ひかりごけ事件の犯人は船長!少年の食人の真相・判決などその後・現在の映画化や漫画化もまとめ

1943年12月真冬の北海道知床半島で船が座礁した極限状態の中で起こった食人事件がひかりごけ事件です。

 

ひかりごけ事件の場所と現場など詳細、船長と犯人の名前、食人の真相、事件の裁判の判決や緊急避難の適用の有無、その後と現在の映画化・漫画化をまとめました。

ひかりごけ事件の詳細①:現場は知床半島/座礁から救助まで

ひかりごけ事件は1943年12月に発生し、翌年の1944年5月に発覚した食人事件です。なぜ、食人に至ったのか?その経緯・事件の詳細を見ていきましょう。

 

この食人事件が「ひかりごけ事件」と呼ばれるようになったのは、この事件を題材に「ひかりごけ」という小説を書かれたことが由来です。

 

 

1943年に真冬の知床半島で座礁

出典:google.com

 

1943年12月3日の午後1時に、帝国陸軍6193部隊所属の徴用船「第五清進丸」は、軍の命令により、物資や弾薬を積んで北海道の根室港から北回りで北海道の小樽市に向かいました。

 

第五清進丸には、船長(29歳)のほか船員6名の合計7名が乗っていました。

 

ところが、出発した夜から天候が荒れてきて、知床半島の羅臼沖で大時化に遭遇します。さらに北海道の12月。厳寒期の吹雪もあり、視界が悪くなり、一緒に小樽に向かっていた僚船が見えなくなりました。さらに深夜の23時には、第五清進丸のエンジン故障してしまい、完全に船団から脱落してしまいます。

 

真冬の知床半島沖で、エンジンが故障した第五清進丸は、翌朝の12月4日の午前6時に座礁します。沈没の恐れがあったため、船長は岸に向かって泳ぐように指示し、自らも冷たい12月の知床の海に飛び込みました

 

 

船長と少年が小屋にたどり着く

出典:aoiumi.muragon.com

 

船長は命からがら岸にたどり着きます。しかし、岸にたどり着いたとは言っても、12月の知床。しかも猛吹雪で気温は氷点下20度です。そのような中、掘っ立て小屋(番屋=漁師が夏の間だけ使う小屋)を見つけて、中に避難しました。

 

船長が番屋にたどりつた後すぐに、船員の少年(当時18歳)も小屋にやってきました。2人は近くにあるもう1つの番屋に移動します。そこには幸運にもマッチとストーブ、少しばかりの味噌が残されていたため、火を起こして暖を取ることができました。

 

しかし、番屋にたどり着いたのは船長と船員の少年だけで、ほかの5名は消息不明でした。

 

船長と少年の2人は、そこから生きるためのサバイバルが始まります。まずは、火を絶やさないように交替で火の見張り番をしました。また、氷点下30度の中を食料を探して、ワカメや昆布を取り、雪を火にかけて水を作ります、番屋にあった味噌や海の塩水を使って、ワカメや昆布を具にしたみそ汁や塩汁が彼らの主食となりました。

 

空腹と寒さと火の番による睡眠不足で、2人は極限の状態に陥ります。そして、遭難から46日後の1944年1月18日ごろに、少年は栄養失調で衰弱し、死亡しました。

 

船長は1人、極寒の番屋に遺される形になりました。その後、船長は少年の遺体の肉を食べて飢えをしのいだのです。

 

 

船長が民家に救助を求める

 

少年が亡くなってから約2週間後の1月31日~2月1日、それまでは連日吹雪だった天候が回復し、晴天が見え始めます。船長はこの時に番屋を脱出して、助けを求めに行くことにしました。

 

船長は流氷をたどりながら、16キロ(27キロという資料もあり)を歩いて知床半島を南下して羅臼町の岬町ある漁師の老夫婦の家にたどり着き、助けを求めました。この時の船長は外套(コート)にムシロを巻き付けた異様な風貌だったとのことです。

 

厳寒期の知床半島の厳しさを知る老夫婦は驚きましたが、次のようなことを説明し、無事救助されました。

 

・自分は第五清進丸の船長である
・12月4日に座礁して遭難した
・船員の6人は全員死亡したが、自分だけが番小屋で生き延びた
・ワカメや昆布、番小屋の味噌、トッカリ(あざらし)などを食べていた

 

食人のことは隠していました。第五清進丸が遭難し、船長・船員の生存は絶望視されていた中での船長の生還は、戦時中で徴用船の船長だったこともあり、「奇跡の神兵」ともてはやされ、船長は一躍時の人となったのです。

 

 

ひかりごけ事件の詳細②:船長による少年の食人の発覚

船長は救助された後も、自ら少年の肉を食べたことは言いませんでした。しかし、すぐに食人していたことが明らかになったのです。

 

 

独自調査する人がいた

 

船長の説明では、12月4日に座礁してから救助される2月3日まで海藻類や味噌、トッカリ(アザラシ)を食べていたということでしたが、そのことに疑問を持つ人が出てきて、独自調査をする人が現れました。

 

船長の救助から約2週間後に、警察は第五清進丸が座礁した場所で現場検証を行います。すると、船員の1人である炊事夫の凍死体を発見します。しかし、警察・軍部の上層部から捜査中止とかん口令が出されたため、それ以上の捜査は行われませんでした。

 

 

人骨が見つかる

 

ひかりごけ事件が発覚するのは1944年5月のことです。5月14日に、船長と少年が過ごした番小屋の持ち主が自分の番小屋に行くと、小屋の中は誰かが侵入して生活していた痕跡を見つけました。持ち主は、ここで船長が過ごしていたに違いないとピンときます。

 

また、小屋の近くで人骨と人間の表皮が詰まったリンゴの木箱を発見します。ナイフで切り取ったような痕があり、さらに頭蓋骨は脳漿などはなく、空っぽの状態でした。さらに、肉を焼いたような痕跡も残っていたため、小屋の持ち主は船長が食人したと疑いを抱き、警察に通報します。

 

警察の捜査の結果、明らかに死体を食べた痕跡を確認することができました。また、近くで新たに2人の遺体を発見しましたが、残り2人の遺体は発見できませんでした

 

 

殺人と死体遺棄、死体損壊で逮捕

 

警察は、1944年6月に船長を殺人・死体遺棄・遺体損壊の罪で逮捕しました。船長は少年の遺体を食べたことについてはすぐに認めましたが、殺人については否定しています。また、警察は遺体が見つからなった船員2人の食人も疑いましたが、それについても否定しています。

 

「奇跡の神兵」とたたえられていた船長が、一変して「食人をした」と批判を浴びるようになったのです。

 

 

ひかりごけ事件の船長と少年の名前

 

ひかりごけ事件は、船員の少年の遺体の肉を船長が食べたことで逮捕されました。この船長の名前は仮名しかわかっていません。

 

・船長:山田亀吉(当時29歳・仮名)
・少年:西川繁一(当時18歳)

 

少年の名前はわかっているのに、船長の名前が仮名でしか残っていないのは、船長のプライバシーにかかわるものだからと緒も追われます。

 

ひかりごけ事件の船長は逮捕されましたが、1945年には出所していて、1989年まで生きていました。食人事件というセンセーショナルな事件の犯人として実名を出してしまうと、罪を償った後も生きにくくなってしまうからと思われます。

 

また、ひかりごけ事件は新聞報道はされませんでした。捜査記録は火災で焼失し、裁判記録は廃棄されたため、公的な資料は全く残っていないのです。そのため、船長の実名は広まらなかったのでしょう。

 

 

ひかりごけ事件の真相

出典:go-nagano.net

 

ひかりごけ事件の「食人」に関する真相を詳しく見ていきましょう。船長は確かに少年の遺体の肉を食べましたが、遺体が見つからなかった船員2人は食していません。あくまで少年のみを食べたのです。

 

検察官の取り調べで、船長は次のように答えています。

 

Q:なぜ食べたのか?
A:横になっているしげ(少年)の屍を見ているうちに、どうしても我慢できなくなり、股のあたりを包丁で削いで味噌で煮て食べた

Q:その時の味は?
A:いまだ経験したことのないほどおいしかった

Q:脳みそを食べた時は?
A:もっとも精力がついたような気がした

 

船長は心神耗弱状態にありましたが、自分で食人をしているということは、はっきりと認識できていました。

 

少年が亡くなったのは1944年1月18日のこと。それから、2~3日後に船長は少年の肉を食べ始めました。そして、食人行為はそれから10日程度続いたようです。ということは、1月30~31日ごろまで食人を続けていたということです。

 

天候が回復して船長が番小屋を脱出したのは1月31日~2月1日。さらに、少年の骨が発見された時には、ほぼ肉が削り取られていたことが写真からわかります。

 

1月18日:少年が衰弱死
1月20~21日:食人開始
1月30日~31日:食人終了
1月31日~2月1日:番小屋脱出
2月3日:救助
 

ということは、少年が亡くなって、我慢できなくなり食人行為をした。少年の肉がなくなったら、天候が回復した。そして、食人でエネルギーを摂取したために、脱出する体力・気力がよみがえったと言えるのではないでしょうか。

 

このタイミングの良さは、船長に生きろという天からの、少年からのメッセージだったのでは?と考えてしまいます。

 

 

ひかりごけ事件のその後:判決で緊急避難は認められず

ひかりごけ事件で1944年6月に船長が逮捕されて、裁判にかけられることになりました。裁判では、緊急避難が認められるかどうかが争点となりましたが、緊急避難は認められず、船長は刑に服すことになったのです。

 

 

判決は懲役1年

出典:kangoku.jp

 

まずは、裁判の判決から見ていきましょう。食人の証拠は船長の供述しかなく、検察は遺体損壊罪で起訴することになりました。裁判は旭川地裁で行われましたが、食人というデリケートな内容だったため、非公開で行われています

 

第1回公判が開かれたのは逮捕から約1ヶ月後の1944年7月に開かれます。第2回公判は8月28日。検察は懲役2年を求刑しましたが、心神耗弱が認められ、懲役1年の実刑判決が下されています。

 

船長は網走刑務所に服役し、1945年7月18日が出所予定日でしたが、模範囚であったために予定よりも20日早い6月28日に仮出所しています。

 

 

緊急避難には該当しないという判決

 

船長は食人行為の時、極限状態に追い込まれていました。

 

・食料はワカメと昆布、ちょっとの味噌のみ
・少年は目の前で死んでしまった
・番小屋には自分だけが残された
・極寒の知床半島の1月
・外は吹雪で脱出できる状況でもない
・いつ助けに来るかなんてわからない
・火を絶やしたら、即死ぬし、火の見張り番は自分しかいないから極度の睡眠不足
 
この状態でした。こんな状態で、目の前に少年の遺体がある。食人をしたのは飢餓を避けるための緊急避難だったと認められてもおかしくはありません。緊急避難と認められれば、罪に問われることはありません。
 
緊急避難は刑法37条に定められています。

 

  1. (緊急避難)
    第三十七条 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

 

引用:刑法 | e-Gov法令検索

 

「現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為」、これが船長の食人に当てはまるのでは?ということですね。船長の場合は、「現在の危難=飢餓、餓死の危機」になります。この危機を回避するために、やむを得ず食人をした。これは、緊急避難に当たる可能性はあります。

 

釧路地方検察庁のホームページに掲載されている元釧路地方検察庁検事正の齊藤雄彦氏の文章には、次のように書かれています。

 

裁判の結果,心神耗弱が認定されたものの,裁判所は,船長の行為を社会生活の文化的秩序維持の精神に甚だしくもとるものと認定した上,弁護人の緊急避難の主張に対しては,避難行為によって生じた害が,避けようとした害を超えているとして認めず,懲役1年の実刑判決を下したとのことである。

 

引用:「ヒカリゴケ」と「ひかりごけ」:釧路地方検察庁

 

避難行為によって生じた害が、避けようとした害を超えているとは認めず。これはつまり、緊急避難には当たらないということです。次のようなことになります。

 

・避難行為によって生じた害=食人
・避けようとした害=飢餓・餓死

 

となると、裁判所は「食人するなら餓死しろ」と認定したということですね。資料がないのでわかりませんが、救助された時の船長は、餓死するほどの飢餓状態ではなかったのかもしれません。裁判所は「同胞の人肉を食わねばならないほど逼迫していたとは認めず」としています。

 

ただ、船長の行為は緊急避難とは認められなかったものの、心神耗弱により、刑が軽減されて、懲役1年の実刑判決となりました。

 

 

食人で刑を科せられた初めての事件

 

このひかりごけ事件は食人で刑を科せられた初めての事件です。戦前にも食人事件は日本でも起こっていました。

 

・少年臀肉切り取り事件
・首なし娘事件
・少年生胆取り殺人事件

 

ただ、食人行為に関しては証拠不十分だったり、犯人の自殺などで、犯人に刑を科したことはありませんでした。

 

そのため、この船長が日本で初めて食人で刑を科せられた犯人と言えるでしょう。ただ、ひかりごけ事件よりも上記3つの食人事件の方がヤバいです。特に、首なし娘事件はかなり猟奇的な事件となっています。

 

 

ひかりごけ事件のその後:小説化&悪評が広がる

出典:amazon.co.jp

 

ひかりごけ事件は新聞で報じられず、裁判は非公開で、その後記録は破棄され、さらに警察の捜査記録も火災で焼失しました。

 

そのため、口伝えで語られる程度でしたが、1954年に小説家の武田泰淳がこの事件を題材にした小説「ひかりごけ」を発表し、この小説がベストセラーになると共に、事件のことが世間に一気に広まりました。

 

この小説「ひかりごけ」のタイトルから、船長の食人事件は「ひかりごけ事件」と呼ばれるようになったのですが、あくまで創作であり、事実とは異なる部分もあったようです。実際、作家の武田泰淳は船長に直接取材したことはないそうです。

 

また、元釧路地方検察庁検事正の齋藤氏も次のように語っています。

 

この小説は,戦争末期の昭和19年1月,この洞窟から約30キロ北東の知床半島先端に近いぺキンノ鼻付近の無人小屋で実際に起きた食人事件にヒントを得た創作で,事件の舞台をこの洞窟に移し,事件の描写と刑事裁判仕立ての法廷ドラマを主な内容としている。

 

引用:「ヒカリゴケ」と「ひかりごけ」:釧路地方検察庁

 

ただ、小説「ひかりごけ」を読んだ人は、これは事実だと信じ込んだ人も多かったようで、船長は船員たちを次々に殺害してはその肉を食べたという殺人鬼と噂されたこともあったようです。

 

 

ひかりごけ事件の現在:映画化&漫画化もされている

映画化された

出典:video.unext.jp

 

ひかりごけ事件はそのセンセーショナルな内容から、小説化され、さらにその小説は戯曲形式になっていたことから、舞台化・オペラ化されています。

 

また、この小説は1992年に映画化されています。この映画「ひかりごけ」は出演俳優が超豪華なんです。

 

・三國連太郎
・奥田瑛二
・田中邦衛
・井川比佐志
・杉本哲太

 

この映画「ひかりごけ」は小説が題材なので、ノンフィクションではありません。

 

漫画ではウェブ上で「恐怖の事件簿 37 極限の選択 ひかりごけ事件」として公開されています。

 

 

合田一道のノンフィクションで真相が明らかに

出典:amazon.co.jp

 

小説の「ひかりごけ」は事件を題材にした創作ですが、1994年にノンフィクション作家の合田一道氏が「裂けた岬 「ひかりごけ」事件の真相」を出版して、ひかりごけ事件の真相がようやく明らかになりました

 

この本は作者が15年にわたり船長に取材してきたノンフィクションで、船長の言葉をつなぎ合わせて、事件の真相に迫るものです。

 

船長はずっと罪を背負い続け、「人を食べたのに懲役1年という軽い罪で済むはずがない」、「死刑でも足りない」と言い続けていたということです。また、自殺未遂も2回しています。「人食い」と言われようとも、「本当のことだから」と船長は沈黙を守り続けたそうです。

 

この船長の罪の意識を考えると、この事件の奥深さ、正解のない難しさを感じずにはいられません。

 

 

ひかりごけ事件のまとめ

ひかりごけ事件の詳細や船長や少年の名前、事件の真相と事件の判決と緊急避難の適用の有無、その後と現在などをまとめました。

 

この事件を裁くのは本当に難しいと思います。どんなにベテランで品行方正で知識も経験も豊富な裁判官だとしても、当時の船長の状態を正しく理解することなんてできませんから。

 

このひかりごけ事件は、一体どうすれば良かったのか?答えは永遠に出ない問題だと思います。

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