2023年7月1日に北海道札幌市のラブホテルで首が切断された遺体が発見される恐ろしい事件が起こりました。その実行犯の母親が田村浩子です。
田村浩子の生い立ちや経歴、顔写真の有無や旦那の田村修との結婚、娘の田村瑠奈との関係性、すすきのホテル殺人事件の概要と田村浩子の事件との関わり、事件の動機や裁判の判決、その後と現在をまとめました。
この記事の目次
田村浩子はすすきのホテル殺人事件の犯人の母親

出典:fnn.jp
田村浩子
生年月日:1962年12月20日
住所:北海道札幌市
職業:元パート、無職
田村浩子は、2023年7月1日に札幌市のすすきのにあるラブホテルで起こったすすきのホテル殺人事件の実行犯である田村瑠奈の母親です。
田村浩子は娘の田村瑠奈が被害者の頭部を自宅に持ち帰り、浴室に置いていたことを知りながらもそれを容認し、同年7月7日には娘が遺体損壊をして加工したものを見せられても、警察に通報することなく日常生活を送っていました。
同年7月25日には遺体遺棄などの容疑で逮捕、さらに8月11日に殺人事件で再逮捕されています。その後、死体損壊幇助と死体遺棄幇助で起訴されました。
田村浩子の生い立ちや経歴

田村浩子は1962年12月20日に北海道室蘭市で生まれました。
高校卒業後は北海道教育大学旭川校に入学しています。偏差値は50前後ですが、国立大学なので、それなりに勉強はできたのでしょう。田村浩子の専攻はわかっていませんが、卒業後の進路を考慮すると、「芸術・保健体育教育専攻」の美術分野の可能性が高いです。
大学卒業後は道立旭川美術館に就職しました。年齢から考えると、大学・卒業は1985年です。
その後、1993年の結婚を機に退職しています。
その後は長く専業主婦をしていましたが、60歳になった2022年を機にパン屋さんでのパートを始めました。しかし、左足を骨折したことで休職していました。そして、事件が起こり、逮捕・勾留を機に退職しています。
専業主婦をしていた時は近所の人とも交流があり、庭先の草花や生き物を譲ったり、田村浩子の趣味である絵画の話などをしていたそうです。
田村浩子の顔写真はある?
娘の田村瑠奈や旦那の田村修の顔写真は、ニュースサイトなどで公開されています。田村瑠奈は幼少期の写真も流出していますが、母親の田村浩子の顔写真は流出していません。送検された時に警察車両の後部座席に乗っている写真だけが公開されています。
ただ、その写真は逆光になっていて、ほぼ顔が分からない状態です。こちらが田村浩子の顔写真です。

メガネをかけている中年女性ということはわかりますが、それ以上の顔立ちはわかりません。長年専業主婦をしていて会社や学校などに所属していなかったことから、逮捕前の顔写真は流出しなかったのでしょう。
田村浩子の旦那は田村修

田村浩子の旦那は田村修です。2人は1993年3月に結婚しています。
旦那の田村修は北海道紋別郡遠軽町で生まれ、1988年に旭川医科大学を卒業しました。本人曰く、大学始まって以来の「最低の出席数」と「最大の卒試追試数」で卒業したとのことです。
手術が嫌だったという理由から精神科医になり、1993年に田村浩子と結婚して、2008年には札幌の勤医協中央病院の精神科長として勤務していました。
院内では身体疾患で入院した患者の精神的なケアをする「リエゾン・コンサルテーション」を担当していて、友人からは「真面目で仕事熱心」という評判でした。また、社会活動にも取り組んでいたそうです。
田村修は田村浩子と再婚だった
田村浩子は初婚だったようですが、旦那の田村修は再婚でした。結婚生活は3年程度だったとのこと。
1988年に医大を卒業していて、1993年には田村浩子と結婚しているので、おそらく大学卒業後すぐに結婚していたのでしょう。
修被告には、浩子被告の前に結婚していた妻がおり、バツイチだったことが明かされました。結婚生活は3年ほどで、仕事に忙殺されるなか、夫婦関係が破綻したとのことです。
引用:「レジの前で一歩も動かなくなって…」裁判で明かされた田村瑠奈被告の幼少期 父・修被告に“バツイチ”離婚過去【ススキノ事件公判】|NEWSポストセブン – Part 2
前妻との間に子供がいるかどうかは不明ですが、離婚理由が「仕事に忙殺された」とのことなので、子供はいなかったのかもしれません…。
田村浩子の娘は田村瑠奈
田村浩子と旦那の田村修には1人娘がいます。その1人娘が田村瑠奈です。この田村瑠奈がすすきのホテル殺人事件を引き起こしました。
子供の頃には危険行動も

出典:bunshun.jp
田村浩子のの1人娘である田村瑠奈は、友達を家に呼んで遊んだり、ハリーポッターが好きだったりと普通の子供でした。
しかし、異質なものを持った子供だったようです。
小学生の時、田村瑠奈が高そうなドレスを着ていたのを見た同級生の男の子が茶化したら、田村瑠奈はカッターを持ち出してその子を追いかけ、馬乗りでカッターを首に突き付けて、「次言ったら刺すからな」と脅したのです。
この時は周囲の友達が止めてくれたので、ケガはありませんでした。
不登校で引きこもり

また、小学2年生の頃から学校を休みがちになり、中学生になると不登校になりました。心配した母親の田村浩子は精神科を受診をさせ、中学3年からはフリースクールに入学させましたが、フリースクールにもほとんど通うことはできませんでした。
友だちは1人もおらず、LINEのアカウントも持っていない状態で、18歳からは自宅で完全に引きこもるようになり、昼夜逆転の生活になります。外出は両親のどちらかが付き添った状態でのみ可能で、ドン・キホーテやゲームセンターなどに行く程度だったそうです。
精神疾患を患うようになる

完全に引きこもり状態になった18歳の頃から精神疾患を患うようになり、自殺未遂を繰り返しました。また、身体の中に違う人物が入る「ゾンビ妄想」という症状が出るようになります。「ルルー」や「シンシア」などと名乗るようなりました。
・「田村瑠奈の体には5~6人の魂が入って、体を借りているだけ」などと言って、自分のことを「ルルー」や「シンシア」などと名乗るようになる
田村瑠奈は18歳で死んだため、自分は田村瑠奈ではない。と話すようになり、両親には「瑠奈」ではなく「お嬢さん」と呼ぶように強要しています。
事件の6年前には多重人格や統合失調症の診断を受けましたが、徐々に治療を受けていたクリニックにも通わなくなり、父親の田村修が薬を処方するようになりました。
しかし、抗精神病薬を飲むと体調が悪くなるため、抗うつ病の薬しか飲んでいませんでした。つまり、適切な治療を受けていなかったのです。
田村浩子と娘の田村瑠奈との親子関係はいびつだった
田村浩子と娘の田村瑠奈の親子関係はいびつなものだったようです。
整理整頓を許さない

田村瑠奈は引きこもるようになると、田村瑠奈が小学生の頃までは、田村浩子は自宅をきれいに保っていて、整理整頓していました。
しかし、引きこもるようになると、モノを捨てることを極端に嫌うようになります。私物を触られること、モノを移動させることも許さなかったので、田村浩子は自宅の整理整頓をすることができず、自宅はゴミ屋敷になっていました。
事件前には自宅にモノがあふれて、足の踏み場もない状態になり、田村浩子の寝る場所を確保するのがやっと。田村修の寝る場所はない状態にまで悪化し、田村修はネットカフェで寝泊まりするようになったのです。
田村修は出勤前・退勤後に自宅に寄り、田村浩子が作った食事を受け取ったり、頼まれた買い物をしたりしていました。
奴隷のようにこきを使っていた

出典:asahi.com
田村瑠奈は両親を奴隷のように扱っていました。
田村浩子や田村修は、瑠奈になんでも買い与えて甘やかして育てていましたが、それがどんどんエスカレートしていきました。
田村浩子は瑠奈から「お嬢さんの時間を無駄にするな。私は奴れいです。オーダーファースト」「奴隷の立場をわきまえて無駄なガソリン、お金を使うな」などの誓約書を書かされ、リビングに掲示されていました。
また、田村浩子が瑠奈のものを移動させると激昂し、田村浩子を風俗に売り飛ばすように叫んでいました。
「あんたもそのくそアマもどっちもよ熟女系の風俗にでも売り飛ばせばいい。とっとと売れやそのくそアマをよ」(瑠奈被告の当時の発言)
引用:【ススキノ首切断事件】起訴された親子3人・一審で執行猶予付きの有罪判決を受けた父親・修被告の二審の裁判始まる_本人は出廷せず10分程度で結審|FNNプライムオンライン
瑠奈は妄想上の恋人「ジェフ」がて、ジェフとの結婚式を企画し、両親に参列させています。妄想上の恋人と娘の結婚式に参列する両親。恐怖映像ですよね…。
田村浩子の娘の田村瑠奈が起こしたすすきのホテル殺人事件の概要
2023年7月1日に発生したすすきのホテル殺人事件。田村瑠奈が被害者の浦仁志さん(62歳)を札幌市のすすきのにあるラブホテルで殺害し、首を切断して頭部を自宅に持ち帰った事件です。
<すすきのホテル殺人事件>
・発生日時:2023年7月1日
・被害者:浦仁志(62歳)
・加害者:田村瑠奈(当時29歳)
・共犯:田村修(当時59歳)
・共犯:田村浩子(当時60歳)
この事件はどのような経緯で発生し逮捕に至ったのかを見ていきましょう。
田村瑠奈が被害者に騙されて肉体関係を持つ

出典:youtu.be
18歳から完全引きこもりだった田村瑠奈は、SMやホラー映画に興味を持つようになります。怪談バーにも外出するようになり、2023年5月28日、田村瑠奈はクラブ「キングムー」の閉店イベントに行くことを希望し、父親の田村修が連れていきました。
そこで、瑠奈は被害者となる浦仁志さんと知り合い、意気投合します。両親には「ラウンドワンに行く」と伝え、それを聞いた田村浩子は「ずっと引きこもりで友達がいなかった娘の瑠奈に前進が見られた」と喜んだそうです。
しかし、被害者は瑠奈を騙してラブホテルに連れ込み、性行為をします。性行為自体は瑠奈も同意したようですが、避妊しなかったことに対して被害者に激怒します。しかし、被害者は誤魔化すだけでした。
その日は父親の田村修にクリニックに連れていってもらい、アフターピルを服用しています。
田村浩子は被害者と接触しないようにするも失敗

アフターピルを服用することになった田村瑠奈は、その2週間後の6月18日、父親の田村修と共にススキノに行き、クラブを渡り歩いて被害者(浦仁志)を探し出しました。そして、7月1日に再び会う約束を取り付けます。
田村瑠奈は約束を取りつけた際、次のように発言しています。
「前回は(Aさんに)私が責められたので、次は私が責める番だ」
引用:(2ページ目)ススキノ首狩り殺人に新証言「手錠と目隠しして」自宅リビングで父娘のSMプレイと殺害予行演習 | 文春オンライン
6月下旬には瑠奈は父親を相手に、SMプレイの練習までしていました。
そんな様子を見た母親の田村浩子は娘の瑠奈を浦仁志さんに会わせてはいけない。会わせたくない。と考えるようになります。田村浩子は旦那の修に相談して、「瑠奈はヤクザの組長の娘」という架空のシナリオを作り上げ、瑠奈に合わないように警告するメモを作成しました。
それを修に渡して、修は浦さんに電話をしますが、なかなかつながらず。ようやくつながったのが事件が起こる7月1日でした。
修は浦さんに瑠奈と会わないように依頼しますが、「向こうも会いたがってるわけだから。」と言われてしまいます。修は仕方なく、「瑠奈が嫌がることはしないでほしい」としかお願いできませんでした。
田村瑠奈は被害者を殺害

田村瑠奈と修は、量販店で事件の凶器となるのこぎりやナイフを購入し、事件当日にものこぎりをさらに1本追加購入しています。
7月1日22時半ごろ、田村修は瑠奈を待ち合わせ場所に送り届け、瑠奈と被害者はホテルに入ります。そして、23時10分過ぎに瑠奈は撮影をしながら、被害者を目隠しして後ろ手に縛って、SMプレイを開始しました。
そして、瑠奈は被害者の頸部を複数回ナイフで刺して殺害します。さらに23時半ごろにのこぎりで首を切断し、きれいに洗い流します。遺体全部をキャリーケースに入れようとしましたが、入らなかったために頭部のみキャリーケースに入れて、被害者の携帯電話なども持ち去って、父親の修が待つところに戻り、車で自宅に戻りました。
遺体を自宅に持って帰る

被害者の遺体(頭部)をキャリーケースを父親の車に積んで、自宅に戻った田村瑠奈は、遺体を浴室に放置しました。
事件翌日となる7月2日の朝方、田村浩子は浴室に見慣れないプラスチックのケースと黒のゴミ袋を発見します。しかし、触ると瑠奈が激怒するので、黒のゴミ袋の中身は確認しませんでした。
その日、田村浩子は瑠奈から「おじさんの頭を持って帰ってきた」と聞かされ、さらに頭部のない遺体がすすきののホテルで発見されたニュースが報じられたことで、黒いゴミ袋の中身は本当に被害者の頭部ではないかと考えるようになりますが、この時点でもまだゴミ袋の中身を確認できませんでした。
そのような中、瑠奈は頭部から皮膚をはぎ取ったり、眼球を摘出するなど遺体を損壊しています。
自宅では頭部から皮膚を剥ぎ取り、左右の眼球、舌および食道気管を摘出して死体を損壊した
引用:札幌すすきの首切断事件「猟奇的な起訴状」に若狭勝弁護士も「異例」と驚く | Smart FLASH/スマフラ[光文社週刊誌]
田村浩子は警察に通報するようなことはせず、自宅の浴室には近づかないようにしていたようです。
田村浩子は娘の田村瑠奈に「作品」を見せられた

田村浩子は浴室に被害者の頭部があることに気づいていましたが、そのまま日常生活を続けていました。
しかし、その後に瑠奈から「これ見て」と呼び出されて浴室に行くと、皮膚をはがされた被害者の頭部を見せられます。さらに、瑠奈がチェキで撮影した写真を持たせ、浩子が拒否すると、
「ちゃんと見て!」と叱責されました。田村浩子はこの時の光景を「この世の地獄がここにある」と感じたと裁判で語っていました。
さらに事件から約1週間後の7月7日。田村浩子は浴室で作業をするから動画を撮ってほしいと瑠奈に頼まれました。しかし、恐怖を感じて拒否し、旦那の田村修にその役割を押し付けます。その後、瑠奈からは目玉が入ったガラス瓶を見せられ「私の作品を見て!」と叱責されました。
7月19日には、「私の作品見て。」と再び言われます。その作品とは、「ワイヤーで吊るしたハンギングバスケットを2つ合わせて円形にした状態のものにかぶせられた顔の皮」でした…。
田村浩子は死体遺棄容疑で逮捕された
2023年7月2日にすすきののラブホテルで首のない遺体が発見されましたが、警察は一緒にラブホテルに入った女性(田村瑠奈)の行方を捜しだします。
早い段階で、警察は田村瑠奈を容疑者と見ていたようで、田村浩子にも警察の尾行がつき、田村浩子もそれに気づいていましたが、浩子は「警察が来たら運命を受け入れよう」と考え、今まで通りの日常生活を続けていました。
ただ、自分が逮捕されるとは思っていなかったようです。
そして、運命の日。2023年7月24日。田村瑠奈と田村修が殺人と死体遺棄で逮捕され、翌日の25日には田村浩子も死体損壊と死体領得、死体遺棄の疑いの容疑で逮捕されました。そして、8月11日には殺人容疑で再逮捕されました。
田村浩子の娘の田村瑠奈の犯行動機はトラブル?

出典:youtu.be
すすきのホテル殺人事件を起こした田村瑠奈の動機は、性的トラブルだったと言われています。
女性だと思っていたら、女装をしたおじさんで、カラオケに行くと思っていたらラブホテルに連れ込まれ、性行為は否認してもらえなかったとなれば、強い恨みを抱いても仕方がないのかもしれません。(それで殺人に及ぶのは問題外ですが)
ところが、最後の行為でAさんが避妊具をつけず、中出ししたことに瑠奈が『約束を破った』と激高。同時に妊娠や性感染症のリスクに怯えた。これが事件の発端とされている」
引用:(2ページ目)ススキノ首狩り殺人に新証言「手錠と目隠しして」自宅リビングで父娘のSMプレイと殺害予行演習 | 文春オンライン
この事件で気になるのは田村浩子の動機です。田村浩子は事件翌日の7月2日に、自宅の浴室に頭部があることを知っていたのに、警察に通報することなく、日常生活を続けていました。この動機は感覚がマヒしていたのかもしれません。
「自首をするよう説得はしなかった?」(検察側)
「警察がすぐにでも来ると思っていた」(浩子被告)
「頭部を持って帰って来た理由が気にならなかった?」(検察側)
「そういうレベルじゃなかった。なぜと考えても仕方がないというか」(浩子被告)
引用:”頭部”持ち帰った娘・田村瑠奈被告になぜ黙っていた?「考えても仕方がない」「警察がすぐに来ると思った」約2か月ぶり…母親・浩子被告の裁判―検察との3時間にわたる静かな応酬<ススキノ首切断事件>
それまでもゴミ屋敷の中で娘の瑠奈の奴隷のような生活を送ってきたことで、感覚がマヒしていた。考えることを放棄し、流れに身を任せるしかない状態になっていたと思われます。
田村浩子の裁判の判決

田村浩子は逮捕後に鑑定留置が行われ、2024年3月6日に死体損壊幇助と死体遺棄幇助の罪の罪で起訴されました。
裁判では田村浩子が、瑠奈が遺体を隠匿することを容認し、遺体を損壊することを容認していたかどうかが争点となりました。
検察側は「どちらも容認していた」として、死体遺棄幇助罪・死体損壊幇助罪は成立すると主張し、田村浩子と弁護士は「置いていいと言っていないし、娘から隠したいとも言われていない」から隠匿を容認していない。ビデオ撮影を求められた時は、娘が遺体を損壊するとは知らなかったから遺体損壊を幇助していないと主張しています。
2025年5月に言い渡された田村浩子の裁判の判決は、懲役1年2カ月執行猶予3年です。積極的に手伝ったり、協力する意思はなかったけれど、死体遺棄幇助罪・死体損壊幇助罪が成立すると認められた形です。
田村浩子のその後と現在

出典:ytv.co.jp
2025年5月に第一審の判決(懲役1年2カ月執行猶予3年)が言い渡されましたが、田村浩子は即日控訴しました。弁護側は「遺棄の解釈や事実認定に誤りがある」と主張しています。
控訴審の判決はまだ出ていませんが、執行猶予がついても控訴したということは、完全無罪を狙っていると思いますので、今後最高裁までもつれる可能性があります。
ちなみに、田村浩子は第一審の判決前にはすでに保釈されていて、同じく保釈された旦那の田村修と自宅とは別の場所で同居しているそうです。ただ、瑠奈は精神鑑定が続いているため、両親でも面会できない状態が続いています。
田村浩子のまとめ
2023年7月に起こったすすきのホテル殺人事件の犯人の母親である田村浩子の生い立ちや経歴と顔写真の有無、旦那の田村修や娘の田村瑠奈について、娘との関係、すすきのホテル殺人事件の概要や事件の動機、裁判の判決とその後や現在をまとめました。
すすきのホテル殺人事件は令和を代表する猟奇的な事件です。なぜこのような事件が起こってしまったのか、全容解明が待たれます。

















