エジプト航空990便墜落事故は、1999年に発生した乗員全員が死亡するという大規模航空事故です。本件の原因となった副操縦士の行動、事故を取り上げた『メーデー!:航空機事故の真実と真相』、エジプト航空の安全性や評判について紹介します。
この記事の目次
エジプト航空990便墜落事故の概要
エジプト航空990便墜落事故は、1999年10月31日に発生した航空事故です。
事故を起こしたエジプト航空990便は、アメリカのニューヨークにあるジョン・F・ケネディ国際空港を出発してエジプトのカイロ空港に向かう途中の大西洋上で墜落。乗員、乗客合計217名全員が死亡するという悲劇が起こりました。
乗員が全員死亡しているため確定はできませんが、その後の調べで副操縦士の奇行が原因で墜落事故が起きた可能性が高いとされています。
エジプト航空990便墜落事故の詳細① 操縦士・副操縦士の詳細
出典:https://www.historicmysteries.com/
この日、990便には5人のパイロットが搭乗していました。
・エジプト航空に勤務して36年、総飛行時間14,400時間を誇るベテランのエル・ハバシ機長
・アデル・アンワル副操縦士(36歳)
・チーフパイロットのハテム・ラシュディさん
・リリーフパイロットのラウフ・ヌラーディンさん(52歳)
・ガメル・アルバトゥティ副操縦士(59歳)
リリーフパイロットとはフライトが長時間に及ぶ場合に搭乗する、交代用のパイロットのことです。
エジプト航空990便はおよそ10時間のフライトになる予定だったことから、数時間ごとに操縦士が交代する予定でした。
そのため事故時、機内には機長のほかにチーフパイロットと副操縦機のペアと、リリーフパイロットと副操縦士のペアの2組がいたのです。
なお、エジプト航空990便にはほかに客室乗務員が9名搭乗しており、203名の乗客が乗り合わせていたとされます。
エジプト航空990便墜落事故の詳細② 副操縦士の異常な行動
エジプト航空990便は31日の午前1時20分にJFK国際空港を出発し、約25分後に巡航高度である1,000mに到達。
この時点で乗客は異変を感じていませんでしたが、実はコクピットではすでにトラブルが起きていました。
JFK国際空港を飛び立って約20分ほどすると、副操縦士のガメル・アルバトゥティ副操縦士が交代時間でもないのにコクピットに入って来て、アデル・アンワル副操縦士に操縦を代わるように強要していたのです。
計画にはない交代を迫られたアンワル副操縦士は、アルバトゥティ副操縦士を説得してコクピットから出ていってもらおうとしましたが、彼は聞く耳を持たなかったといいます。
こうして最終的に最年少のアンワル副操縦士は、半ば強引に最年長のアルバトゥティ副操縦士に席を譲ってしまいました。
エジプト航空990便墜落事故の詳細③ 墜落
1時45分頃に飛行機が巡航高度に到達して機体が安定すると、ハバシ機長がトイレのために席を立ち、コックピットを離れました。
そして機長が出て行った後、機体は急降下し始め、機内には乗客たちの悲鳴が響き渡ったのです。
異変を感じた機長は急いでトイレから出て、急降下の影響で無重力状態になっている機内を這うようにして進み、なんとかコックピットに辿りつきます。
こうして急降下が始まってから約16秒後には機長がコックピットに戻り、操縦桿を思い切り引き上げて機首を持ち上げようとしました。
次いで機長はエンジンのスロットルレバーを最大限まで操作しましたが、なぜか反応しなかったため、せめて落下速度を下げるべくスピードブレーキをかけます。
なお、この時のエジプト航空990便の落下速度は分速1,200mだったとのことで、放っておけば降下開始から1秒もかからずに墜落という緊迫した状況にありました。
そのため機長は、短時間の間に考えられるすべての対策をとろうとしたのです。
スピードブレーキをかけた結果、落下速度は緩やかになったことを確認した機長は、操縦桿を再び引き上げて機首を起こし、なんとか機体を水平に戻しました。
しかし、取り敢えず墜落は免れたかと思った矢先に今度は機内の電気がすべて落ちてしまいます。
停電の原因は、エジプト航空990便のエンジンへの燃料供給停止でした。機長がエンジンのスロットルレバーを操作したした際に反応しなかったのも、すでにエンジンへの燃料供給が止まっていたためだったのです。
その後の飛行機の動きは、管制塔に残されたデータによると再び上昇を始めて高度4,900~7,600mまで上がっていた後に、再び急降下に転じて大西洋上に突っ込んでいったことが確認されています。
この時の落下速度は分速なんと6,100m。墜落後、すぐに救助艇が現場に向かいましたが、飛行機の破損は著しく、搭乗していた乗員・乗客あわせて217名も全員死亡という悲惨な結果となりました。
エジプト航空990便墜落事故のその後
航空事故が起きた場合、通常は事故機を登録している国が主体となって事故の調査などを行います。
しかし、エジプトには墜落したエジプト航空990便を引き揚げるだけの技術がなく、事故後の調査はアメリカの国家運輸安全委員会が指揮を執り、エジプト側からはエジプト民間航空局が協力することとなりました。
当初より、パイロットが「メーデー」の信号を出していなかったこと、突然管制塔のレーダー画面から消えたことから、飛行機は想定外の惨事の結果として墜落し、搭乗者の生存は絶望的と見られていました。
それでも国家運輸安全委員は、公式には捜索救助活動として事故調査を行っていたといいます。
ところが飛行機が墜落した周囲26,000㎢を捜索しても飛行機の破片が発見されるばかりで、搭乗者の遺体さえ見つかりませんでした。
最終的に被害者の特定は海底から引き揚げられた骨などから、DNA鑑定によって行われたとされます。それだけ墜落の衝撃が酷く、事故後の調査も難航したのです。
エジプト航空990便墜落事故の原因
エンジンへの燃料供給停止が起きた時点でコクピットレコーダーやフライトデータレコーダーなど、エジプト航空990便の内部の会話や操縦データを記録していた装置も停止していました。
そのため、まずは国家運輸安全委員が回収したフライトデータレコーダーなどに残っていた除法から、事故原因が探られました。
まず、フライトデータレコーダーからは以下の5つの情報が得られたとされます。
・ハバシ機長がトイレから戻って来た時に、なぜか自動操縦機能が解除されていた。
・ハバシ機長がエンジンのスロットルレバーを最大限まで引き上げた時、アルバトゥティ副操縦士がエンジンへの燃料供給停止を故意に止めていた。
・機首の上げ下げをする昇降舵が壊れていた可能性がある。
・操縦席にいる間、アルバトゥティ副操縦士がずっと何かをぶつぶつと呟いていた。
・アルバトゥティ副操縦士はコクピットに戻ったハバシ機長の「何があった?」という問いかけにも答えず、機長の指示にも従わなかった。
アンワル副操縦士を無理やりどかせて操縦席に座って以降、アルバトゥティ副操縦士は怪しい動きを続けていました。
呟いていた言葉についても、「この後起きることを神に任せる」といった意味深なものだったとの説があります。しかも11回もこの言葉を呟いていたそうです。
これらのことからアメリカ側はアンワル副操縦士が故意に事故を起こした可能性があるとして、捜査を開始。一方でエジプト側は機体の不具合が原因で事故が起きたと主張。
エジプト側は飛行機の製造元であるボーイング社にも事故の責任があるとして、争いが起こりました。
エジプト側の訴える事故原因
空軍出身のムバラク大統領が、自分の経験則では事故直後に昇降舵の故障が惨劇の原因、と個人的なコメントを発したことも影響し、エジプト側は一貫して事故原因は機体の不具合だと主張しました。
アルバトゥティ副操縦士の奇行についても、「機長が席を立った後に何らかのトラブルが発生し、それを解決するために副操縦士は自動運転から手動運転に切り替えた」との見解を発表。
エンジンへの燃料供給停止を止めたのも、機体の体制を安定させるためで機長の指示に従っただけ、機長の「何があった?」という問いかけに答えなかったのも、昇降舵の不具合をリカバリーしようとしていたためだと訴えたのです。
さらに、私たちが聞くと違和感のある「この後起きることを神に任せる」という言葉についても、エジプトでは何かを開始する前に日常的に用いられる文句であるとして、アルバトゥティ副操縦士はこの言葉を呟きながら昇降舵への対処を始めたのだと説明しました。
アメリカ側の主張
たしかにエジプト航空990便の残骸からは、昇降舵の「リベット」という鋲のような部品が折れていることが確認されました。
このリベットという部品は半永久的に使えるとされているほど耐久力が高く、後の調査で破損原因は「異なる2つの方向から大きな力がくわわったため」と発表されています。
2つの力の1つは墜落時の衝撃なのですが、もう1つが何だったのかは解明されず、昇降舵の不具合はこの「謎の力」が原因だということで結論付けられました。
不明な点もあるものの、昇降舵に不具合が起きていたことは明らかになりました。しかし、アメリカ側は事故の原因は機体の不具合ではなく、アルバトゥティ副操縦士が故意に機首を下げたためだと主張します。
乗客を道ずれにしての自殺が目的だったのか、他に目的があったのかはわからないものの、アルバトゥティ副操縦士が墜落を起こすために自動操縦を解除し、リカバリーの邪魔をするためにエンジンを切ったのではないかと指摘したのです。
アメリカ側がこのような主張をしたのには、理由がありました。
まず、アルバトゥティ副操縦士が本来の交代時間の3~4時間も前にコクピットにやってきて、アンワル副操縦士を追いやって操縦席に収まっていました。
そして、コクピット内にアンワル副操縦士が1人残った状態になるやいなや、急降下が開始していたのです。
しかもエジプト側はエンジンの停止は機体の体制を安定させるためと主張しましたが、深夜に海上を飛行中に電力を遮断するというのは考えられない対処方法です。
またエンジンの停止は、機長の指示だとエジプト側は発表しました。しかしエンジン停止前の会話はレコーダーに残っているはずなのに、機長がそのような指示をする音声は確認できなかったのです。
さらに事故を起こしたボーイング767-200ERでは、パイロットと副操縦士側が独立して昇降舵を操作できるようになっていました。
そのため最初の下降時の昇降舵の操作データもフライトデータレコードに残っていたのですが、ハバシ機長が機首を上げる操作をしている時に、アルバトゥティ副操縦士はなぜか機首を下げる操作をしていた記録が確認されたのです。
アメリカ側の最終報告
- エジプト航空990便墜落事故については事件性があるとしてFBIも捜査に乗り出しており、その過程でアルバトゥティ副操縦士には問題行動があったことが明らかになりました。
この事故の前、エジプト航空の乗務員らはニューヨークにあるホテルペンシルベニアに宿泊していたのですが、このホテルでアルバトゥティ副操縦士はフライトアテンダントの女性や女性宿泊客に対して、下半身を露出するなどのセクハラ事件を起こしていたのです。
このことはホテル警備員への通報からも明らかになっており、アルバトゥティ副操縦士は同僚や警備員からも厳重な注意を受けていたといいます。
事故直前に目立った奇行があったこと、さらにアルバトゥティ副操縦士は定年まで3ヶ月というなかで一度も機長に抜擢されなかったという劣等感もあったのではないかという指摘からも、アメリカ側は事故は副操縦士が故意に起こしたものと断定。
2002年3月に最終報告としてまとめました。なお、エジプト側はこれを認めていません。
エジプト航空990便墜落事故を題材にした『メーデー!:航空機事故の真実と真相』
エジプト航空990便墜落事故は、ナショナルジオグラフィックチャンネルの『メーデー!:航空機事故の真実と真相』のシーズン3第8話でも取り上げられています。
この番組は航空事故の検証を行う内容で、証拠に乏しいエジプト側の主張は疑わしい、という見解を示しています。
エジプト航空990便墜落事故以降のエジプト航空の安全性・評判は?
操縦士が意図的に墜落事故を起こした疑いがあることから、エジプト航空990便墜落事故以降はエジプト航空の安全性を危惧する声も増えています。
実際に搭乗した人の評判は悪くなく、「安い割に対応も親切だった」「機内食も美味しいし、とくに問題はなかった」とのこと。
ただ2016年5月にはエジプト航空804便墜落事故も起きており、乗員乗客66人全員が亡くなったこともあり、「エジプト航空=怖い」と感じる人も少なくないようです。
え、なに(笑)エジプト航空って別名空飛ぶ棺桶なの(笑)乗るの怖いんだけど(笑)
— カナ (@mer_ci06) February 21, 2018
エジプト航空990便墜落事故についてのまとめ
今回は1999年10月に発生したエジプト航空990便墜落事故について、事故が起きるまでの流れや原因、副操縦士の奇行などを中心に紹介しました。
アメリカ側の言い分の方が残っているデータに基づいており、矛盾が見当たらないことからもエジプト航空990便墜落事故は副操縦士が故意に起こしたものという見方が強いです。
2020年に事故時に政権を握っていたムバラク大統領が死去したことから、エジプト側が990便墜落事故についても新しい発表をするのではないか?との声もありましたが、今のところ動きはありません。
亡くなった乗客や乗務員のためにも、真相が明らかになる日が来ることを願います。