感じたことなどを広くシェアしながら「心のバリアフリー」を訴える公演活動をされているとのことです。
渋谷温泉施設爆発事故の現在③ 宮田社長の現在
事故後、シエスパの運営会社であるユニマットビューティーアンドスパは解体されてユニマット不動産となり、宮田春美社長も辞職したと報じられています。
宮田社長のその後は不明ですが、事故が起きる前には「美人社長」「女性版ホリエモン」等、週刊誌で取り上げられて有望な女性社長として注目を集めていました。
ところがいざ事故が起きての記者会見では責任の所在は自分にはないことを繰り返し、泣き出す始末。
これでは被害者の遺族も怒り心頭だろうと思いきや、千財さんの父親は「社長は雇われ社長で、実質的な責任者は別人だと感じる」と取材に答えており、ネット上でも「ただのお飾りだったんだろうな」という声が多く見られました。
渋谷温泉施設爆発事故の現在④ ガス探知機設置の義務化
渋谷温泉施設爆発事故の後、東京都が都内148の温浴施設を調査した結果、なんと9割もの施設でガス探知機が設置されていなかったことが発覚しました。
また、休廃止した18の施設を除く130の施設のうち、定期的なガス濃度調査を行っている施設はわずか9施設にとどまり、都民からは今後も同様に事件が発生するのではないかと不安の声が上がりました。
これを受けて環境省は温泉法の一部を改正し、ガス検知器の設置や安全担当者の配置の義務化、温泉採取の許可制の実施などを定めました。
渋谷温泉施設爆発事故についてのまとめ
今回は2007年6月19日に渋谷区松濤で発生した渋谷温泉施設爆発事故について、事故原因や死亡した被害者の方々、大成建設に下された判決、その後への影響をまとめて紹介しました。
従業員が命を奪われたことや周辺への被害の大きさに対して、爆発の原因があまりにもお粗末で、責任の所在もあやふやなまま幕が下ろされた印象のある渋谷温泉施設爆発事故。
被害者の方々のご冥福をお祈りするとともに、2度とこのような理由で悲惨な事故が起こらないよう願いたいです。