土田正道 (土田十寛) は社会を騒がせた凄惨な失踪殺人事件の被害者となった元カリスマホストです。
この記事では土田正道の生年月日や八王子の「バリカン」経営やテレビ出演など経歴、事件の経緯と犯人、「指を詰めろ」などやばい裏の顔や結婚や嫁、子供など家族、ローランドとの関係と現在についてまとめました。
この記事の目次
土田正道は八王子のホストクラブ「バリカン」での失踪殺人事件の被害者

出典:https://livedoor.blogimg.jp/
土田正道(つちだ・まさみち)さんは、かつては「土田十寛(つちだ みつひろ)」の源氏名で「西東京のカリスマ」とも称され、テレビ出演などメディアにも登場するほどの知名度を誇ったカリスマホストでした。
しかし、土田正道さんの名は、2010年に起きた衝撃的な失踪殺人事件によって、日本の裏社会史に深く刻まれることになりました。
ここでは、土田正道さんが経営していた八王子のホストクラブ「バリカン」の裏に渦巻いていた金と暴力によって引き起こされたといえる土田正道さん失踪殺人事件の凄惨な内容と犯人、土田正道さんのやばいと言われる人物像や経歴など、現在までに判明している情報に基づいてまとめていきます。
土田正道の生年月日などプロフィール
土田正道さんの正確な生年月日は現在までに公表されている情報からは確認できません。
しかし、土田正道さんが失踪した2010年11月当時の年齢が「43歳」と報じられている事から逆算して、生年については「1967年(昭和42年)」、もしくは「1966年(昭和41年)」であった事が推定できます。
土田正道さんの生年月日以外のプロフィール情報についてもわかっている事はほとんどなく、出身地についても公的な記録や報道は出ておらず、どのような経緯で八王子を拠点とするホストとして活動するようになったのか、出身地や生い立ち、学歴や過去の経歴など、そのルーツは謎に包まれたままです。
また、身長や体重といった身体的な特徴に関する情報も現在の時点で公になっている内容はありません。メディア出演時の映像などでその姿や若い頃の顔などを確認することはできますが、具体的な数値に関する情報は見つかりませんでした。
このように、土田正道さんのプライベートに関する詳細なプロフィールはほとんど公開されていません。土田正道さんの人物像は、主に事件関連の報道や裁判の記録から断片的に浮かび上がってくるのが現状です。
土田正道のホスト「土田十寛」としての経歴…テレビ出演歴もあるカリスマ

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続けて、土田正道さんのホストとしての経歴について現在の時点で明らかにされている内容を見ていきます。
土田正道さんは、源氏名「土田十寛(つちだ みつひろ)」としても知られ、東京・八王子など多摩地区を拠点に活動していたホストクラブ経営者でした。
土田正道さんはかつては、八王子でホストクラブ「t-got」などを経営し、ホスト業界でその名を轟かせていました。その後、自身が殺害される事件の舞台となるホストクラブ「バリカン」を共同経営しています。
土田正道さんは、フジテレビの「Dのゲキジョー」や日本テレビ系の「スッキリ!!」など、複数の番組にテレビ出演した経歴がありました。
当時は「西東京の帝王」を名乗りつつ歌舞伎町にも進出するなど飛ぶ鳥を落とす勢いで、そのカリスマ性でメディアでも注目される存在であり、テレビ出演時には、関東一円にその名を轟かすカリスマホストとして紹介され、業界のまとめ役としての華やかな側面が盛んに語られていました。
しかし、自身が殺害された事件の発覚後、その華やかな表の顔とは裏腹に、土田正道さんの経営手法や素顔は、暴力と恐怖に満ちたものであったと数多くの証言が出ました。
次の見出しからは華やかなカリスマホストとして紹介されていた土田正道さんがなぜ凄惨な方法で殺害される事になったのか、事件の概要と犯人らの動機、事件後に明らかになった土田正道さんの「やばい」素顔などについて順番に見ていきます。
土田正道が殺害された八王子ホストクラブ「バリカン」での失踪殺人事件

まずは、土田正道さんが殺害された、八王子ホスト失踪殺人事件の概要を見ていきます。
土田正道失踪殺人事件の発端
事件の発端となった2010年11月22日、土田正道さんは嫁に「仕事に出かける。週末には帰る」と言い残し、自宅を出た後、忽然と姿を消し連絡も途絶えました。
以前から土田正道さなんは周囲に「自分と丸一日連絡が取れなくなったら警察に相談してほしい」と話しており、彼の言葉通り、嫁は警視庁八王子警察署に捜索願を提出しました。これが、後に日本中を震撼させる殺人事件の始まりとなりました。
土田正道の失踪と遺体なき殺人事件の発覚
警察の捜査は当初、難航を極めました。それは、失踪後に殺害された事が濃厚となった土田正道さんの遺体が見つからなかったからでした。
しかし、事件は失踪から約2年半後の2013年4月に急展開を迎えます。警視庁捜査一課の捜査員が、事件の共犯者である阿部卓也の父親の自宅敷地内の汚水槽から、土田正道さんのものとみられるインプラント(人工歯根)に使用される微細なネジを発見したのです。
このインプラントに使用されるネジはアバットメントスクリューと呼ばれるもので、見つかったもののタイプは、国内で流通している600個のうちの1つと特定され、執念の捜査の末、土田正道さんのものであると断定されました。直径わずか4.1mm、長さ7mmのこのインプラント用のネジが、遺体なき殺人事件の決定的な証拠となったのでした。
土田正道殺害の手口と遺体を融解させた残忍な方法
土田正道さん殺害の容疑で逮捕されたのは、土田正道さんと八王子のホストクラブ「バリカン」を共同経営していた店長の玄地栄一郎(げんち・えいいちろう)、そして従業員ホストの阿部卓也(あべ・たくや)ら、ホストクラブ「バリカン」の関係者たちでした。
犯人らは土田正道さんとの間に金銭トラブルを抱えていたとする内容も報じられました。
その後の公判で明らかになった犯行手口は、常軌を逸するほど残忍なものでした。阿部卓也が店内で土田を射殺した後、その遺体を衣装ケースに入れ、自身の父親の家に運びました。
そして、強アルカリ性の薬品(業務用洗浄液である苛性ソーダ)を使って遺体を寸胴鍋で煮沸し、溶解させたのでした。溶け残ったわずかな骨はハンマーで砕かれ、川に遺棄されています。捜査を撹乱するための完全犯罪を狙った、おぞましい犯行でした。
土田正道失踪殺人事件の犯人たちと動機

土田正道さんの失踪殺人事件では、主犯格として逮捕されたホストクラブ「バリカン」の共同経営者である玄地栄一郎と、実行犯である同店のホストで、土田正道さんの運転手も務めていた阿部卓也が逮捕されました。
土田正道失踪殺人事件の犯人① 玄地栄一郎
土田正道失踪殺人事件の首謀者とされるのが、ホストクラブ「バリカン」の店長である玄地栄一郎で、事件発覚当時の年齢は31歳でした。
玄地栄一郎は土田正道から多額の借金をしていたと見られており、金銭トラブルが大きな動機の1つとみられています。玄地栄一郎は逮捕後の2013年12月に立川拘置所内で自殺しており、事件の真相の多くは闇に葬られることになりました。
土田正道失踪殺人事件の犯人② 阿部卓也
土田正道さんを射殺した実行犯が阿部卓也で、逮捕当時の年齢は26歳でした。阿部卓也は「バリカン」のホストであり、土田正道さんの運転手も務めていたとされています。
阿部卓也は土田正道さんから日常的な暴力や過酷な労働を強いられていたと供述しています。阿部卓也の元嫁は公判で、「殴られて顔を腫らして帰ってきたり、こき使われて休みもなかった」と証言し、阿部卓也が「このままだと俺の人生めちゃめちゃになる」と追い詰められていた状況を語っています。
2010年の秋には阿部卓也は土田正道さんの命令で、八王子駅前でキャッチをしていたところ警察に逮捕され、これによって土田正道さんの店を営業停止処分が下されました。これに土田正道は激怒し、阿部卓也に「おめえのせいで、店は大損だ。損した分の1000万円をよこせ!」と恫喝。
土田正道さんは阿部卓也の自宅にまで押しかけて執拗に金銭を求め、追いつめられた阿部は、もう殺すしかないと考えるようになり、それに気づいて声をかけたのが、玄地栄一郎でした。
玄地栄一郎もまた、度々、土田正道さんから恫喝されており、「俺も土田さんには我慢ならねえ。あいつを殺さないか」と持ちかけて犯行を企てたとされています。
裁判にて、阿部卓也には懲役20年の判決が下されました。
土田正道失踪殺人事件の犯人③ 阿部卓也の家族や玄地栄一郎の嫁も逮捕
その他、この事件では阿部卓也の父親や元嫁、玄地栄一郎の元嫁と実妹、拳銃を用意した玄地栄一郎の知人の平正喜など、計7人が死体損壊や遺棄に関与したとして逮捕されています。
失踪していた八王子のカリスマホスト、土田正道さんの遺体の一部が見つかった死体遺棄・死体損壊事件で、警視庁は19日、死体損壊に使った液剤を買ったとして、いずれも八王子市の無職・玄地紗希(28歳)と飲食店経営・玄地栄美(28歳)の両容疑者を、死体損壊幇助と死体遺棄幇助の疑いで新たに逮捕したと発表した。 2人は18日に逮捕された同クラブ店長で共同経営者だった玄地栄一郎容疑者(31歳)の元妻と実妹である。
土田正道のやばい裏の顔…「指を詰めろ」などの脅しや暴力による搾取

土田正道さんは失踪殺人事件の被害者ではありますが、この事件の発覚後にその裏の顔ともいうべき「やばい」顔が次々と明らかにされました。
土田正道さんはメディアで見せるカリスマ的な姿とはかけ離れた、「やばい」と形容されるべき人物であったという証言が多数出てきたのです。
それによれば、 ホストクラブ「バリカン」をはじめ、土田正道さんの経営する店では、暴力が日常的に横行していたといいます。
土田正道さんから従業員への暴力は凄まじく、「従業員のバースデーイベントで売上が悪いからと、主役の男性を他の従業員に押さえつけさせて股間を蹴り上げ、気絶させた」といった常軌を逸した逸話も残されています。また、「売り上げが悪くなった店の店長に『指を詰めろ』と脅した」という証言もあり、土田正道さんの暴力性と支配欲の強さを物語っています。
従業員を奴隷のように扱い、恐怖で支配するその様こそが、まさに「西東京の帝王」であったとの声も当時は出ていました。
こうした常日頃の暴力と搾取が、犯人たちの積年の恨みとなり、最終的にこの悲惨な事件を引き起こしたことは想像に難くありません。
土田正道の家族…結婚と嫁や子供
土田正道さんは結婚しており、嫁がいた事が報じられています。土田正道さんの失踪直後に警察に捜索願を出したのは他ならぬこの嫁でした。
しかし、土田正道さんの両親や兄弟などの他の家族、また子供の存在については、公になっている情報の中では確認できません。プライバシーの問題もあり、家族に関する詳細な情報はほとんど報じられていないのが現在の状況です。
土田正道とローランドとの関係とは

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インターネット上では、「土田正道」というワードと「ローランド」というワードが関連づけられているようです。
これは、現在のホスト界の帝王として知られるローランドさんと、土田正道さんとの間に何らかの関係があったのではないかという憶測の声が関係していると考えられます。
しかし、現在までに公開されている報道や情報を調査した限りでは、2人の間に何らかの接点があったことを示す確かな証拠は見当たりません。何より、土田正道さんが亡くなったのは2010年であり、ローランドさんがホストとして絶大な人気を確立するよりも前の事です。そのため、2人の間に直接的な関係があった可能性は低いと考えられます。
土田正道失踪殺人事件の犯人らの現在
最後に、土田正道失踪事件とその犯人らの現在について見ていきます。
ここまで見てきたように、土田正道さんは2010年に殺害されこの世を去っています。犯人らのうち主犯格の1人である玄地栄一郎も自ら命を絶ち、実行犯の阿部卓也は服役中です。
これにより、八王子を震撼させたカリスマホスト・土田正道失踪殺人事件は、司法上は1つの区切りを迎えています。
しかし、この事件が残した爪痕は現在も根深く、ホスト業界の闇、金と暴力が渦巻く人間関係、そして追い詰められた末に人が犯す罪の恐ろしさを刻んでいます。土田正道さんという1人のカリスマホストの壮絶な生き様と死は、現在も当時のホスト業界の闇を象徴する事例として語り継がれています。
まとめ
今回は、「西東京の帝王」の異名でも知られた元カリスマホストで、2010年に起きた衝撃的な失踪殺人事件の被害者である土田正道さんについてまとめてみました。
土田正道さんは八王子のホストクラブ「バリカン」を経営し、テレビ出演もするなど華やかなカリスマホストの経歴が紹介されていましたが、ホストクラブの共同経営者の玄地栄一郎と同店のホストの阿部卓也らによって殺害され、薬剤を使って遺体を融解させられるという衝撃的な最期を迎えました。この事件は主犯格2人に加えて、その家族や知人など合計7人の犯人が逮捕されています。
土田正道さんには華やかな表の顔と裏腹に、従業員に対する暴力や「指を詰めろ」などと恫喝するなどのやばい裏の顔があった事も明らかにされています。
土田正道さんの家族については、結婚していて嫁がいた事が明らかにされていますが、子供の有無やその他の家族の存在はわかっていません。
犯人のうち、玄地栄一郎は立川拘置所内で自殺し、阿部卓也には懲役20年の判決が言い渡され現在も服役中です。


















