2009年に起きた耳かき店員殺害事件(新橋ストーカー殺人事件)は、耳かき店員であった被害者の江尻美保さんと祖母がストーカー化した常連客に殺害された事件です。
この記事では耳かき店員殺害事件の概要や犯人・林貢二の犯行動機、裁判の判決、現在について紹介していきます。
この記事の目次
耳かき店員殺害事件の概要
耳かき店員殺害事件とは、東京都の秋葉原にある耳かき専門店「山本耳かき店」で働いていた江尻美保さん(当時21歳)と、その祖母の鈴木芳江さん(当時78歳)が、店の顧客であった林貢二(当時41歳)に殺害された事件です。
2009年8月3日の8時50分頃、東京都港区西新橋にある江尻美穂さんの自宅に、ハンマーとペティナイフ、果物ナイフといった凶器を持った林貢二が押し入ってきました。
事件時に美保さんの父親はすでに出勤しており、自宅にいたのは母と兄、そして美保さんと祖母だけで、起きていたのは祖母の芳江さんだけだったといいます。
林と鉢合わせてしまった芳江さんはハンマーで殴打されたうえ首や顔を切りつけられて、そのまま死亡。その後、林は2階に上がって美穂さんにも刃物を向けたのです。
近隣住民の通報を受けて駆けつけた警察により林は現行犯逮捕されましたが、美穂さんはすぐに病院に救急搬送されたものの助からず、9月7日に死亡が確認されました。
この事件は犯人が店員と客という関係を勘違いして、ストーカー行為の挙げ句に被害者とその家族の殺害に及んだことから、「新橋ストーカー殺人事件」とも呼ばれます。
耳かき店員殺害事件の被害者・江尻美保さん
耳かき店員殺害事件の被害者である江尻美保さんは、「まりな」という源氏名で山本耳かき店で働いており、秋葉原店で一番人気の「小町さん」(山本耳かき店では女性従業員をこのように呼んでいる)でした。
彼女は2009年1月27日に放送された「ありえへん世界∞」の「ありえへん高収入アルバイトBEST3!」という特集に出演しており、最高月収は68万円だと明かしていました。
そこまで精力的に働いていたのには理由があり、彼女は両親にマンションを買ってあげたいと周囲に話していたそうです。
美保さん一家は母方の祖父母の家に同居していたのですが、高齢になってから祖父が家族にきつい態度をとるようになり、両親が対応に困っている様子も見られるようになったといいます。
そのことに悩んだ美保さんは、「両親が安心して暮らせる家がほしい」と考えるようになり、高校を卒業すると和菓子屋で働き始めたました。
しかしマンションが買えるほどお金を貯めるのは難しく、また腰を傷めてしまったため、思い切って耳かき店に就職したのです。
実際に美保さんは自分の給料はほぼ貯金していたらしく、親族の女性によると彼女の口座には700万円もの貯金があったそうです。「両親のために、マンションの頭金くらいは貯めないと」と、美保さんはこの女性に話していたといいます。
また、美保さんは優秀なスタッフとして系列の耳かき店で働く女性にも名を知られており、同僚たちからは「すっぴんのまりな」と呼ばれていたそうです。この話からも美保さんが真面目な性格をしていたことが窺えます。
耳かき店員殺害事件の犯人・林貢二
耳かき店員殺害事件の犯人である林貢二は、28歳で実家を出て千葉市内で一人暮らしをしていました。
専門学校を卒業してからは電気設備関係の会社に就職し、これまで問題を起こすようなこともなく、勤務態度も真面目そのもの。酒も飲まなかったため職場の飲み会に参加しても、静かに烏龍茶を飲むようなタイプだったそうです。
社内での信頼も厚かったようで、設計主任としてチームの責任者も務めていたといいます。
そんな林の人生が変わってしまったのは、2008年2月頃にインターネットで耳かき専門店のことを知ってからでした。
耳かき専門店のサービスに興味を持った林は、山本耳かき店に予約を入れました。そして初回で担当についたのが、美保さんだったのです。
耳かき店員殺害事件の犯人がストーカー化した経緯と2人の関係
最初の接客で美保さんを気に入った林は、次回以降も彼女を指名するようになりました。
しかし、膝枕をしてもらって耳かきをするサービスを受けられたのは最初の4回だけで、あとは座って雑談をしたり、一緒にお菓子を食べたり、DVDを見たりしながら店内の個室で過ごしていたそうです。
本来期待していたサービスが受けられないのに、なぜ林は耳かき店に通っていたのだろう?と疑問にも感じますが、このような過ごし方をしているうちに恋人同士が部屋でデートをしているような錯覚に陥ってしまったのかもしれません。
2008年の5月には2〜3時間延長することもザラになり、8月に入ると毎週、金曜日から日曜日までの3日間は美保さんに指名を入れ、長いときには1日のうち7時間も耳かき店に滞在していたといいます。
2008年時の山本耳かき店の料金
・基本料金…30分2700円、1時間4800円
・延長料金…30分ごとに2700円
・指名料…500円
一度は店に通うのをやめようとしたが…
過剰になっていく林貢二の要求
山本耳かき店では耳かきやマッサージなど店側が定めたメニューの施術を除き、客と女性スタッフとの接触を固く禁じていました。
店のホームページにも「風俗的なサービスをご希望の方の入店はお断りしています」と書かれてあり、セクハラ行為をした客は場合によっては出入り禁止になるそうです。
また店の外で女性スタッフと客が会うことも禁じていたのですが、秋頃には「ここまで長い時間一緒にいたのだから、自分とまりな(美保さん)は客と小町以上の関係だ」と、林は2人の関係は特別なのだと勘違いをするようになっていました。
そのため店の外で会うよう、美保さんにしつこく迫るようになったのです。また2008年の11月から美保さんが山本耳かき店の新宿店にヘルプで出勤するようになると、林は「秋葉原から新宿まで一緒に行く」と言い出しました。
美保さんはお店の決まりで外では会えないと言ったのですが、林は納得できず、「なんで店の外で会えないのか?まりなとの仲を邪魔するな!」と、耳かき店の店長に直談判したといいます。
その後も美保さんに対する執着は増していき、林は2008年の年末には12月27日から1月4日まで、なんと9日間も連続で店を訪れています。
この頃になると「食事に行こう」「手を握って」と林の要望もエスカレートし、美保さん一人では対処できない状態になっていました。
耳かき店員殺害事件・犯人の動機
林への対応に悩んだ美保さんは、店長に「あのお客さんを出入り禁止にできませんか?」と相談したといいます。
結果、林を出入り禁止にすることが決まり「付き合ってくれないのなら、もう指名しない」としつこく交際を迫る林に対し、美保さんは「そういうつもりはない。もう、お店に来ないでほしい」とはっきり伝えました。
無事に縁が切れたと思ったのですが、その2日後には林は店に予約の連絡をしており、これを断られると店の前で美保さんを待ち伏せするようになったのです。
心配した系列店の店長がしばらくの間、美保さんの送迎を担当しましたが、3ヶ月が経つ頃には林は現れなくなったため、諦めたのかと安心した美保さんはまた1人で帰宅するようになります。
ところが美保さんが1人になるのを狙っていたかのように、再び林が現れ「また店に行かせてほしい」と懇願してきました。これが犯行の前月、7月19日のことです。
美保さんは怖くなってその場から逃げると、母親にストーカーにあっていると相談します。しかし、警察にも相談したものの被害届は出しませんでした。
当時、美保さんの家では祖父が亡くなったばかりで、気落ちしている祖母に心配をかけたくなくて被害届の提出は見送ったそうです。そのため警察の対応も、相談があった日に美保さんの自宅周辺を見回るだけにとどまりました。
翌日、林は美保さんにメールを送りましたが、彼女はすでにアドレスを変更していました。
「拒絶された…」そう感じた林は美保さんに憎しみをつのらせ、凶行に及んだのです。
警察の取り調べで犯行動機を聞かれた際には「交際を断られた。腹が立ったて殺そうと思った」と、供述しています。
なお、美保さんと連絡をとる手段がなくなってから林は彼女の家を探していたようです。犯行の前々日である8月1日、美保さんの母親は自宅近くで不審な男性を見かけたといいます。
もしや、と思い美保さんに電話をして「家の近くに、カバンを斜めがけにした白シャツの男が立っていた」ところ「そう(林)かもしれない」と答えたそうです。
林貢二はどうしてストーカーになってしまったのか
林は26歳の時に、膠原病を発症していました。膠原病はさまざまな臓器に慢性の炎症を及ぼす疾患で、適切な治療によりいったんは治ったように見えても、将来的に再発するおそれが高い病気です。
そのためリスクの高い持病のある自分に結婚は無理だろうと考え、林はあまり女性と関わらない生活を送ってきたそうです。
実家には年に2回ほど帰省していたといいますが、父親との仲はあまりよくなかったようで、一人暮らしをしたきっかけも父親に家を追い出されたからでした。
これから、という青年期に再発リスクの高い難病に罹ってしまい、実家にも気軽に帰れない状況にあったことから、仕事以外では孤独だったのかもしれません。
山本耳かき店に通うになってからの1年余りで、林は200万円以上のお金を見せにつぎ込んでいました。
給与のほとんどを店で使い、コツコツ貯めてきた1000万円の貯金を切り崩して生活費に充てていたとの情報もあります。
耳かき店員殺害事件の裁判
8月3日、事件当日に逮捕された林貢二は、同月24日に鈴木芳江さん殺人、江尻美保さん殺人未遂の容疑で東京地裁に送検されました。
そして9月7日に美保さんが息を引き取ったことで2名殺人の容疑に切り替えられ、2010年5月6日におこなわれた公判前整理手続で精神鑑定を受け、「責任能力あり」と判断されています。
この事件は2009年5月21日から開始された裁判員制度を取り入れた裁判となり、裁判員たちがどのような判断を下すのかにも注目が集まりました。
裁判の様子
耳かき店員殺害事件の初公判は、2010年10月19日に東京地裁で開かれました。
公判前整理手続で責任能力が認められていたため、この点について争われることはありませんでした。
したがってどのような刑罰が課されるのかの判断は、犯人側に酌量すべき事情があったかに焦点が集まりました。
検察側の主張
・鈴木芳江さんはもちろんのこと、江尻美保さんにも殺害されるほどの落ち度は認められない
・林貢二が一方的に恋愛感情を抱いたうえ、かなわなかったという身勝手な理由で犯行に及んだ
・凶器も事前に用意するなど計画性が見られる
・ハンマーで殴打したうえで刃物でめった刺しにするなど、犯行の手口も凶悪である
検察側は上記のような理由から、「永山基準」に則って死刑を求刑しました。なお、これは裁判員制度が開始されてからはじめての死刑求刑となります。
「永山基準」というのは、日本の刑事裁判で死刑判決を下す際に用いられる判断基準です。
犯罪の性質、犯行動機、殺害方法の残虐性などの犯行様態、殺害された被害者の数など事件の重大性、遺族感情、社会に与えた影響、加害者の年齢、前科、犯行後の情状の9項目と照らし合わせて、死刑相当の事件か否かを判断します。
検察官は、この9項目のうちとくに犯行動機、犯行様態、事件の重大性、犯行後の情状を重視し「身勝手な動機によるもので、残虐かつ執拗な犯行である。2名が亡くなるという重大な結果を起こしておきながら、真摯に反省する様子が見られない」と訴えました。
弁護側の主張
・もともと江尻美保さんと林貢二は店員と客としては良好な関係だった
・十分な説明がなく江尻美保さんに来店を拒まれたことが反抗の引き金となった。犯行時には抑うつ状態にあり、このことは精神鑑定医も証言している
・鈴木芳江さん殺害時はパニック状態にあった。もともと家族を手に掛ける予定ではなかった
・深く反省しており、本人も母親も遺族に賠償をしたいと申し出ている
・前科もなく、20年間会社員として真面目に勤務していた
弁護側は上のように主張し死刑回避を求め、また林本人も最終弁論で江尻美保さんと鈴木芳江さんへの謝罪の弁を述べました。
裁判中に明らかになった2人の関係性
裁判前までは対価以上のサービスを求めてストーカー化した客と、つきまとい行為をされた末に殺害された女性店員、という印象が強かったのですが、裁判中に2人の関係には違った側面があることが浮かび上がりました。
証人として出廷した美保さんの同僚の女性が「2人が口喧嘩をして、林さんが涙ぐんでいたのを見たことがある」と証言し、これに対して弁護士に事実かと聞かれた林は「頼まれて弁当を買っていった際、海鮮丼のイカとタコが違うと怒られたことがある」「ほかの客と予約が被った時、今回があなたが時間を譲ってと言われた」等と話したといいます。
そのほかにも「頼まれてケンタッキーなどに食べ物を買いに行くことがわりとあった」「金曜日にお店に行くようになったのは、彼女から『平日は暇だから予約を入れてほしい』と頼まれたため」と、美保さんの方から頼まれて予約を入れることも多かったことを主張しました。
また判決の争点となった恋愛感情についても、「親子ほども歳が離れていたので、恋愛感情はなかった」と述べています。
さらに「これまで3人の女性と交際したことがあるが、結婚したい、より深い仲になりたいと思ったことはない」と話し、その理由については以下のように明かしました。
被告「私の持病の膠原病はいつ再発するか分からず、再発すれば入退院を繰り返すことになります。一家の大黒柱がそういうことになれば、悲しむ人を作ることになるので、私は結婚しないと決めていました」
引用:産経ニュース【耳かき殺人 裁判員3日目(7)】「交際や結婚をしたいとは思っていない」 検察指摘の「恋愛感情」真っ向否定
そして、美保さんからもあくまでもお店の常連客の1人として認識されていたことを理解していたし、上記の理由から彼女に交際や結婚をしてほしいとは望んでいなかったと訴えました。
裁判時の林の様子は一貫して誠実であったわけではなく、検察官が「質問に対する答えになっていない」と苛立つ場面もあったと報じられています。
また、逮捕時の供述では「交際を断られて腹がたった」と話していたのに、恋愛感情がなかったという主張は矛盾しています。
そのため、公判での林の発言がすべて事実であったのかは疑わしいのですが、林が一方的につきまとって予約を入れ続けていたわけではなかったのでしょう。
耳かき店員殺害事件の判決
出典:https://dokujyochannel.net/
2010年11月1日、東京地裁で開かれた判決公判で林貢二は無期懲役を言い渡されました。
裁判長は死刑ではなく無期懲役を課した理由について、以下のように述べています。
・犯行に至った背景には、林貢二は一年以上も店に通っており、2人の間に表面上は良好な関係があったことを否定できない
・短絡的で身勝手な犯行ではあるが、極刑相当とはいえない
・江尻美保さんの母親や兄には危害をくわえなかったことから、パニック状態で鈴木芳江さんを殺害したものと見られる
・裁判中の被告の態度は未熟さやプライドの高さによるもので、江尻美保さんの名誉を毀損する意図はないものと見られる
・反省をしているのは事実である
・前科もなく、会社員として真面目に勤務してきたことは考慮すべき
この判決に対して林と弁護側は上告しない旨を表明しましたが、死刑を望んでいた遺族は反発し、検察に裁判の続行を求めました。
しかし東京地検は11月12日に控訴しない方針を発表し、15日付で無期懲役という判決が確定ししました。
耳かき店員殺害事件・林貢二の現在
林貢二は現在、無期懲役の判決に従って服役中です。2005年の刑法改正で無期懲役の場合は最低でも30年は収監されると決まったため、少なくとも2039年までは出所できません。
2039年を迎えると仮釈放の審査を受け、出所できるか否かが決まるのですが、この審査は通過率がわずか0.2%しかないうえ、死刑求刑をされていた林が30年で刑期を終えるのは不可能だと見られています。
なお、30年が過ぎた後は10年後に再度仮釈放の審査を受けることになるのですが、林の場合は判決時の年齢が42歳だったため、亡くなるまで収監されている可能性も考えられるでしょう。
耳かき店員殺害事件についてのまとめ
今回は2009年に起きた耳かき店員殺害事件について、被害者の江尻美保さんと犯人の林貢二の関係や裁判、判決などを中心に紹介しました。
耳かき店員殺害事件は、現在でも「なんで犯人が死刑にならなかったのか」と言われることが多い事件です。全く面識のなかった祖母まで手にかけていることもあり、ご遺族が死刑を望んだのは当然と言えます。
ただやはり、家族のためとはいえ色恋営業が絡むような仕事につくには美保さんは真面目過ぎたのかもしれません。もっとしたたかに客をさばけるような性格であれば、ストーカー化しそうな客を見分けて、早めに手を切ることもできたでしょう。
亡くなったお2人のご冥福をお祈りするとともに、このような事件が起きることがないよう願います。