全日空61便ハイジャック事件と犯人/西沢裕司の現在!一橋大学など経歴・家族や結婚・長島機長の死因も総まとめ

全日空61便ハイジャック事件は1999年7月に起きたハイジャック事件です。この記事では全日空61便ハイジャック事件の詳細や一橋大学卒業の犯人・西沢裕司の経歴、家族、結婚、被害者となった長島機長の死因や判決、事件の現在について紹介します。

全日空61便ハイジャック事件の概要

 

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1999年7月23日、乗客乗員517人を乗せて東京の羽田空港(現在の東京国際空港)から北海道の新千歳空港に向かって飛び立った全日空61便が、上空でハイジャックされる事件が起こりました。

 

事件当日、全日空61便が羽田を離陸したのは午前11時23分、この日は小中高生の夏休みが始まって最初の週末ということもあって、旅行客などで機内はほぼ満席状態でした。

 

しかし、その2分後の11時25分にはハイジャック犯の西沢裕司(当時28歳)がコクピットに侵入し、地上管制官に「ハイジャック発生」という通報が入ったのです。

 

ハイジャックされた全日空61便は「ジャンボジェット」の愛称で親しまれたボーイング747型。階部分に客席、2階部分にコクピットと客席があり、西沢は2階の客席に乗っていました。

 

離陸直後、まだ上昇中の機内で西沢は隠し持っていた包丁を取り出すと奇声をあげて立ち上がり、客室乗務員を脅して自分コクピットに入れるように要求。

 

コクピット内にいた長島直之機長(当時51歳)が騒ぎに気付いてのぞき窓から客室を見たところ、西沢に包丁を突き付けられている客室乗務員の姿が見えたといいます。

 

そのため乗務員だけではなく乗客にも被害が及ぶおそれを危惧した長島機長は、やむを得ず犯人の要求をのんでコクピットのドアを開けることにしたのです。

 

コクピットに侵入した後、西沢は長島機長らに横須賀に向かうように指示しました。機長らは指示に従って南西に方向転換して神奈川方面に向かいます。

 

そして「高度3,000フィート (910m)まで降下しろ」と機長に指示したうえで西沢はコクピットから副操縦士を追い出し、11時38分にはコクピットの中には長島機長と西沢だけが残りました。

 

横須賀東方に入ると西沢は自分に操縦させるように要求し始めます。しかし、長島機長もその要求はさすがにのめません。

 

要求を拒みつつ、なんとか西沢をなだめようと試みましたが、激高した西沢は包丁で長島機長を刺して、無理やり操縦席に座るという暴挙に出たのです。

 

その後、コクピットを追い出された副操縦士や偶然、別の乗務で全日空61便に乗り合わせていたパイロットが異変に気付いてコクピットのドアを壊して侵入を果たし、機体のコントロールを奪還。

 

西沢を客席に拘束して機体を上昇させ、羽田へ引き返したために乗客に被害は出ませんでした。

 

しかし、西沢に刺された長島機長は羽田到着後に死亡が確認され、全日空61便ハイジャック事件は日本で発生したハイジャック事件の中で、唯一死者が出た事件となったのです。

 

また、逮捕後に西沢は「飛行機を操縦してレインボーブリッジをくぐってみたかった」などと語っており、犯行動機は金の要求などではなく「自分で飛行機を操縦したかった」という信じがたいものであったことも明らかになりました。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件の犯人・西沢裕司の経歴① 家族と幼少期

 

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全日空61便ハイジャック事件は、「飛行機を操縦してみたかった」という他に例をみないような特異な動機で起きた事件です。事件の全貌を知るため、まずは犯人の西沢裕司とはどのような人物なのか見ていきましょう。

 

西沢は1970年に東京で誕生しました。家族は両親と兄の4人で、父親は特許事務所の所員をしていたといいます。

 

幼少期の西沢は真面目で成績優秀だったとのことですが、おとなしく、引っ込み思案な性格で友人らしい友人はいなかったそうです。

 

自分の意思を示すのが苦手だったせいか小学校2年生、3年生といじめに遭っており、中学は受験をして中高一貫の私立校( 御三家に数えられる武蔵中学)に入学しています。

 

エスカレーター式に高校3年までの6年間を約束された西沢でしたが、自由を謳歌できたわけではありませんでした。父親が非常に厳しく、「大学は東大、それ以外は許さない」と常日頃から息子に言っていたためです。

 

しかし、父親の期待に応えるべく高校受験がない環境でも西沢は中高と勉強に励んだのですが、東大を含む志望校への現役合格に失敗してしまいます。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件の犯人・西沢裕司の経歴② 一橋大学に入学

 

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そして1年間浪人した後に一橋大学に合格。もとは鉄道ファンだったという西沢ですが、大学に入ると飛行機に興味を持つようになったとのことです。

 

そして、この頃からジャンボジェット機のパイロットになりたいという夢を持ちはじめ、大学時代はフライトシミュレーションのゲームにのめり込んでいました。

 

大学2年生になると空港でのアルバイトも始め、就職活動のための勉強にも励んでいたそうです。

 

ところが就職活動はうまくいかず、航空会社からの内定は出ませんでした。ただ、優秀な学生であった西沢はJR貨物に就職が決まり、大学卒業後の1994年には実家を出て社員寮に入居します。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件の犯人・西沢裕司の経歴③ 挫折から犯行まで

 

しかし、社会人生活は西沢にとって想像以上に辛く、苦しいものでした。人付き合いが極めて苦手であった西沢は環境の変化にうまく対応できず、さらに仕事でのミスも続いて、入社早々に抑うつ状態になってしまったのです。

 

そして1966年には社員寮から失踪。仕事も無断欠勤し、半年もの間、放浪生活を続けていました。

 

放浪生活から半年が経ち、貯金が尽きたところで西沢は実家に帰宅して勤務先にも退職届を提出しましたが、仕事から離れても精神状態はなかなか回復しなかったようです。

 

努力を続けたのに航空会社に就職が決まらず、代わりに就職した先では仕事をこなせずに逃げ出してしまったという事実は、これまで優等生であった西沢を苦しめ続けました。

 

そのため実家に戻った西沢は精神科に通うようになりましたが、それでもうつ状態は改善せずに引きこもり生活をすることとなります。なお、当時の西沢には統合失調症の診断が出ていたといい、クリニックからは大量の抗うつ剤が処方されていたそうです。

 

引きこもり中に西沢がこれらの薬を多量に飲み、自殺未遂を図っていたことも明らかになっています。

 

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また通院以外の自宅にいる間、西沢は自分の部屋にこもってフライトシミュレーションのゲームばかりやっていたといいます。

 

 

航空会社への執着

 

こうして3年の月日が流れていったある日、西沢はふと自室の片隅に置きっぱなしにしていた羽田空港の図面を手に取り、しげしげと眺めた結果、あることに気づきました。

 

完璧に見えた羽田空港の警備体制には実は穴があり、そこをつけば手荷物検査をすり抜けて飛行機の搭乗できることに気づいたのです。

 

このことを知った西沢は、このことを航空会社に伝えれば、雇用してもらえるかもしれないと思い至りました。

 

そして空港に向かい、実際に図面通りに警備の穴をつけるのか検証。その結果、難なく手荷物検査をすり抜けられたことから、西沢は自信をもって航空会社や運輸省、東京空港署などにこのことを記した手紙を送りました。

 

西沢はこの手紙の中に「自分を警備員として雇ってほしい」と書き、これが自分が航空関係の仕事に就ける最後のチャンスだと思って望みを託したとされます。

 

しかし、航空会社から採用の連絡はなく、空港も予算不足などの理由から西沢が指摘してきた警備の欠陥を放置することとなりました。

 

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最後の望みを絶たれた西沢は怒り狂って連日、空港に電話をかけるなどしたそうです。そして次第に「自分が見つけた警備の穴を利用して、飛行機内に凶器を持ち込んでやろう」という考えを持つようになっていきます。

 

そうすれば自分が正しかったことが証明でき、自分の優秀さをアピールできると思ったのです。

 

さらに西沢は「飛行機内に凶器を持ち込めたら、夢だった飛行機の操縦に挑戦したい」とも考えるようになりました。

 

恐ろしいことにフライトシミュレーションゲームで得た自信から、本物のジャンボジェットも運転できると思い込んでいたのです。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件の詳細① 事件前の犯人の行動

 

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当初、西沢は1999年7月22日に犯行に及ぶ予定でいました。家族や精神科の主治医には北海道に旅行に行くと嘘をつき、空港に向かうつもりでいたそうです。

 

しかし、この前日の21日に父親が偶然、息子が用途不明の大量の航空券や包丁を所持していることを知り、22日には家を出ることを阻止されてしまいます。

 

そのため翌日の23日に犯行に及んだのです。なお、家族が23日に西沢を見逃してしまった理由は、本人が暴れて抑えきれなかったためとされています。

 

23日の午前6時、「サカオカシンジ」という偽名で航空券をとっていた西沢は全日空61便のチェックインを済ませてから、大阪行きの日航101便に搭乗しました。これは全日空61便に凶器を持ち込むための下準備です。

 

包丁の入った荷物は機内に持ち込むことができませんから、101便に乗る前に西沢は凶器の入った荷物を手荷物預かりに預けて大阪に向かいました。

 

大阪に到着した西沢はしばらくして日航102便で羽田に引き返します。この時も凶器の入った荷物は手荷物預かりに預けていました。

 

そして羽田に着くとターミナルビル1階で預けていた凶器入りの荷物を受けとり、そのまま通路を逆走。

 

実は空港で働く職員専用の階段を使えばターミナルビル1階から2階の出発ロビーに向かうことができるのですが、当時はこの階段付近に警備員は配置されていませんでした。

 

そのため人の流れに逆らって動いても制止する人はなく、これこそが西沢の発見した「警備の穴」だったのです。

 

計画通り凶器入りの荷物を持ったまま出発ロビーに到着した西沢は、そのまま全日空61便に搭乗。こうして事件が発生したのでした。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件の詳細② ハイジャック発生

 

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こうして午前11時23分に包丁を持ち込んだ西沢を乗せて、全日空61便は羽田を飛び立ちました。

 

2階客席の前から5列目に座っていた西沢は、離陸から2分後には客室乗務員を脅してコクピットに侵入。高度を3,000フィートまで下げて横須賀へ向かうように長島機長に要求しました。

 

国内線の平均高度は約33,000フィートであり、3,000フィートはヘリコプターや小型飛行機の飛行領域です。

 

乗客の命がかかっているために長島機長らは3,000フィートまで下降しましたが、なんとか西沢を刺激せずに安全を確保しようと「高度、もう少し上げたほうがいいと思うんですよ」「雲がかかってきて危ないんですが、もう少し高度上げませんか?」と説得を試みました。

 

包丁を突き付けられ、パニックになって当然の状況にありながら、長島機長は慎重に言葉を選んで状況を打破しようとしていたのです。

 

さらに機長は西沢が飛行機に興味を持っていることに気づき、計器の説明をして高度を上げることの必要性も伝えようとしていました。

 

一方、客席の様子については西沢の犯行を見ていた2階席の乗客は飛行機がハイジャックされてことを知っていたものの、1階席の乗客は急に高度が下がったことを不思議に思いつつも2階で何が起きているのかまでは知らないという状態だったそうです。

 

しかし、たまたま別の乗務のために乗っていたエアバス機の山内機長は、1階席にいながらも異変に気付いて早々に2階に移動して乗務員との接触を図っていました。山内機長はそのまま2階に留まり、後に事件解決に協力をしています。

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全日空61便ハイジャック事件の詳細⓷ 長島機長の殺害と死因

 

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その後、長島機長以外の乗務員をコクピットから出した西沢は11時47分に横須賀東方に到着することには副操縦席に座り、専門用語を口にしながら操縦棹を握って操縦し始めていたといいます。

 

副操縦席の操縦桿は機長の操縦と同じ動きしかできないため、長島機長は西沢に気づかれないようにフォローを続け、低空飛行しつつも墜落しないように神経を集中させていました。

 

そして「あれ、江の島ですよ」と窓の外の景色に西沢の意識を向けさせた隙に自動操縦を作動。

西沢を刺激しないように安全の確保を試みたのです。

 

しかし、茅ケ崎の上空に差し掛かったところで自分の操縦どおりに機体が動いていないことに気づいた西沢が激高し、突然長嶋機長を包丁で刺すという暴挙に出ました。

 

刺された長嶋機長は失血死してしまい、西沢は1人でジャンボジェットの操縦をすることとなります。

 

この頃になると乗客の誰もが恐怖を覚えるほどに機体が揺れていたため、客席にも「本機はハイジャックされました」というアナウンスが流れていたそうです。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件の詳細④ 墜落の危機

 

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操縦桿を握った西沢はさらに高度を下げました。そのため墜落の危機を知らせる「対地接近警報装置」が作動。機内に警報音が鳴り響きます。

 

そして午後0時頃、コクピットの前に集まって中の様子を窺っていた副操縦士と、偶然乗り合わせていたエアバス機の山内機長らは強行突入を決意。

 

いっせいに体当たりしてコクピットのドアを壊して突入すると、すぐに西沢を確保して山内機長が操縦桿を握って機体を急上昇させました。

 

これで墜落の危機を免れた、と思ったのもつかの間、今度はエンジンの出力不足で失速。

 

これを解決するにはエンジンの出力レバーをあげる必要があるのですが、山内機長は操縦桿から離れられないうえ、副操縦士らは暴れる西沢を拘束しており手が離せず、誰も出力レバーに手がかけられない状態でした。

 

このままでは急上昇しても出力不足で墜落かと思われた矢先に、なんと亡くなる直前に長島機長がセットしていた自動操縦が作動するという奇跡が起きたのです。

 

西沢は長島機長が自動操縦装置をセットしたことに気づき、操縦をコントロールする機能は解除していたのですが、速度を維持する機能は解除していませんでした。

 

そのためギリギリのところで全日空61便は墜落の危機を脱したのでした。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件の詳細⑤ 犯人の逮捕

 

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こうして午後0時3分には副操縦士がハイジャック犯を確保した旨と、長島機長が刺された旨を連絡したうえで羽田空港に引き返し、全日空61便は0時14分に羽田に緊急着陸しました。

 

着陸後、待ち構えていた警官らによって西沢は逮捕され、乗客に被害者を出さずに全日空61便ハイジャック事件は解決となります。

 

山内機長や副操縦士がコクピットに乗り込んだ時、機体は2分間で500m以上も高度を下げていたといい、このまま墜落をしていたら八王子市南部に墜落をして乗客にも市民にも死傷者が大勢出る大惨事になっていました。

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長島機長の命がけの英断のおかげで、この惨事が防げたのです。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件の詳細⑥ 逮捕後の供述と動機

 

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逮捕後、西沢は警察の取り調べに対して「ジャンボジェットでレインボーブリッジをくぐってみたかった」「本物の飛行機でダッチロールや宙返り」「フライトシミュレーションのゲームで培った技術を証明したかった」などと供述していたそうです。

 

つまり、パイロットになる夢を諦めきれず、ハイジャックをしてまでジャンボジェットを操縦してみたかったと言うのです。

 

しかし、別の日には「横須賀の米軍基地に行きたかった、基地に着いたら自殺するつもりだった」などと供述しており、破滅願望の果ての犯行だったのではないかという疑いも持ち上がりました。

 

また、長島機長を刺した理由についても「自分の操縦の邪魔をするから」と言ったと思えば、「苦しそうに見えたから刺して楽にしてあげようと思った」と意味不明なことを供述するなど、支離滅裂だったといいます。

 

そのため西沢の供述を総合的に見て、警察は犯行動機について「強い操縦願望のもと、自殺覚悟でハイジャックに及び、操縦の障害になると感じた機長を殺害した」と結論付けました。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件の裁判と判決

 

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全日空61便ハイジャック事件の裁判では、被告の西沢裕司に責任能力があったのか否かが争点になりました。

 

前述のように西沢は勤務先のJR貨物を退職した後にうつ状態になっており、両親の勧めで4つもの精神科や心療内科に通っていたとされます。

 

さらに1998年の秋には病院で処方された薬を大量摂取して自殺未遂を起こし、約2か月間の措置入院をしていた履歴まであるため、犯行時にも何らかの精神疾患があったのではないか、という見方がされたのです。

 

 

精神鑑定

 

1999年12月20日に行われた初公判で、西沢は殺人罪とハイジャック防止法違反、銃刀法違反、威力業務妨害に問われました。

 

そして犯行時の精神状態については、捜査段階で提出された精神衛生診断書と公判段階で提出された精神鑑定書2通が採用されました。

 

まず、1回目の精神鑑定では以下のような結果が出たとされます。

 

「犯行当時アスペルガー障害の状態で、社会適応に困難を来して自殺を決意し、最もふさわしい自殺方法として犯行に及んだ」

 

引用:ハイジャック判決要旨

 

アスペルガー障害とは先天的な発達障害で、この障害を持つ人には他人の情緒を理解することが極めて難しい、同時に複数の業務をこなすことが苦手、物事の全体像把握が苦手などの特徴がみられるといいます。

 

西沢が仕事を辞めて引きこもった理由も、アスペルガー障害を持っていたためだという鑑定結果です。

 

続いて2回目の精神鑑定では以下のような結果が出されました。

 

「知能は高くおとなしい性格であるとともに、追い込まれると抑うつ状態になり、パニックになりやすい」

 

引用:ハイジャック判決要旨

 

2回目の鑑定結果は先天性の要因はなく、あくまでも犯行前に処方されていた抗うつ剤の影響などで、躁うつ状態になっていたというものです。

 

その結果、犯行時の西沢は心神耗弱状態にあり、正しい判断をする能力が著しく減弱していたと判断されました。

 

 

判決

 

裁判は長引き、第一審の判決が下されたのは事件から6年が経過した2005年3月23日のことでした。

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裁判長は提出された鑑定結果のうち2回目の鑑定結果を採用し、犯行時の西沢の精神状態について「心神耗弱状態にあったものの、責任能力は失われていなかった」と断じます。

 

というのも、西沢の犯行計画は周到であり、責任能力のない人間にここまでの犯行準備ができるとは思えなかったからです。

 

判決では、西沢の責任能力と犯行について以下のように述べられていました。

 

犯行の態様も、強固な殺意に基づいており、残忍。また、搭乗券を他人名義で購入したり、予備の刃物を買ったり、警備上の欠陥をついて凶器を持ち込むなど周到な準備に基づいた計画的で巧妙なところがあり、犯情は一層悪質だ。

 

引用:ハイジャック判決要旨

 

そして実際に亡くなったのは長島機長1人であっても、500人を超える人々を死の危険にさらしたという犯行は許しがたく、本来ならば死刑相当と言えるとしたうえで、犯行時の精神状態を考慮して西沢には無期懲役が言い渡されました。

 

長島はこの判決を受け入れ、控訴しませんでした。そのため、無期懲役で判決は確定しています。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件のその後① 西沢裕司の現在・結婚している?

 

出展:https://ja.wikipedia.org/

 

無期懲役を言い渡された西沢は、千葉市内にある千葉刑務所に収監されました。

 

刑務所内で自殺をしたとの情報もあるようですが、千葉刑務所内で自殺をした受刑者の情報の中にに西沢と思われる人物は含まれていないため、おそらく現在も服役中と思われます。

 

近年の西沢の情報としては、2015年には千葉刑務所を相手どって訴訟を起こしたことが明らかになっています。

 

1999年の全日空機ハイジャック事件で機長を殺害したとして無期懲役が確定し、千葉刑務所(千葉市)で服役中の西沢裕司受刑者が、拘禁者支援団体の関係者との手紙のやりとりを禁じた千葉刑務所長の処分は違法として、国に処分の取り消しを求めた訴訟で、千葉地裁(広谷章雄裁判長)は22日までに訴えを認める判決を言い渡した。21日付。

 

引用:受刑者の手紙禁止処分違法 千葉地裁

 

2012年から受刑者支援団体とのやり取りを刑務所側が制限することは違法だ、という訴えを起こしていた様子です。

 

これについては西沢の主張が認められたとのことですが、刑務所側は「受刑者の更生に支障が生じると感じたために手紙を制限した」と訴えていました。

 

実は裁判の判決では「被告には犯行を反省する態度が見られる」とされていましたが、西沢が本当に反省しているのか否かについてはさまざまな意見があったようです。

 

無期懲役の判決が言い渡される直前、JNNは逮捕から3ヶ月後に西沢が東京拘置所から最初に自分に取り調べをした警察署にあてて書いた手紙を入手したとして、その内容を報道していました。

 

手紙には「小菅(東京拘置所の通称)の夏は暑く、冬も多分相当寒い」「長期の刑が予想されるが、浦島太郎化しないように心得たい」などと自分のことばかりが綴られており、長島機長に対してさえ謝罪の言葉はなかったといいます。

 

さらに「裁判に 勝つ資格あり 葛飾区」「控訴すれば多少のクロもまっ白になる」など、裁判をおちょくるような文言も書かれており、このことが報じられた当時は「本当に反省しているのだろうか?」「裁判では反省したふりをしているだけでは?人の本質は簡単には変わらないはずだ」と厳しい声もあがっていました。

 

千葉刑務所側が外部との手紙のやり取りを制限した理由には、こういった過去が関係しているのかもしれません。

 

 

西沢裕司は結婚している?

 

凶悪犯のなかには獄中結婚や養子縁組で姓が変わる者もいますが、西沢が結婚や養子縁組をしたという報道はありません。

 

3年近く引きこもり生活を続けていたことから考えて、事件前に交際していた相手がいたとも考えにくいですし、西沢は現在も独身の可能性が高いでしょう。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件のその後② 西沢裕司の家族の現在

 

西沢の両親は全日空61便ハイジャック事件の後、東京都江戸川区の小岩にあったという自宅を売却し、田舎に引っ越していったそうです。

 

刑事裁判とは別に長島機長の遺族は西沢と両親、全日空に賠償金計約2億8千万円の支払いを求める損害賠償請求訴訟を起こしており、全日空とは和解して補償金を受け取ったとされています。

 

そして全日空は西沢および彼の両親に機体の修理費用と、遺族に支払った補償金などを含めた賠償金を請求しており、両親は実家を売却して賠償金の支払いに充てたのではないかと言われています。

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また、西沢には東京工業大学を卒業し、事件当時は大手化学メーカーに勤務していた兄がいたとのことですが、兄が事件後も東京に残ったのか、両親とともに引っ越したのかは不明です。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件のその後③ 事件後の安全対策

 

出展:https://www.security-jpn.co.jp/

 

西沢は職員用の階段を使用して、凶器の包丁を所持したままターミナルビル1階から2階の出発ロビーに向かいました。

 

事故後には西沢が指摘し、犯行に使用した「警備の穴」もしっかりと対策が取られ、現在では手荷物を受け取った後に逆走することはできなくなっていますし、職員用の階段にも警備員が配置されています。

 

また、搭乗前のセキュリティチェックも厳しくなり、金属探知器やX線透視装置を使用して機内に持ち込む荷物は厳重に調査されるようにもなりました。

 

さらにこの事件以降、これまではサービスで入れてもらえることもあったというコクピットの内部にも、関係者以外は一切立ち入れなくなりました。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件のその後④ 長島機長に叙勲が授与される

 

出展:https://twitter.com/

 

空の上という孤立無援の状況にありながら冷静さを失わずに対応を続け、自分の命をかけて乗客乗員を守り切った長島機長。

 

勇気ある行動と英断を称え、機長には勲四等瑞宝章の叙勲と内閣総理大臣顕彰が送られました。

 

また、長島機長の母校である立教大学には機長の功績を讃えてハナミズキが植樹されたほか、全日空では毎年7月23日午前11時54分(長島機長の死亡推定時刻)に全職員による黙とうが行われています。

 

 

 

全日空61便ハイジャック事件についてのまとめ

 

今回は1999年7月23日に発生した全日空61便ハイジャック事件について、犯人の西沢裕司の経歴や犯行動機、密室のコクピット内での長島機長の行動、裁判と判決を中心に紹介しました。

 

国内で発生した数少ないハイジャック事件の中で唯一、死者が出てしまったこと、搭乗者数が最多であったことから全日空61便ハイジャック事件は日本の犯罪史上最悪のハイジャック事件と言われています。

 

長島機長の英断により最悪の事態は回避できましたが、美談にするにはあまりにも悲しい結末です。今後はこのような事件が起きないよう祈るばかりです。

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