足立区女性教師殺人事件と犯人/和田信也の現在!事件の詳細や犯行動機の謎もまとめ

足立区女性教師殺人事件は1978年に発生した女性失踪事件で、長らく未解決であったところ、2004年になって女性教師を殺害した男が自首し急展開を迎えました。この記事では足立区女性教師殺人事件の詳細や犯人・和田信也の現在についてまとめます。

足立区女性教師殺人事件の概要

 

出典:https://www.youtube.com/

 

1978年8月14日、勤務先の足立区立中川小学校で目撃されたことを境に、小学校教師の石川千佳子さん(当時29歳)が行方不明になるという失踪事件が起こりました。

 

その後も石川さんの行方はわからず時間が過ぎ、北朝鮮に拉致されたおそれもあるとして、彼女の名前は『特定失踪者リスト』にも載せられました。

 

しかし事件から26年が経った2004年8月21日、ある男が「自分が石川千佳子を殺害した」と警視庁綾瀬署に出頭してきたのです。

 

男の名前は和田信也。出頭時68歳で、事件当時は石川さんと同じ中川小学校で警備の仕事に就いており、行方不明になる前、最後に彼女の姿を見た人物でもありました。

 

自供をもとに警察が捜査したところ、和田信也の自宅の床下1.1mの場所から防水のビニールシートに包まれた白骨死体と石川さんの所持品が発見されたといいます。

 

そしてDNA鑑定の結果、和田信也の自宅に埋められていたのは石川千佳子の遺体で間違いないことが発覚。

 

しかし、遺体も犯人も見つかったものの、殺人事件としての時効(当時は最長で25年)がすでに成立していたことから、和田信也が刑事罰を受けることはありませんでした。

 

 

 

足立区女性教師殺人事件の詳細① 石川千佳子さんが行方不明になる

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

事件が起きる直前の1978年7月末から8月12日の間、石川千佳子さんは東京都教職員生協が主催する東西ヨーロッパ研修旅行に参加していました。

 

旅行から戻った後は、8月15日に中川小学校で夏休み中の当直勤務につく予定だったといいます。しかし8月15日、石川さんは出勤してきませんでした。

 

石川さんの実家は北海道小樽市内にあり、札幌市内の大学を卒業後、上京して中川小学校に勤務していました。これまで無断欠勤などはなかったうえ、一人暮らしをしている家に電話をしても繋がらなかったことから、不審に思った校長は小樽市の実家に連絡をして事情を知らないか確認したとのことです。

 

しかし、実家の母親も何も知らなかったことから石川さんの失踪が発覚したのです。その後、家族は警察に家出人捜索願を出しましたが行方はつかめませんでした。

 

石川さんが行方不明になる前、最後に目撃されたのは8月14日。勤務先の中川小学校の廊下だったといいます。

 

そして彼女を最後に目撃したという人物こそ、後に犯人として出頭してきた和田信也でした。和田信也は中川小学校で警備主事をしており、失踪発覚直後は「14日の夕方、校舎内を巡回中に石川さんを見かけた」と証言していたそうです。

 

 

 

足立区女性教師殺人事件の詳細② 和田信也による犯行

 

出典:https://www.pakutaso.com/

 

しかし実際は、8月14日のうちに石川千佳子さんは和田信也によって殺害されていました。

 

出頭後の和田信也の供述によると、1978年8月14日16時30分頃、校舎の巡回をしていたところ1階にある給食室前の廊下で、プール当番の日直で出勤していた石川さんとぶつかりそうなり、そこから口論になったとのこと。

 

事件直前、石川さんとの間に生じたトラブルについて和田信也は以下のように証言しています。

 

・「こんなところで何をしている」と問い詰めたところ、石川さんが手に持っていたバッグで殴りかかってきた

 

・払いのけると転倒した石川さんが大声をあげた

 

・このことで大騒ぎされれば自分が懲戒や失業などの不利益を受けると思った

 

また、和田信也は中川小学校の教師たちから嫌がらせを受けていたと訴えていました。

 

嫌がらせの内容については弁当に睡眠薬を入れられた、有毒ガスをまかれたなど信じがたいもので、そのほかの和田信也の供述から考えて信ぴょう性は低いと見られています。

 

しかし和田信也は「日頃から嫌がらせを受けてきたため、石川さんとのトラブルも自分を嵌めるための罠だと思った。そのため、カッとなって首を締めて殺害した」と供述しています。

 

 

 

足立区女性教師殺人事件の詳細③ 自宅の床下に遺体を埋める

 

出典:https://www.pakutaso.com/

 

和田信也は石川さんの遺体を車で自宅に運びました。そして外出中の妻が帰宅する前に和室の畳をはがして4時間ほど時間をかけて床下に穴を掘り、そこに遺留品とともに埋めました。

 

遺体は毛布と防水ビニールシートにくるみ、ロープで何重にも縛ってから埋めたそうです。

 

そして畳を戻し、素知らぬ顔で26年もの間、石川さんの遺体の上で生活していたのです。異臭などはなかったのか、和田信也の妻も床下に隠された遺体の存在にまったく気づかなかったといいます。

 

 

 

足立区女性教師殺人事件の詳細④ 石川千佳子さんを探し続ける家族

 

出典:https://ameblo.jp/

 

一方、家族と警察は石川さんが殺害されているとは知らずに捜索を続けていました。

 

しかし手がかりすら掴むことができずに、1987年に大韓航空機爆破事件が起きると「北朝鮮工作員の金賢姫の日本語教師、李恩恵が失踪した石川千佳子さんに似ている」として、北朝鮮に拉致されたのでは?という疑惑まで持ち上がりました。

 

石川さんの母親と弟は「これだけ探しても見つからないのだから、もしや」と思い、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会にも参加していたそうです。

 

そして2003年には北朝鮮により拉致された可能性が高いとされ、石川千佳子さんの名前が『特定失踪者リスト』にも掲載されました。

 

ここまで家族が懸命に捜索を続けたこと、『特定失踪者リスト』に名前が載せられたということから考えて、石川千佳子さんは周囲に何も言わずに行方をくらますような性格ではなく、家族からも愛されていたことがわかります。

 

 

足立区女性教師殺人事件の詳細⑤ 和田信也の出頭

 

2004年8月21日、警視庁綾瀬所に和田信也が出頭し、自分が石川千佳子さんを殺害したと自供します。

 

事件から26年も経過してなぜ突然、自供する気になったのでしょう。罪の意識に耐えられなくなったのかと思いきや、和田信也が出頭した理由は以下のような驚くべきものでした。

 

自宅のある場所が道路拡張のための区画整理事業の対象になっており、立ち退き期限が迫っていた。

 

このままだと立ち退いた後に死体が見つかるだろうから、自首しておこうと思った。

 

事件当時の和田信也の自宅住所は東京都足立区六木2丁目9−20。かなり前から区画整備の話が持ち上がっており、立ち退き要請が出ていたといいます。

 

しかし事件の発覚を恐れた和田信也は区役所に対して「高齢の夫婦2人暮らしなのに、今更知らない土地には住めない」などと言って、転居を拒み続けていたそうです。

 

では、なぜ2004年8月21日になって出頭してきたのかというと、時効の成立を確信したからだと考えられています。

 

現在では殺人などの凶悪事件の時効は撤廃されていますが、2004年当時、どんなに凶悪な犯行であっても最長25年で殺人事件の公訴時効が成立すると定められていました。

 

時効は実際に殺人が起きたその瞬間からカウントが開始されますから、1978年8月14日に発生した足立区女性教師殺人事件は、遅くとも2003年8月14日に成立していたことになります。

 

つまり和田信也は、自分が刑事上の責任に問われないことを確認して、事件から26年が経過した2004年8月21日に自首してきたわけです。

 

出典:https://ameblo.jp/

 

そのような利己的な理由で出頭してきたため、和田信也には反省の色はまったくなく「自分を撮影したら訴える」などと取材にかけつけたマスコミを恫喝する様子が報じられました。

 

 

和田信也の自宅は異様な雰囲気であった

 

時効の成立を待っていたことを証拠付けるように、和田信也は事件発覚時に住んでいた2階建ての木造住宅の周囲を鉄の柵で覆い、さらにその上に有刺鉄線や金属製の網を張り、サーチライトを設置するなどしていました。

 

また家の入口付近には防犯カメラを設置し、自分と妻以外の人間を家には立ち入らせないようにしていたといいます。宅急便さえ門の外で受け取っていました。

 

また近所付き合いもしておらず、近隣の人と行き合っても挨拶ひとつしなかったそうです。さらに子どもが遊んでいるのを見かけると怒鳴り散らしながら棒を持って追いかけるなど、異常な行動をとっていたとの話もあります。

 

買い物やゴミ出しも1人でおこなっていたことから、近所の人からも1人暮らしだと思われていたそうです。おそらく余計なことを話させないために、妻の外出を禁じていたのでしょう。

 

 

 

足立区女性教師殺人事件の謎・本当の殺害動機は?

 

和田信也の自宅から石川千佳子さんの遺体が発見された後、石川さんの弟はマスコミの取材に対して「姉と口論になって殺害したとのことですが、姉がそこまで激しく人と争うとは思えません。穏やかな性格で、これまで言い争う様子を見たことなんてありませんから」と語っていました。

 

また「毒ガスを浴びせられた」などと訴えていながら、事件後も中川小学校に出勤していたことから考えて、出頭後の和田信也の供述もどこまで本当なのか疑わしいものがあります。

 

そもそも、ほかに誰もいない学校の廊下で、たった2人の人間がすれ違うのに肩がぶつかるなどということがあり得るのでしょうか。

 

足立区女性教師殺人事件は発覚直後から「被害女性は何も悪くないのに殺害されたのでは?鞄で殴られそうになったとか、嘘だと思う」「犯人は本当のことを話していない気がする」と囁かれていました。

 

しかし、謝罪の言葉すら口にせず、保身ばかりを考えてきた和田信也が本当のことを話す日が来るとは到底思えないため、おそらく足立区女性教師殺人事件の本当の動機が明かされることはないのでしょう。

 

 

 

足立区女性教師殺人事件のその後① 民事裁判

 

出典:https://pixabay.com/

 

刑事訴訟の公訴時効が成立していても、民事で娘を奪われたことに対する賠償責任を問えるかもしれない、そう考えた石川千佳子さんの遺族らは2005年に民事裁判を起こします。

 

石川さんの母親は後見人をつけ、和田信也の財産を仮差押したうえで損害賠償として総額1億8000万円の支払いを求めました。

 

ところが民事裁判でも時効にあたる「除斥期間」の壁が遺族に立ちはだかったのです。除斥期間とは「不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅する」というもので、民法724条によって定められています。

 

殺人事件が起きたのが1978年ですから、つまり損害賠償請求権も1998年に消滅していることになるのです。

 

これについて遺族側は「『殺人』に対する損害賠償請求権は消滅していても、『娘の遺体を隠されていた精神的苦痛』については、遺体の隠匿が発覚した2004年8月21日から消滅時効が進むものと考えられる。したがって、遺体の隠匿に対する損害賠償は請求できる」と訴えました。

 

東京地方裁判所はこの遺族の訴えを認めつつも、「遺体の隠匿に対する損害賠償として1億8000万円は相当な額ではない」として、2006年9月26日に和田信也に対して合計330万円の支払いを命じます。

 

当然、判決を不服とした遺族は控訴。東京高等裁判所は「遺体が隠匿されていたからこそ、被害者が殺害されていたこともわからず遺族は苦しみ続けた。このような事情から、遺体の隠匿と殺害は密接な関係にあり、わけて考えるのは著しく公平を欠く」として、石川さんの殺害についても、損害賠償請求権が消滅していないという見解を示しました。

 

そして東京高等裁判所は2008年1月31日に東京地裁の判決を破棄し、「殺人」と「遺体の隠匿」両方の損害賠償として、和田信也に約4255万円の支払いを命じました。

 

和田信也はこの判決を不服として上告しましたが、2009年4月28日に最高裁判所がこれを棄却したために「遺族らに対して合計約4255万円を支払う」という判決が確定しました。

 

 

 

足立区女性教師殺人事件のその後② 犯人・和田信也の現在

 

出典:https://tanteifile.com/

 

石川さんを殺害した後も、和田信也は定年退職するまで警備主事として小学校で働き続けていたそうです。

 

そして現在は千葉県南房総市沓見に引っ越し、年金を受給しながら悠々と暮らしているといいます。自首する前の60歳の時に定年退職しているため、退職金もしっかり受け取っているとのことです。

 

唯一の家族であった妻については離婚が成立しているようです。ただ、この離婚についても夫が犯罪者だったと知ってショックを受けての離婚というより、民事裁判で資産が差し押さえられないための仮面離婚の可能性が高いと見られています。

 

和田信也が自首した後に妻とは離婚が成立しているのですが、離婚に際して和田の自己名義の資産のいくつかが妻の名義に変更されており、これは資産隠しが目的と考えられているのです。

 

なお、千葉にある現在の住居も高い塀で覆われており、未だに周囲を警戒している様子が確認されています。

 

 

 

足立区女性教師殺人事件についてのまとめ

 

今回は1978年に発生し、2004年に発覚した足立区女性教師殺人事件の詳細や犯人・和田信也のその後について紹介しました。

 

足立区女性教師殺人事件は非常に後味の悪い事件であり、「殺人などの重大事件で時効を認めるのは、犯人の逃げ得を許すだけではないのか」と議論を呼んだ事件でもあります。

 

重大事件に時効が存在したのは誤認逮捕を防ぐためだそうです。現在では科学捜査の進歩で事件から年月が経っても犯人の特定が可能になったこともあり、殺人事件などの時効は撤廃されています。

 

今後はこのような犯人の逃げ得を許す卑劣な事件が起きないよう願いたいです。そして職場で殺害されたまま、長らく家族のもとに帰ることさえできなかった石川千佳子さんのご冥福を心よりお祈りします。

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