日本の有名なギャング・チーマーと言えば、関東連合やルシファーズ、怒羅権(ドラゴン)などを思い浮かべる人が多いと思いますが、KGBの存在も忘れてはいけません。
日本のギャング・KGBの概要やエピソードなど、歴代リーダーや現在格闘家として活動している内藤裕と高谷裕之との関係、KGBと関東連合の関係や現在をまとめました。
この記事の目次
KGBは日本のギャング・チーマー

KGBとは日本のギャング(チーマー)です。
1990年代前半に東京都葛飾区にある修徳高校の生徒が結成したギャングで、その後は周辺のギャングや暴走族などを吸収してどんどん勢力を拡大し、1990年代半ばにはKGBのメンバーは1000人にまで膨れ上がり、関東最大級のギャングとしての勢力を誇るようになります。
初期のKGBは東京に拠点を置いていましたが、1995年頃に2代目リーダーになってからは千葉に拠点を置くようになっています。
KGBは武闘派集団として東京・千葉では有名になり、警察にもマークされる存在で、伝説のギャングとして有名になりました。
KGBはギャング?チーマー?
KGBはギャングと称されることもあるし、チーマーと称されることもある集団ですが、結局KGBはギャングなのでしょうか?チーマーなのでしょうか?
KGBの2代目リーダーだった田中雄士さんによると、KGBはギャングとチーマーが混ざったような集団だったようです。
田中はかつて関東最大級のギャングKGBに属していた。田中いわく「ギャングとチーマーが混ざったような」組織で2代目のリーダーだった。
引用:関東最大級のギャング2代目トップ、逮捕で高校中退も大検取得し進学 17歳で毎月400万円の収入 | ENCOUNT
元リーダーが言っているので、「KGBはギャングでありチーマーである」で間違いないと思いますが、インタビューを見る限り、ギャング色の方が強かったようです。
KGBはチーマーのようなグループから始まって、徐々に勢力を拡大し、武力で支配するような大きな組織に変化していきました。
田中雄士さんは、ギャングのファッションをしていたと語っていました。1000人規模の組織で資金も潤沢で、武装していましたから、チーマーというよりもギャングに近かったのでしょう。
KGB(日本のギャング)の名前の由来

出典:youtu.be
KGBの名前の由来は、「King of Gang Boys」です。単語の頭文字をとって、「KGB」になりました。
ただ、この由来が決まる前から「KGB」と名乗っていたようで、2代目リーダーの田中雄士さんが、「なぜKGBと名乗っていたのかは定かではないから、King of Gang Boysにした」と語っていました。
田中雄士さんが「KGB=King of Gang Boys」と決める前の名前の由来はわかってはいませんが、最初に拠点を置いていた亀有にちなんで、「亀有 Gang Boys」からKGBと名乗ったという説もあります。
ソ連のKGBとは一切関係ない
「KGB」と聞くと、旧ソ連の旧ソ連の情報機関・秘密警察だったKGBを思い浮かべる人が多いと思います。
旧ソ連のKGBは「ソ連国家保安委員会」の略ですが、日本のギャングのKGBは先ほども説明した通り、「King of Gang Boys」の略ですから、まったく関係はありません。ソ連のKGBに憧れて、無理やり「KGB(King of Gang Boysにしたというわけでもないようです。
KGBのエピソード
KGBはどんなギャングだったのかをKGBのエピソードから紐解いていきましょう。
資金力が半端ない

出典:youtu.be
KGBが関東最大のギャングと言われるほど勢力を拡大できた最大の理由は資金力が半端ないことだと思います。
KGBは高校生がリーダーだった組織です。また、バッグに暴力団がいたわけではありません。しかも、「窃盗」の容疑での逮捕は少なかったようです。
それなのに、すごい資金力を誇っていました。
2代目リーダーの田中雄士さんは、10代後半で年収は4000万~5000万円ありました。組織のシノギから諸経費や幹部への分配を差し引いた状態で、年収4000万~5000万円です。
ギャングの収入源と言うと、窃盗やカツアゲ、強盗などの犯罪を思い浮かべるかもしれませんが、田中雄士さんは合法で年収4000万~5000万円を稼いでいました。
KGBは1人1万円の会費制を敷いていました。KGBの構成員は最盛期1000人です。会費を払わない人がいたとしても、月数百万円の収入になります。
さらに、KGBは渋谷や六本木で月に1回ペースでパーティーを開いていました。開催は昼間にやるので、会場費は10~20万円程度。そして、チケットは1万枚捌きます。このパーティーを開催することで、諸経費を引いても、月300~400万円の利益が出ました。
この2つの「シノギ」で、KGBは組織として1ヶ月に約1000万円の収入を得ていたことになります。この2つのシノギは完全にクリアかどうかはわかりませんが、明らかな犯罪ではありませんよね。
この資金で武器を買うこともできたし、幹部たちは収入を得ることで結束を固めることができ、さらに末端の構成員から「幹部はカッコいい」と憧れられる存在になっていったのです。
この安定&犯罪ではない収入があったことで、KGBは勢力を拡大し、伝説のギャングになっていきました。
高級外車を乗り回す

KGBは箔をつける意味でも、高級外車を乗り回していました。
2代目リーダーの田中雄士さんは、運転手(無免許)をつけたキャデラックやリムジン、ベントレー、ベンツSクラスに乗っていたそうです。
高校生でキャデラックやリムジン…。さすがすごい資金力を誇るKGBです。
バイクは暴走族と同じで、車に追い回されるイメージがあったから、田中さんはバイクには乗りませんでした。
抗争現場に高級外車で乗り込むと、相手がすぐに逃げ出してしまうそうです。暴力団のような印象になるからかもしれません。KGBは武闘派集団ですが、戦わずして相手を制圧するような戦術も取っていました。
このようなことができるのも、KGBの資金力があったからこそだと思います。
武器を身につけていて無敵

出典:youtu.be
KGBは武闘派集団です。とんでもない武器を身につけていました。
月々の収入から、構成員に長ナタを買い与えていたそうです。
また、リーダーの田中雄士さんは最高クラスのスタンガンを持ち歩き、さらに背中にはボーガンを背負っていたこともありました。
そのほか、KGBのメンバーの中には拳銃所持で逮捕された人もいたんだとか…。高校生で拳銃所持…。KGBはヤバすぎですね。これだけ武装していたら、下手なケンカを吹っ掛けられることもなかったと思います。
田中さんは「人数も多いし、これだけ武装していれば無敵」と言っていました。これも、戦わずして制圧する手段の1つと言えるでしょう。このように武装化できたのも、KGBの資金力があったからですね。
KGBは一度解散していた

KGBは1990年代前半に結成し、その後勢力を拡大していきましたが、実は初代リーダーの時に一度解散に追い込まれました。
初代リーダーの頃、メンバーがどんどん増えていき、みんなが好き勝手に暴れまわっていて、「KGB」という組織で、100件以上の容疑がかけられていました。そして、警察がKGBのメンバーを一斉に逮捕・起訴します。
この時、2代目リーダー(当時はまだリーダーではない)の田中雄士さんも逮捕されました。田中さんは鑑別所に30日程度拘留された後、釈放になりました。
ただ、KGBが100件以上の犯罪をしていたことで、警察に解散届を出さなければならず、一度は解散しました。しかし、その後にリーダーが初代から2代目に代わったことで、またKGBが結成されて、さらに勢力を拡大していくことになります。
KGBの歴代リーダー:初代は修徳高校柔道部

出典:youtu.be
KGBは1990年代前半に結成されました。結成したのは、東京都葛飾区にある修徳高校柔道部の3人です。2代目リーダーの田中雄士さんの2つ上の人たちでした。
修徳高校は私立高校で偏差値46~52とごく平均的な高校であり、「ヤンキー高校」というわけではありません。
KGB初代リーダーは「古谷もりひろ」さんです。これは2代目リーダーの田中さんが明言していますので、間違いありません。
あってないよ
初代 古谷もりひろ
二代目 三代目 は合ってるのぶよしは 代目ついでないよ
— 田中雄士 キック王者 起業家 HIPHOPアーティスト (@Y_T_official) July 17, 2021
また、初代は総長と副総長の2人体制でしたが、総長(リーダー)が古谷さんで副総長は榎本さんという人のようです。
0554名無番長
2006/04/07(金) 00:05:45
KGBの初代の総長古谷さんはちょーやばかった! 副隊の榎本さんもちょーやばかった! 兼弘はめちゃめちゃいかれてたぜ! まー良くそうめいって暴走人間達にKGBがやられたと言うデタラメな話があるけどとにかく凄く強かったよ
ちなみに初代リーダーの古谷もりひろさんは、柔道の有段者だったという情報があります。
この初代の時はKGBはイケイケで、どんどん勢力を拡大し、犯罪も重ねていきました。その犯罪はほとんどが傷害と恐喝でしたが、初代の人たちは拳銃所持で逮捕されたこともあります。
KGB全体で100件超の余罪があり、初代リーダーも含め多くの逮捕者を出し、解散に追い込まれることになります。
KGBの歴代リーダー:2代目は田中雄士
解散に追い込まれたKGBは初代リーダーの古谷もりひろさんから、2代目の田中雄士さんに代替わりしました。
この2代目リーダーの田中雄士さんは冷静沈着で頭脳派。さらに、カリスマ性がありました。KGBが伝説のギャングになったのは、この2代目リーダーの田中雄士さんの功績が大きいと思います。
田中雄士の2代目リーダーになるまでの経歴

出典:x.com
田中雄士さんは千葉県生まれです。
ご両親は中華料理屋のオーナーをしていて、ごく普通の家庭で育ちました。小学生の頃は空手をやっていて、中学生になるとバスケットボールに熱中します。全然不良ではありませんでした。高校は千葉市内の進学校に進学します。
千葉市中心部の高校に行ったことで、行動範囲が広がり、東京に遊びに行くようになって、夜遊びを覚えました。そんな時に、初代のKGBとトラブルになり、流れでKGBに加入するようになりました。
そして、いろいろとヤンチャをしていて、KGBで力をつけていきます。KGBのメンバーが逮捕された時には、田中さんも逮捕されて高校を中退することになりました。
そして、KGBが解散に追い込まれた後に2代目リーダーに指名されました。それまでのKGB内での実績やカリスマ性、リーダーシップを買われたようです。
田中雄士の掌握術

田中雄士さんは小学生の頃は空手をやっていたものの、群を抜いてケンカが強かったわけではありません。それでも、1000人ものメンバーを束ねることができたのは、そのカリスマ性があり、ブランディングや掌握術に長けていたからです。
田中雄士さんは高校生の時点で、「ケンカが強いのはあまり意味がない」と気づき、無敵の状態を作り上げて「最強っぽく」周囲に思わせるようにしました。
自分をうまくブランディングすることで、田中雄士さんはKGB内でリーダーとして大きな影響力を持つことができ、さらにKGB外の不良にもKGBは最強であると誇示できたのでしょう。
集団心理も使って、大したことない奴らまで強くなった気になれる。良いリーダーって、その人がいるだけで周りが強くなる。魔法がかかったように全員の気持ちが強くなる。それを目指していたし、実際にできていたと思います
しかも、そう見せることで余計な抗争をしなくなったり、リーダーの田中さんが組織のブレーキ役になることができて、「悪の道に行きすぎる」ということもありませんでした。
引用:関東最大級ギャングの肩書きは「誇れる話でもない」 田中雄士、高校生で年収5000万も「前面には出したくない」 | ENCOUNT
高校生の頃から、こんなに頭が良くてブランディング力があったのは本当にすごいです。
田中雄士は宮崎麗香と結婚していた

出典:bunshun.jp
田中雄士さんがKGBの2代目リーダーだったのはわずか1年ほど。その後は相談役に退きます。
そして、大検を取って、明海大学不動産学部に進学して卒業しています。その後、自分でビジネスを始め、不動産会社や飲食店を経営し、さらに格闘技ジムを13店舗経営していて、年商は10億円とも噂されています。
さらに、24歳でキックボクシングを始め、次の3つのタイトルを獲得。
・WBKF世界スーパーフェザー級王者
・蹴拳スーパーフェザー級王者
・第3代グラチャンキックフェザー級王者
40代になってからはラッパーとして活動を始め、フィーチャリングにZeebra、プロデュースにMr. BEATSを迎えた曲を出すなど、本格的に活動をしています。
私生活では、24~25歳で最初の結婚をして13年くらい結婚生活を続けましたが離婚します。40歳の頃に2回目の結婚をしています。2回目の結婚相手は現在は元EXILEの黒木啓司さんの妻で、脱税容疑がある宮崎麗果さんです。
田中さんは宮崎さんとの間に2人の子供をもうけますが、宮崎さんが第二子妊娠中に離婚しました。
KGBの歴代リーダー:3代目は矢尻哲朗

出典:youtu.be
KGBの3代目リーダーは矢尻哲朗さんです。矢尻哲朗さんは2代目リーダーの田中さんの同級生ですが、体重は130kgと超巨漢で柔道をやっていたためケンカはかなり強かったとのこと。
3代目リーダーになってからはKGBはあえて規模を縮小していって、少数精鋭化していきました。
また、2代目リーダーの田中雄士さんはありとあらゆる暴力団から勧誘されていましたが、のらりくらりとうまくかわしていき、大学生になり実業家になりましたが、3代目リーダーの矢尻哲朗さんは山口組系の芳菱会の組員になりました。つまり、「悪の本職の道」に入っていきました。
矢尻哲朗は30代になっても強盗罪などで逮捕されていて、2022年に刑務所から出所したばかりです。
KGBの歴代リーダー:4代目で自然消滅

KGBの4代目リーダーはどんな人物だったのか明らかにされていませんが、4代目の時にKGBは自然消滅しています。ということは、4代目リーダーはあまり有能ではなく、カリスマ性もなかったのかもしれません。
KGBの最高幹部には内藤裕もいた

人気格闘技イベントのブレイキングダウンに出場して注目を集めているのが内藤裕さんです。内藤裕さんは、田中雄士さんと同時期にKGBで活動していて、「最高幹部の1人」であり、田中さんの盟友でした。
この内藤さんはKGB時代は「人刺ゆたか」と呼ばれていました。ケンカになると、躊躇なく人を刺すような奴だったというのが、その異名の由来です。
この内藤裕さんは、上半身の前面に3代目リーダーの名前である「矢尻哲朗」の刺青を入れています。それだKGBへの愛が強いのでしょう。YouTubeチャンネルでもKGBについてたびたび話題にしています。
内藤裕さんはお酒を飲み過ぎて、医師から「あと1ヶ月で死ぬ」と余命宣告をされましたが、そこからトレーニングをしてブレイキングダウンに参戦し、48歳にして19歳の選手にTKO勝ちしました。やはり、KGB上がりの格闘家は根性が違うのかもしれません。
KGBの中でも高谷裕之はケンカが強いことで有名

KGB出身の有名人には、総合格闘家の高谷裕之さんもいます。高谷裕之さんは10代の頃にKGBに所属し、23歳の頃から総合格闘技を始め、2010年には第2代DREAMフェザー級王座に輝きました。
その後、LDHのグループ会社「LDH martial arts」を設立したほか、ジムを経営したり、格闘オーディション番組『格闘DREAMERS』を始動したり、格闘技イベント「POUNDOUT」を主催したりと幅広く活動しています。
この高谷裕之さんは2代目リーダーの田中雄士さんや3代目リーダーの矢尻哲朗さんの頃にKGBにいましたが、2代目リーダーの田中雄士さんとはあまり反りが合わないようです。
俺達の思い出が汚されてるからあえて書くけど
千葉って、ああいう資質のタイプばっかりだと思われたくないし。あの頃まわりにいた連中は、名も残さず体張ってたやつらばかりで、軽々しく語っていい過去じゃない。
それに、本人が言ってるような“当時の頭”とかそんな話じゃない。…
— 髙谷裕之 Takaya Hiroyuki (@takayaevilfist) December 7, 2025
「友達だけど仲間ではない」というのは、なかなか重い言葉ですね。当時所属していた人にしかわからないことだと思いますが、KGBは一枚岩ではなかったようです。
ちなみに、田中雄士さんは高谷さんに対して、次のように引用リプをしていました。
俺もさっき本人と話たが ガキの頃の話なんざダセェから話たくねぇが 確かに 高谷や3代目を俺たちがスカウトしてからさらに強力になったのは事実 だがそも土台は初代二代目の俺らが作った これは彼も理解してると思うが立場によって見解は別れる… https://t.co/fHRp52LT0d
— 田中雄士 キック王者 起業家 HIPHOPアーティスト (@Y_T_official) December 8, 2025
KGBと関東連合の関係や違い

出典:fnn.jp
関東最大級の勢力を誇ったKGBは、関東連合と比べられることが多いです。KGBと関東連合の関係や違いなどを見ていきましょう。
関東連合とは?
関東連合とは1973年に結成された暴走族で、一度解散したものの2000年代に再結成されて六本木や西麻布などを拠点にして大きな影響力を誇っていた半グレ集団です。
2010年に西麻布のバーで歌舞伎役者の市川海老蔵さんが襲撃された「海老蔵事件」や六本木のクラブで一般人男性が人間違いで襲撃されて命を落とした六本木クラブ襲撃事件の犯人として有名になりました。
現在、国際指名手配されている見立真一は、関東連合のリーダー格だったとされています。
KGBと関東連合の関係や違い
KGBと関東連合は、KGBの全盛期には直接的な「友好団体」だったわけでもないし、「敵対勢力」だったわけでもありません。
2代目リーダーの田中雄士さんは、関東連合のことを「大人のイメージ」と語っていました。
KGBが全盛期だった1990年代半ば~後半にかけて、関東連合はまだチーマー・暴走族の色を残していた状態で、いわゆる有名な「半グレ集団」とは言えない状態でした。また、KGBは高校生中心でしたが関東連合は20歳以上のメンバーも多く、世代的にも異なります。
さらに、KGBは千葉に拠点を移していましたので、勢力範囲が完全に被ることはなかったのです。関東連合が半グレ集団隣、警察に徹底マークされるようになった時期には、KGBは自然消滅していましたので、KGBと関東連合は直接的なつながりはなかったと言えるでしょう。
KGBの現在

KGBは4代目リーダーの時に自然消滅しています。しかし、当時のメンバーは現在でも交流があり、内藤裕さんの試合を田中雄士さんが観に行ったり、矢尻哲朗さんが観に行ったりしています。また、田中さんは同窓会のようなものを開いたこともあると語っていました。
やはり、青春時代に一緒に過ごした仲間は、いつになっても大切な仲間なんですね。
KGBのまとめ
日本のギャング・チーマーのKGBの概要や恐怖エピソード、解散の過去、初代から4代目までの歴代リーダー(田中雄士や矢尻哲朗)やKGBメンバーだった内藤裕や高谷裕之、関東連合との関係や現在をまとめました。
KGBの2代目リーダーだった田中雄士さんのインタビューを見ると、確かに頭が切れる人物という印象を受けます。KGBは普通のチーマーではなく、伝説のギャングだったことは間違いないでしょう。

















