スカフィズムとは古代のペルシア人によって考案された拷問で、史上もっとも残酷な処刑方法と呼ばれています。この記事ではスカフィズムの内容や手順、資料に残っている事例と実在しなかったとされる根拠、この拷問が登場する漫画などを紹介していきます。
この記事の目次
スカフィズムは古代の拷問方法
スカフィズムはアケメネス朝ペルシア(紀元前500年〜350年頃まで存在)で考案され、行われていたとされる処刑方法です。
ギリシア語で「小舟」を意味する「Skaphe」にちなんで名付けられたといい、実際にこの拷問では2隻のボートが使用されました。
スカフィズムは主に殺人などの重罪者に対して用いられることが多く、主な犠牲者はギリシア人だったといいます。
残酷なものが多かったとされる古代の拷問のなかでも苦しむ時間が長く、群を抜いて悲惨な処刑方法として有名です。
スカフィズムの内容・手順
スカフィズムとはどのような内容の拷問だったのでしょうか。まずは文献を頼りに、スカフィズの手順を見ていきましょう。
①二隻の小舟のなかに受刑者を入れる
出典:https://mysteriesrunsolved.com/
まず、2隻の小舟もしくは中心をくり抜いた木の幹を用意します。
そして重ね合わせた小舟やくり抜いた木の幹の間にできた空間に受刑者を寝かせ、頭と両手、両足だけが出るようにして、身動きができないようにロープで縛り上げます。
この状態の受刑者は、まるで棺桶にはいっているように見えたそうです。
②ハチミツやミルクを塗りたくる
次に、身動きが取れなくなった哀れな受刑者の口にミルクと蜂蜜の混合物を無理やり流し込み、強制的に下痢や嘔吐を引き起こします。
さらに小舟から出ている顔や両手、両足にもこの混合物を塗りつけます。嘔吐をした場合は吐瀉物が受刑者の顔や小舟などにも付着しますが、これは拭かずにそのまま放置したそうです。
これを何日か続けて甘いような、腐ったようなにおいが受刑者と小舟に染み付いてきたら、第3段階に移ります。
炎天下か淀んだ沼地、貯水池などに受刑者を連れていき、そのまま放置するのです。
③全身に虫がたかる
不潔な状態で身動きも取れないため小舟の中は排泄物でいっぱいになり、放置されて数時間もするとハエや甲虫などが受刑者に群がってきます。
そして受刑者の顔や手足を刺して卵を産み付けていくのです。とくに虫が群がるのは顔で、受刑者の目や口の中、鼻の穴のなかに至るまで虫が入り込んだといいます。
また小舟の中に溜まった排泄物にもウジ虫が湧き、ウジ虫は受刑者に寄生して血肉を餌に成長していきます。
こうなるとやがて血管の中にもウジ虫が入り込み、受刑者の血流は阻害されて壊疽が広がっていくというおぞましい事態に。
さらにしばらくするとネズミも現れ、蜂蜜のにおいや腐臭のする受刑者の顔や手足を食いちぎっていきます。
その傷口も治癒しないために壊死が広がり、生きながらにして内側からも外側からも、少しずつ身体を食い荒らされていくことになるのです。
④強制的に生かされる
出典:https://mysteriesrunsolved.com/
身動きができずに放置されれば、虫やネズミに食い殺される前に餓死や脱水で死ぬのではないかとも思われます。
しかし、運が良くない限りは受刑者が餓死や脱水で死ぬことは叶いません。この拷問を受けている最中も、受刑者の口には栄養たっぷりのミルクと蜂蜜の混合物が毎日流し込まれるからです。
虫がたかるようになって数日もすると受刑者は正気ではなくなり、うわ言を繰り返しながら死を待つこととなります。
さらに受刑者が弱って逃げ出す心配がなくなると、蓋をしていた小舟が外されて体の柔らかい部分、たとえば肛門や性器などにミルクと蜂蜜の混合物がかけられたそうです。
集まってきた虫はこれらの柔らかい部分を咬み始め、排泄物からバクテリアを運びます。そしてバクテリアは咬傷に感染していき、ほどなくして傷からは膿が流れるように。
膿にはさらに多くの虫がたかるため、この傷からさらに多くの虫が受刑者の体内に入り込んでいき、内臓も食い荒らされてしまうのです。
なお、スカフィズムの語源になったとされる「Skaphe」には前述のように「小舟」という意味のほか、「空洞」という意味もあります。
そのため虫に内蔵を食い荒らされた後に体内が空洞になった受刑者の様子にちなんで、この拷問に「Skaphism」という名前がついたという説もあるそうです。
スカフィズムの犠牲者は何日くらい苦しむのか
拷問内容もさることながら、スカフィズムのもっとも恐ろしい点は「自然死がゆるされなかった」ということです。
とくに身分の高い者を暗殺しようとした場合など、罪が重い受刑者の場合は決して自然死をさせず、1日でも長く苦しみが続くようにとこまめにミルクと蜂蜜が与えたれていたといいます。
そのため受刑者は約2週間もの間、生地獄のような拷問を味わい続けたそうです。
後述しますが『アルタクセルクセスの生涯』によると、スカフィズムの犠牲者のなかでももっとも有名なペルシア兵のミトリダテスは17日間苦しんだ後に死を迎えたとあります。
スカフィズムは実在した?歴史に見られる記述を紹介
数は少ないですが、歴史上の文献にもスカフィズムを行なったという記述は見られます。ここではスカフィズムが実在した根拠とされる文献について紹介していきます。
①プルタルコス『アルタクセルクセスの生涯』
帝政ローマのギリシア人著述家、プルタルコスの著書『アルタクセルクセスの生涯』には以下のような話でスカフィズが行われたとの記述があります。
紀元前404年頃、ペルシャ王ダレイオス 2 世が亡くなり、アルタクセルクセスとキュロスの 2 人の息子が残された。
王位は長男のアルタクセルクセスが継ぐものとされていたが、弟のキュロスは野心家であり、兄を殺害して自分が王位につきたいと考えた。
そして兄弟間で戦争が勃発。紀元前401年のクナサクの戦いでアルタクセルクセスの配下にあった若き兵士・ミトリダテスが放った矢がキュロスを射抜き、王位争いに決着が着いた。
アルタクセルクセスはミトリダテスに褒美をとらせたうえ、1つだけ約束をさせた。それは「自分がキュロスを殺したとは決して口外せず、誰かに聞かれたら『兄であるアルタクセルクセスが討ち取った』と話す」というものだった。
しかしある時、晩餐会で酔っ払ったミトリダテスは新王との約束を忘れて「キュロスを殺したのは自分だ」と自慢してしまう。
これを聞いたアルタクセルクセスはミトリダテスの暴露は王への裏切りだと憤慨し、彼をスカフィズの刑に処した。
このおぞましい拷問に処されたミトリダテスは17日間生き延びた挙げ句、重度の感染症によって死亡した。
②イオアンネス・ゾナラスの著書
12世紀に活動したビザンチンの年代記作家、イオアンネス・ゾナラスの著作にはミトリダテスの受けたスカフィズムについて、より詳細な記述があります。
ペルシア人は他のどんな野蛮な民族が考えた処刑よりも、残酷な拷問を行なっていた。すなわち「ボート」だ。
なぜ拷問の名前がボートなのか、詳しくない読者のために説明しよう。まずこの拷問では、犠牲者の頭、手、足だけが外に出るように穴を開けた2 隻のボートを重ね合わせる。
処罰される人間はこのボートの中に仰向けに寝かせられ、ボートの周辺はボルトで釘付けして身動きを取れないようにさせられる。
次に処刑人は哀れな犠牲者の口にミルクと蜂蜜の混合物を流し込んで、吐くまで待つ。そして同じ液体を顔や身体にも塗りたくられた犠牲者は、そのまま太陽にさらされる。
これを毎日繰り返すとハエやスズメバチ、ミツバチなどが犠牲者に集まり、惨めな犠牲者を刺して苦しめる。
さらにミルクと蜂蜜で膨らんだ犠牲者の腹は液状の排泄物を吐き出し、この汚物を餌にあらゆる幼虫が繁殖。犠牲者は身体を自分の汚物で腐敗させ、幼虫に体内を食い尽くされ、長く恐ろしい時間をかけてゆっくりと死んでいく。
拷問の内容が細かく綴られていますが、ゾナラスの記述は『アルタクセルクセスの生涯』の後に書かれたもので、同書の影響を大いに受けていると指摘されています。
そのため『アルタクセルクセスの生涯』で得たスカフィズの知識を膨らませて書いただけであり、資料としての価値はないとも言われています。
スカフィズムは作り話?嘘だと言われる根拠
後世まで名を残すほど残酷な拷問とされるスカフィズムですが、実在しなかったのではないか、作り話なのではないかという指摘もされています。
文献にも記されているのになぜ嘘だと言われるのか、ここではその根拠を4つ紹介していきます。
①材料が現実的ではない
スカフィズムには蜂蜜とミルクが必要とされていますが、この材料を揃えるのが困難だったはずだ、という指摘があります。
当時の蜂蜜はとても高価で、たとえば代表的な古代ギリシアの都市であるキュレネの遺跡からは、蜂蜜と交換に土地の権利を手に入れた入植者の話を刻んだ碑文が見つかっています。
またミルクが何の動物の乳を指すのかは不明ですが、いずれにしても殺菌や冷蔵保存の技術もなかった頃ですから、動物の乳はそのまま飲むものではなくチーズなどに加工して食べるのが主流でした。
ロバや馬などの乳を飲用にしていたとの話は残っていますが、大量に絞れなかったこともあり、これらの乳は高価だったといいます。
そのため高価な蜂蜜や飲料として使われていなかったミルクを、本当に拷問などに使ったのかという疑問が残ると指摘されているのです。
②技術的に無理
現代の技術では水が入らないようにピッタリと重なるボートを2隻用意し、その間に人を寝かせて水に浮かべるというのは技術的にそれほど難しいことではありません。
しかし、ペルシア帝国が栄えていた頃の紀元前の時代に、ピタリと重なる小舟を2隻用意し、浸水しないようにきっちりとネジで止めるということができたのでしょうか。
さらにスカフィズムでは受刑者の頭と手足を出すために、小舟に5ヶ所の穴が空けられていました。
受刑者の首や手足の太さに隙間なくあうように穴をあけなければ、ここからも水が入ってたちまち受刑者を入れた小舟は沼地に沈んでいったはずです。
技術的に100%不可能というわけではなかったかもしれませんが、このような小舟を用意するには相当のお金と時間がかかるでしょう。
沈まない小舟、蜂蜜、ミルクと、スカフィズムに使われていたとされる材料のすべてが、一般には入手が困難で高価なものばかりでした。
しかもギロチンのように一度用意した処刑器具を何度も使えるのならいざ知れず、スカフィズムでは毎回新しい道具を用意する必要があったはずです。
このように手間もコストもかかる拷問を本当に行なっていたのか、疑問が寄せられるのも当然と言えます。
③文献の信憑性
スカフィズムが実在したとされる最大の根拠が、歴史的な資料にその名前と具体的な受刑者、拷問内容が記されているから、ということです。
しかし、実在の根拠となっている文献に対しても誇張や虚偽表現が混ざっている可能性が指摘されています。
スカフィズムの名前を記している文献で、信用に足るとされているのは実は上記の『アルタクセルクセスの生涯』だけです。他のものはこの文献の内容を焼き直したものと見られています。
唯一の資料とされる『アルタクセルクセスの生涯』の著者であるプルタルコスは、46年〜119年頃まで生存した著作家です。
つまり、スカフィズムが行われたとされる紀元前500年〜350年頃には誕生していません。
といことはプルタルコスも何かの文献を見てスカフィズムのことを知り、それを著作に記したということになります。
プルタルコスがスカフィズムについて書く際に参考にしたと考えられているのが、『ペルシア誌(Persica)』という、アッシリア史・ペルシア史の歴史書です。
『ペルシア誌(Persica)』はアルタクセルクセス2世の宮廷医師クテシアスによって書かれたものなのですが、実はこの書物、古代ギリシアや古代ローマの学者からも「嘘ばかりだ」「誤った記述が多く、価値がない」と批判されたものだったのです。
クテシアスはギリシア人で、ペルシア軍の捕虜として連行された後に宮廷医師になったという経歴の持ち主でした。
そのため交流があったのは数人の宮廷人たちのみと予想され、『ペルシア誌(Persica)』に記した話も、宮廷人から聞いた噂話などを元にしたと考えられています。
なお、クテシアスの著作には『インド誌』というものもあるのですが、こちらは「インドには
- 胴体がライオンで頭が人間のマンティコアという怪物がいる」「インドにはスキヤポデスという一本足の巨人がいる」といったことが羅列された奇抜な書物です。
このような信ぴょう性の低い歴史書が『アルタクセルクセスの生涯』におけるスカフィズムの出典元となると、本当にあった拷問なのか怪しくなってきます。
なお、プルタルコスが古代ギリシア時代にすでに「内容がおかしい」とされていたクテシアスの著書を出典にした理由については、ペルシア人嫌いだったためではないかとも考察されています。
ペルシア人のイメージを野蛮で残虐なものと強調するために、信憑性が薄いのは承知のうえで『ペルシア誌(Persica)』を参考にしたのではないかと指摘されているのです。
④感染症の流行を招くおそれがある
スカフィズムは、受刑者を不潔な状態のまま放置してハエやネズミなどをおびき寄せるという拷問です。
このような拷問を行えば、受刑者の周りにはウジや昆虫の卵だけではなく虫やネズミの糞なども散乱するでしょう。そのため不潔な受刑者はともすれば疫病の発生源になりかねなかったのではないか、とも指摘されています。
とくにネズミが媒介すると考えられている感染症は多く、その代表的なものがペストです。ペストはネズミなど齧歯類の感染症であり、ペスト菌に感染したネズミに付着していたノミに刺されることで人間にも感染するとされています。
わざわざ拷問のために感染症の苗床のような環境を作ったとは思えないことから、スカフィズムは作り話なのではないかとも考えられています。
スカフィズムが登場する創作物① シェイクスピア『冬物語』
シェイクスピアのロマンス劇『冬物語』のなかには、スカフィズムを思わせるような拷問が登場します。
といっても『冬物語』は喜劇ですから、実際に登場人物が拷問されるわけではありません。王子と相思相愛の仲にある羊飼いの娘のパーディタを脅すために、「王子を諦めなければ養父が拷問を受けることになる」と脅されるシーンで話の中に登場するのが、スカフィズムによく似た架空の拷問なのです。
スカフィズムが登場する創作物② 漫画『黒医者のデザート』
本日発売のヤングキング19号にて「黒医者のデザート」第4話掲載中!ありがたい事に巻頭カラーいただいております!この世で最も残酷な処刑法「スカフィズム」回です。新キャラも続々登場するのでよろしくお願いします!! pic.twitter.com/y8B9JMz2W0
— 外本ケンセイ『厭談夜話』連載中! (@hokaron1101) September 10, 2018
ヤングキングに連載されていた外村ケンセイさん作の漫画『黒医者のデザート』では、作中にスカフィズムが行われる描写があります。
スカフィズムが取り上げられているのは第4話の『ミルクと蜂蜜』の回です。
スカフィズム以外の残酷な拷問
世界の歴史を見ていくと、スカフィズム以外にも受刑者を苦しめ、見せしめにするための残酷な拷問が多数存在します。ここではスカフィズムのほかにも実在したとされる残酷な処刑方法を承継していきます。
①凌遅刑
凌遅刑(りょうちけい)は中国の歴史の中でも際立って有名な拷問方法で、唐滅亡後からから清王朝末期まで行われていたとされています。
別名「千のナイフ」とも呼ばれるこの刑は、致命傷にならないように少しずつ受刑者の肉をナイフで削いでいき、切り取る肉がなくなったら鼻や耳も削ぎ落とし、目玉をくり抜いてから斬首するという恐ろしいものでした。
斬首するまでにどのくらい肉を削ぐかは受刑者の犯した罪によって異なったそうで、皇位簒奪を計画した明の宦官・劉瑾は拷問初日におよそ3000刀、2日めにおよそ400刀刻まれた後に絶命したと伝わっています。
②ヤギ責め
ヤギ責めは18世紀のフランスで行われていたとされる拷問です。処刑方法は至ってシンプルで、受刑者の両足に塩水をつけて、山羊に舐めさせるというもの。
内容だけを聞くと山羊に足の裏を舐められるくすぐったさで自白を促す軽い拷問なのかと思ってしまいますが、実際はスカフィズムに勝るとも劣らない恐ろしい刑罰だったようです。
山羊の舌というのは紙やすりのようにざらついており、舐められ続けていると皮膚が裂けるのだといいます。しかも塩っけのあるものを延々と舐め続ける習性を持つため、山羊の舌で皮膚が裂けて流血すると、今度は流れる血液を舐め続けるというのです。
最終的に山羊のざらついた舌はゆっくりと受刑者の肉を削り取っていきますが、あまりの痛みに受刑者が泣き叫んでも、処刑人が止めるまで山羊は舐めるのをやめません。
生き物にゆっくり殺されるという点ではスカフィズムに似ているものの、こちらは塩水と山羊さえ用意すれば簡単に行える拷問であったため、罪人の自白を得るために重宝されたのではないかと見られています。
③ファラリスの雄牛
ファラリスの雄牛は、古代ギリシア時代にシチリア島アグリジェントの僭王ファラリスの命によって考案されたという処刑方法です。
この拷問では中が空洞になっている真鍮製の雄牛の像が用いられ、受刑者はまずこの雄牛の像の中に入れられました。
そして雄牛の腹の下に火をつけ、真鍮が黄金色になるまで燃やすことで受刑者を炙り殺したといいます。
この雄牛の像は頭部が複雑なつくりをしていたそうで、いぶされた受刑者があげる苦悶の声がまるで雄牛の唸り声のように聞こえたとも伝わっています。
スカフィズムについてのまとめ
今回はアケメネス朝ペルシアで考案されたというスカフィズムについて、内容や実在したとされる根拠や嘘だと言われる理由、この拷問を取り上げた作品を含めて紹介しました。
スカフィズムが本当に行われていたのか否かは意見が分かれていますが、あっても不思議ではないと思われるほどに、かつての世界では人権を無視した残酷な処刑が行われていました。
このような想像しただけで身の毛もよだつ拷問が行われる時代が二度と来ないよう、願うばかりです。