八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故は1982年に起きた医療事故です。毒物のフッ化水素酸を幼児に塗布したとされ、なんJでコピペにもなりました。
今回は事件の概要や原因、被害者や母親のその後、医院の場所や竹中昇医師の現在についてまとめていきます。
この記事の目次
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故の概要
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1982年4月20日、母親に連れられて八王子市内の歯科医院・竹中歯科めじろ台医院を訪れた3歳の女児・小池樹里さんが、歯科医師に非常に危険性の高い毒物「フッ化水素酸」を歯に塗布されて、死亡するという事故が起きました。
樹里さんは虫歯治療のために来院しており、診療を担当した竹中昇院長は処置としてフッ化ナトリウム(フッ素)を歯に塗布するつもりでした。しかし、誤ってフッ化ナトリウムではなくフッ化水素酸を彼女に使用してしまったのです。
フッ化水素酸を塗られた樹里さんは激痛に苦しんだ後に、同日の18時過ぎに運び込まれた東京医科大学八王子医療センターで息を引き取りました。
事故後、医療ミスで樹里さんの命を奪った竹中昇医院長は業務上過失致死罪に問われ、禁錮1年6ヶ月(執行猶予4年)の有罪判決を受けています。
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故の被害者は口から煙が出ていた
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樹里さんの歯に誤って塗布されたフッ化水素酸は、非常に高い透過性と溶解力を持つ毒物です。ゴム手袋をつけていても、触れれば手袋を溶かして皮膚に浸透し、そこから骨まで到達して炎症や壊死を起こすほどの危険性を持ちます。
フッ化水素酸の主な用途はサビ落としやガラスの化学加工、歯科技工など。またサリンや濃縮ウランなどの毒ガスの製造にも使われるため、経済産業大臣の許可なく輸出できません。
フッ化水素酸を歯に塗布された直後に樹里さんの口からは白い煙があがり、「からい、からい」と訴えて血の混じった泡を吹きながら体をのけぞらせました。
しかし竹中院長は「八王子では児童の虫歯予防のために、フッ素の塗布が義務になっている」として、引き続き樹里さんの歯にフッ化水素酸を塗布し続けたのです。
竹中院長は樹里さんが暴れないように、彼女の母親と歯科助手に体を抑えておくように指示し、フッ化水素酸を塗り続けました。すると、あまりの痛みに樹里さんが診察台から転がり落ちてしまい、慌てた母親が抱き上げてみると、口の周りが真っ赤に爛れていたのです。
この時、樹里さんは猛烈な腹痛を訴えていたといいます。ところが竹中院長はここまで異常な症状が出ているのにもかかわらず「異常な反応を示しているのは、特異体質だからだろう」と判断。強心剤を注射打ったうえで救急車を呼びました。
被害者の死因は中毒死
樹里さんは八王子市内の病院に搬送されました。しかし症状が極めて重かったために、より高度な医療を提供できる東京医科大学八王子医療センターに移送されることとなります。
それでも残念ながら、4月20日の18時5分頃に死亡が確認されました。樹里さんが歯科医院の診察費入ったのは午後15時50分頃とされているため、フッ化水素酸を塗布されてからおよそ2時間で亡くなったと見られます。
死因はフッ化水素酸による急性中毒でした。
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故が起きた原因
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故が起きた原因は、虫歯予防に塗布する「フッ化ナトリウム」と、歯科技工用の毒物「フッ化水素酸」を取り違えたことです。
しかし、単に医師がラベルを読み間違えて起きた事故ではありませんでした。竹中院長が樹里さんに塗布した薬品が入った瓶には「フッ化水素酸」ではなく「フッ化ナトリウム」と書かれていたのです。
実は八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故が起きた原因は、事件が起きる約1ヶ月前の3月19日に発生していました。
この日、竹中院長の妻は歯科材料ディーラーに「フッ素」とだけ記した注文票を出しました。この注文を受けた歯科材料ディーラーは、歯科技工用のフッ化水素酸の注文だと思い、竹中歯科めじろ台医院にフッ化水素酸を配達します。
しかし、竹中院長の妻が注文したつもりになっていたのはフッ化水素酸ではなく、フッ化ナトリウムだったのです。
注文があった段階で、歯科材料ディーラーがフッ素とは何を指すのか確認を取っていれば痛ましい事故が起こらずに済んだのでは?と思うかもしれませんが、ディーラー側には勘違いしても不思議ではない理由がありました。
毒物及び劇物取締法の定めにより、フッ化水素酸を購入する際には下の画像のような「毒物及び劇物譲受書」への捺印が必要となります。
一方、フッ化ナトリウムは毒物及び劇物取締法の定める毒物・劇物にはあたらないため、譲受書の捺印は不要です。
竹中院長の妻はフッ化ナトリウムを注文するつもりでいながら、フッ化水素酸の注文だと勘違いをしているディーラーに要求されるがままに、なぜか毒物及び劇物譲受書に捺印をしたものを提出していたのです。
また、配達された瓶にも「フッ化水素酸」と書かれていたため、ここで返品交換をディーラーに申し出れば事故は防げていました。
しかし竹中院長は、瓶に書かれた文字をよく読まず「メーカーが変わったのか」と思い込み、診療用のフッ化ナトリウムを入れるボトルに、届いたばかりのフッ化水素酸を詰め替えてしまったのです。
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故を起こした医師のその後
樹里さんが救急搬送された後、竹中昇院長の妻は「塗布する薬を間違えたのかもしれない」と思い至り、樹里さんに使用した薬を舐めてみたといいます。
そして、ここではじめて自分たちが毒物を3歳の幼児に使用したことに気づいたのです。院長の妻は証拠隠滅を図り、容器などを自宅の焼却炉で処分したとされます。
しかし、事故当日に竹中歯科めじろ台医院に家宅捜索に入った八王子警察署によって、薬物の瓶や焼却後の灰など、事故に関連があると思われるものは押収されていきました。
一方で樹里さんに毒物を塗布してしまった竹中院長は、救急搬送に付き添った後、事故翌日におこなわれた樹里さんのお通夜にも謝罪に訪れていました。
当然、土下座をして謝罪する竹中院長には遺族からは責任を追求する厳しい言葉が投げかけられ、脳溢血を起こして入院することになったといいます。
事件当時、69歳であった竹中院長には樹里さんと同年代の孫がいたという話もあります。自分の孫と同じ年頃の子どもを苦しませたうえ、命を奪ってしまったという事実に耐えられなかったのかもしれません。
退院後の竹中院長は自分の責任をすべて認めており、1983年2月8日には慰謝料3850万円を支払うという話で、被害者遺族とも示談が成立しています。
また、刑事罰として1983年2月24日には東京地方裁判所八王子支所にて、業務上過失致死傷罪により禁錮1年6ヶ月執行猶予4年の判決を受けました。竹中院長はこれを受け入れ、上告などをしなかったために一審で刑が確定しています。
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故が起きた歯科医院の場所は?
1982年4月22日刊行の読売新聞によると、八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故が起きた「竹中歯科めじろ台医院」の住所地は、東京都八王子市めじろ台1丁目7-7とあります。
現在、この住所地をGoogle Mapで調べてみるとアパートが建っていることがわかるため、竹中歯科めじろ台医院は廃業しているようです。
またGoogleで「竹中歯科めじろ台医院・場所」と検索すると、めじろ台にある似た名称の歯科医院の情報が出てくるのですが、この歯科医院が竹中昇院長と関係があるのか否かは不明です。
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故の被害者母親の現在は?
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故では、小池樹里さんの母親や遺族のその後を心配する声も多くあがりました。
また一方で、事故直後は竹中院長に言われるがままに明らかに苦しんでいる樹里さんを押さえつけて診察を続けさせてしまった母親に対しては、対応を疑問視する声も寄せられたといいます。
しかし、事故の前から樹里さんと母親は竹中歯科めじろ台医院に通院していたとのことですから、これまでの診察の様子から竹中院長を信頼していたと考えられます。「先生が言うなら、きっと大丈夫」そんな気持ちがあったのかもしれません。
樹里さんの母親や遺族のその後については不明ですが、事故後には病院に搬送された樹里さんが、母親に対して「ママ、樹里ちゃん死んじゃうの…?」と不安げに尋ねていたという話もTVで報じられていました。
また、事故が起きた日には樹里ちゃんだけではなく、7歳の兄も一緒に竹中歯科めじろ台医院を訪れていたといいます。
事故から40年近くが経過した現在でも、ネットなどで八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故の話が出ると、自分がやってしまったことに責任を感じているであろう樹里さんの母親と、妹が苦しむ様子を見ていた兄、遺族は現在どうしているのだろうか、気の毒でならないというコメントが目立ちます。
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故はなんJでコピペにもなっている
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故は、なんJで「HF(フッ化水素酸)を間違えて塗布し、診察台から2mもハネ飛んで幼児急死(4.20)」というコピペにもなっています。
内容としては実際の事故についての説明なのですが、以下のような誇張した表現が見られるのが特徴です。
- 被害者の女児は、フッ化水素酸を塗布されたあと、筋肉が痙攣して押さえつけていた母親を2m吹き飛ばした
- フッ化水素酸を塗られた歯はもちろん、顎や頭蓋骨の神経も最大の痛みを感じる
- 被害者は、亡くなる前には自律神経や各臓器もすべて不全状態にあった
- 被害者は、人が知覚しうるであろう最大限の苦しみを与えられた
当時の新聞などを読んでみても、わずか3歳の幼児が大人を2mも弾き飛ばすほど痙攣していた、などの記述は見られなかったため、フィクションも混ざったコピペだと考えられます。
しかし、このコピペから八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故を知る人や、事故に対して興味を持って調べる人も少なくないようで「なんJのコピペのやつ、本当にあった事件だったんだ!」「調べたら本当の事件のほうが怖すぎて辛くなった」といったレスも見られました。
フッ化水素の毒性を紹介した動画
なんJのコピペでも話題になったのが、フッ化水素酸はどのくらい危険な薬物なのかという点です。
上の動画はフッ化水素酸がどのようにして筋肉や骨に影響を与えていくのかを、鶏肉を使って検証しているのものです。後半では鶏肉が壮絶な姿になっていくため閲覧には注意が必要ですが、フッ化水素酸の毒性について知りたい方には興味深い内容となっています。
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布の類似事件
本来、個人で経営している歯科医院であれば義歯の製作などの歯科技工は外注となるため、フッ化水素酸を院内に置くことはないのだそうです。
そのため「フッ素」と注文があれば、ディーラー側も「虫歯予防に塗布するフッ化ナトリウムだな」と判断するといいます。ですから、現在は八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故と同じような事故が再発する可能性は低いと考えられています。
しかし、八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故の後にも、フッ化水素酸の怖さがわかる事件や事故が起きています。
秋葉原の路上で猛毒「フッ化水素酸」とみられる液体がこぼれているのが見つかりました。https://t.co/5duVDCQ4ik
— 毎日新聞 (@mainichi) June 4, 2020
2013年3月には、交際を断られた恨みから当時40歳の男性が同僚の女性の靴のなかにフッ化水素酸を塗り込み、足の指を壊死させるという事件が起こりました。被害者の女性はその後、足の指5本を切断することになったと報じられています。
また2020年6月には、朝の通勤の時間帯に秋葉原の路上で500ミリリットルのボトルから液体が溢れているのが発見され、中身がフッ化水素酸であったことから2時間に渡って周囲約100メートルを封鎖する事態になりました。
のちにフッ化水素酸は近くの化学メーカーの配送用ワゴン車から転がり落ちたものだったことがわかり、この事故で怪我人や被害者は出なかったとされます。
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故のまとめ
この記事では八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故の概要や、原因などについて紹介しました。
八王子市歯科医師フッ化水素酸誤塗布事故は、竹中院長の妻、歯科材料ディーラー、竹中院長と3者の思い違いや勘違い、ミスが原因で起きてしまった事故です。
どこかの段階で誰かが気づけていたら防げていた、小さなミスが重なった末の痛ましい悲劇でした。今後は同様の事故が起きることがないよう、切に願います。