リンチ事件の犯人の凶悪度ランキング36選!凄惨で胸糞悪い殺人事件【最新決定版】

凄惨なリンチ事件はたびたび起こっています。また、リンチ事件は集団で1人に暴行を加えるので、本当に胸糞が悪くなる事件ばかりで、犯人も凶悪なタイプが多いです。リンチ事件を犯人の凶悪度でランク付けしました。

リンチ事件の犯人凶悪度ランキング:36位~31位

第36位:姫島村リンチ殺人事件

出典:himeshima.jp

姫島村リンチ殺人事件

発生日時:1962年3月30日

発生場所:大分県東国郡姫島村

犯人:青年団39人(起訴は15人)

犠牲者:島の兄弟2人

 

姫島村リンチ殺人事件は大分県の姫島で発生したリンチ事件です。

 

被害者の兄弟(27歳・23歳)は暴力団関係者と関係があり、姫島でヤクザまがいの行為を繰り返していて、島民たちの恨みを買っていました。

 

少女歌劇公演を無料開催した青年団は、兄弟に逆恨みされることを恐れ、公民館に集団で避難していましたが、3月29日に兄弟が公民館に襲撃してきて、青年団9名が負傷しました。これに激怒した青年団約40人が兄弟を深夜の公園に呼び出し、こん棒などで集団リンチして、死亡させました。

 

この事件は集団リンチ事件ですが、起訴された15人のうち最も重い判決で実刑2年、そのほかの14名は執行猶予付きの軽い判決となっています。裁判でも、事件の発端は被害者側にもあると認定されました。

 

 

第35位:サンシー事件

 

出典:his-j.com

サンシー事件

発生日時:1879年7月22日

発生場所:沖縄県宮古島

犯人:金城親雲ら島の住民

犠牲者:下地仁屋利社

 

この事件は被害者が琉球処分後の新体制に賛成(サンシー)したために起こった事件で、「サンシー事件」と呼ばれています。

 

1879年に明治政府は琉球王国を廃止し、沖縄県を設置しました。このことで宮古島には朱里から20名の警官が来ましたが、王府からは沖縄県庁に従わない旨の指令を沖縄各地に出していて、宮古島でも日本には従わないという血判盟約書を作成していました。

 

警察の通訳だった下地仁屋利社もこの血判盟約書に参加したものの、家族を養うために、日本政府の仕事をします。すると、住民から怒りを買い、下地仁屋利社が働いている派出所を暴徒が取り囲み、誘拐して一方的にリンチをして死亡させました。この誘拐・リンチは警官も見ていましたが、暴徒の数を見て、下地仁屋利社が誘拐されるのを黙認していたとのことです。

 

 

 

第34位:時津風部屋力士暴行死事件

 

出典:nikkansports.com

時津風部屋力士暴行死事件

発生日時:2007年6月26日

発生場所:愛知県犬山市の時津風部屋宿舎

犯人:15代時津風と数人の兄弟子

犠牲者:序ノ口力士・時太山

 

時津風部屋の序ノ口力士の時太山(当時17歳)は稽古の厳しさや人間関係を理由に脱走しました。そのことに怒った親方の15代時津風は、6月25日にビール瓶で時太山の頭を殴り、数人の力士に「かわいがってやれ」と暴行を指示しました。

 

翌日の6月26日、通常5分程度のぶつかり稽古を時太山には30分も行い、時太山が倒れた後も蹴ったり金属バットで殴打するなどしました。

 

その後、時太山は心肺停止となり、救急搬送されましたが、死亡が確認されています。病院の医師は急性心不全による死亡と診断し、警察は虚血性心疾患として発表しました。

 

しかし、遺体には外傷があり、時太山に責任を押し付けるような15代時津風の発言、さらに「時太山はマリファナを使っていた」などの証言から、時太山の両親が息子の死に疑問を持ち、地元新潟市に遺体を搬送後に新潟大学医学部で解剖を実施して、暴行の事実が発覚しました。

 

ご両親が時太山の死に疑問を持たなければ、リンチ事件として明るみになることなく、闇に葬られるところでした。息子さんをよく知るご両親だからこそ、息子がマリファナなんてやるはずないし、こんなに外傷があるのはおかしいと思ったのでしょう。

 

 

第33位:横浜浮浪者襲撃殺人事件

 

出典:excite.co.jp

横浜浮浪者襲撃殺人事件

発生日時:1982年12月中旬~1983年2月10日

発生場所:横浜市内の公園や地下街

犯人:死亡2名、重軽傷9名

犠牲者:未成年10人

 

1982年12月中旬から1983年2月10日にかけて、横浜市内の地下街や公演でホームレスが次々と襲われリンチされる事件が相次ぎました

 

判明しているだけでもリンチ事件は3回発生しています。

 

・2月5日:山下公園で1人死亡
・2月5日:横浜スタジアムで9人死亡
・2月10日:松影公園で1人死亡

 

2月12日に「恐舞連合」と称する少年グループのメンバーが逮捕されました。逮捕されたのは中学2年生3名、中学3年生2名、高校1年生・16歳の無職4名です。

 

この少年グループのほかにも、横浜には浮浪者狩りの少年グループが複数存在していて、ほかのグループがやったと見られる2件の浮浪者リンチ殺人事件は未解決のままとなっています。

 

10名の少年たちは9名が少年院送致、1名が救護院送致の保護処分を決定しました。

 

 

第32位:横川元代議士襲撃事件

 

出典:twitter.com

横川元代議士襲撃事件

発生日時:1952年8月7日

発生場所:埼玉県比企郡大河村

犯人:日本共産党独立遊撃隊13名

犠牲者:横川重次

 

1952年8月7日に埼玉県比企郡大河村で、元代議士で武蔵野銀行取締役の横川重次の自宅を日本共産党の独立遊撃隊13名が襲撃し、身体中を斬りつけて重傷を負わせました。別の一団が金目のものを探しましたが、肝心の金庫が開かずに、そのまま逃走しています。

 

この横川元代議士襲撃事件は日本共産党による計画的なリンチ事件であることが判明しています。犯人たちは横川元代議士は封建地主であり、人民の敵であると決めつけ犯行に及んだとのことです。

 

 

 

第31位:「暁に祈る」事件

 

出典:bunshun.jp

「暁に祈る」事件

発生日時:1940年代後半

発生場所:シベリア抑留の収容所

犯人:池田重善元曹長

犠牲者:38名

 

第二次大戦後の1940年代後半、ソ連軍によってシベリア抑留の収容所(モンゴルのウランバートル収容所)で、ソ連軍から日本人捕虜の隊長に任じられていた池田重善元曹長は、労働ノルマを果たせなかった隊員たちにリンチを加え、38名もの隊員を死亡させました。

 

池田重善元曹長が行ったリンチの中には、裸で一晩中木に縛り付けるものがあり、そのリンチを受けた隊員は瀕死の状態となり、明け方になることには首がうなだれ「暁に祈る」ように見えたため、このリンチ事件は「暁に祈る」事件と呼ばれるようになりました。

 

このリンチ事件は朝日新聞のスクープで知られることになり、リンチの主犯である池田重善元曹長は東京地検に任意出頭して、逮捕・起訴されました。1958年に実刑3年の判決が確定し、池田重善は模範囚として1960年8月に出所しました。

 

 

リンチ事件の犯人凶悪度ランキング:30位~26位

第30位:直江津駅リンチ殺人事件

出典:ameblo.jp

直江津駅リンチ殺人事件

発生日時:1945年12月29日

発生場所:直江津駅

犯人:朝鮮人3人

犠牲者:男性1人

 

1945年12月29日、黒井駅に新潟発大阪行きの列車が到着しました。3人組の朝鮮人が列車に乗車しようとしましたが、満員で乗ることができず、3人の朝鮮人は窓ガラスを割って無理やり乗ろうとしました。しかし、男性の乗客に阻まれたため、デッキにぶら下がって次の直江津駅まで行くことになりました。

 

直江津駅に列車が到着すると、自分たちの乗車を阻んだ男性に3人組は詰め寄り、男性を駅のホームに引きずり降ろして、パイプやスコップを持ち出して襲い掛かりて男性をリンチし死亡させました。

 

この3人はその場から逃走しましたが、直江津の病院で傷の手当てを受けていたところを逮捕されました。しかし、検事局にお倉らえた後、間もなく3人は逃走して行方不明になり、裁判で裁かれることはありませんでした。

 

 

第29位:具志頭制縛致死事件

具志頭制縛致死事件

発生日時:1907年5月18日

発生場所:沖縄県島尻郡具志頭間切

犯人:村人たち

犠牲者:男性1人

 

1907年5月18日、沖縄の具志頭間切の村落で盗難事件が発生しました。

 

当時の沖縄の村では村の掟に則って犯人探しが行われました。その方法は、「一本の紐を地面の上に置き、1人ずつその紐の上を歩いて前進し、酒を飲んで元に戻るというもので、その間に石を投げられた者が犯人」という非科学的なものでした。

 

この方法で1人の男性が犯人と決めつけられ、この男性は木に縛られ、村人からリンチを受け死亡しました。村人たちは、「内法に基づく取り調べの結果、犯人が絶命した」と届け出ましたが、警察は村人たちを逮捕しています。

 

裁判では事件の首謀者に懲役12年、ほかの3人に懲役9年の実刑判決が言い渡されました。

 

 

第28位:日本共産党スパイ査問事件

日本共産党スパイ査問事件

発生日時:1933年12月23日

発生場所:東京都渋谷区

犯人:日本共産党員

犠牲者:小畑達夫(死亡)、大泉兼蔵(負傷)

 

1933年日本共産党中央委員の大泉兼蔵と小畑達夫は、日本共産党中央常任委員の2人にスパイ容疑をかけられます。そして、12月23日に大泉と小畑は渋谷区内のアジトに呼び出されました。

 

大泉と小畑はアジト内で針金で手足を縛られ、目隠しと猿轡をされ、押し入れの中に監禁されリンチを受けました。このリンチ事件によって、小畑は殺害され、大泉は負傷しています。

 

大泉と小畑は日本共産党に潜り込んでいた特別高等警察のスパイであり、スパイであることがバレたため、査問と呼ばれるリンチにかけられたたと裁判で認定されています。

 

 

第27位:薬剤師リンチ殺人事件

出典:npa.go.jp

薬剤師リンチ殺人事件

発生日時:1994年1月30日

発生場所:オウム真理教の上九一色村の施設

犯人:麻原彰晃・オウム真理教信者

犠牲者:落田耕太郎(薬剤師)1人

 

被害者の薬剤師はオウム真理教附属医院で働いていた被害者の薬剤師は、知り合いの元オウム教信者の保田英明と顔見知りでした。保田の母親はパーキンソン病を患っていて、治療をしていましたが、その治療は修行も含まれていて、薬剤師である被害者は治療方法に疑問を持つようになります。

 

そして、すでに教団を脱会している保田と共に、保田の母親を救出することを計画します。

 

しかし、教団施設内で信者たちに発見され、第2サティアンの尊師の部屋に連行されました。すると、麻原彰晃は保田に対し、「落田耕太郎を殺せば、命を助けてやる」と提案し、保田はその提案に従いました。ほかの信者や幹部が落田さんを押さえつけている間、手錠をした状態の保田が落田さんを絞殺し、遺体は地下室のマイクロ波焼却装置で焼却されました。

 

このリンチ事件は、オウム真理教の麻原彰晃とその他幹部、さらに元信者によって起こされたリンチ事件です。

 

 

第26位:大津市身体障害者リンチ致死事件

出典:nicovideo.jp

大津市身体障害者リンチ致死事件

発生日時:2001年3月31日

発生場所:滋賀県大津市の小学校の給食室の裏庭

犯人:2人(15歳少年・17歳少年)

犠牲者:1人

 

被害者の青木悠君は中学3年生だった1999年にバイクで大事故を起こし、左半身不随になっていました。中学卒業後は定時制高校に通っていましたが、障碍を乗り越え、2001年3月27日に全日制高校に合格しました。

 

しかし、犯人の2人は青木君の全日制高校の入学を快く思っていませんでした。そこで、小学校の給食室の裏庭に青木君を呼びだし、犯人2人とその仲間の3人が「何で全日制に行くんだ? 定時制にいろよ」「障害者のくせに生意気だ」と言いがかりをつけ、リンチしました。殴る蹴るをするだけでなく、意識がなくなると、コンクリートの地面に向かってバックドロップをして頭から落とすなど暴行を加えます。

 

犯人の1人がこのリンチを自慢していたのを聞いた友人の1人が、現場に行ってみると、意識不明になった被害者を見つけました。救急搬送されましたが、危篤の状態であり、事件から1週間後に亡くなりました。

 

 

リンチ事件の犯人凶悪度ランキング:25位~21位

第25位:牧ノ原学園事件

出典:zenjikyo.org

牧ノ原学園事件

発生日時:1987年12月3日

発生場所:鹿児島県霧島市鹿児島県立牧ノ原学園

犯人:13歳の少年

犠牲者:指導員7人

 

被害者の13歳の少年は無断外出を繰り返していました。施設の指導員7名はその少年を教室によびだして、床の上に正座させ、粘着テープで後ろ手に縛り、竹の棒や拳で殴り、さらに蹴ったり投げたりしました。リンチを受けた生徒は間もなく呼吸困難になり、救急車が到着した時にはすでに死亡していました。

 

 

第24位:アフタヌーンショー(やらせリンチ事件)

出典:twitter.com

アフタヌーンショー(やらせリンチ事件)

発生日時:1985年8月3日

発生場所:東京都福生市内の多摩川河川敷

犯人:少女2人、男性1人、ディレクター1人

犠牲者:女子中学生5名

 

1985年8月20日、人気番組「アフタヌーンショー」の中でに「激写!・中学女番長!!・セックス・リンチ全告白」というVTRが放送されました。このVTRは、約60人の暴走族構成員たちが多摩川河川敷でバーベキューをしていた時、女番長の少女2人が、女子中学生5人をリンチした様子を撮影したものでした。

 

このVTRをもとに警察が捜査したところ、少女2人と2人に暴行を指示した男性(当時30歳)を逮捕しました。逮捕後に、驚くべき事実が判明しました。このリンチ事件はテレビ朝日のディレクターが指示して行わせたもので、少女2人にもっと過激に暴力を振るうようにけしかけていたことも明らかになっています。

 

 

第23位:川口大三郎事件

川口大三郎事件

発生日時:1972年11月8日

発生場所:東京の早稲田大学構内

犯人:革マル派活動家たち

犠牲者:川口大三郎

 

川口大三郎は1971年に早稲田大学第一文学部に入学し、当時流行していた学生運動や部落解放運動などに参加するようになります。しかし、革マル派にも中核派にも失望し、右翼系の学生団体と接触するようになりました。

 

1972年11月8日、革マル派活動家から中核派のシンパとみなされて、川口さんは早稲田大学文学部のキャンパスの学生自治会室に拉致されます。そこで約8時間にわたりるリンチを受けます。丸太や角材で殴打され、打撲傷は40ヶ所以上、さらに厚い皮下出血があり、とがったもので引っかかれた形跡もあり、手首や腰、首には紐で縛った跡もありました。

 

死因は「体全体が細胞破壊を起こしてのショック死」だったとのことです。7名が逮捕され、うち5名が起訴されました。

 

 

第22位:東京農大リンチ殺人事件

出典:newspicks.com

東京農大リンチ殺人事件

発生日時:1965年5月15日~18日

発生場所:奥秩父縦走路

犯人:18人(上級生や監督)

犠牲者:1人死亡、2人重症

 

1965年5月15日~18日かけて、東京農業大学ワンダーフォーゲル部は奥秩父縦走路で新人部員を対象とした「新人錬成山行」を実施しました。

 

この「新人錬成山行」の中で、監督や上級生ら18人が新人部員28人に対して、棒で殴る、登山靴で蹴るリンチを加えました。このリンチ事件で1人が死亡し、2人が大けがを負いました。死亡した1人は背中に直径15センチのえぐられたような外傷があり、全身打撲や肺炎、肺水腫などを併発していたそうです。

 

 

第21位:糸満町集団殺人事件

出典:qab.co.jp

糸満町集団殺人事件

発生日時:1967年2月10日

発生場所:沖縄県糸満町

犯人:集落の青年会

犠牲者:1人

 

1967年2月10日、糸満町の武富集落で旧正月の年始回りを終えた被害者は、集落の青年会に待ち伏せされ、集落内の広場に拉致されました。そこで木材で顔貌が崩れて頭蓋骨が粉砕されるほど滅多打ちされて死亡しています。

 

この被害者は前科者で酒乱だったので、集落内の鼻つまみ者として扱われていました。そこで青年会が被害者の殺害を計画し、リンチが実行されることになったんです。事件後にリンチの実行犯たちは逮捕されましたが、犯人たちは反省していませんでしたし、住民たちも犯人の減刑を求める活動を展開したそうです。

 

 

リンチ事件の犯人凶悪度ランキング:20位~16位

第20位:オウム真理教男性信者殺害事件

出典:mainichi.jp

オウム真理教男性信者殺害事件

発生日時:1989年2月

発生場所:オウム真理教内の施設内

犯人:男性信者1人

犠牲者:麻原彰晃、早川紀代秀・村井秀夫・岡崎一明・新実智光ら

 

オウム真理教の信者だった被害者の男性は、教団の方針に対していろいろと疑問・不満を持ちつようになり、脱会を申し出ました。すると、その男性の教団内での上司である岡崎一明は麻原彰晃に報告し、麻原はその男性信者の殺害を決心し、指示しました

 

1989年2月の深夜、早川紀代秀・村井秀夫・岡崎一明・新実智光らは男性信者を拉致し、ロープで首を絞めて殺害しようとしましたが、男性信者が抵抗したため、首の骨を折って殺害しました。遺体は施設内で焼却され、敷地内にばらまかれてしまい、遺体も残らない状態にされています。

 

この事件が、オウム真理教が起こした最初の殺人事件・リンチ事件になります。

 

 

第19位:茨城少年リンチ殺人事件

出典:youtube.com

茨城少年リンチ殺人事件

発生日時:2000年5月4日

発生場所:茨城県牛久市

犯人:男性4人

犠牲者:少年1人

 

2000年5月4日、茨城県牛久市のスーパーマーケットに当時17歳の少年が交際女性と共に来店しましたが、突然4人組の男に襲われて、非常階段に連れ込まれました。女性は拘束され、少年は30分間にわたりリンチを受け、意識不明のまま5月13日に死亡しています。

 

この事件の犯人は逃亡していて、現在も逮捕されないまま行方が分からなくなっています。

 

 

第18位:宇都宮病院事件

出典:bunshun.jp

宇都宮病院事件

発生日時:1983年4月・12月

発生場所:栃木県の宇都宮市

犯人:職員

犠牲者:入院患者

 

1983年4月と12月に栃木県宇都宮市にある宇都宮病院で起こったリンチ事件です。精神科病院だった宇都宮病院では、以前から患者を虐待したり、違法に解剖したり、ベッド数を上回る患者を入院させるなどの違法行為が行われていました。

 

1983年4月には看護職員が金属パイプで入院患者を20分にわたって乱打し、患者さんは死亡しました。また、同年12月には別の患者が職員に殴られて翌日に死亡しています。

 

これらのリンチ事件をきっかけに精神保健法が成立し、日本の精神障害者・患者の処遇改善が図られるようになりました。

 

 

第17位:東大阪集団暴行殺人事件

出典:ameblo.jp

東大阪集団暴行殺人事件

発生日時:2006年6月19日

発生場所:大阪府東大阪市、岡山県岡山市

犯人:9人

犠牲者:2人

 

東大阪大学4年の藤本翔士さんは交際中の女性が別の男性と仲良くメールのやり取りをしているのを知り、メール相手の男性を憎むようになります。そして、友人の岩上哲也さんに相談し、そのメール相手の男性を懲らしめて慰謝料を払わせようと計画しました。

 

そして、藤本さんと岩上さんはほかの仲間と一緒に、その男性(徳満優多)を呼び出します。徳満は友人の佐藤と一緒に指定の場所に向かいましたが、殴られ、車に監禁され、慰謝料50万円を支払う約束をさせられました。

 

その後、徳満はその報復として、藤本さんと岩上さんを拉致してリンチを加えることを計画します。そして仲間を集め、9人で被害者2人を拉致しリンチをした上で、岡山県の山の中に連行し、生き埋めにして殺害しました。

 

この事件で、実行犯の小林竜司には死刑判決、主謀藩の広畑智規に無期懲役、そのほか懲役7年~17年の実刑判決(2人の少年は家裁送致)を受けています。

 

 

第16位:東京教育大学生リンチ殺人事件

東京教育大学生リンチ殺人事件

発生日時:1970年8月4日

発生場所:法政大学の第二校舎地下室

犯人:中核派活動家23人

犠牲者:男性1人

 

1970年8月3日、池袋駅の東口で街宣活動を行っていた中核派の活動家が、東京教育大学理学部化学科3年で革マル派活動家の海老原俊夫さんを偶然見つけ、その場で殴る蹴るのリンチを加えました。

 

そして、海老原さんを拘束し、法政大学第二巧者地下室に連行して、椅子に縛り付け、「自己批判」を要求して、リンチが始まりました

「反革命派は死ね!」「ここから生きて帰れると思うな!」などの罵声を浴びせながらリンチを加え、海老原さんが意識をなくすと水をかけて意識を戻し、さらに暴力を加えていきます。

 

中核派の幹部たちは、「このまま帰すと報復が怖いからとどめを刺そう」という結論になり、海老原さんを殺害して、8月4日に東京厚生年金病院の前に遺体を遺棄しました。中核派の幹部の命令で、このリンチ事件に無関係の学生が犯行現場の地下室を徹底的に掃除し、狂気となった角材や海老原さんの所持品などは焼却炉で焼かれて、証拠隠滅が行われました。

 

23人で1人をリンチしたと思うと、とても恐ろしいです。仲間の海老原さんをリンチされた革マル派は8月14日に法政大学に乱入し、中核派10人に重軽傷を負わせる報復を行いました。

 

 

リンチ事件の犯人凶悪度ランキング:15位~11位

第15位:東尋坊殺人事件

出典:twitter.com

東尋坊殺人事件

発生日時:2019年9月

発生場所:滋賀県、東尋坊

犯人:9名

犠牲者:嶋田友輝さん

 

2019年9月、滋賀県東近江市の嶋田友輝さんは主犯の少年(当時19歳)と知り合い、意気投合します。しかし、些細なことから仲たがいをするようになったようです。

 

2019年10月8日に嶋田さんと主犯の少年は、ほかの友人らと4人で一緒にカラオケに行きました。するとカラオケの最中に主犯の少年が嶋田さんを殴り始めます。同席していた友人も一緒に嶋田さんに暴行を加えました。ここからリンチが始まり、リンチは10月8日の午後11時ごろから10月10日の0時頃までずっと続いたそうです。

 

さらに、それから約12時間後の10月10日の午後1時ごろからもリンチを受けています。この時、島田さんは顔面打撲と肋骨骨折の重傷を負いました。

 

10月16日に再びリンチが始まります。殴る蹴るだけでなく、火のついたタバコを体に押し当てたり、車で足を引いたり、歯を折ったり、のどぼとけの骨が折れるまで首を絞めたり、ライターであぶったり、タバコを食べさせたりと、リンチの内容は本当にひどいものでした。

 

10月18日にはリンチ現場を見た人から警察に通報が入りますが、犯人たちはうまく隠ぺいして、警察はこのリンチに気づかないまま引き上げていきます。

 

警察が来たことで焦った犯人たちはボロボロになった嶋田さんを車のトランクに入れて、東尋坊に向かいます。そして、崖の上に立たせて、「はよ落ちろ」と後ろから圧力をかけ、飛び降りる以外の選択肢をなくして、嶋田さんを東尋坊の崖の上から飛び降りさせたのです。

 

この事件では7人が逮捕され、主犯の元少年には懲役19年の実刑判決が言い渡されています。

 

 

第14位:豊田商事会長刺殺事件

出典:shueisha.online

豊田商事会長刺殺事件

発生日時:1985年6月18日

発生場所:大阪府大阪市北区天神橋

犯人:男性2人

犠牲者:永野一男(豊田商事会長)

 

豊田商事は被害者数万人、被害総額2000億円の巨大詐欺事件を起こした会社であり、会長が逮捕されるかどうか注目が集まり、マスコミが豊田商事会長(永野一男)の自宅前に集まっていました。

 

1985年6月18日、そのような中で詐欺被害者の元上司の男性2人が会長の自宅前に姿を現し、ガードマンに「永野に会わせろ」と要求します。

 

ガードマンは連絡を取るために、階下に降りると、男性2人は窓のアルミサッシを蹴破って室内に侵入し、永野の頭部など全身13か所を旧軍の制式銃剣でめった刺しにしました。部屋から出た犯人は「おい警察を呼べ」とマスコミに語り、駆けつけた警察官に逮捕されています。

 

この豊田商事会長のリンチめった刺し事件の恐ろしいところは、マスコミの目の前でリンチが行われたことです。しかも、マスコミはただ茫然と見るだけで、誰も止めようとはしませんでした。

 

この犯人2人は懲役10年・懲役8年の実刑判決が言い渡されています。

 

 

第13位:オウム真理教男性現役信者リンチ殺人事件

出典:bbc.com

オウム真理教男性現役信者リンチ殺人事件

発生日時:1994年7月10日

発生場所:山梨県上九一色村の教団施設

犯人:男性信者

犠牲者:オウム真理教幹部

 

1994年7月8日、オウム真理教の教団施設内の浴槽で、信者が火傷し、意識不明になる事故がありました。この浴槽の中からはオウムが製造していた化学兵器「イペリット」が検出されました。

 

村井英雄はスパイがいるのではないか?と言い出し、タンクローリーの担当者の中にスパイがいないかどうか調査したところ、1名の男性信者が疑われることになりました。

 

麻原彰晃の指示で、訊問という名のリンチが行われます。竹刀で背中を叩き、足の指先に待ち針を刺し、火かき棒を背中に押し当てるなどひどいリンチが行われ、最終的に絞殺されました。遺体はマイクロウェーブで焼却され、残った骨は硫酸で溶かされ、川に捨てられています。

 

 

第12位:神戸大学院生リンチ殺人事件

出典:amazon.co.jp

神戸大学院生リンチ殺人事件

発生日時:2002年3月4日

発生場所:兵庫県神戸市西区

犯人:暴力団組長や組員9人

犠牲者:男性1人

 

2002年3月4日、午前3時過ぎ、神戸商船大学大学院の男性が友人を車で家に送った際、山口組系暴力団組長の男と情婦の女と偶然目があってしまいました。暴力団組長はいきなり男性に殴りかかり、男性の友人は仲裁しようともみ合いになります。その隙に男性が警察に通報しましたが、携帯電話を情婦に取り上げられ、情婦は組員を呼び出します。

 

駆けつけた組員は男性とその友人に殴る蹴るのリンチをして、意識もうろうとした2人を車に押し込みました。

 

警察は通報から16分後に4名が現場に到着、さらに通報から20分後にはさらに2名が駆け付けました。男性の友人が意識もうろうの状態で車から飛び出し、警官に助けを求め、まだ友人が車に乗せられているかもしれないと訴えます。男性の友人は血だらけ、さらに組長や組員にも血液が付着している状態であるにも関わらず、警官は車のナンバーを控えるのみで、車の中を確認したり、組長や組員の身体検査をせずに、その場から解放しています。

 

警官が立ち去った後、組長と組員らは男性を空き地に連れ込み、さらにリンチを加えました。失神すると水をかけて意識を戻し、また暴行を加えるというひどいやり方で、瀕死の状態で浅瀬に放置され、翌日に遺体となって発見されています。

 

遺体はほとんどの肋骨が折られ、後頭部が割れてくも膜下出血を起こしていました。ただ、これらの外傷が死因ではなく、死因は凍死です。

 

兵庫県警は遺族に謝罪しましたが、関係者の処分は非常に軽いものでした。しかも、遺族から民事訴訟を起こされると、捜査は適切に行われたと主張しています。しかし、裁判所は「警察が適切に職務を果たせば男性は死なずに済んだ」と認定しました。

 

 

第11位:犬鳴峠焼殺事件

出典:travel-noted.jp

犬鳴峠焼殺事件

発生日時:1988年12月9日

発生場所:福岡県田川郡の犬鳴トンネル

犯人:5人

犠牲者:1人

 

犯人の少年2人は被害者の男性(当時20歳)の車に目をつけ、車を貸せと脅しますが、男性はそれを拒否したため、犯人たちは車に乗り込んできて、被害者をボコボコにしました。そして、犯人は車を奪い、被害者の男性を助手席に乗せて、後輩の家に向かい、そこに被害者の男性を監禁して、自分は奪った車でデートに出かけます。

 

被害者の男性は監禁場所から脱出しますが、すぐに追いかけられ、捕まってしまいます。そして、ひどいリンチを受けます。そのリンチの途中で、主犯の少年は被害者の男性を殺すことを提案しました。しかも、その方法とはガソリンをかけて焼き殺す方法です。

 

少年たちは人目に付かない旧犬鳴トンネルに行き、被害者を車から引きずり出して、ガソリンをかけます。被害者の男性はそこから必死に逃げますが、妻待ってしまいます。そして、手足を拘束され、口の中に布を押し込まれて、道路に正座させられました。

 

そして、石で頭を5回殴られ、火をつけられます。被害者はトンネルの出口に向かって逃げようとしますが、途中で力尽き、亡くなりました。

 

 

リンチ事件の犯人凶悪度ランキング:10位~6位

第10位:福島悪魔払い殺人事件

出典:minyu-net.com

福島悪魔払い殺人事件

発生日時:1995年7月5日

発生場所:福島県須賀川市小作田竹ノ花15番地6の民家

犯人:祈祷師の女と信者ら4人

犠牲者:6名死亡1人負傷

 

福島県須賀川市にある祈祷師の女の自宅で、女に「キツネが憑いている」などとお告げを受けた信者7人を、祈祷師の娘や祈祷師の愛人の男、信者の男らが中心になって、「悪魔払い」と称して、太鼓のばちで殴る蹴るなどんリンチを加え、6人を死亡させ、1人に重傷を負わせました。

 

重傷患者の入院をきっかけに、警察が祈祷師の女の自宅を家宅捜索したところ、信者6人の遺体が発見されています。このリンチは祈祷師の女の男女間の嫉妬が根底にあり、気に入らない信者に「悪魔払い」として暴力行為を行っていたことがわかっています。

 

 

第9位:名古屋アベック殺人事件

出典:youtube.com

名古屋アベック殺人事件

発生日時:1988年2月23日~25日

発生場所:愛知県名古屋市緑区の大高緑地や卯塚緑地公園

犯人:6人

犠牲者:男女2人

 

1988年2月23日午前0時過ぎ、被害者2人は大高緑地公園にドライブに出かけました。2月23日の午前4時30分ごろ、大高緑地公園の駐車場で被害者2人が乗ったチェイサーを男女6人の不良少年グループが突然襲撃しました。

 

チェイサーが逃げようとした時に、犯人の車にぶつかったことで、犯人グループは逆上し、被害者2人を車の外に引きずり出し、リンチを加えます。そのリンチの内容はとても残忍なものでした。

 

・木刀や鉄パイプで殴る
・全身を滅多打ちにされる
・女性は裸にされて輪姦される
・全身にタバコの火を押し付けられる
・陰部にシンナーをかけられ火を押し付けられる

 

夜が明けると、2人を車で拉致し、丸1日名古屋市内を走って、カーホテルに2人を監禁しました。

 

2月24日午前4時30分ごろ、「卯塚緑地公園」で被害者男性の首にビニールロープを巻き付けて、両側から綱引きの要領で引っ張って絞殺しました。

 

その翌日に女性をショーツ1枚にして同じ方法で絞殺し、2人を抱き合っている姿にして一緒に埋めました。

 

主犯格2人は無期懲役、従犯2人は懲役13年、もう2人は懲役5~10年の不定期刑となっています。

 

 

第8位:大津市中2いじめ自殺事件

大津市中2いじめ自殺事件

発生日時:2011年9月29日~10月11日

発生場所:滋賀県大津市

犯人:少年1人

犠牲者:少年5人

 

最初は被害者と加害者は仲が良かったのですが、ある女子生徒が「キモイ」と言ったことをきっかけに、いじめが発生するようになりました。そのいじめの内容は徐々にエスカレートしていきます。

 

いじめ内容は、「トイレで殴られた」「廊下でおなかを蹴られた」「鉢巻きで首を絞められた」「体育大会で集団リンチのようなものにあっていた」などで、いじめというよりもリンチといって良い内容です。

 

そして、9月29日、体育館で被害者の手足を鉢巻きで縛り、口を粘着テープでふさぐなどのリンチを行いました。その後、加害生徒は被害者宅を訪れて、貴金属や財布を盗む犯罪も行っています。

 

被害者は10月10日にいじめをほのめかすメールを加害者に送りましたが、加害者は相手にせず、10月11日に被害者は自宅マンションから飛び降り自殺をしました。

 

その後、学校と教育委員会は担任も含め誰もいじめに気付いていなかったと主張しましたが、被害者は担任に相談や暴力行為を報告していたことが判明しています。このリンチ事件は加害生徒はもちろん、担任や学校、教育委員会も加害者と言えるかもしれません。

 

 

第7位:宮城県アルバイト女性集団リンチ事件

宮城県アルバイト女性集団リンチ事件

発生日時:

発生場所:

犯人:

犠牲者:

 

2000年12月、18~25歳の男女8人が曳地里美(当時20歳)を仙台市青葉区の暴力団事務所に6日間にわたり監禁し、リンチを続けました。

 

被害者の曳地里美さんがリンチを受けるようになった理由は犯人グループの1人の嘘です。
この犯人グループの中の1人の女に言い寄ってくる男がいたため、その男にグループ内でリンチを加えることになりました。

 

そして、リンチをした後の高揚感の中で、「ほかに誰か〆るやつはいるか?」という話になり、発端を作った女が「約束を破った女がいる」と後輩の曳地里美さんの名前を出したのです。もちろん、曳地里美さんは約束を破っていないし、完全無実です。

 

ただ、犯人グループは曳地里美さんを無理やり呼び出し、暴力団事務所に監禁して、木刀やフライパンで殴るなどのリンチを続けました。

 

あまりの苦しみに、曳地里美さんは「もう殺してください」と懇願していたそうです。しかも、その懇願する曳地里美さんの頭をテーブルの角に打ち付けるなどひどい行為も行いました。曳地里美さんが死亡すると、車で山に運び、灯油をかけて遺体を焼いています。

 

その後も犯人グループは犯罪を続けていたため、警察に逮捕され、曳地里美さんリンチ事件も明るみに出ました。

 

 

第6位:東京・山梨連続リンチ殺人事件

出典:twitter.com

東京・山梨連続リンチ殺人事件

発生日時:2003年5月~9月

発生場所:東京・山梨

犯人:男女11人

犠牲者:男性2人

 

この事件の犯人グループは男女11人です。このグルーㇷ゚の男9人はクレジットカードを使った振り込め詐欺などを繰り返していました。

 

2003年9月、元飲食店経営者の古川信也さんら数人を埼玉県戸田市のアパートに監禁し、9月19日に犯人グループたちが首にロープを巻き付け綱引きをするように引っ張って古川さんを殺害しました。その後、右腕だけが落ちているのを猟友会のメンバーが発見し通報しています。

 

2004年1月8日までに犯人グループのうち8人を逮捕しましたが、ほかの主犯3人は南アフリカに逃亡していることが判明します。犯人らの供述で、古川さんは山梨県のキャンプ場の駐車場で切断し、遺体を丹波山村奥多摩町に捨てたことがわかり、捜索したところ白骨化した頭部などが見つかっています。

 

さらに調べを進めると、逮捕された犯人8人のうち、数人は別の男性をリンチ・殺害していた疑いが強まります。供述から別の男性の遺体も見つかり、連続リンチ殺人事件であることが判明しました。

 

南アフリカに逃亡していた3人のうち、2011年11月に当時19歳の女性は日本に帰国して逮捕されました。また、紙谷惣は「日本に帰りたい」と2020年8月に帰国して、成田空港で逮捕されました。

 

最後の1人でリーダー格の松井知行は2016年12月ごろに南アフリカの海岸で首を吊って自殺しているところを発見されました。2022年7月に指紋が照合され、被疑者のものと矛盾がないという結果になり、これでこの事件の捜査は終わる見込みとなっています。

 

 

リンチ事件の犯人凶悪度ランキング:5位~1位

第5位:大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件

出典:youtube.com

大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件

発生日時:1994年9月28日~10月8日

発生場所:大阪・愛知・岐阜

犯人:10人

犠牲者:5人(4人死亡・1人負傷)

 

この大阪・愛知・岐阜連続リンチ事件は3つの事件から成り立っています。

 

■9月28日:大阪事件
暴力団員の少年3人が男性1人をリンチして、高知県の山中に遺体を遺棄しました。

 

■10月6日:木曽川事件
大阪事件の加害者3人が逃亡中にほかの不良グループと合流しましたが、仲間割れを起こし、メンバーの1人をリンチして殺害しました。

 

■10月7日:長良川事件
主犯の少年3人がボウリング場で若者3人に因縁をつけ、長良川河川敷でリンチして2人を殺害し、1人に重傷を負わせました。

 

この3つの事件とも、リンチの内容があまりにも残忍で、世間を震撼させています。この事件では主犯の少年3人は、未成年でありながら第一審から死刑判決となり、2011年に死刑が確定しました。

 

 

第4位:栃木リンチ殺人事件

出典:ameblo.jp

栃木リンチ殺人事件

発生日時:1999年12月4日(発覚日時)

発生場所:栃木県

犯人:3人

犠牲者:須藤正和

 

主犯A(当時19歳)の父親は栃木県警の警部補でした。Aは通信高校を退学後、暴走族に入っていて、普段から恐喝や傷害などの事件を起こしていて、従犯であるB(日産自動車勤務)とCからお金をカツアゲしていました。Bは会社の同期である性格がおとなしい須藤さんを自分の身代わりにすることを思いつきます。

 

そして、1999年9月29日、Bは須藤さんを電話で呼び出すと、Aたちは須藤さんを拉致してサラ金から次々とお金を借りさせて、自分たちが遊ぶお金に使いました。須藤さんがサラ金からお金を借りられなくなると、知人・友人からお金を借りさせます。最初に拉致してからずっと、須藤さんを連れまわし、ホテルなどに監禁していました。

 

ホテルでは須藤さんに対し、ひどいリンチを行っています。

 

・熱湯コマーシャル:最高温度のシャワーをかける
・火炎放射器:殺虫スプレーにライターで火をつけて浴びせる

 

これらのリンチで須藤さんは皮膚の8割も火傷を負い、「絞殺されなくても、いずれは死亡していた」と言うほどの状態になっていました。

 

息子が失踪したことを不審に思った須藤さんのご両親は石橋警察署に相談しますが、応対した警察官は「お宅の息子が悪い」、「麻薬でもやっているんじゃないの」などと言い放ち、まったく取り合ってくれませんでした。

 

両親は石橋警察署だけでなく、周辺の警察署や栃木県警本部にも捜査をするように懇願していましたが、警察は動いてくれませんでした

 

須藤さんからご両親にはお金を無心する電話がかかってくるようになり、ご両親は須藤さんの身の安全を考えて、お金を振り込み続けました。銀行の防犯ビデオには複数の男に付き添われ、髪を丸坊主にし、ボロボロになった須藤さんがお金をおろすところが映っていて、両親は銀行からの協力を取り付けたうえで、石橋警察署に行きます。

 

しかし、やはり石橋警察署は動こうとしません。その時、両親の携帯電話に須藤さんから電話がかかってきました。父親は「お父さんの友人がいるから」と警察官を友人に見立てて、携帯電話を警察官に渡しましたが、その警察官は「石橋署の警察官だ!」と名乗ってしまい、電話が切れてしまいました。

 

この警察官の不用意な一言が須藤さんを死に追いやってしまうのです。犯人のAたちは警察の捜査が迫ってきていると感じ、須藤さんの殺害を決めました。1999年12月2日、Aたちは須藤さんを絞殺し、山の中に埋め、さらにそこにコンクリートを流し込みました。

 

死体を隠したAたちは全く反省する様子はなく「追悼花火大会」と称して、花火で遊んだりしていました。しかし、遺体遺棄を手伝わせた高校生が良心の呵責に耐えられなくなり、12月4日に警視庁三田警察署に自首して、翌日ABCの3人を逮捕しました。

 

 

第3位:女子高生コンクリート詰め殺人事件

女子高生コンクリート詰め殺人事件

発生日時:1988年11月25日~1989年1月5日

発生場所:東京都足立区

犯人:8名(主犯4人)

犠牲者:女子高生1人

 

1988年11月25日、帰宅途中の女子高生を強姦目的で拉致し強姦した後、猥褻目的自宅に監禁することにしました。その後数十人で輪姦したり、性器や肛門に鉄の棒を入れたり、ありとあらゆるリンチを行います。その後、被害者の女子高生は死亡しました。遺体はコンクリート詰めにして放置しています。

 

リンチを受けた女子高生は、性器と肛門、顔面は完全に破壊されていて、原形をとどめていませんでした。また、あまりの苦痛に細胞が自死をしたため、脳が委縮して小さくなり、高度の栄養失調で体重は51キロから35キロに落ちていました。

 

この女子高生コンクリート殺人事件はあまりにも凶悪すぎて、この事件の記録は何度読んでも胸糞が悪くなるものです。しかも、この犯人たちは全員出所していて、主犯4人のうち3人は出所後に何らかの事件を起こして逮捕されています。このことから、凶悪犯は更生できないのでは?と言われています。

 

 

第2位:山岳ベース事件(連合赤軍リンチ殺害事件)

出典:mainichi.jp

山岳ベース事件(連合赤軍リンチ殺害事件)

発生日時:1971年12月~1972年2月

発生場所:群馬県内の山の中(山岳ベース)

犯人:連合赤軍のメンバー男女12人

犠牲者:連合赤軍メンバー17人

 

山岳ベース事件は連合赤軍のメンバーが仲間内で起こしたリンチ殺人事件です。この山岳ベース事件で12人が死亡しました。

 

連合赤軍は警察の目を逃れるために群馬県内の山の中で訓練を行っていましたが、その中で自己批判・相互批判を行う「総括」が行われるようになりました。

 

この総括は暴力・絶食・極寒の屋外での束縛など、つまりリンチが行われ、約2ヶ月間で12人ものメンバーが亡くなりました。

 

しかも、この山岳ベース事件は「総括」を通して、「死を恐れない革命戦士の育成」などの高い理念を掲げて行われていましたが、実際は最高幹部が気に入らないメンバーを粛正していくものでした。幹部・永田洋子の女性への嫉妬も総括の理由になっていたのです。

 

この山岳ベース事件はあの悪名高いあさま山荘事件につながっていきます。

 

 

第1位:尼崎事件

出典:jiji.com

尼崎事件

発生日時:2011年発覚

発生場所:兵庫県尼崎市

犯人:17人(有罪は10人)

犠牲者:8人(+3人行方不明)

 

尼崎事件は2011年に発覚した連続殺人事件です。あまりにも入り組んだ複雑なリンチ事件なので、なかなか事件全部を理解するのは難しい事件です。

 

主犯の角田美代子は李正則と共謀して、1987年ごろからリンチなどの恐怖で様々な家族をマインドコントロールして支配下に置き、血縁関係ない人と疑似家族を築きながら共同生活を営んでいました。主犯の角田美代子に従う人は重宝されますが、嫌われたり反抗的な態度をとる人はリンチを受け、死亡したり、行方不明になったりしています。

 

この事件は2011年11月に監禁されていた女性が抜け出して警察に駆け込んだことで発覚しました。そして、芋づる式のように次々と事件が明るみに出たのです。

 

主犯の角田美代子は逮捕されましたが、2012年12月12日に留置所内で自殺しました。主犯が自殺したので、事件の全容解明は不可能かと思われましたが、角田が死んだことで、従犯たちが恐怖支配から解放され、供述を始めたので、事件の内容はほぼ解明されました。

 

 

尼崎事件はサザエさんに例えると、わかりやすいと言われています。

 

 

リンチ事件の犯人凶悪度ランキングのまとめ

リンチ事件の犯人凶悪度ランキングをまとめました。リンチ事件はほぼ全部、胸糞が悪いものばかりです。明治時代から現代まで、リンチ事件は続いていますが、凶悪な人間が集団になると、犯罪はさらに凶悪化していくのかもしれません。今後、リンチ事件が起こらないことを祈るばかりです。

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