大量虐殺事件と犯人の凶悪ランキング31選!日本・世界別【最新決定版】

銃が禁止されていることから、日本で大量虐殺は起きない印象があります。しかし火や化学物質などを使った凶悪事件は国内にも多く存在します。この記事では世界的に有名な大量虐殺事件、犯人とともに、日本の大量虐殺事件をランキング形式で紹介していきます。

この記事の目次

大量虐殺事件の定義

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

大量虐殺とは、意図的かつ無選別に大量の人間を残酷な方法で殺害することです。歴史的には戦争や革命とともに起こるケースが多く、特定の民族や宗教の信者を抹消するためにおこなわれてきました。

 

法的には20世紀半ばに国連で制定されたジェノサイド条約で、大量虐殺は国際法違反と規定されています。しかし、実際には近年でもカンボジア大虐殺(1975年〜1979年)、ルワンダ虐殺(1994年)のような大量虐殺事件は起きています。

 

また、報道では大量虐殺についての明確な定義がなく、政治的、宗教的な背景のない個人が起こした大量殺人についても、大量虐殺事件として報じられることがあります。

 

 

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第25位・附属池田小事件

 

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附属池田小事件は2001年6月8日に発生した、大阪府池田市にある附属池田小学校の校舎内での無差別殺傷事件です。

 

事件の犯人である宅間守は授業中の校舎内に刃物を持って侵入し、1年生や2年生といった体力のない低学年を狙って合計8人の児童を殺害、止めに入った教師を含む合計13人に重軽傷を負わせました。

 

殺害された児童と宅間守に面識はなく、逮捕後に事件を起こした動機について宅間は「恵まれたエリートの子どもをたくさん殺せば死刑になると思った」と語りました。

 

不条理な動機と、安全なはずの日中の学校に殺人者が入り込み、たやすく子どもの命が狙われるという衝撃から、附属池田小事件は学校の警備体制の強化など社会にも大きな影響を与えています。なお、宅間守については2004年に死刑が執行されました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第25位・松本サリン事件

 

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松本サリン事件は、1994年6月27日に長野県松本市で発生した神経ガス・サリンを用いた無差別テロ事件です。

 

犯人として逮捕されたのは、麻原彰晃(松本智津夫)率いるオウム真理教の以下の信者たちでした。

 

・村井秀夫

 

・新実智光

 

・端本悟

 

・中村昇

 

・中川智正

 

・富田隆

 

・土谷正実

 

・遠藤誠一

 

・林泰男

 

この事件は麻原彰晃が企てた第三次池田大作サリン襲撃事件前のために用意した青色サリン溶液(ブルーサリン)の実験のためにオウム真理教がおこなったのもので、特定の誰かが標的になったわけではありませんでした。

 

しかし、犯行当日の夜になって実行犯の新実と村井が、松本市北深志(きたふかし)にある裁判官官舎へのサリン噴霧を提案し、麻原もこれを許可。

 

こうして28日の未明から明け方にかけて、7人の近隣住民が死亡。さらに8月に入って、事件直後に冤罪被害者となった第一通報者の河野義行さんの妻が息を引き取ったことで、最終的に松本サリン事件での死者は8人、重軽傷者はおよそ600人にものぼりました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第25位・三菱重工爆破事件

 

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三菱重工爆破事件は1974年8月30日に発生した、東京都千代田区丸の内にある三菱重工業東京本社ビルをターゲットとする無差別爆破テロ事件です。

 

テロを首謀したのは武闘派極左テロ集団である東アジア反日武装戦線「狼」で、これらの武装集団は昭和天皇暗殺を目論んで「虹作戦」というテロを計画していました。

 

狼は虹作戦で使用する予定であった「セジット」という爆薬を三菱重工業東京本社ビルの1階出入り口に仕掛け、三菱重工業東京本社ビルと三菱電機ビル両方の爆破を図りました。

 

当時はこのような企業を狙った爆破事件が連続して発生しており、そのすべてが東アジア反日武装戦線によるものだったとされます。

 

東アジア反日武装戦線は太平洋戦争以前の日本を「悪」とし、太平洋戦争も帝国主義による侵略戦争だと捉えていました。そのため、戦前から日本の重工業を支え、世界進出に積極的であった三菱重工業などの企業は「経済面でアジア侵略をしている」と見られていたのです。

 

この爆破事件では4人の即死者を含む8人の死者が出ており、負傷者の数も376人にのぼりました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第25位・勝田清孝事件

 

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勝田清孝(かつたきよたか)事件とは、1972年から1983年の間に東海、近畿地方で発生した8件の強盗殺人事件の総称です。

 

この強盗殺人事件は勝田清孝という男によるもので、1972年に最初の強姦、強盗殺人をしてから勝田の犯行手口はどんどん残酷にエスカレートしていきました。

 

また1977年に4件目の殺人をした6日後に、勝田は何事もなかったかのようにABCテレビで放送されていた『夫婦でドンピシャ!』というクイズ番組に妻とともに何食わぬ顔で出演し、優勝をして賞金を持ち帰るという奇行を見せています。

 

さらにこの出演の1ヶ月後に勝田は、5件目の殺人を犯しました。このことは逮捕後に話題になり、人目を避けて生きているものと思われた凶悪殺人犯が、自分からテレビに出て顔を晒すという異常な行動は社会を震撼させたといいます。

 

また逮捕時の勝田には合計で22件の殺人容疑を掛けられており、本人も「22人殺した」と認めていましたが、確証がなかったために8人の殺害で起訴されたとのことです。

 

なお、当然ながら勝田清孝には死刑判決が下され、2000年に二十世紀最後の死刑として刑が執行されました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第25位・昭和郷アパート放火事件

 

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昭和郷アパート放火事件は、1957年10月27日の深夜に起きた引揚げ者のための寮「昭和郷アパート」放火事件です。夜遅くに火災が起きたことから、逃げ遅れた女性や子どもなど8人が死亡し、重軽傷者6人が出ました。

 

現場には火の気がなかったことから、警察は火災発生直後から放火と見て捜査を開始します。

 

老朽化が進んでいた昭和郷アパートは3棟とも全焼してしまい、放火の証拠も見つからなかったことから捜査は困難を極めましたが、半年前にもこの建物でボヤ騒ぎがあったことが発覚し、その件を調べるうちにアパート住民の39歳の男が浮上。

 

この男について調べたところ、放火事件の前に2件の高額な火災保険に加入していたことがわかり、警察は保険金目的の放火の疑いがあるとして男を逮捕しました。

 

殺意が立証できなかったため殺人罪は適用されず、男は保険金詐取と放火の容疑で起訴されました。そのため無期懲役が限界かと思われましたが、東京高等裁判所と最高裁判所は異例の死刑判決を下しています。

 

これはかなり特殊なケースで、殺人罪でも致死罪でもない容疑で死刑が適用されたのは、戦後では昭和郷アパート放火事件の犯人のみです。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第25位・福岡一家11人殺傷事件

 

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福岡一家11人殺傷事件は、1954年9月7日に福岡県京都郡豊津村(現在のみやこ町)で起きた畑田善右衛門さん一家11人の殺傷事件で、8人が三叉グワで頭などを殴打されて惨殺、3人が大怪我を負いました。

 

一家を襲ったのは善右衛門さんの亡き弟の妻であった畑田ヨシ子さんの内縁の夫である、中村喜市郎という男でした。

 

中村には窃盗や殺人未遂などの前科がありましたが、それを隠して未亡人のヨシ子さんに近づき、ヨシ子さんと子どもが暮らす家に転がり込んできたといいます。

 

しかし職業は理髪師だと言っていたにもかかわらず、仕事もせず、家庭内暴力もふるう中村に嫌気が差したヨシ子さんは、善右衛門さん宅に内縁解消の相談に向かいました。

 

そこに出くわした中村はヨシ子さんとともに善右衛門さん宅へ上がり込み、酔っ払った善右衛門さんから「2人で話し合ってくっついたのに、うちに揉め事を持ち込むな」と怒鳴られ、それが原因で頭に血が上り、一家惨殺に及んだとされています。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第25位・音江村一家8人殺害事件

 

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音江村一家8人殺害事件は北海道音江町(現在の深川町)で1948年3月31日に発生した殺人事件で、子どもを含む一家8人が命を奪われました。

 

事件発生後に、被害社宅から数km離れた場所に住む39歳の農家の男が犯人として逮捕、強盗殺人容疑で起訴されましたが、証拠不十分によって無罪に。それ以降は捜査が行き詰まり、犯人が見つからないまま音江村一家8人殺害事件は公訴時効を迎えています。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第25位・和歌山一家8人殺害事件

 

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和歌山一家8人殺害事件は1946年1月29日に発生した子ども6人を含む一家殺人事件で、犯人の男には最高裁で死刑判決が下されたものの、恩赦を受けて20年の服役で出所しました。

 

被害者となったのは犯人の兄夫婦とその子どもたちで、犯行動機は犯人の母親に対して兄嫁が虐待をしていたことによる怨恨でした。

 

犯人の男は自分が兵役についている間に母親が亡くなったのを知り、兄嫁が虐待して死なせたのではないかと疑うように。そして心臓麻痺で亡くなった母親の死に際の顔マネをして笑っている兄嫁を見て怒りが頂点に達し、手斧とノミで兄夫婦を殺害。

 

子どもたちに対しては恨みはないものの、戦後の貧しい時代に親がいなくては生きていかれないだろう、不憫だという思いから手にかけたといいます。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第17位・座間9人殺害事件

 

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座間9人殺害事件は、2017年10月30日から31日の間に発覚した女性8人・男性1人の殺害及び死体遺棄事件です。

 

犯人は白石隆浩という当時30歳の男で、Twitterで自殺願望のある女性に声をかけて「一緒に死のう」と誘い出し、自宅で殺した後に遺体を解体してゴミに出し、証拠隠滅を図っていました。

 

警察は10月30日から行方不明になっていた田村愛子さん(事件当時23歳)を探す過程で、失踪直前に一緒に小田急小田原線相武台前駅の防犯カメラに写っていた白石隆浩の姿を確認。白石のアパートに捜査に入ったところ、室内から被害者9人の頭部が発見されたといいます。

 

裁判では白石浩の精神鑑定がおこなわれ、責任能力の有無が争点になるなどしましたが、2021年に死刑が確定しています。

 

この事件は日本のみならず海外からも注目を集め、Twitter社の日本法人は座間9人殺害事件を受けて、2017年に自殺や自傷行為を仄めかすツイートについての規約を変更しました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第16位・茨城・徳宿村精米業一家殺害事件

 

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1954年10月11日の深夜、茨城県鹿島郡徳宿村の舟木に住む大沼豊房さんの家から火が出て一家8人と女中1人が焼死する事件が起こりました。

 

火事の直後は一家心中や失火の可能性も考えられましたが、大沼さん宅の井戸から青酸性劇毒物が入った薬瓶、注射器が発見されたことで事態は一変。

 

解剖の結果、遺体からも青酸反応が出たことから、9人を毒殺した後、証拠隠滅を図った犯人が家に火をつけた可能性が高くなりました。

 

そして警察の捜査で事件当時、大沼さん宅付近で目撃されていた「白衣の怪人」なる不審な人物がいたことが発覚し、事件発生翌月の11月6日に宇都宮市に住む前科8犯の印刷工を犯人と特定して指名手配を開始します。

 

しかしその翌日の7日に犯人の男は那須塩原の山中で身柄を確保されて護送される途中に、青酸カリを飲んで自殺。

 

犯人が自殺したことで大沼さん一家の殺害方法は不明のままとなりましたが、犯行動機については刑務所内で知り合った徳宿村出身の囚人より「大沼家は精米業で稼いでいる」との話を聞いていたことから、金銭目的だったのではないかと見られています。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第15位・福田村事件

 

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福田村事件は1923年9月6日に千葉県東葛飾郡福田村(現在の野田市)で発生した、地元自警団による薬の行商団15人の殺傷事件です。被害者となった香川県から来た薬の行商団のうち9人が死亡し、6人が負傷しました。

 

当時の千葉県には1日に起きた関東大震災の影響を受けても戒厳令が敷かれており、朝鮮人などによる窃盗を警戒して各地で自警団が組織され、厳重な見回りがされていました。

 

福田村の自警団は外部からやって来た薬の行商団を朝鮮人と勘違いして暴行をくわえて殺害し、利根川に流したとされます。騒動を聞いて駆けつけた警察本部長が「私が身元を保証するからやめろ!」と止めに入ったところで、6人だけは一命をとりとめました。

 

殺害された被害者のなかには妊婦や2歳から6歳の幼児もいたという残酷な事件でしたが、当時は「郷土を朝鮮から守るのは当然」という風潮もあったことから、懲役刑を言い渡された自警団の中心人物らも恩赦で早々に出所したといいます。

 

その後も事件は長らく闇に葬られていましたが、1979年になって遺族が本格調査を開始。2000年に野田市が「福田村事件を心に刻む会」を設立して慰霊碑を建立し、2022年には追悼式典も開かれました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第14位・河内十人斬り

 

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河内十人斬り(かわちじゅうにんぎり)は、1893年5月25日に大阪府南東部の金剛山麓の赤阪村字水分(現在の南河内郡千早赤阪村)で起きた、乳児を含む11人の殺害事件です。

 

犯人はこの村の住民で博打打ちの城戸熊太郎と熊太郎の舎弟の谷弥五郎の2人で、被害者となったのは熊太郎の内縁の妻のおぬいとその母親、おぬいの浮気相手であった松永寅次郎の兄・傳次郎とその家族、傳次郎の息子の松永熊次郎とその家族でした。

 

熊太郎は内縁の妻のおぬいの浮気を知って離縁を申し出たのですが、おぬいの母親から「離縁をする前に約束していた仕送りを払え」と詰られたために金策に奔走。

 

村の顔役であった松永傳次郎に金を貸していたことを思い出して返済要求に向かうも、傳次郎は金を返さないばかりか子分を使って熊次郎に殴る蹴るの暴行をくわえました。

 

寅次郎に内縁の妻を寝盗られた挙げ句、その兄に借金を踏み倒されて暴行された熊次郎は松永一家に激しい恨みを抱き、舎弟の弥五郎に焚き付けられて一家の殺害を決意したとされます。犯行時、寅次郎は出稼ぎに出ていて生存しました。

 

熊次郎と弥五郎はその後、金剛山で自殺。河内十人斬りは河内音頭で「十人殺して名を残す」と歌われ、現在も浪曲として伝わっています。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第13位・川崎市簡易宿泊所火災

 

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川崎市簡易宿泊所火災は2015年5月17日の深夜に、神奈川県川崎市川崎区日進町にある簡易宿泊所「吉田屋」と「よしの」が全焼し、11人が死亡、17人が重軽傷を負った事件です。

 

犯人はまだ逮捕されていませんが、消防局の報告によるとガソリンと思われる成分が焼け跡から検出されたこと、出火時にあたりに火の気がなかったことなどから、放火の可能性が高いとされています。

 

全焼した「吉田屋」と「よしの」は木造二階建てとして届け出がされていましたが、実際は吹き抜けのある木造三階建てという建築基準法に違反した建物であり、このことが火の回りを早める原因となりました。

 

また簡易宿泊所の宿泊者の9割はこの場所を住居代わりにする生活保護受給者で、身寄りのない者も多かったために犠牲者の身元確認も難航しました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第12位・山岳ベース事件

 

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山岳ベース事件は1971年から1972年に新左翼団体・連合赤軍内で起きた仲間内のリンチ殺人事件で、12人が拷問のような残虐な暴行の後に亡くなっています。

 

リンチを先導したのは連合赤軍のリーダーである森恒夫と、サブリーダーの永田洋子の2人。当時の連合赤軍は都市部で厳しくなった警察の新左翼団体への取締から逃れるために、山中に築いたアジト「山岳ベース」を転々としながら、武装訓練をおこなっていました。

 

しかし過酷な環境に音を上げる者もいたことから、「革命戦士としての意識が低い」と見せしめに森恒夫がリンチを開始。やがて暴力はエスカレートし、少しでも気に入らない者が出ると森や永田の命令で肉体的、精神的な暴行がされるようになりました。

 

この件が明るみに出ると世間の革新左派に対する目は極めて冷ややかなものになり、新左翼団が衰退する大きな原因になった事件とされています。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第11位・帝銀事件

 

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帝銀事件は1948年1月26日に東京都豊島区の帝国銀行(現在の三井住友銀行)椎名町支店で発生した、行員12人の毒殺および銀行強盗事件です。

 

事件当日、閉店間際の帝国銀行椎名町支店に厚生省技官を名乗る男が現れ、「近所で集団赤痢が発生しました。感染者の1人がここを訪れたことがわかっているので、予防薬を飲んでほしい」「GHQが銀行内を消毒に来る」などと言葉巧みに行員と用務員を騙し、合計16人に青酸化合物を飲ませました。

 

そして現金約16万4410円と1万7450円の小切手を盗んで逃走。結果、毒物を飲んだ直後に11人が死亡、緊急搬送された後に病院で1人が死亡と12人が命を落としました。

 

当初、事件現場は集団中毒にも見える状況だったために事件性が疑われ、初動捜査が遅れたことから現場保存もできずに犯人を逃してしまったとされます。

 

その後、犯人が名刺を悪用した実在の人物・厚生省技官の松井蔚氏と名刺交換をしたことがある人物から怪しい人物の洗い出しがされ、容疑者として画家の平沢貞通が浮上。

 

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当初、捜査本部のなかでは皇室に作品を献上したこともある平沢貞通が犯人のはずがない、という見方が大勢を占めていました。

 

しかし、生存者の証言をもとに作成した人相書きに平沢貞通が酷似していたこと、盗まれた小切手を換金した際の筆跡が平沢のものに酷似していたこと、また平沢の自宅から青酸カリが発見されたことなど怪しい点が多かったこと、さらに過去に詐欺事件を起こしていたことが決め手となって、警察内部も「平沢貞通クロ説」に傾いていったそうです。

 

最終的に平沢貞通本人の自供が得られたために起訴が決まりましたが、裁判で平沢は「自供は警察の脅しで無理にさせられた」として無罪を主張。

 

最終的に平沢貞通は帝銀事件の犯人として死刑判決が下されたものの、死刑が執行される前の1987年に肺炎を患って死亡しました。なお、平沢貞通の死後も遺族や支援者が平沢の無罪を訴えて再審請求を重ねています。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第10位・地下鉄サリン事件

 

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1995年3月20日の午前8時、通勤、通学で混雑する東京メトロ丸ノ内線、日比谷線、千代田線の車両に神経ガスのサリンが散布され、死者14人、負傷者6300人を出す無差別テロ事件が発生しました。

 

犯行を起こしたのはオウム真理教の信者であり、以下の者が逮捕されました。

 

・首謀者…麻原彰晃(松本智津夫)

 

・総括役…村井秀夫

 

・調整役…井上嘉浩

 

・実行犯…林郁夫

 

・実行犯…新実智光

 

・実行犯…広瀬健一

 

・実行犯…北村浩一

 

・実行犯…横山真人

 

・実行犯…外崎清隆

 

・実行犯…豊田亨

 

・実行犯…高橋克也

 

・実行犯…林泰男

 

・実行犯…杉本繁郎

 

・サリン製造役…遠藤誠一

 

・サリン製造役…土谷正実

 

・サリン製造役…中川智正

 

ほか女性信者2人

 

事件当時、オウム真理教は出家信者が居住する上九一色村のサティアンでのサリン製造が疑われており、警察の強制捜査が目前に迫っていました。

 

そのため麻原彰晃は捜査を撹乱させる目的で、もっとも混乱を起こしやすい首都圏の地下鉄をテロのターゲットに選んだとされます。

 

事件の翌月の4月8日に教団幹部で地下鉄サリン事件の実行犯であった林郁夫が放置自転車窃盗で逮捕され、その際に林本人から「地下鉄にサリンを撒いた」との自供があったことから、警察は容疑者の一斉逮捕に漕ぎ着けました。

 

総括役の村井秀夫が逮捕前に山口組系の右翼団体構成員を名乗る在日韓国人に刺殺されたため、村井からの情報は引き出せませんでしたが、裁判では麻原彰晃をはじめ9人が死刑判決を下され、2018年に死刑が執行されました。

 

なお1995年当時、戦時ではない大都市で発生した化学物質を使った無差別テロというのは世界でも例がなく、地下鉄サリン事件は世界各国でトップニュースとして報じられました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第9位・長崎屋火災

 

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1990年3月18日の午後12時30分頃、兵庫県尼崎市神田中通4丁目102番地にあったスーパー「長崎屋尼崎店」から火災が発生しました。

 

長崎屋尼崎店は地下1階、地上5階建、屋上塔屋2階建の鉄筋コンクリート造の建物で、4階のインテリア売場に展示されていたカーテンに何者かが火をつけ、そこから火が回ったと見られています。

 

出火を確認した店員らは協力して消化器や屋内消火栓設備を使って鎮火を試みましたが、火は寝具売り場の商品から商品にと燃え移り、あっという間にフロアは炎に包まれました。出火から10分後に消防隊が駆けつけた時には、4階は火の海だったそうです。

 

そのため4階よりも下の階にいた客は従業員の誘導で全員が屋外に非難しましたが、5階にいた客と従業員、合計22人は逃げ遅れたまま取り残され、最終的に死者15人(従業員12人、客3人)、重軽傷者6人を出す大惨事となりました。

 

鎮火後、警察は火の気のない寝具売り場から出火したことから放火の疑いが高いと見て捜査を開始。目撃証言などから不審人物6人の似顔絵が作成されて公開されましたが、遺留品もなく、犯人に繋がる手がかりもなかったために捜査は難航し、2005年に長崎屋火災は公訴時効を迎えました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第8位・大阪個室ビデオ店放火事件

 

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2008年10月1日深夜、大阪府大阪市浪速区難波中の個室ビデオ店「試写室キャッツなんば店」から火災が発生し、逃げ遅れた客ら16人が一酸化炭素中毒などで死亡、9人が重軽傷を負いました。

 

火災発生直後はタバコの不始末による失火と見られましたが、翌日の2日午後に火元となった個室を利用していた小川和弘という46歳の男が犯行を仄めかす供述をしたことから、警察は放火などの容疑で小川を逮捕します。

 

しかし、警察には「生きていくのが嫌になって、ティッシュに火をつけて放火した」と供述していた小川和弘ですが、裁判では一転して無罪を主張。警察に脅されて嘘の供述をしたと訴えました。

 

小川和弘と弁護士側の主張は認められず、結局2014年に最高裁で死刑が確定しましたが、弁護士団は「火元はほかの場所だった可能性が高く、冤罪が疑われる」として再審請求を続けています。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第7位・相模原障害者施設殺傷事件

 

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相模原障害者施設殺傷事件は、2016年7月26日深夜に相模原市緑区千木良にある知的障害者施設「神奈川県立津久井やまゆり園」で発生した事件で、19人の死者と26人の重軽傷者を出しました。

 

犯人となったのはやまゆり園の元職員であった植松聖という当時26歳の男で、犯行は「意思疎通のできない重度障碍者は不要な存在」という歪んだ優生思想に基づいたものでした。

 

逮捕後の精神鑑定で植松聖に自己愛性パーソナリティ障害があることが判明し、裁判では責任能力の有無が争点となりましたが、2020年に植松聖には死刑判決が下されています。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第6位・北新地ビル放火殺人事件

 

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2021年12月17日10時20分頃、大阪府大阪市北区曽根崎新地一丁目の「堂島北ビル」から火災が発生しました。

 

火元となったのは同ビルの4階に入っている「働く人の西梅田こころとからだのクリニック」という心療内科や精神科を専門とするクリニックで、クリニックの院長を含む27人が死亡、1人が中等症の火傷を負ったとされます。

 

クリニック内の防犯カメラには患者としてやって来た男が受付をした後に、持ってきた紙袋にライターで火をつける様子が収められていました。

 

放火犯と見られる男は、自らも心肺停止状態で火災現場から運び出された61歳の谷本盛雄という人物であることが判明しましたが、谷本は12月30日に病院で死亡。

 

谷本盛雄の自宅からは犯行を窺わせるメモが出てきており、犯人の疑いが強いものの事件の全貌はわからないままとなりました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第5位・津山事件

 

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津山事件は1938年5月21日未明の2時間足らずの間に起きた、岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現在の津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両集落での村人30人殺害事件です。30人が死亡、3人が負傷したことから「津山33人殺し」とも呼ばれます。

 

犯人の都井睦雄(といむつお)は結核を患っており、それが原因で徴兵検査は不合格となり、懇意にしてきた村の女性達からも病気と懲役不合格を理由に関係を拒まれるようになっていました。

 

これを不満に思い、自分の将来に絶望した都井睦雄は、かつて自分と関係を持っていた女性が嫁ぎ先から里帰りをする日を狙って犯行を計画。改造猟銃と日本刀を凶器に近隣住民を次々に殺害しました。

 

事件を起こした日のうちに都井睦雄は、姉に宛てた遺書を残して荒坂峠の山頂で自殺しています。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第4位・京都アニメーション放火殺人事件

 

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2019年7月18日昼前、アニメ制作会社「京都アニメーション」の第1スタジオに当時41歳の青葉真司という男が進入、建物内にガソリンを撒いて火を付けてスタジオを全焼させ、社員36人死亡、34人が負傷という大被害を出しました。

 

かねてから作画のクオリティの高などさから京都アニメーションは国内外で高い評価を受けていましたが、思い通りの展開にならなかった、自分の好きなキャラクターだけ作画が悪かったなどという言いがかりのような理由から会社やスタッフが脅迫を受けることが続き、弁護士や警察に都度相談をしていたといいます。

 

青葉真司も自作の小説を京都アニメーションにパクられたという妄想に囚われて、放火をしたことがその後の調べでわかっています。

 

放火後に青葉真司本人も重傷を負ったことから身柄確保後も異例づくしの対応がとられ、2022年現在も裁判開始の見通しが立っていません。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第3位・歌舞伎町ビル火災

 

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2001年9月1日未明、東京都新宿区歌舞伎町の雑居ビルから火災が発生し、客や従業員44人が死亡、3人が負傷しました。

 

火元はビルの3階に入っていた麻雀店「一休」そばにある階段踊り場で、3階と4階に入っていたセクシーキャバクラ「ルースターズ」の防火扉が閉められていなかったために、4階にまで被害が及んだと見られています。

 

後に警察と消防の捜査によって、階段踊り場に設置されたガスメーターボックス周辺から出火した可能性が高いことが判明。

 

ガスメーター本体がガス管から外されてボックス内に収納されていたこと、火災直後に不審な人物を見たという証言が複数あったことから、放火の可能性があると見られていますが、未だに出火原因も、犯人の特定もされていません。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第2位・寿産院事件

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

寿産院事件は、1948年1月に東京都新宿区の助産院「寿産院」で発覚した乳児の大量殺人事件です。

 

主犯は寿産院を経営する石川ミユキとその夫の石川猛で、夫妻はダンサー、女給、娼婦などが未婚で出産した私生児を預かって養育し、養子斡旋をするという事業をしていました。

 

しかし、石川夫妻は子どもが好きで産院を経営していたわけではありません。夫妻にとって養子斡旋はお金のためであり、親から養育料2000円〜10,000円を受け取っていたにもかかわらず、高く売れるであろう顔立ちの良い子など以外には必要量のミルクも与えず、おむつも替えず、餓死や凍死させていました。

 

配給で配られた砂糖や粉ミルクも闇市に流して、換金していたといいます。

 

葬儀屋と手を組んで遺体を始末していたために事件は5年近くも発覚しませんでしたが、1948年1月12日の夜に巡回中の警察が寿産院から乳児の遺体を運んでいる怪しい男に目をつけ、職務質問をしたことで夫妻の所業が明るみに出ることとなります。

 

逮捕後の取り調べで警察は石川夫妻が84人の乳児を殺害したとし、裁判で検察はそのうち27人については殺害された証拠があると主張しましたが、判決では事件性が認められるのは5人のみと判断されました。

 

大量虐殺事件ランキング【日本の凶悪犯罪編】第1位・愛知貰い子殺人事件

 

愛知貰い子殺人事件は1913年6月4日に明らかになった愛知県愛知郡愛知町日置若狭での大量殺人事件で、明確な被害者数は不明とされていますが200人を超える死者がいた可能性が示唆されています。

 

事件の主犯は坂倉しげという当時45歳の女です。しげは、1898年から育てるのが困難だからと持ち込まれた私生児を40〜50円の養育費で預かる仕事をはじめ、1913年5月までの間に預かった私生児200人を殺害したとされます。

 

当時は日露戦争の影響で夫を亡くし、未亡人となる女性が多かったためにしげの元を訪れる人は多かったそうです。

 

しげに子どもを預けた芸妓の女性が何度訪れても子どもと会わせないことに不審感を募らせ、警察に相談に行ったことから、犯行が発覚しました。

 

坂倉しげと共犯の沖つた、猪飼なかの3人には1914年6月29日に死刑判決が下され、翌年に死刑が執行されています。

 

 

 

大量虐殺事件ランキング【虐殺首謀者・犯人編】第6位・エンヴェル・パシャ

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

イスマイル・エンヴェル・パシャはスターリン、ヒトラー、ムッソリーニと並んで「欧州四大独裁者」に数えられる人物で、青年トルコ人革命の指導者です。

 

第一次世界大戦中に東部戦線に出て、ロシア軍の手痛い反撃にあったエンヴェル・パシャは、敗北の原因はオスマン帝国領のアナトリア東部に居住するアルメニア人がロシアに協力したためだとして、アルメニア人をシリアに強制移住させようとしました。

 

この移住は「死の行軍」と呼ばれるほど悲惨なもので、戦争の混乱に乗じて200万人にのぼるアルメニア人がトルコ軍に虐殺されたといわれています。

 

なお、オスマン帝国の事実上の継承国であるトルコ共和国の政府は、現在もアルメニア人虐殺の計画性や組織性を否定しています。

 

 

大量虐殺事件ランキング【虐殺首謀者・犯人編】第5位・レオポルド2世

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

レオポルド2世は第2代ベルギー国王で、ベルギーのコンゴ統治を進めた人物として知られます。

 

レオポルド2世は即位前から自国の国土の狭さと人口の少なさを憂い、植民地獲得に興味を持っていました。

 

そのため国王に即位するやいなやフィリピンやボルネオ、モロッコなどの植民地化を狙いましたが、いずれも列強諸国に阻まれ撃沈。そんな折、目をつけたのが天然ゴムや金銀、ダイヤモンド、象牙などの資源が豊富でありながら、ほぼ手がつけられていなかったコンゴの土地でした。

 

レオポルド2世は列強諸国の目をかいくぐるため、私財を投じてコンゴを自分の私有地である「コンゴ自由国」として所有し、投資した財産を回収するためにコンゴの先住民を過酷な労働環境で酷使しました。

 

とくに最も重要な資源である天然ゴムの生産には高いノルマが課せられ、ノルマが達成できなかった場合、先住民労働者らは手足を切断されるなどの非人道的な罰を受けたのです。

 

こうしてコンゴでの天然ゴムの生産量は飛躍的に上がりましたが、反対に人口はコンゴ自由国設立前の30%にまで減少。レオポルド2世の私軍とされる公安軍により、200万人を超す先住民が虐殺されたとも言われています。

 

このような暴挙は国内外から激しく批判され、晩年のレオポルド2世は「ヨーロッパ最悪の宗主」と呼ばれて求心力を失いました。

 

 

大量虐殺事件ランキング【虐殺首謀者・犯人編】第4位・ポル・ポト

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

カンボジアの政治家であり、カンボジア共産党(クメール・ルージュ)の精神的指導者として知られるポル・ポト。

 

クメール・ルージュらがカンボジアの首都・プノンペンの制圧をして、「民主カンプチア」が建国された翌年の1976年に民主カンプチアの首相となったポル・ポトは、農本主義を掲げて国民に自給自足の生活を強制しました。

 

しかし、財産をとられ、病人や高齢者まで農作業に駆り出された挙げ句、生産した農作物の多くが武器調達資金獲得のために輸出されたことから、餓死や過労死する国民が続出。

 

さらに自分の失政のせいで国民が命を落としていることを認めないポル・ポトは、カンボジアやクメール・ルージュの内部にスパイが紛れていると考えるようになり、「賢い者は自分に仇をなす危険性がある」として、知識階級の国民を片っ端から殺害していきました。

 

ポル・ポトの疑心暗鬼と愚民政策によって虐殺されたカンボジア人の数は正確に把握できておらず、100万人とも300万人とも言われています。

 

 

大量虐殺事件ランキング【虐殺首謀者・犯人編】第3位・アドルフ・ヒトラー

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

ホロコーストの代名詞ともされるユダヤ人の大量虐殺を指揮した、アドルフ・ヒトラー。

 

第2次世界大戦中にヒトラー率いるナチス・ドイツが強制収容所で虐殺したユダヤ人の数は600万人ともされており、同性愛者や障碍者などヒトラーが反社会分子と定義した人々やシンティ・ロマ人、ポーランド人、反ナチ運動家などをくわえるとナチス・ドイツの犠牲者は900万人を超すとの説もあります。

 

大量虐殺事件ランキング【虐殺首謀者・犯人編】第2位・ヨシフ・スターリン

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

ソビエト連邦の政治家であり、最高指導者でもあったスターリン。ソ連を農業国から工業国に変え、世界第2位の経済力を持つ大国にまで押し上げた人物ですが、急速な経済改革の裏で反対派への激しい弾圧、虐殺をおこなった独裁者としても知られています。

 

スターリンは「党の浄化」と称して少しでも自分と方針が異なる者や、自分にとって驚異となる幹部政治家の粛清を次々とおこない、幹部政治家の家族も処刑の対象となりました。

 

大粛清が繰り返されるなか、一般党員や国民にまで弾圧は広がり、ピークとされる1937年から1938年の間には68万1,692人が死刑判決を受け、63万4,820人が有罪判決を受けて強制収容所などに送致されたといいます。

 

スターリンが最終的にどれだけの人を粛清したのか、細かい数は不明ですが、800万~1000万人が虐殺されたとも考えられています。

 

大量虐殺事件ランキング【虐殺首謀者・犯人編】第1位・毛沢東

 

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毛沢東は中華人民共和国を建国し、国家主席となった人物です。建国当初は穏健で秩序ある政治を推進していたにもかかわらず、唐突に自国の急速な社会主義化をはかる暴君となり、反対勢力の排除と粛清を繰り返したことで知られます。

 

大規模な粛清だけではなく、毛沢東は1958年に掲げた農作物と鉄鋼製品の生産増を目指す「大躍進政策」の失敗によって、2000万人〜5000万人以上ともされる餓死者を出しており、この惨事からヒトラー、スターリンと並ぶ「世界三大大量殺戮者」と呼ばれるようになりました。

 

そして大躍進政策が原因となって毛沢東は権力者の座を追われることとなりますが、彼を神格化していた青少年たちが「紅衛兵」を名乗って政府を相手に暴動を起こすし、文化大革命へと発展。結果、40万人から2000万人以上の死者が出たとされています。

 

 

 

大量虐殺事件やその犯人についてのまとめ

 

この記事では世界の歴史上に起きた大量虐殺事件や日本の犯罪史上の大量虐殺事件について、被害者数ごとにランキング形式で紹介しました。

 

大量虐殺事件には理解し難い動機のものが多く、それがいっそう犯人を不気味に、事件そのものを痛ましく感じさせます。被害に遭われた方々のご冥福をお祈りするとともに、同様の事件が起きることがないよう願うばかりです。

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