連続企業爆破事件の犯人や指名手配の写真・40年目の真実・現在も総まとめ

連続企業爆破事件は1974年から1975年にかけて発生した、極左集団「東アジア反日武装戦線」による爆弾テロ事件です。この記事では事件の詳細とともに逮捕された犯人や指名手配中の犯人の写真と現在、ドラマ『40年目の真実』について紹介します。

連続企業爆破事件の概要

 

出典:https://qsk7m.hateblo.jp/

 

連続企業爆破事件は、1974年8月30日から1975年5月4日にかけて発生した、旧財閥系の企業や大手ゼネコンなどの社屋をターゲットとする爆弾テロ事件です。

 

一連の事件を企てたのは、「東アジア反日武装戦線」という武闘派の極左テロ集団でした。

 

東アジア反日武装戦線は「打倒・日本帝国主義」を掲げる反日集団で、「狼」「大地の牙」「さそり」などと名乗る小規模のグループが集まった集団です。

 

最初に狙われたのは、東京都千代田区丸の内に位置する三菱重工の東京本社ビルでした。東アジア反日武装戦線は戦前の日本を「アジアにおける悪」と考え、太平洋戦争を「悪による侵略戦争」と捉えていました。

 

そのために戦前から戦後に至るまで日本の重工業を支え、軍需産業にも携わっていた三菱重工は東アジア反日武装戦線にとって「日本の帝国主義を推し進める敵」と見做されたのです。

 

こうした東アジア反日武装戦線の過激かつ特殊な政治思想のもと、1974年8月30日の白昼に組織の一つ「狼」によって三菱重工業東京本社ビルに爆弾が仕掛けられました。

 

そして爆発に酔って飛散したガラスや暴風により、8名が死亡、376名が負傷するという大惨事が発生。

 

東アジア反日武装戦線は犯行声明を出し、続いて三井物産本社屋、帝人中央研究所、大成建設本社など合計11にも及ぶ企業等に爆弾テロをおこないました。

 

その後、三菱重工爆破事件発生直後から犯行は極左集団によるものと見ていた捜査本部により、1975年5月19日には一連の事件の主要メンバー7名が逮捕され、次いで2名が逮捕。裁判の結果、「狼」のリーダー格であった大道寺将司らには死刑判決が下されました。

 

しかし、犯行に関与したとされる桐島聡は1975年から現在に至るまで逃亡を続けており、超法規的措置によって釈放された2名を含めた3名の犯人が、未だに指名手配されています。

 

 

 

連続企業爆破事件の犯人「東アジア反日武装戦線」

 

連続企業爆破事件を起こした東アジア反日武装戦線の源流は、1970年に「狼」のリーダーとなる大道寺将司によってつくられました。

 

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釧路のアイヌ居住区の近くに生まれた大道寺将司は、幼い頃から先住民族への差別や偏見を目にして育ったといい、高校生の頃には政治に目覚めてデモ活動に参加していたといいます。

 

そして自身をアイヌモシリ(アイヌ語で「静かなる人間の大地」の意味。アイヌ民族の居住地である北海道を指す)を侵略した入植者の末裔だと考え、アイヌ民族への贖罪のために日本の帝国主義に強い憤りと関心を示すようになっていきました。

 

法政大学文学部史学科に入学した大道寺は「Lクラス闘争委員会」という団体を立ち上げ、参加者とともに戦前における日本帝国主義の過激な側面・自分たちの思想を肯定できる情報についてのみ集中的に学び、反日思想を深めたとされます。

 

 

武力闘争へ

 

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そのうちに大道寺はゲリラ戦に興味を持ち、キューバ革命などに影響を受けて反日活動のためには武力闘争が必要だと考えるようになっていきました。

 

1971年になると後に連続企業爆破事件の共犯者となる片岡利明らとともに、A級戦犯刑死者を祀る殉国七士之碑など日本帝国主義の象徴とされるものを爆破。

 

1972年には「打倒・帝国主義」を掲げ、東アジア反日武装戦線を結成するに至りました。

 

しかし、東アジア反日武装戦線という名称は「打倒・帝国主義」を目指す同志が共通して使う組織名にしたいと考えた大道寺は、片岡らとともに「狼」という別のグループ名を用意。

 

その後、狼は「虹作戦」と銘打って天皇陛下が乗車するお召し列車の爆発を企てましたが、これに失敗。新たな作戦として、1974年8月30日に三菱重工爆破事件を起こしたのです。

 

三菱重工爆破事件は大道寺らの予測を遥かに上回る惨事となり、社会に大きな衝撃を与えました。

 

そして、この事件に感銘を受けた別の極左グループが東アジア反日武装戦線に合流して、一連の爆破事故を起こしていったのです。

 

 

連続企業爆破事件を起こした3つの極左グループ

 

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連続企業爆破事件は、狼、大地の牙、さそりという3つの極左グループによって引き起こされました。それぞれの集団の概要は以下のとおりです。

 

資本主義に抑圧された民衆を絶滅したニホンオオカミになぞらえたグループ。主なメンバーは大道寺将司、片岡利明、大道寺あや子、佐々木規夫

 

大地の牙

国家や資本家のない世界が理想だとするグループ。主なメンバーは齋藤和、浴田(えきだ)由紀子

 

さそり

小さな組織が持つ猛毒で建設資本の打倒を掲げる自分たちを、小さな体に猛毒を備える蠍になぞらえたグループ。主なメンバーは黒川芳正、宇賀神寿一、桐島聡

 

これら3つのグループはリーダー格が連絡を取るのみで、基本的にメンバー同士の交流などはなかったといいます。

 

また東アジア反日武装戦線は過激なテロ活動を企てる一方で、赤軍派などとは違ってメンバーそれぞれが会社員や飲食店従業員として仕事に就いており、活動資金も自分たちの給与から出していたとされます。

 

ほかの新左翼党派とは関係を持たず、連合赤軍のような仲間内での粛清や内ゲバも存在しなかったとのことです。

 

 

 

連続企業爆破事件の詳細① 三菱重工爆破事件

 

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1974年8月30日の午後0時25分頃、 東京都千代田区丸の内二丁目5番1号にある三菱重工東京本社ビルの1階出入り口付近にあった植木鉢の脇に大型の時限爆弾2個が仕掛けられました。

 

爆弾を設置した犯人は、狼のメンバーである大道寺将司、片岡利明、大道寺あや子、佐々木規夫の4名。

 

彼らは三菱重工業東京本社ビルと、向かいにある三菱電機ビル両方の爆破を企てて、植木鉢脇に爆弾を置いたとされます。

 

午後0時42分頃、男の声で三菱重工東京本社ビルに「本社前の道路に時限爆弾を2個仕掛けた。付近にいる者は直ちに避難しろ。これは冗談などではない」という、爆破を予告する電話が入りました。

 

三菱重工東京本社ビルには前日の8月29日にも同じような内容の電話がかかってきており、この日も2回、同様の電話がありました。そのため電話を取った交換手は「またイタズラか」と思いながらも、上司に報告に向かったといいます。

 

しかし、交換手が怪電話を受けた直後の午後0時45分、突然ビルの一階エントランス付近で大爆発が発生。

 

この爆発で三菱重工東京本社ビルの一階部分は大破。さらに爆発によって天井が抜け、9階建てのビルの窓ガラスがすべて割れて飛び散り、道を挟んだ向かいにある三菱電機ビルや丸ビルの窓ガラスも割れて粉々になりました。

 

ビルの前に停車していた車も大破し、街路樹の葉もすべて爆風で吹き飛ばされたといいます。

 

折しも昼休みの時間帯だったことから、爆心地に近いエントランス付近や表通りには大勢の会社員らが歩いていました。そのため、テロのターゲットとなった三菱重工とは無関係の人々も爆発に巻き込まれることとなったのです。

 

爆発で割れた窓ガラスは4,000枚を超えていました。まるで雨のように降ってくる鋭利なガラス片を浴びせられ、多数の通行人が負傷。

 

三菱重工本社ビルの周辺には血を流したまま意識を失った人が折り重なるようにして倒れ、なかには黒焦げの遺体や爆発で左手が吹き飛ばされた遺体なども見られたといい、現場はまさに地獄絵図でした。

 

当時の新聞には現在ではとても報道できないような血まみれの被害者の写真が掲載され、社会に大きな衝撃を与えたといいます。

 

最終的に爆心地の近くにいた三菱重工社員や近隣で働く会社員など8名が死亡、376名が重軽傷を負うという、戦後の日本史上最悪の爆弾テロ事件となったのでした。

 

 

大規模な被害が生じた理由

 

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三菱重工爆破事件で狼が使用した大型時限爆弾は、同年の8月14日に計画していた虹作戦で使う予定だったもので、総量が40kgもある軍事目的の列車爆破用爆弾を改造したものでした。

 

特別捜査本部の発表によると爆弾の威力はダイナマイト700本分にも相当したといい、爆発音は現場から5km以上離れた新宿にまで届いたほどでした。市街地で使うには、あまりにも威力が大きすぎたのです。

 

さらに狼は三菱重工の社員やビル周辺にいる人が爆発に巻き込まれないようにと考えから、事前に三菱重工東京本社ビルに爆破予告の電話を入れていましたが、交換手がいたずらだと思い迅速に対処しなかったことも被害が拡大した原因と指摘されています。

 

爆弾テロで死者まで出すつもりはなかったことから、三菱重工爆破事件の結果は狼のメンバーにもショックを与えたといいます。

 

であれば、これ以降の爆弾テロ計画を中止して自首をすればよかったのですが、彼らは「次の爆破からは爆弾の威力を調整して、周囲に人が少ない深夜の時間にテロをしよう」という結論を出したのでした。

 

 

 

連続企業爆破事件の詳細② 三井物産爆破事件

 

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三菱重工爆破事件で多数の死傷者を出した狼は、すぐにテロ活動に取り掛かろうという気力を失っていました。

 

そんな折、狼のメンバーである佐々木規夫を通じて「大地の牙」が東アジア反日武装戦線に参加する旨の連絡をしてきたのです。

 

さらに大地の牙のリーダー格である齋藤和は、三井物産本社を爆破する計画を発表。なお、三井物産が狙われた理由は三菱重工と同じく旧財閥系企業であり、海外進出に積極的であったためです。

 

そして1974年10月14日の午後1時過ぎ、東京都港区西新橋一丁目にある三井物産本社屋の物産館3階の電算室で爆発が発生。

 

この時は爆発20分前にあった爆破予告の電話を受けた社員がすぐさま警察に通報し、社屋内にいた人を外に非難させていました。

 

そのため日中の爆破であっても被害は少なかったのですが、捜査に来ていた警察官など16名が負傷したとされます。

 

 

 

連続企業爆破事件の詳細③ 帝人中央研究所爆破事件

 

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大地の牙が起こした三井物産爆破事件を見て、闘争継続を決意した狼が次に狙ったのが大手化学メーカーの帝人でした。

 

帝人は三菱や三井のような財閥系企業ではありませんが、積極的に海外進出をしていたことから、東アジア反日武装戦線によって「経済的に海外侵略をしている企業」と目されたといいます。

 

とくに当時の帝人がブラジルのアマゾン開発に協力的だったこと、韓国に進出していたことが東アジア反日武装戦線から経済的侵略だと捉えられたようです。

 

狼が仕掛けた爆弾により1974年11月25日の午前3時10分頃、東京都日野市旭丘にある帝人中央研究所内にある配電盤室が爆発。

 

配電盤室は研究所の本館ではなく離れにあったため、離れの屋根の一部が吹き飛び、壁の一部や窓ガラス、配電盤が壊れる被害が出ました。

 

深夜の犯行であったことから負傷者はなく、また被害も甚大ではなかったことから本件については前の2件の爆破事件のように大々的には報じられなかったといいます。

 

なお当初、狼は帝人の本社ビルを爆破する予定であり、意表をつくために途中で研究所を狙う計画に変更したのだそうです。

 

 

 

連続企業爆破事件の詳細④ 大成建設爆破事件

 

狼が武力闘争の決意を固めた一方で、三井物産爆破事件を起こした大地の牙の齋藤和は「30歳になったら(極左暴力)活動は引退して、子どもの教育に関する仕事に従事したい」と口にするようになっていたそうです。

 

爆破事件当時、齋藤和は27歳目前でしたから本音は三井物産爆破事件で消耗し、すぐにでも武力闘争から足を洗いたかったのかもしれません。

 

そんな折、同じく大地の牙のメンバーで齋藤の内縁の妻であった浴田由紀子の妊娠が11月に発覚。2人は現実逃避するかのように子どもの名付けや子育ての方向性について話し合い、一時期は反日思想強化の勉強会にも出席しなくたっていたそうです。

 

しかし、ほどなくして浴田が流産。そこからどのように奮起したのかは不明ですが、齋藤と浴田は大成建設をターゲットにした爆破事件を計画します。

 

大成建設はかつて日本の15大財閥の一つに数えられた大倉財閥系の企業です。大倉財閥は軍需産業で財を成したことから「武器商人」「死の商人」との別名を持ち、東アジア反日武装戦線にしてみれば侵略の尖兵でした。

 

当初、大地の牙は大倉財閥の資料が多数保管されているホテルオークラ敷地内の大倉集古館を標的としていました。しかし、大倉集古館は改修工事中だったために築地にある大成建設本社ビルへとターゲットを変更たといいます。

 

そして1974年12月10日の午前11時4分頃、大成建設本社ビルの駐車場脇で爆発が発生。

 

大地の牙は三井物産爆破事件で16名の負傷者を出したことを反省し、爆発の1時間20分前に大成建設本社に爆破予告の電話を入れていました。

 

これを受けて警察が大成建設本社に駆けつけ、社員は全員避難する騒動が起きたのですが、警察が捜査をしても爆弾が見つからなかったことから、爆発の直前に「犯行予告はいたずら」と判断されて避難勧告が解除されてしまいます。

 

そのため警察官や社屋に戻る途中だった社員らが爆発の被害に遭い、9名が重軽傷を負う惨事となってしまいました。

 

 

連続企業爆破事件の詳細⑤ 鹿島建設爆破事件

 

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1974年12月23日の午前3時10分、東京江東区東陽町2丁目にある鹿島建設の資材置き場で爆破事件が起こりました。

 

犯行は黒川芳正、宇賀神寿一と桐島聡の3名によるもので、彼らは「さそり」というグループ名で東アジア反日武装戦線に参加していました。

 

さそりが鹿島建設をターゲットにした理由は、同社が戦時中に花岡事件を起こしたためです。

 

花岡事件とは、1945年に起きた鹿島組(現在の鹿島建設)の花岡出張所における中国人労働者の逃亡事件であり、逃亡を図った中国人労働者のうち400人以上が拷問などで命を落としたとされます。

 

鹿島組での過酷な労働に従事していた中国人労働者が捕虜であったこと、強制的に連行されて食事もまともに与えられていなかったことなどから、花岡事件は戦中に起きた事件のなかでも極めて悲惨なものと考えられています。

 

さそりは「花岡作戦」という計画名で鹿島建設を狙いましたが、爆発の結果、資材置き場からは3mほどの火柱があがり窓ガラスにヒビが入るなどしただけでした。そのため当初は、「三菱重工爆破事件などを真似したイタズラではないか?」とも見られていたそうです。

 

 

 

連続企業爆破事件の詳細⑥ 間組爆破事件

 

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これまで東アジア反日武装戦線は、爆発事件を起こす際にリーダー間や連絡係を通じて計画の報告をしていただけで、グループで共同して行動を起こすことはありませんでした。

 

しかし、1975年2月28日に起こした間組爆破事件ではさそりの発案に狼と大地の牙が賛同するかたちで、3グループ一緒に行動を起こしています。

 

間組は「ダムのハザマ」として知られた中堅ゼネコンで、国内のみならず海外でもダム建設業務を請け負っていました。

 

当時、マレーシアのテメンゴールでは間組が建設計画を立てていたダムの反対運動が起きており、さそりは主にこれを理由に間組をターゲットとしたのです。

 

2月28日の午後8時、東京都港区北青山の間組本社ではさそりと狼が仕掛けた爆弾が、埼玉県与野市の間組大宮工場では大地の牙が仕掛けた爆弾が同時に爆発。

 

東アジア反日武装戦線は爆発の20分前には間組に爆破予告の電話を入れていましたが、残業中の社員ら5名が負傷しました。

 

そのほか本社ではコンピューター室が爆破の被害に遭ったため、重要なデータが失われる損害が発生したとされます。

 

爆破事件当日におこなわれた記者会見で、記者から海外進出をやめる予定の有無について質問された間組副社長は「全くありません」と回答。

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これを受けて東アジア反日武装戦線は間組を対象とした再度のテロを計画し、4月28日に千葉県石川市の間組江戸川作業所と工事現場に爆弾を仕掛けます。

 

午前0時という深夜の爆発でしたが、江戸川作業所では当直の間組社員1名が爆発に巻き込まれ重傷を負いました。

 

一方、工事現場の爆弾は不発に終わったため横に新しい爆弾を設置して誘爆を狙い、5月4日に工事現場も爆破しました。

 

こうして最終的に間組は4回もの爆破を受け、6名の負傷者が出たとされます。

 

 

 

連続企業爆破事件の詳細⑦ オリエンタルメタル社・韓産研爆破事件

 

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1975年4月19日、大地の牙によって兵庫県尼崎市のオリエンタルメタル製造の本社と東京都中央区の韓国産業経済研究所が同時爆破されました。爆発が起きたのは午前1時頃であったため、いずれの建物も無人で負傷者は出ていません。

 

これまで関東の財閥系企業やゼネコン企業を狙って東アジア反日武装戦線ですが、この時にターゲットとなったオリエンタルメタル製造は関西の中小企業です。

 

齋藤和は、日刊工業新聞でオリエンタルメタル製造の社長が韓国産業経済研究所主催の訪韓団の団長に選任されたとの記事を読み、この会社を狙うことにしたといいます。

 

東アジア反日武装戦線の考えによれば、経済人が公式に韓国を訪れることは経済侵略を意味するためです。

 

 

 

連続企業爆破事件の捜査と犯人逮捕

 

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三菱重工爆破事件が起きた直後に警視庁は丸の内署内に特別捜査本部を設置し、刑事部だけではなく公安部からも捜査員を投入しました。

 

爆破現場からは散乱したガラス片に紛れて時計や乾電池など、爆弾の時限装置に使ったと思われるものの破片が見つかり、爆弾本体は塩素酸塩系の混合爆薬(販売規制がされていた除草剤を転用したもの)およそ55kgだということが判明。

 

警察は捜査開始当初から犯行は極左暴力集団によるものと見て捜査をしており、世論もまた「赤軍派の仕業に違いない」という論調でした。

 

三菱重工爆破事件で亡くなった被害者の方の1人は、息を引き取る寸前に「赤軍派か…」と呟いたといいます。

 

 

犯行声明と「腹腹時計」

 

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捜査が進むなか、狼は1974年9月23日に三菱重工爆破事件を起こしたのは自分たちだとする犯行声明を共同通信社と新左翼社に送りました。

 

犯行から3週間も過ぎてから犯行声明が出された理由は、爆破事件で死傷者が出てしまったためです。

 

なお、この犯行声明文なのですが片岡利明が作成した草案には被害者への謝罪や、犯行予告の電話を信じるべきだったという三菱重工側に責任転嫁するような文が盛り込まれていたといいます。

 

しかし、これを軟弱な内容だとした佐々木規夫が書き直し、最後に片岡が編集したことで「被害者は日帝中枢に寄生する悪で、一般市民ではない」とする挑発的な内容になってしまったのです。

 

この犯行声明は社会の批判と恐怖の対象となった一方で、捜査本部にとっては犯人に繋がる有力な手がかりとなりました。

 

1974年3月、警察は地下出版されていた爆弾作成や都市でのゲリラ戦の方法をまとめた『腹腹時計』という教本を押収していました。

 

字体から見て『腹腹時計』と犯行声明文に使われたタイプライターが同じだったことから、犯人は『腹腹時計』の作者だと目星をつけます。

 

捜査本部は当初、新左翼評論家としてアイヌ人解放などを訴えていた太田竜を被疑者と見ていました。

 

その後の搜査で太田竜の隠れ家からも『腹腹時計』が押収されましたが、文中に疑問符が書き加えられており、太田竜が周囲に「『腹腹時計』は自分の思想を真似た人物が書いたような気がする」と否定的な意見を話していたこともわかったためにシロと判断されます。

 

 

犯人の逮捕

 

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太田竜の潔白が証明された後、捜査本部は「犯人は太田竜の思想に感化された者の可能性がある」として、彼が関係していたレボルト社と現代思想社を調べ上げました。

 

そして当時、レボルト社に出入りしていた齋藤和と佐々木規夫が浮上。そこから、ほかのメンバーも把握されました。

 

さらにオリエンタルメタル社・韓産研爆破事件の当日には、マークしていた人物全員が外出しており、互いに連絡を取り合っていたことも発覚し、書き損じの犯行文という証拠も押収。

 

ついに1975年5月19日に、狼の大道寺将司とあや子夫婦、片岡利明、佐々木規夫、大地の牙の斎藤和と浴田由紀子、さそりの黒川芳正と1名の協力者が逮捕されたのでした。

 

 

 

連続企業爆破事件の犯人の写真と現在① 大道寺 将司

 

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逮捕後、狼のリーダーであった大道寺将司はあっさりと犯行を自供したといいます。後にこの自供を恥じた大道寺は法廷闘争を繰り広げましたが、1987年3月24日には死刑確定となりました。

 

大道寺は死刑執行前の2017年5月24日に、東京拘置所で病死しています。享年68歳。死因は多発性骨髄腫で、2010年に発症してから抗癌剤治療を受けていたとのことです。

 

確定から30年も大道寺将司の死刑が執行されなかったのには理由があります。

 

後述しますが、同じく企業連続爆破事件の犯人で狼のメンバーであった大道寺あや子と佐々木 規夫、大地の牙のメンバーであった浴田由紀子が超法規的措置によって釈放されており、その後にあや子と佐々木は海外で消息不明になったことから裁判が終わっていないのです。

 

あや子は大道寺と高校生の頃からの付き合いで、2人は夫婦関係にあったことから裁判では大道寺の証言が必要になると考えられましたし、佐々木も同じ狼のメンバーです。

 

そのため、あや子と佐々木の居場所が判明して裁判が終わるまでは大道寺将司を死刑にできなかったといいます。

 

一方で大道寺は獄中から松下竜一氏や太田昌国氏らの文化人と交流を深め、自身も俳句を詠むようになりました。2012年には彼が詠んだ句をまとめた作品集『棺一基』も出版されており、同作は2013年の日本一行詩大賞の俳句部門を受賞しています。

 

 

 

連続企業爆破事件の犯人の写真と現在② 大道寺 あや子

 

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大道寺将司の妻であったあや子。大道寺夫妻は美男美女夫婦だったと評されることもありますが、逮捕後の報道でも彼女の容姿は「美人」「こんなに可愛らしく、大人しそうな女性がなぜ」と話題になったといいます。

 

そのため、世間では「大道寺あや子は過激派の夫に洗脳されたに違いない」との同情的な見方までされたそうです。

 

しかし、実際にはあや子のほうが夫よりもよほど肝が座っていたようで、三菱重工爆破事件の後も「人を殺してしまった」と落ち込む夫に対して「過ぎたことをいつまでも引きずるな」と活を入れていました。

 

また爆弾作成に使う材料を入手するために試薬会社に務める、逮捕前に青酸カリを飲んで自殺を図ろうとして捜査員と揉み合いになるなどのエピソードも持ち、かなり過激な人物だったようです。

 

前述のようにあや子は1977年に日本赤軍がクアラルンプール事件とダッカ日航機ハイジャック事件を起こした際、超法規的措置によって釈放されました。

 

日本赤軍は2つの事件での人質解放の条件に、獄中にいる11人の革新左翼活動家を開放するように要求し、その11人のなかにあや子の名前も入っていたのです。

 

釈放後のあや子は海外に渡り、1994年には偽造有印私文書行使の容疑でインターポールに国際指名手配をかけられるなどしていますが、現在に至るまで身柄は確保されていません。

 

また裁判が終わる前に釈放となったことから、公判を続けるために日本でも指名手配されています。

 

 

 

連続企業爆破事件の犯人の写真と現在③ 片岡利明

 

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三菱重工爆破事件以降、自分の活動に自身が持てなくなったという片岡利明は自責の念からか逮捕直前に狼を離脱していました。

 

しかし、それでも大量殺人に関与したことに変わりはなく、1987年3月24日に死刑が確定。大道寺将司と同じ理由で死刑は執行されておらず、現在も死刑囚として収監中です。

 

なお、獄中で平和活動家の益岡スミ子氏と養子縁組しており、現在は「益岡利明」に改姓しています。

 

 

 

連続企業爆破事件の犯人の写真と現在④ 佐々木規夫

 

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あや子同様に超法規的措置によって釈放された佐々木規夫は、後に日本赤軍に合流して1977年にはダッカ日航機ハイジャック事件、1986年には三井物産マニラ支店長誘拐事件に関与したと見られています。

 

1998年には東京に来ていたことが確認されていますが、現在に至るまで身柄は確保されておらず、国際指名手配中です。

 

 

 

連続企業爆破事件の犯人の写真と現在⑤ 齋藤 和

 

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大地の牙のリーダー格であった齋藤和は逮捕後、連行中に隠し持っていた青酸カリを飲んで5月19日中に死亡しています。

 

この青酸カリはあや子が職場から持ち出したもので、東アジア反日武装戦線のメンバーに自決用に配られていたといいます。しかし、実際に服毒して裁判前に死亡したのは齋藤和のみでした。

 

 

 

連続企業爆破事件の犯人の写真と現在⑥ 浴田 由紀子

 

出典:http://nishifumi.livedoor.blog/

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浴田由紀子も、あや子や佐々木と同じく超法規的措置で釈放され、その後は日本赤軍にくわわり国際手配されていました。

 

しかし1995年にルーマニアに潜伏していたところを偽造有印私文書行使の疑いで身柄拘束され、国外退去となって日本に送還中に逮捕となりました。

 

逮捕後は懲役20年に処されて栃木刑務所服役。2017年に刑期満了で出所し、現在は「えきやゆきこ」のペンネームで作家活動をしています。

 

 

 

連続企業爆破事件の犯人の写真と現在⑦ 黒川芳正

 

出典:http://nishifumi.livedoor.blog/

 

黒川芳正は学生時代に10.8(ジッパチ)羽田闘争、佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争で立て続けに逮捕されており、連続企業爆破事件で3度目の逮捕となりました。

 

逮捕後に所持していたアジトの鍵が狼や大地の牙と異なったことから追求を受けることとなり、結果まだ逮捕されていなかった宇賀神寿一と桐島聡の存在が明らかになったといいます。

 

裁判では無期懲役の判決を受け、現在も宮城刑務所に服役中です。

 

獄中で執筆活動を続けるほか、1987年には獄中からドキュメンタリー映画『母たち』を発表。本作は連続企業爆破事件主要メンバーの母親のインタビュー映像をもとに制作しており、1997年には山形国際ドキュメンタリー映画祭でも上映されました。

 

 

 

連続企業爆破事件の犯人の写真と現在⑧ 宇賀神寿一

 

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1975年5月の一斉逮捕の際には搜査線上に浮上していなかった宇賀神寿一。しかし、逮捕された黒川が所持していた鍵が宇賀神の自宅のものであったために指名手配されることとなります。

 

自分が指名手配されていることを知ってからは偽名を使って新聞販売店で働くなどしながら、逃亡・潜伏生活を始めますが、1982年7月13日に板橋区内で身柄を確保され、逮捕に至りました。

 

なお事件時に宇賀神は明治学院大学社会学部に在籍していましたが、指名手配後に除籍処分となりました。

 

裁判では1990年に懲役18年が確定し、岐阜刑務所に服役。刑期満了で2003年に出所してからは、新左翼活動家や市民運動家の支援活動を目的とする人権団体「救援連絡センター」に就職しました。

 

また現在は、訪問介護事業をおこなう一般社団法人スズガモで介護職に従事しているといいます。

 

 

 

連続企業爆破事件の犯人の写真と現在⑨ 桐島聡

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

宇賀神寿一と同じく、桐島聡も5月の一斉逮捕時には警察に存在が把握されていなかったために逮捕を逃れていました。

 

その後、黒川芳正が所持していた鍵から桐島も事件に関係していたことが明らかになり、指名手配となりましたが現在もその消息は不明です。

 

連続企業爆破事件の犯人のなかでは唯一、一度も警察に逮捕されていない人物である桐島聡。なんとしても身柄を確保したい警察は、1989年と1990年に過激派の爆弾犯・誘拐犯ら10人の公開捜査に踏み切った際に桐島もその対象として発表しました。

 

現在も桐島の写真は警察庁指定重要指名手配被疑者として掲示されているため、上の顔写真をみたことがある方は多いのではないでしょうか。

 

なお、桐島が所属したさそりが関与した事件は鹿島建設爆破事件と間組爆破事件ですが、現在も時効が成立していないのは大道寺あや子が関与している間組爆破事件だけです。

 

公判中に釈放となったために、間組爆破事件については刑事訴訟法254条2項に則って時効が停止しています。

 

 

 

連続企業爆破事件で現在も指名手配中の犯人一覧

 

連続企業爆破事件で、現在も指名手配中なのは以下の3名です。

 

・大道寺あや子

 

・佐々木規夫

 

・桐島聡

 

2023年時点で大道寺あや子と佐々木規夫は70歳を越えており、桐島聡も60代半ばです。そのため逮捕時や最初の指名手配時に発表させた写真とは大幅に見た目が変わっていると思われます。

 

そのため1997年に東京にいたことが確認されている佐々木則夫に関しては、この時の画像をもとに警視庁が下のような現在の予想図を発表しています。

 

出典:https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/

 

 

 

 

連続企業爆破事件のドラマ「連続企業爆破テロ 40年目の真実」

 

 

2015年5月22日、事件から約40年が経ってフジテレビが連続企業爆破事件のドキュメンタリードラマ『連続企業爆破事件 40年目の真実』を放送しました。

 

番組内では事件の再現ドラマとともに、当時の産経新聞社会部の様子などマスコミの奮闘も描かれており、警察から入手した極秘資料「連続企業爆破事件の概要~東アジア反日武装戦線~」の内容も公開。

 

放送時、日刊ゲンダイはこの番組に対して「テロの脅威に晒されている現在に、事件の風化に歯止めをかけた功績は大きい」と絶賛していました。

 

 

 

連続企業爆破事件についてのまとめ

 

今回は1994年から1995年にかけて発生した連続企業爆破事件と、その犯人グループについて紹介しました。

 

東アジア反日武装戦線の思想自体は、部分的には革新左翼活動家以外でも理解できる点もあったのかもしれません。しかし大企業が他国を搾取していると訴えるために、そこで働く人々の命や人生まで奪うことは決して許されない蛮行です。

 

三菱重工爆破事件後に狼は被害の大きさに驚き狼狽えたといいますが、大地の牙の齋藤和などは「あんなに大きな爆弾を2つ同じ場所に置くなんて考えられない。しかも真っ昼間に。ビル内に持ち込もうとして誤爆したのではないか?」と話していたといいます。

 

仲間内からも「ビル街に仕掛ける規模ではない」と指摘されるような爆弾を設置しておきながら「あんなことになるなんて思わなかった」というのは、あまりにお粗末です。

 

一連の事件でまだ捕まっていない3人が早期に逮捕されることを願うとともに、二度とこのようなテロ事件が起こらないよう願います。

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