ダイヤモンド・プリンセス号はアメリカのプリンセス・クルーズ社が運航しているクルーズ客船で、コロナの集団感染事件が起きたことで知られます。ダイヤモンド・プリンセス号で集団感染が起きた時系列や経緯、原因、感染の犯人、その後、現在を紹介します。
この記事の目次
ダイヤモンド・プリンセス号とコロナ集団感染事件の概要
ダイヤモンド・プリンセス号は、世界最大のクルーズ客船の運航会社であるアメリカのカーニバル・コーポレーション傘下のプリンセス・クルーズ社が運航する、クルーズ客船です。
旅客定員は約2,700名で、運航区域はアジア地域とオーストラリア。日本で建造され、船内にはバーやラウンジ、図書館、プール、ジムなど多様な施設が完備されています。
近年ではプリンセス・クルーズ社の客船のなかでも日本発着の便を担当しており、2014年の改修以降は寿司レストランや展望浴場など、日本人向けの施設が増設されました。
そのような豪華客船のダイヤモンド・プリンセス号の名前が日本中に知れ渡ったのは、2020年初旬のことです。
この年の1月20日、2週間をかけてアジアを巡る旅に出たダイヤモンド・プリンセス号は、新型コロナウイルス罹患した客を乗せてしまい、そのまま旅を終えて横浜に帰航。
閉鎖された船内では新型コロナの集団感染が起こり、乗客と乗組員合計3711人のうち約5分の1にあたる700人以上から陽性反応が検出される事態になったのです。
まだ新型コロナウイルスのワクチンも開発されておらず、世界中が未知のウイルスに戦々恐々としていた時期に起きた大規模感染は、国内外で大きな注目を集めました。
ダイヤモンド・プリンセス号コロナ集団感染の経緯・時系列① 罹患者の発覚
2020年1月20日に横浜港を出発したダイヤモンド・プリンセス号は、1月22日に鹿児島港に寄港した後にベトナムや台湾などアジア各国を巡航し、2月1日に那覇港へ寄港してから、2月4日に横浜港に戻る予定でした。
しかし、2月1日に船内に新型コロナウイルスに罹患した乗客がいたことが明らかになり、豪華客船での船旅は一変します。
この日の深夜、香港政府が「横浜から出港した大型クルーズ船で帰国した男性から、新型コロナウイルスが検出された」というニュースを報じたのです。
この男性は2020年1月10日に香港から中国に渡り、数日滞在した後に香港に戻ってから、1月17日に飛行機で来日して20日にダイヤモンド・プリンセス号に乗り込んでいました。
そして1月25日に、ダイヤモンド・プリンセス号が香港に帰航した際に下船したとされます。
この男性は船内で体調不良になったわけではなく、乗船前から咳が出ていたそうです。それが乗船中の1月23日頃から悪化し、下船後は1月30日に発熱。検査を受けたところ、コロナの陽性反応が出たとされます。
この頃、中国ではすでに新型コロナウイルスの感染者が2万人以上出ており、400人を超す死者が出ていました。
そのため、当時まだ感染報告が極めて少なかった日本に比べて未知のウイルスに対する危機感が強く、自国の団体旅行を停止していました。
しかし、この男性は香港に住んでいながら発熱もしていないし咳くらいならという油断があったのか、体調に異変がありながらダイヤモンド・プリンセス号に乗船してしまったのです。
ダイヤモンド・プリンセス号コロナ集団感染の経緯・時系列② 最初の検疫
香港での報道を受けて、日本政府が動き出したのは2月3日のことでした。
この日にダイヤモンド・プリンセス号が横浜に到着すると、厚生労働省は乗員・乗客に対して検疫を行ったのです。
しかも横浜港には船を着岸させずに医師や検疫官、看護師らが船でダイヤモンド・プリンセス号に乗り込み、検疫や検温、体調確認をするという徹底ぶりでした。
しかし、この時点ですでに7人もの人が体調不良を訴えていたとされます。
というのも、ダイヤモンド・プリンセス号の船内にいた人々が乗客からコロナ感染者が出たことを知らされたのは2月3日の夕方であり、それまでは体調不良者の隔離も行われず、感染者の香港人男性が使用した施設も通常通り営業されていたのです。
感染者が乗船していたというアナウンスを聞いた時の乗員・乗客の驚きと恐怖はどれほどだったか、想像に難くありません。
こうして混乱のなか最初の検疫の結果が出た5日の時点で、乗船者のうち10人から、新型コロナウイルスの陽性反応が検出されました。感染者の内訳は以下のとおりです。
NHKによると、陽性反応が出た10人は全員、50歳以上だという。内訳は50代が4人、60代が4人、70代が1人、80代が1人。このうち2人は日本国籍で、症状が重い人はいないという。
10人は海上保安庁の協力のもと、神奈川県内の医療機関へ運ばれましたが、そのほかの乗員・乗客がそのまま船上に留まるように命じられます。
ダイヤモンド・プリンセス号コロナ集団感染の経緯・時系列③ 感染拡大
横浜に船が戻って来てすぐに検疫を行うというのは、当時、国内に感染者が出ていなかった日本の対応としては十分な対応だったように思われます。
しかし、実は5日の検疫はダイヤモンド・プリンセス号の乗員・乗客全員を対象にしたものではなく、サーモグラフィなどで体温に異常が見られた人や、咳などの風症状が見られる人のみを対象に行われたものでした。
検疫を行った母数自体が少なく、検疫を受けたのは乗客・乗組員合計3711人のうち、わずか273名人だけだったのです。
つまり、この時点で症状の出ていなかった感染者や、すでに感染していたものの潜伏期間にあった人らは隔離されることなく、船内で過ごすことになったわけです。
そのため船内で感染拡大が起こり、2月6日にはさらに10人の感染者が発生し、2月7日には新たに41人から陽性反応が確認されることになります。
感染者は東京と埼玉、千葉、神奈川、静岡の5都県の医療機関に搬送され、重症者はいないと報道されましたが、この頃には日本国内でも連日ダイヤモンド・プリンセス号について報道され、乗員・乗客を心配する声や、乗客を下船させるなという声などが飛び交うようになっていました。
感染が確認されていない乗員・乗客については、新型コロナウイルスの潜伏期間とされる最大14日間が終了するまで、下船せずに海上に留まることが義務付けられたのですが、潜伏期間が過ぎても感染源になるかもしれない、怖い、下船させるべきではないと訴える人もいたのです。
また、感染者を受け入れた病院の詳細が非公開だったことから、東京近県の特定の病院に新型コロナの罹患者がいるから、近寄らないほうがいいといった噂も流れたといいます。
新型コロナウイルスに罹患すると味覚障害が起きることがわかる
感染拡大が顕著になった頃から、乗客のSNSへのポストやマスコミのインタビューで、「船内の食事が美味しくない」「味がしない」という意見が目立つようになります。
当時はまだ新型コロナウイルスに罹患すると味覚障害が起きることがある、という症状が知られていなかったため、世間からは「ストレスではないのか?」「美味しそうな食事なのに」と不思議がる声があがっていました。
しかも同じ食事を食べている乗客の中で、料理は美味しいので救われているという人と、味のしないものしか出ないという人が存在したために、なぜなのか話題になったほどです。
その後にコロナの症状の1つに味覚障害があることが判明し、多くの人を驚かせました。
ダイヤモンド・プリンセス号コロナ集団感染の経緯・時系列④ 乗客の下船
当初は自分の客室から出てはいけないとされていた乗客らですが、次第に船内での移動は許可されるようになっていき、デッキで気分転換をする様子や廊下をジョギングする様子などがTVでも報道されるようになっていきます。
一方で感染は収まらず、16日には355人、18日には542人まで陽性者が急増しました。
そんななか、隔離期間とされていた14日が過ぎて2月19日には感染が確認されなかった乗客らが下船することになります。
といっても、19日に下船許可が出た人は少なく、500人程度でした。本人の検査結果が陰性であっても、同室の人や接触した人のなかから陽性反応が出ると、そのぶん健康観察期間が延びてしまうため、下船許可が出た人が少なかったのです。
そのため乗員・乗客全員が下船できたのは感染発生から1ヶ月後の3月1日のことでした。
しかも下船した後に陽性反応が出た人も少なくなかったため、最終的にダイヤモンド・プリンセス号関連の新型コロナウイルス感染者の数は合計723人にものぼったとされます。さらに高齢者や基礎疾患を持つ人を中心に、13人もの死者を出してしまいました。
ダイヤモンド・プリンセス号には日本以外にアメリカやイギリスなど海外の乗客もいたこともあり、日本政府の対応や感染対策は誤っていたのではないかと批判を集めることとなります。
ダイヤモンド・プリンセス号コロナ集団感染の原因
ダイヤモンド・プリンセス号で集団感染が起きてしまった理由として、まだウイルスについて未知の部分が多かったために対応が後手に回ってしまったということがあげられます。
しかし、実際には感染拡大の原因は多岐にわたりました。ダイヤモンド・プリンセス号は横浜を発着していたアメリカの会社が運航する船でしたが、船籍はイギリスです。
そのためダイヤモンド・プリンセス号はどこの海域に停泊していようと、どう扱うかはイギリスの判断に委ねられるため、感染者が出た際にも日本政府の独断で対処することが難しかったとされます。
さらに台湾のメディアによると当時、ダイヤモンド・プリンセス号に乗っていた客のうち、約半数が香港やアメリカ、イギリスなどの外国人客だったとのこと。
そのため外国人客については、日本政府も自国に帰すことを提案したのですが、これが受け入れられずにさらなる混乱を招いたとされます。
また、乗客の8割が60歳以上であり、重症化しやすい年齢層の人も少なくなかったことや、閉鎖された船内で発熱しても薬が足りず、おまけに感染者を受け入れてくれる病院もなかなか見つからなかったことも、感染拡大した原因としてあげられます。
感染拡大が起きた当時は日本政府や厚労省の対応が不十分だったと国内外で非難されましたが、現在では当時の日本政府は難しい状況に置かれていた、対応に問題があったとは言えないと考えられています。
ダイヤモンド・プリンセス号コロナ集団感染のその後① 感染発生の犯人の現在は?
ダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルスの集団感染が起きた犯人ともいえる、咳をしていた香港の男性。
この男性は下船後、3月6日に死亡したことが発表されています。香港の衛生当局によるとこの男性も80歳と高齢だったといい、2月1日に陽性確認されてからは入院していたとのことです。
ダイヤモンド・プリンセス号コロナ集団感染のその後② 船の現在
コロナ禍では集団感染の代名詞のように恐れられたダイヤモンド・プリンセス号ですが、2023年3月8日からは非接触型サービスを拡充するなどの対策を取り入れて日本の周航を再開しています。
2024年現在は夏に向けてコロナ禍前を超える予約が集まっているといい、国内外の中高年を中心に人気とのことです。もう集団感染のマイナスイメージは払しょくできた様子です。
ダイヤモンド・プリンセス号コロナ集団感染事件についてのまとめ
今回は2020年に発生したダイヤモンド・プリンセス号の新型コロナウイルス集団発生事件について、時系列や原因、現在を中心に紹介しました。
集団感染が起きた当時は、ウイルスへの恐怖からたまたま乗り合わせただけの心無い言葉や、乗客や厚生労働省の対応への批判も聞かれましたが、現在ではあの状況で感染拡大を防ぐのは不可能だったのではないかとも言われています。
また、政府関係者によると、船のクルーが隔離期間中にごみの処理や掃除、洗濯などを細心の注意を払って行ってくれたために船内のウイルスが国内に拡大せずに済んだとのことです。