元東村山市議の朝木明代さんの転落死事件は自殺とされていますが、創価学会が関与した他殺説も囁かれています。
この記事では朝木明代東村山市議転落死事件の経緯や真相、自殺説と創価学会が関与した他殺説のそれぞれの根拠と裁判の結果、現在などについてまとめました。
この記事の目次
朝木明代(元東村山市議)のプロフィール
朝木明代のプロフィール
生年月日:1944年9月4日
没年月日:1995年9月2日(没年50歳)
出身地 :東京都東村山市
身長 :160cm
朝木明代(あさき・あきよ)さんは、1987年から1995年にかけて3期にわたって東京都東村山市議会議員を務めた政治家です。
朝木明代さんは「草の根市民クラブ」という会派を組織して東村山市議として活動し、当時、東村山市で強い力を持っていた公明党(=創価学会)と真っ向から対立し、批判する活動を展開し追及していました。
そして、創価学会との対立が激しさを増していた1995年9月1日(創価学会問題に関するシンポジウムに出席する2日前だった)に、朝木明代さんは東村山駅前広場に面する「ロックケープビル」というマンションの5階と6階の間にある階段の踊り場から手すりを越えて転落死しました。
朝木明代さんの突然の死去を受け、「草の根市民クラブ」に所属して朝木明代さんと共に活動していた矢野穂積東村山市議(当時)が、朝木明代さんの転落死は自殺や事故死などではなく「創価学会による他殺」だと主張しました。このネタに複数の週刊誌が飛びつき、創価学会による他殺疑惑を書き立てたため、朝木明代東村山市議転落死事件は大きな騒動へと発展する事になりました。
朝木明代さんの転落死事件は、警察の捜査やその後発生した裁判によって自殺と結論づけられていますが、現在でもネット上では、朝木明代東村山市議転落死事件の真相は創価学会による他殺だとする言説が飛び交い話題になっています。
この記事ではそんな「朝木明代東村山市議転落死事件」についてまとめていきます。
朝木明代の転落死事件の経緯
まず初めに、朝木明代元東村山市議が死亡した「朝木明代東村山市議転落死事件」の経緯について改めてみていきます。
転落死事件当日の朝木明代東村山市議の行動と状況
朝木明代さんは1995年9月1日、昼の12時半に矢野穂積東村山市議と2人で事務所を出て揃って活動した後、19時5分前に2人で事務所に戻っています。
矢野穂積さんはその後すぐに、会合出席のために再び事務所を出ており、これが生きている朝木明代さんを目撃した最後となっています。
その後、19時15分〜20分頃に朝木明代さんの支持者が朝木明代さんが自宅方向へ歩いていく姿を目撃しています。
20時30分頃には近所の薬局店主が事務所に向かう朝木明代さんの姿を目撃しています。
21時過ぎ、会合を終えた矢野穂積さんが事務所に戻ってみると朝木明代さんの姿はなく、玄関の鍵は閉められていたものの、部屋の明かりやクーラーはつけっぱなしで、いつも持ち歩いていたカバンや財布は置いたままにされていたという事です。(ただし、これは矢野穂積さんの証言があるのみ)
さらに、ワープロの電源が入ったままで、9月3日に出席する予定だった創価学会問題に関するシンポジウムの講演のためのプロットが書きかけのまま放置されていたそうです。(これも矢野穂積さんの証言による)
21時19分、矢野穂積さんが事務所の様子を訝しんでいると、事務所の据え置き電話に朝木明代さんから電話があり「体調が悪いので少し休んでから事務所に行く」との連絡がありました。
朝木明代東村山市議転落死事件発生直後の状況
22時頃、転落死事件の現場であるマンション「ロックケープビル」の1階に入っていたモスバーガーのアルバイト店員(女性)が、マンション北側にあるゴミ集積所にゴミを捨てに行った時、近くの地面に人(落下した朝木明代さんと思われる)が倒れているのに気がつきますが、暗かった事もあって「ホームレスか酔っ払いだ」と思って怖くなり、近づいて確認する事はしていません。
この女性店員は店に戻るとすぐにこの事を同僚のアルバイト店員2人に伝えていますが、ホームレスか酔っ払いが寝ているのだろうと考えたため店長への報告や通報などは行いませんでした。
22時半頃、マンション3階の事務所で仕事をしていたモスバーガーの店長が、段ボール箱を捨てるためにゴミ集積所へ行き仰向けの状態で倒れている朝木明代さんを発見。
店長は何度も「大丈夫ですか」と声をかけていますが、朝木明代さんはその度に「大丈夫です」とはっきりした声で答えたという事です。
また、店長は近くにあったフェンスが壊れている事に気がつき、もしや女性が上から転落したのではないかと推測し「落ちたのですか?」と尋ねたところ、朝木明代さんは首を横に振って「違う」と答えたという事です。
その直後に店長は隣接する駐車場の管理人が事務所から出てくるのに気がつき、駐車場の照明を点灯してもらいました。すると、朝木明代さんの倒れている地面には血溜まりが出来ており、出血が激しい事がわかりました。
そこにモスバーガーのアルバイト店員がゴミ捨てに現れて事態に気がつき「救急車を呼びましょうか」と声をかけています。しかし、朝木明代さんは「いいです」とその申し出を断ったという事です。
22時40分、店長の指示を受けたアルバイト店員が東村山駅前交番に赴き、交番にいた巡査が現場に急行しています。巡査は状況を見てすぐに本部に連絡して救急車の手配を要請し22時45分頃に119番通報がされています。
搬送先の病院で朝木明代東村山市議が死亡
22時56分頃に救急隊員が現場に到着。23時25分頃に朝木明代さんは埼玉県所沢市の防衛医科大学校病院に搬送されました。
しかし、この時点で朝木明代さんの呼吸は既に停止しており、心電図上の波形があるものの脈拍が触知できない瀕死の状態でした。
翌9月2日の午前1時に朝木明代さんの死亡が確認されました。なお、朝木明代さんは身分がわかる物を何も所持しておらず、この時点では身元は不明でした。
ちなみに、その後の検死により、朝木明代さんの死因は「高所よりの転落」とそれによる「出血性ショック死」と断定されています。
警察は朝木明代東村山市議の転落死に事件性はないと断定
9月2日午前4時45分、警察からの連絡を受けた朝木直子さん(朝木明代さんの娘で政治家)と矢野穂積東村山市議が、遺体が朝木明代さんである事を確認。
この事件発生後、警視庁東村山署は、政治家が不審死したという事態の重大性を鑑みてか本庁に鑑識、検死官、警察犬も要請して現場検証を行っています。殺人事件も視野に捜査を行なったようですが、2日の午前7時頃には早々に、検察官と検死に立ち会った医師、遺体の状況、関係者や目撃者の証言などを総合して事件性は薄い(自殺か事故の可能性が高い)との判断が下されています。
実は、朝木明代東村山市議の転落死事件より前に、朝木明代さんは洋服店で万引きをした窃盗の容疑で1995年7月に書類送検されており、さらにそれより前の1995年4月の東村山市議選は朝木明代さんの娘の朝木直子さんが市民の投票により当選したにも関わらず、それを辞退する事で矢野穂積さんに時点で落選していた議席を譲った事が市民への裏切り行為として批判されていました。
そうした背景もあり、警視庁はいつもよりも慎重に朝木明代さんの転落死事件を捜査していたようですが、それでもすぐに事件性はないと判断されたという事になります。
朝木明代東村山市議転落死事件は創価学会による他殺だとする説が広まる
一方、朝木明代さんと同じ「草の根市民クラブ」所属の矢野穂積東村山市議は、2日の午前中に「草の根市民クラブ」の事務所で緊急記者会見を開き、「自殺なんて絶対にするわけがない。朝木明代は殺されたんです」と、対立関係にあった創価学会による他殺の可能性を主張しました。
折しも、1995年3月には、オウム真理教による地下鉄サリン事件が発生し、カルト宗教団体の危険性に関心が高まっている時期でした。創価学会は信者以外にはカルト宗教団体のように見られているため、その創価学会による対立議員の謀殺説は衆目を集める事になりました。
特に週刊誌がこの疑惑を大きく取り上げ、特に「週刊現代」、「週刊新潮」、「FOCUS」が、朝木明代転落死事件について、創価学会による他殺説疑惑をセンセーショナルに報じています。
この他、テレビのワイドショーやラジオ番組など多くのメディアが創価学会による他殺説を取り上げる事態となり大きな騒動へと発展していきました。
1997年4月、東京地検は他殺説を否定し自殺の可能性が高いとの捜査結果を発表
朝木明代東村山市議転落死事件の真相は創価学会による他殺だとする説が盛り上がりましたが、1997年4月14日に東京地検が記者会見を開き、改めて「犯罪性がなく、自殺の可能性が高い」との捜査結果を発表しています。
これにより、法的には朝木明代東村山市議転落死事件は終結したという事になります。(再捜査は行われない)
朝木明代転落死事件が自殺と断定された根拠
朝木明代東村山市議転落死事件は自殺(の可能性が高い)と断定されて捜査を終えています。
創価学会による他殺が真相だとする説の根拠を見ていく前に、朝木明代さんの転落死事件が自殺の可能性が高いと断定された根拠について見ていきます。
朝木明代転落死事件は自殺とする根拠① 争った形跡がない
朝木明代さんの転落死事件の捜査を行なった警視庁東村山署は、転落現場となったマンションの踊り場の手すりに外側からつかまった(ぶら下がった)と見られる手の跡がついていただけで、何者かに突き落とされた可能性を示す痕跡は全くなかったと発表しています。
また、誰かに突き落とされたとするならば放物線を描いて真下ではない地点に落ちていた可能性が高いのに、朝木明代さんは落下地点から真下に落ちていました。
加えて、朝木明代さんが落下した踊り場の手すりは段々の形状になっており、低い部分は体力のない人物であっても乗り越える事が容易な高さ(150cmとされているが、それは最高値でそれよりずっと低い所がある)でした。
また、仮に何者かに朝木明代さんが襲われていたのだとするなら、争う物音が近隣住民に聞かれていたはずですが、証言として出ているのは「キャー」という女性の叫び声(朝木明代さんの落下する際の悲鳴だと見られている)と「ドン」という大きな衝撃音(地面に衝突した音と見られている)のみでした。
さらに、朝木明代さんには衣服の乱れもなく、不審な人物や車両を目撃したという証言も出ていません。(事件現場のマンションは駅前で人通りがあったにも関わらず)
朝木明代転落死事件は自殺とする根拠② 救急車を呼ぶのを断っている
朝木明代さんが倒れているのを最初に発見したモスバーガーの店長は「大丈夫ですか?」と何度も尋ねていますが、朝木明代さんは「大丈夫です」とはっきり答えており、「落ちたんですか?」という問いには「違います」と回答しています。
仮に何者かに突き落とされたのであれば、この時に朝木明代さんはその事を訴えたはずです。
さらにその後、モスバーガーのアルバイト店員に「救急車を呼びましょうか?」と尋ねられるも、朝木明代さんは「いいです」と拒否しています。これは、朝木明代さんは自殺するつもりだったため助けられる事を拒んだとも考えられます。
朝木明代転落死事件は自殺とする根拠③ 議席譲渡問題と窃盗容疑
矢野穂積東村山市議は、朝木明代さんに自殺する理由がないと主張していましたが、客観的に見見ると自殺する理由は十分にあるように見えます。
というのも、朝木明代さんは転落死事件の数ヶ月前に2つの大きな不祥事を起こしていました。
1つ目は、転落死事件の5ヶ月前の1995年4月に実施された東村山市議選で、朝木明代さんはトップ当選(3期連続当選)を果たしていたのですが、この選挙で娘である朝木直子さん(現在は東村山市議として活動)も初当選を果たしていました。
ところが、「草の根市民クラブ」の盟友である矢野穂積さんは、この朝木直子さんの次点で落選してしまいました。そこで朝木直子さんは千葉県松戸市への転出届を提出する事で被選挙権を失ったと主張。結果として矢野穂積さんが繰り上げ当選する事になったのですが、この行為は朝木直子さんに投票した市民に対する裏切りであり、民主主義の根幹を揺るがす行為だとして強く批判されました。
この件で、朝木直子さんの母親であり「草の根市民クラブ」の代表でもある朝木明代さんに対しても批判が集まりました。
2つ目は、転落死事件の3ヶ月前、1995年6月19日に朝木明代さんは、洋服店でTシャツを万引きして店主に取り押さえられる不祥事を起こしました。
しかもこの洋服店の店主によれば、朝木明代さんは以前にも同店で万引きをして見つかっており、その時は市議会議員が万引きなどするはずがないとの気持ちもあり見逃したのだそうです。
この2度目の万引き時には、店内には他にも複数の客がおり、その客の勧めによって店主は東村山署へ届け出たという事なので、証人もいるという事になります。
しかし、朝木明代さんはその時間にびっくりドンキーで食事をしていたとアリバイを主張。証拠としてレシートも提出していますが、なんとこのレシートは偽物で、その時間に食事をしていた別の人のレシートを朝木明代さんらが店側に掛け合って用意したものである事が判明します。
あまりにも無茶苦茶な話ですがそれほど追い込まれていたという事かも知れません。朝木明代さんは虚偽のレシートが発覚した後も「当選譲渡問題以来、自分は一部のグループの嫌がらせを受けており、万引きもでっち上げられたもの」だと主張しています。
しかしそんな無理筋の主張はやはり通らず、7月12日に朝木明代さんは窃盗容疑で書類送検されています。
朝木明代さんの転落死事故はこうした流れの中で起こったので、これらの事を苦にして自殺したのではないかとされています。
朝木明代転落死事件の真相は他殺(創価学会による謀殺)とする説
続けて、朝木明代転落死事件は創価学会による他殺だとする説についても見ていきます。
朝木明代さん転落死事件の真相が創価学会による陰謀だと主張したのは、「草の根市民クラブ」の仲間であった矢野穂積東村山市議と、朝木明代さんの娘の朝木直子さん(現在は東村山市議として活動)の2人です。
そして、創価学会による他殺説は、この2人の証言のみで説得力のある根拠は何も示されておらず、創価学会の力があらゆるところに及んでいるために真相が揉み消されていると主張する論法になっていて、よくある陰謀論のように見えてしまいます。
ただ、元々創価学会は、信者以外の人には悪質なカルト団体とみなされていて当時からかなり嫌われていたので、信ぴょう性はともかくとしてこれをネタにして創価学会を叩きたいという人も大勢いました。(現在も創価学会を叩くために他殺説を信じている人も多い様子)
加えて、1995年はオウム真理教事件で新興宗教団体を危険視する雰囲気が社会で急速に高まっていた事もあって、週刊誌はおいしいネタとして創価学会による他殺説をこぞって取り上げたために大きな騒動へと発展したのでした。
真相は創価学会の他殺とする根拠① 朝木明代は創価学会を追及していた
朝木明代さんは、1992年に公明党所属の東村山市議と口論になったのをきっかけに、創価学会との関係を悪化させ、以降、公明党と創価学会を追及する活動に力を注いでいました。
朝木明代さんは約3年にわたって創価学会を激しく攻撃し続けていた事に加えて、創価学会から脱会した人の救済活動なども展開。
転落死事件の2日後の1995年9月3日にも、高知市で開かれる創価学会問題に関連するシンポジウムで登壇する予定となっていまし。
こうした背景から、朝木明代さんの存在が邪魔になった創価学会が謀殺に及んだ可能性が高いとされました。
真相は創価学会の他殺とする根拠② 以前から創価学会の嫌がらせを受けていた
朝木明代さんの転落死の真相は創価学会による他殺だと主張する矢野穂積東村山市議は、事件からみて約2年ほど前から朝木明代さんや関係者が執拗な嫌がらせや脅迫を受けており、その犯人の一部は創価学会員だと判明していると主張し、他殺の根拠の1つだとしました。
矢野穂積さんによれば、事務所や関係各所にへのイタズラ電話や放火、ポケベルへの脅迫的メッセージなどがあり、さらには、自分達が発行する市民新聞「東村山市民新聞」宛に火薬と「ばく死」と書かれた手紙が送り付けられたりしたそうです。
そして、矢野穂積さんは、1995年7月16日の深夜に何者かに襲撃され顔をボコボコに殴られたとも主張しています。
しかしこれらの件は物的な証拠が何も示されておらず、矢野穂積さんと朝木直子さんが証言しているだけでした。その後の創価学会を相手取って起こした裁判では「事実の存在自体が確定できないものが多い」、「仮に事実としても、創価学会によると確定できないものが多い」との判断が下されています。
真相は創価学会の他殺とする根拠③ 自殺する理由がなく事務所から拉致の可能性
矢野穂積さんは、朝木明代さんの性格からして、自殺するとはそもそも考えられないと主張しました。
矢野穂積さんがいうには、朝木明代さんは亡くなる日の前日(9月1日)も元気に活動しており、陳情に走り回り、創価学会問題のシンポジウムでの講演のプロットを直前まで練っていて「今夜は半徹になる」と張り切っていたそうです。
また、朝木明代さんは几帳面な性格なので、事務所の照明やクーラーをつけっぱなしにし、ワープロの電源も落とさず、カバンや財布すら置いたままで外出して飛び降り自殺をしたというのは明らかにおかしい行動だと主張しています。また、事務所や自宅に遺書のようなものは残されていませんでした。
こうした状況から、朝木明代さんは事務所にいたところを何者かに拉致され、どこか別の場所から事務所に電話(矢野穂積さんが受けた電話)をかけさせられた後に、現場に連れて行かれて転落死させられたのが真相ではないかとの推理がなされています。
ただ、これについても矢野穂積さんと朝木直子さんがそう言っているだけで、客観的な証拠が示されているわけではありません。
ちなみに、検察は朝木明代さんが死亡する数時間前から1人沈んだ様子で現場近くを行ったり来たりする姿が複数人に目撃されていると主張しています。
真相は創価学会の他殺とする根拠④ 司法解剖鑑定書の上腕内側の皮下出血の記述
1999年4月、矢野穂積さんは創価学会を相手取った裁判で、朝木明代さんの司法解剖鑑定書の「左右上腕内側部に皮下出血を伴う皮膚変色部があった」とする記述を新証拠として提出し、これが何者かと争った末に転落死た事を示す証拠だと主張しました。
また、この司法解剖鑑定書が、朝木明代さんが自殺と断定された時には作成されていなかった事を挙げて十分な情報が揃う前に自殺と断定されたのはおかしいといった主張も展開しました。
しかし、司法解剖鑑定書の作成には元々長い事件を要するため、通常、警察官立会のもとで捜査のために必要な十分な情報が記載される司法解剖報告書が作成されており、朝木明代さんの死因もこの報告書が根拠とされていて特におかしな点はありません。
この司法解剖鑑定書の記述が他殺の証拠だとする主張に対し、東京高裁は朝木明代さんが上腕部を強く掴まれた可能性があるだけで、他人に突き落とされて転落死した事を推認できるものではないと当たり前の事を指摘して、この主張を退けています。
朝木明代転落死事件の裁判はほとんどが創価学会側の勝訴に
朝木明代転落死事件では、矢野瑞穂さんと朝木直子さんが真相は創価学会による他殺とする説を主張したために訴訟合戦となり多くの裁判が争われましたが、ことごとく創価学会側の勝利に終わっています。
朝木明代転落死事件裁判① 創価学会がメディアを名誉毀損で提訴
朝木明代さんの転落死事件の真相は、創価学会による他殺だとする疑惑を複数のメディアが報じた事を受けて創価学会は、「週刊現代」、「週刊新潮」、「東村山市民新聞(草の根市民クラブが発行)」を名誉毀損で提訴し、全て創価学会の勝訴に終わっています。
朝木明代転落死事件裁判② 矢野穂積と朝木直子が聖教新聞などを名誉毀損で提訴
一方、矢野穂積さんと朝木直子さんも、朝木明代さんの万引きでの書類送検、それに関するアリバイの捏造、朝木明代さんの転落死の真相はやはり自殺だと示唆する内容の記事を掲載したメディアを相手取って名誉毀損裁判を起こしました。
矢野瑞穂さんと朝木直子さんサイドが訴えたのは創価学会系の「聖教新聞」、「創価新報」、月刊誌「潮」でしたが、最終的に矢野瑞穂さんと朝木直子さん側の全ての請求が棄却されています。
朝木明代転落死事件裁判③ 救急隊に巨額の損害賠償を請求
朝木直子さんは、朝木明代さん転落死事件発生時に現場に駆けつけた救急隊員個人と東京都に対して、救命活動に過失があったとして1億3880万円の損害賠償を求める裁判を起こしています。
もはや訳がわかりませんが、訴状によると「救急隊が現場で無駄に時間を浪費して病院への搬送が遅れたため朝木明代さんが死亡した」と主張した裁判だったようです。これは、救急隊にも創価学会の息がかかっており意図的に搬送を遅らせて謀殺に加担したと裁判を通じて主張しようとしたか、本当にそう思い込んでいたかのどちらかだったのではと推測する向きもあります。
当然ながら、救急隊はその主張を否認し「現場で時間を費やしたの必要な措置を行なったためで通常通り」と主張。
裁判長もこの朝木直子さん側の訴えにはさすがに呆れたのか、口頭弁論で「人を助けようとした人を訴えるんですか?」と問いかけています。
最終的にこの裁判も請求棄却され、当然ながら朝木直子さんの訴えは通りませんでした。
朝木明代転落死事件の現在① 矢野穂積は死去
朝木明代さんの転落死事件の現在の動きですが、創価学会による他殺説が真相だとずっと訴えていた矢野穂積さんは2021年11月30日に74歳で亡くなっています。
その後は、朝木明代さんの娘で東村山市議の朝木直子さんが現在もSNSなどで朝木明代さんの転落死事件の真相は他殺だと主張し、創価学会との対決姿勢も示されています。
もう27年が経過しましたが、1995年に、#創価学会 の脱会者の救済活動をしていた #東村山 市議であった母が、何者かに殺害されました。そしてその際の担当検事や、その担当を決めた地検八王子支部の支部長検事までが創価幹部信者でした。
— 朝木直子・東村山市議会議員 (@asakinaoko) November 5, 2022
朝木直子さんの創価学会と対決する姿勢については応援する声も多いようです。
朝木明代転落死事件の現在② 芸人で西東京市議の長井秀和が創価学会他殺説を主張
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創価学会2世を公言しているお笑い芸人で、2022年12月に西東京市議会議員選挙に出馬してトップ当選を果たした長井秀和さんが、朝木明代さんの転落事件の真相は創価学会が関わった他殺だと主張し、創価学会に名誉毀損で提訴され話題になっています。
昨年12月25日投開票の西東京市議会議員選挙でトップ当選を果たしたお笑い芸人の長井秀和氏が、創価学会から名誉毀損で提訴された。 長井氏は創価学会のエリート家庭で生まれ育ったが、現在は「(自分の家庭では)仏壇3基を2000万円で購入させられた」などと創価学会を批判している。また長井氏は12月19日の選挙演説で、朝木明代東村山元市議の転落死事件について、創価学会関与説に言及。
長井秀和さんと創価学会の裁判の第1回口頭弁論は2023年7月26日に東京地裁で開かれ、長井秀和さんは以下のように意見陳述されていました。
「安倍元首相の事件が起き、カルト宗教と政治の結びつきに重大な問題があるとの認識が深まった。私自身も(創価の)宗教2世であることから、体験を社会に周知することが政治活動として有意義だと確信し、街頭演説、SNS発信を積極的にしていくことにした」 「創価学会と行政の癒着による不正な公金使用疑惑、警察・検察との不適切な関係による公正な捜査の欠如の疑惑などを当該演説で追及しているものです」
朝木明代さんの転落死事件の真相が他殺かどうかはともかくとして、子供の頃から苦しめられてきた創価学会2世の方の中には、同じく2世である長井秀和さんに創価学会の悪質な部分を追及してほしいと期待する方も多いようです。
西東京市議会議員に当選した。元創価学会員で芸人の長井秀和氏が演説で『朝木明代市議転落死事件』について言及し、公の場で創価学会の犯行であると暴露してくれておりました。これは完全に創価を脱会し、反旗を翻している方ですね。池田大作の悪口も然り。
長井秀和さん応援しております。ガンバレ✊ pic.twitter.com/FFqGz3vnDT
— 創価学会被害者jp (@JpSoukahigaisya) January 14, 2023
まとめ
今回は、創価学会と激しく対立していた元東村山市議の朝木明代さんがビルから転落死した、「朝木明代東村山市議転落死事件」についてまとめてみました。
朝木明代さん転落死事件は、以前から創価学会と激しく対立していた朝木明代さんが、マンションから転落して死亡した事件です。
朝木明代さんの転落死は自殺と断定されましたが、朝木明代さんと同じ「草の根市民クラブ」所属の矢野穂積東村山市議(当時)や、娘の朝木直子さん(現・東村山市議)は創価学会が関与した他殺説を主張しました。
この真相は創価学会による他殺だとする説を週刊誌などが大きく取り上げたため大きな騒動となり、創価学会と朝木明代さんの関係者との訴訟合戦に発展。裁判の結果はほとんどが創価学会側の勝訴に終わっています。
現在も、朝木明代さんの転落死事件の真相は創価学会による他殺だとする説は実しやかに囁かれ続けており、お笑い芸人で現在は西東京市議の長井秀和さんがこの他殺説を主張して創価学会に名誉毀損で訴えられており現在も裁判中です。