小西政継の現在!マナスル遭難の最後と経歴や家族・名言を総まとめ

登山家の小西政継さんは、マナスル登頂後の下山中に行方不明に遭難して行方不明になりました。

 

小西政継さんのプロフィールや経歴、家族や名言、最後のマナスル遭難と現在をまとめました。

小西政継は鉄の男

小西政継

生年月日:1938年11月19日

没年月日:1996年10月

出身:東京都

活動:登山家、実業家

 

 

小西政継さんは「鉄の男」と呼ばれた登山家です。

 

小西政継さんは1970年から日本の高所登山の第一人者として、日本登山界をリードしてきました。常に世界の登山界の最先端を見据え、日本の登山界の常識を打ち破り、世界水準の登山を追い求めてきた人物です。

 

また、カリスマ性・天性のリーダーシップを持ち、後輩に大きな影響を与えてきた登山家としても知られています。

 

そして、小西政継さんは登山家には珍しく、40代で第一線を退き、登山に関する企画会社を立ち上げ、実業家としても成功し、さらに50代になってから再び登山を始めたという珍しい経歴の持ち主でもあります。

 

 

小西政継の経歴

小西政継さんの経歴を見ていきましょう。小西さんの主な登山歴はこちらです。

 

1967年2月:マッターホルン北壁→成功(4478m)
1969年秋:エヴェレスト南西壁試登(8000mまで)
1970年春:エヴェレスト南西壁試登(7800mまで)
1972年1月:グランドジョラス北壁→成功(4208m)
1976年春:ジャヌー北壁→成功(7710m)
1980年春:カンチェンジュンガ北壁指揮(8400mまで)
1982年夏:チョゴリ北稜(K2)指揮(7850mまで)
1983年秋:エヴェレスト南東稜(8800mまで)
1994年秋:ダウラギリⅠ北東稜→成功(8167m)
1995年秋:シシャパンマ中央峰→成功(8008m)
1996年秋:マナスル北東面→成功(8163m)

 

 

海外遠征前まで

 

 

小西政継さんは1938年に東京都で生まれました。父親を早くに亡くした小西政継さんは、中学卒業後は高校に進学せず、活版印刷の会社に就職しました。その会社で登山に出会います

 

職場の山岳会の部長に連れられて、登山を始めました。そして、1957年9月に山岳同志会という社会人山岳会に入りました。そこから、本格的に登山にのめり込んでいくことになります。

 

しかし、24歳の時に胃潰瘍や十二指腸潰瘍、腰痛などで約2年間は登山をすることができず、闘病生活を送ることになります。しかし、闘病生活中に山の本を読み漁ります。海外のアルプスやヒマラヤを舞台とした文献を毎晩2~3時まで読み漁ったとのことです。

 

しかも、登攀記なら1回目読む時は素直に「すごいなぁ」と思い、2回目読む時は自分だったらどのようにの登るかと考えながら、登攀のポイントをノートに書き写したとのことです。

 

この経験が小西政継さんの登山家としての基礎を作り、文章を書く時の表現能力が身についたと語っていました。また、海外の登攀記を読み漁ったことで、国内ではなく海外の山に目が向くようになり、さらに海外の最先端の登山を見据えるようになっていきます。

 

 

マッターホルンからジャヌー北壁まで

 

小西政継さんは病気から回復して、また再び登山を始めるようになります。海外文献を読み漁っていたため、ヒマラヤ登山に目を向けました。

 

ヒマラヤのアマダブラム(6812m)を狙いましたが、難易度が高いためにプルビチャチュに目標を変更し、1966年春に実行予定でした。しかし、1964年の暮れに一緒にチームを組む予定だった2人の登山家が遭難死してしまいます。

 

さらに、ネパール政府が1966年からヒマラヤを全面閉鎖することにしたため、小西政継さんはヒマラヤからアルプスに目標を変更しました。 そして、次のような登山を成功させます。

 

・1967年:マッターホルン北壁冬期登攀(第3登)
・1971年:グランドジョラス北壁冬期登攀(第3登)

 

マッターホルン北壁の冬季訓練は国内のみ、さらに夏の試登もなく、成功させています。

 

グランドジョラスはあの植村直己さんと一緒に登りましたが、悪天候につかまり、さらにちょっとしたミスで食糧を失うなど、かなり過酷な登攀となりました。結果として4人中3人が凍傷で手足の指を切断しています。小西さんは足の指全部と左手の小指を切断することになりました。

 

ちなみに、植村さんはこの時、唯一凍傷で指を切断しなかった人物です。

 

 

シンプルヒマラヤ登山を目指して

 

足の指を失った小西政継さんは、リハビリをして、再び登山を始めます。小西さんが目を向けたのはヒマラヤでした。

 

この頃の小西さんは登山に先鋭的でストイックな姿勢を見せていて、世界の主流である無酸素&シンプルな登山にこだわっていました。

 

[八千メートルの山も酸素を吸って登れば六千メートル。そんな登山に何の価値も
ない。]

 

引用:ヒマラヤNo.301 日本ヒマラヤ協会

 

そして、ジャヌー北壁の無酸素登頂に成功すると、次は登山隊を指揮して、8000m級の山を目指します。

 

・1980年:カンチェンジュンガ無酸素登攀の指揮→成功者あり
・1982年:K2(チョゴリ)無酸素登攀の登攀隊長→成功者あり
・1983年:エベレスト無酸素登攀の指揮→成功者あり

 

小西政継さん自身は、登頂に成功しませんでしたが、指揮・隊長として十分な成果を出しています。

 

 

登山家引退と起業家としての活動

 

ただ、1983年のエベレスト無酸素登攀の時点で、小西政継さんは45歳になっていて、体力の衰えを感じていました。そして、1984年に本格的な登山からは引退し、実業家に転身します。

 

それまでは、小西さんはサラリーマンでした。昭和44年にキャラバンという会社でアウトドア用品の企画をしていました。

 

その経験を生かして、小西政継さんは「クリエイター9000」という会社を立ち上げ、アウトドア用品の企画などを行います。それから10年間は「首まで仕事につかって頑張りぬいた」とのことです。

 

 

ヒマラヤで第二の登山人生のスタート

 

一度は本格的な登山から引退した小西政継さんは1994年、55歳の時に再びヒマラヤに戻ってきます。そして、8000m峰に挑みました。

 

しかし、登山スタイルは以前とは違います。以前は、自分が「エグゼクティブ登山」と呼んで批判していたガイド+酸素つきの登山スタイルで登ることにしました。

 

若い頃、興味が全くなかった8000m峰の一般ルートは、これから楽しむ老後の登山にはもってこいであると思っている。

 

引用:登山研修 文部省登山研修所

 

歳もとったし、アルピニズムなどという道楽をそうむずかしく考えず、この歳になって体が高所で動くか動かないかをポイントにした。

 

引用:ヒマラヤNo.301 日本ヒマラヤ協会

 

「要は、年齢や目的に合わせたスタイルで登山を楽しめば良い!」ということですね。以前とは登山への姿勢が変わり、合理的で柔軟な考え方の持ち主であると言えるでしょう。

 

・1994年:ダウラギリⅠ峰
・1995年:シシャパンマ
・1996年:マナスル

 

55歳になってから、ガイド付きの登山ではあるものの、小西政継さんは3つの8000m峰に登頂を成功させています。

 

 

小西政継の家族

結婚は1971年

出典:amazon.co.jp

 

小西政継さんは、1971年2月18日に郁子さんと結婚しています。小西政継さんと郁子さんの馴れ初めは本です。郁子さんがアイガー北壁に関する本を小西さんから借りたことがきっかけで交際が始まりました。

 

1971年2月は、小西さんがグランドジョラス北壁登頂を成功させたけれど、凍傷で両足の指全部と左手の小指を切断してすぐのことです。そんな小西さんを支えて、結婚したなんて、2人には固い絆があり、郁子さんも支える覚悟がしっかりあったと思われます。

 

また、お子さんは2人いますので、小西政継さんは4人家族ということになります。

 

・小西政継さん
・郁子さん
・長男
・長女

 

写真を見ると、奥様の郁子さんはとても美人ですね。

 

 

家族とハイキングに行くことも

 

小西政継さんは面倒見がよくて、気が利く良い夫・父親だったとのことで、家族でハイキングに行くこともあるそうです。

 

登山の時は妥協を許さずに厳しい一面を持っていた小西政継さんですが、家族でハイキングをする時は穏やかだっと妻の郁子さんが書いた「小西さんちの家族登山―妻が語る登山家・小西政継の素顔」では記されています。

 

 

小西政継の名言

出典:mainichi.jp

 

小西政継さんの名言と言えば、こちらです。

 

山とは金では絶対に買うことのできない偉大な体験と、一人の筋金入りの素晴らしい人間を作るところだ。
未知なる山との厳しい試練の積み重ねの中で、人間は勇気、忍耐、不屈の精神力、強靭な肉体を鍛え上げていくのである。
登山とは、ただこれだけで僕には十分である

 

引用:山岳部とは – 敦高山岳部

 

とてもカッコいい名言です。解説はいらないほどのストレートな名言ですね。山を、そして登山を全身全霊でリスペクトしていたことが分かります。

 

 

小西政継の最後はマナスルで遭難

マナスルとは

出典:english.onlinekhabar.com

 

小西政継さんが遭難したマナスルとは、ネパール中部に位置する8163mの山です。標高は世界第8位で、1956年に日本隊の今西壽雄、ギャルツェン・ノルブが初登頂に成功しています。

 

 

小西政継の最後

 

小西政継さんは1996年9月30日にC3から単独でアタックして、登頂に成功後、下山中に行方不明になりました。7800m付近で、同行者がビバークサイトを探しに行き、戻ってきた時には、座って待っていたはずの小西さんはいなくなっていたとのことです。

 

悪天候の7800m地帯で、遭難した人を探すことはほぼ不可能で、小西政継さんは遭難して行方不明になってしまいました。

 

 

マナスル遭難の謎

出典:nepalsanctuarytreks.com

 

小西政継さんのマナスル遭難には、いくつかの謎があります。

 

・最終アタックにシェルパを連れていなかった
・アタック開始が午前10時と遅かった
・高度順応をせずにヘリコプターでBCに入った
・酸素ボンベは7時間で切れるものだった
 
それまでのダウラギリとシシャパンマはシェルパと一緒にアタックをかけて成功していましたし、事前準備として高度順応もしています。それなのに、マナスルではそれがありませんでした。
 
さらに、通常は山頂へのアタックは早朝夜が明ける前に開始するものですが、午前10時はあまりにも遅すぎます。
 
この日、小西政継さんに何があったのでしょうか?

 

 

小西政継の現在

出典:hachobaru.jp

 

小西政継さんは現在でも遺体が見つかっていません。今後、何らかの形で遺体が見つかる可能性はありますが、まだマナスルに眠っていると思われます。

 

現在でも小西政継さんの著作は、登山家や登山愛好家の間では愛読書として人気となっています。

 

・『マッターホルン北壁:日本人冬期初登攀』
・『凍てる岩肌に魅せられて』
・『グランドジョラス北壁:ウオーカー稜冬期日本人初登攀』
・『ジャヌー北壁』
・『北壁の七人:カンチェンジュンガ無酸素登頂記』
・『山は晴天』
・『砂漠と氷雪の彼方に:チョゴリ登頂の全記録』
・『小西政継僕のザイル仲間たち』

 

小西政継さんは文才があって、とても読みやすく、かつリアリティ・臨場感があります。特に、『マッターホルン北壁:日本人冬期初登攀』と『グランドジョラス北壁:ウオーカー稜冬期日本人初登攀』は名作なので、おすすめです。

 

 

小西政継のまとめ

小西政継さんのプロフィールや経歴、家族や名言、マナスル遭難と最後、現在をまとめました。登山家としての業績もすごいですが、先鋭的でリーダーシップがあるところ、さらに文才があって、登山スタイルを年齢と共に柔軟に変えられるところが、小西政継さんのすごいところだと思います。

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