ウトロ地区の現在!歴史と怖い噂・不法占拠や放火の火災事件・出身の芸能人は安田美沙子のデマも総まとめ【場所と地図あり】

京都府宇治市にある在日韓国・朝鮮人の集住地域「ウトロ地区」が話題です。

 

この記事ではウトロ地区の場所や地図、歴史的背景や闇が深く危険で怖いと言われている件、出身芸能人として名前が挙がっている安田美沙子さんや不法占拠状態の解消や放火による火災、現在についてまとめました。

ウトロ地区は京都府宇治市にある在日韓国・朝鮮人の集住地域

 

出典:https://livedoor.blogimg.jp/

 

「ウトロ地区」とは、京都府宇治市にある在日韓国・朝鮮人の集団居住地域の通称です。

 

ウトロ地区は、1942年2月に正式決定した逓信省(当時存在した交通や通信を司る省庁)による飛行機搭乗員養成のための京都飛行場と併設する飛行機工場の建設にあたった約2000名の労働者のうち、朝鮮半島出身者約1300名とその家族らが生活していた宿泊地(飯場と呼ばれた)が元となった地区です。

 

この宿泊地に居住していた朝鮮半島出身者のうち、太平洋戦争終結後も帰国せずに日本国内に残った人々(経済的な理由などにより帰国できなかった)がそのままこの地区に居座り続けて、この「ウトロ地区」が形成されました。

 

この場所の正式な地名は「宇土口(うとぐち)」でしたが、これを「ウトロ」と誤読する、あるいは誤表記される事が繰り返された結果「ウトロ地区」という通称が定着し、現在はこれが正式な名称のように扱われ、ウェブ上の地図(Googleマップなど)でもこの名称で表記されています。

 

ウトロ地区は、その歴史的な背景から人権団体などによる闘争の舞台とされ、民間会社所有の私有地に対する不法占拠状態が長きにわたって続き、さらには、韓国政府が情報を捏造してまで反日プロバガンダに利用したために国際問題にまで発展した、いわゆる“戦後処理案件”の1つです。

 

ネット上でも、ウトロ地区は戦後の闇が根深いいわく付きの場所、触れてはいけない危険地域だとして、「絶対に行ってはいけない場所」といったワードでよくネタにされています。

 

今回はそんなネットでも話題のウトロ地区について紹介していきます。

 

 

 

ウトロ地区の場所は京都府宇治市伊勢田町51番地(地図あり)

 

出典:https://stat.ameba.jp/

 

ウトロ地区の場所は住所では「京都府宇治市伊勢田町ウトロ51番地」となっています。ちょうど、陸上自衛隊大久保駐屯地の北隣の場所にあたります。

 

また、近鉄京都線伊勢田駅から西に約600メートル(徒歩10分〜15分程度)の場所にあたります。

 

詳細な場所の地図はGoogleマップでも確認可能です。

 

 

 

 

ウトロ地区の歴史背景① 京都飛行場建設事業に朝鮮半島出身労働者が従事

 

出典:https://www.utoro.jp/

 

ウトロ地区の歴史的な背景について事実のみを時系列順に紹介していきます。

 

1938年2月、旧逓信省が、全国5ヶ所に同省航空局の飛行場と乗員養成所を建設する事を発表しました。

 

1940年1月、京都府の誘致により、京都飛行場の建設と併設の飛行機工場の建設が決定し、1942年2月に同地をその用地として正式に建設が決定しました。

 

この建設作業のために、約2000名の労働者が招集(強制ではなく募集によって)されましたが、そのうちの約1300名が朝鮮半島にルーツを持つ人々でした。なお、彼らのほとんどは、経済的な理由や徴兵を避けるために、故郷(日本による植民地支配下の朝鮮半島)から自分の意思で移住してきた人々でした。(京都飛行場建設の以前から日本に居住していた)

 

 

 

ウトロ地区の歴史背景② 終戦によりそこに留まる理由と法的根拠が消失

 

出典:https://pbs.twimg.com/

 

1943年頃、現在のウトロ地区の場所に、朝鮮半島出身者のための労働者宿所(飯場と呼称された)が建設され、朝鮮半島出身の労働者達とその家族はそこに寄宿しながら京都飛行場建設および飛行機工場での仕事に従事していました。

 

しかし、太平洋戦争末期の1945年7月、アメリカ軍の空襲によって飛行機工場および飛行場の活動が停止し全ての労働者が失職します。そして同年8月に終戦を迎え、その後、同飛行場および付随施設は、全てGHQ(日本占領政策のために設置された連合国軍司令部)に接収されます。

 

これにより、労働者らが同地に留まる法的な根拠は消失し、GHQは同地区に寄宿していた朝鮮半島出身労働者達に対して、退去勧告および朝鮮への帰国を要求しました。

 

 

 

ウトロ地区の歴史背景③ 一部の人々が立ち退きを拒否し集落を形成

 

出典:https://hokodoro.com/

 

ほとんどの朝鮮半島出身労働者らは、GHQによる退去勧告に応じたものの、一部の人々がそれを拒否して労働者宿舎にそのまま居座り続け、これがウトロ地区の原型となりました。

 

なお、GHQの退去勧告を拒否する人々が発生した事には、当時の朝鮮半島までの連絡船に乗船する費用が労働賃金数ヵ月分にも相当したために工面する事ができなかったり、GHQが行った無償での帰国支援事業から漏れてしまったりといった、やむにやまれぬ事情がありました。

 

ただ、その後もこの人々はこの場所に居座り続け、その子孫や親類縁者、他所から移住してきた在日韓国・朝鮮人なども加わって集落を形成され、いつしかこの場所は「ウトロ地区」という通称で呼ばれるようになりました。

 

1945年の終戦当時、この場所は飛行場の建設工事を請け負っていた、「日本国際航空工業」の所有地であり、ウトロ地区に居座り続ける人々はこの場所を不法に占拠している状態でした。

 

 

 

ウトロ地区の歴史背景④ 集落は劣悪な環境のままで長年放置されていた

 

出典:http://www17.plala.or.jp/

 

ウトロ地区の人々はその後長く粗末なバラック小屋に住み、水道すら敷かれていない劣悪な環境で生活していました。ウトロ地区の人々は廃品回収や鉄屑拾い、土木作業員などの仕事をしてギリギリの生活を続け、高度経済成長期末期に入った1970年代になってようやく住居を改築したり、家を立て直したりする余裕が生まれたそうです。

 

水道管が敷かれたのはさらに時が経った1987年でした。水道管の敷設がこれほど遅れたのは、当時土地の所有権を持っていた「日産車体」(日本国際航空工業の合併により所有権が移っていた)が、不法占拠状態である事を理由に水道管敷設を認めなかったためでした。

 

 

 

ウトロ地区の歴史背景⑤ 平山桝夫こと許昌九による土地転がし事件が発生

 

出典:https://www.dailyshincho.com/

 

ようやく水道管が敷設されたウトロ地区でしたが、まさにその年の1987年3月に日産車体は同地区の不法占拠状態を解消するために、同地区自治会長を自称する平山桝夫こと許昌九(ホ・チャング)という男に、当時約80世帯380名が居住していたウトロ地区の全土地を3億円で売却しました。

 

この時、許昌九に3億円を融資したのは、在日本大韓民国居留民団(現在の在日本大韓民国民団)系の金融機関である大阪商銀で、その融資の連帯保証人が在日本大韓民国居留民団京都地方本部団長(当時)の河炳旭(ハ・ビョンウク)という男でした。

 

そして、それから2ヵ月後の1987年5月、許昌九は、この河炳旭が同年4月30日に設立した不動産会社「西日本殖産」に、購入したウトロ地区の土地を4億5千万円で売却し、1億5千万円もの転売益を得ました。

 

そして、翌1988年の9月、河炳旭はウトロ地区の所有権を持つ西日本殖産を、金澤土建という日本の土木建築会社にさらに転売しています。河炳旭がいくらで西日本殖産を売却したのかは明らかにされていません。

 

これらの一連の出来事は、ウトロ地区に住む人々には一切何も知らされないまま行われました。その後、最初にウトロ地区の土地の転売を行なった許昌九は同地区から姿を消し、消息は現在まで不明のままです。

 

 

 

ウトロ地区の歴史背景⑥ 西日本殖産による立ち退き勧告があり訴訟に発展

 

出典:https://osaka-urasaito.com/

 

その後、ウトロ地区の住民達に対して、西日本殖産からの立ち退き勧告がありましたが、住民らはこれを拒否します。

 

そして、1989年2月、西日本殖産はウトロ地区住民を相手取って、同地区の土地購入又は退去を求める民事訴訟を起こしました。

 

この訴訟は長期化して最高裁にまでも連れ込み、2000年11月にウトロ地区住民側の全面的な敗訴の判決が確定しました。

 

これによってウトロ地区の住民はこの地区から退去しなければならない事が法的に確定しましたが、行く場所がないなどを理由に、住民達は判決後もこの場所に留まり不法占拠状態が続きました。

 

 

 

ウトロ地区の歴史背景⑦ 韓国政府が問題に介入し土地を買い取り

 

出典:https://www.maimai-kyoto.jp/

 

ウトロ地区の不法占拠状態が続いていた2004年1月、この土地の所有権が元暴力団員で右翼団体で活動していた井上正美という男に移されました。

 

同年6月、西日本殖産は、これを不正な所有権移転登記であるとして訴訟を起こしています。

 

井上正美は韓国のマスコミを通じて、自身が在日韓国人3世である事を明かし、韓国政府に対してウトロ地区の土地全域を5億5000万円で購入するよう求めました。この騒動がきっかけとなり、韓国政府および世論においてウトロ地区住民に対する支援が議論されるようになりました。(この背景には、韓国政府によって「最後の徴用村」などと事実と異なる事を喧伝され、政治利用された側面がある)

 

その後、この訴訟は井上正美側の敗訴に終わり、この件に関連して、井上正美は逮捕監禁致傷および強要の容疑で埼玉県警に逮捕されています。

 

2004年9月、韓国国内で開催された「日中韓居住問題国際会議」に、ウトロ地区住民代表4人が出席して、同地域の状況を訴えた事により、韓国政府要人や関係者らがウトロ地区を視察に訪れるようになり、同国内でもウトロ地区に対する関心が高まりました。

 

その後、韓国内の市民団体による救援募金による約6000万円の支援金や匿名の在日韓国人1世による4000万円の寄付金などが寄せられ、韓国政府による約3億6000万円の支援金拠出などが決まっています。

 

これによって、2007年10月にウトロ地区住民と西日本殖産との間で、ウトロ地区の土地の東半分約1万500平米を5億円で売買する事での合意が成立しています。

 

【京都】不法占拠で強制立ち退きを迫られていた京都府宇治市ウトロ地区の住民が、土地の半分を買い取ることで地権者の西日本殖産(大阪市北区)との間で7日までに基本的に合意していたことが分かった。

 

引用:ウトロ強制退去解消へ 韓国政府が支援予算化

 

その後、2011年2月までの間に、「ウトロ民間基金財団(ウトロ地区住民が設立した財団法人)」および、韓国政府拠出により設立された財団「ウトロ一般財団法人」によって、ウトロ地区のうちの約6500平米(ウトロ地区全体の30パーセントほどで、ウォン安によって当初の予定よりも購入可能な土地が目減りした)が買い取られています。

 

 

 

ウトロ地区の歴史背景⑧ 不法占拠状態解消に向けて市営住宅を建設

 

出典:https://pbs.twimg.com/

 

ウトロ地区住民および、支援団体による土地の買取が成立した事を受けて、「ウトロ地区住環境改善検討協議会」が開かれ、ウトロ民間基金財団とウトロ一般財団法人の両法人が取得した土地を同協議会が無償で借り受け、そこに京都府宇治市が運営する公的賃貸住宅を建設し、そこにウトロ住民が移住する事で合意が成立しました。

 

そして、2016年6月に、建設予定地の家屋の取り壊しと市営住宅建設がはじまり、2018年1月にウトロ市営住宅第1期棟が完成し、ウトロ地区住民55世帯(当時)のうち40世帯の入居が完了しています。

 

残りのウトロ地区住民15世帯は、2022年度に完成予定のウトロ市営住宅第2期棟への入居が予定されています。

 

 

 

ウトロ地区が危険という事はなくむしろ住民の方が危険に晒されている

 

出典:https://osaka-urasaito.com/

 

複雑な歴史背景を持つ「ウトロ地区」ですが、ネット上では危険な場所というイメージがあるようです。

 

実際にはウトロ地区が危険な場所という事はなく、過去にもウトロ住民による物騒な事件が発生したという事もありません。

 

現在はさらに、ウトロ地区住民の高齢化が進んでおり、この場所に立ち入ったとしても特に危険な目に遭うという事はありません。

 

 

ウトロ地区には、メディア関係者やYouTuberも多数取材や動画撮影などのために訪れていますが、何か危険な目にあったといった事ないようです。

 

むしろ、最近では在日韓国・朝鮮人に対する強い憎悪を抱く特定の人々によるヘイトクライムが顕在化しており、ウトロ地区に居住する人々の方が危険に晒されている状況だといえます。

 

事実、2021年には在日韓国・朝鮮人に対する憎悪の感情を持つ日本人の男による放火によってウトロ地区内で住宅を含む5棟が全焼、2棟が半焼する大規模な火災が発生しました。このウトロ地区で発生した火災については後半で改めて紹介します。

 

 

 

ウトロ地区は闇が深く怖いという声も根強く存在

 

出典:https://pbs.twimg.com/

 

これまでに特に危険な目に遭ったという話は出ていないウトロ地区ですが、その複雑な歴史背景から、闇が深くて怖い場所というイメージが現在も根強く存在するようです。

 

しかし、客観的に見て、ウトロ地区そのものが闇が深く怖いという事はありません。「不法占拠」などの事実から、ウトロ地区に闇や怖いというイメージを抱くのも理解できますが、そうなるまでの経緯が明確に説明できる点で、闇が深くて怖い場所というよりは、解決の難しい問題を多く抱えた“ややこしい場所”といった説明をした方がより正確だと思います。

 

もちろん、ウトロ地区問題はいわゆる在日韓国・朝鮮人関連の案件であり、日本人の立場からすると筋が通っていないのではないか、こんな事がまかり通るのは(日本国民のホームレスなどの貧困層に対して)不平等ではないか、税金を使って市営住宅を建設するというのは一部の人々が存在を主張するいわゆる“在日特権”ではないかと感じる部分もあるので、その点には確かにうっすらとした「闇」のようなものを感じますが、この程度の事はこの手の人権問題が絡むとよくある事なので別にこれ自体が怖いという事はありません。

 

ただし、韓国政府や反日団体がややこしい歴史背景を持つウトロ地区を利用して事実を捏造してまで政治利用している点については深い闇を感じますし怖いとも感じます。つまり、本当に闇が深く怖いのはウトロ地区を利用する者たちだと言えます。

 

 

 

ウトロ地区の雰囲気がホラー的な意味合いで怖いという声も

 

ちなみに、深い意味ではなく、ウトロ地区の雰囲気がホラー的な意味で怖いと感じる人もいるようです。

 

 

ウトロ地区がホラー的な意味合いで怖いという話であれば、2012年にインターネットの匿名掲示板で、ウトロ地区の住人が体験した「赤いTV」という怖い話が話題になった事がありました。

 

ざっと概要を紹介すると、書き込み主であるウトロ地区のある住人が、夜に関西テレビを見ていたところ画面が赤い光で照らされたそうです。窓が赤く光っているのに気がついたスレ主は、外を確認したところ庭に見たことのない老婆が侵入しており、手に持ったペンライトで部屋の中を照らしていたのだそうです。

 

スレ主が大声で叫んで威嚇したところ、別の場所の窓が破られる男がして、そこからライフル型のエアガンを持った男が侵入してきたのだそうです。スレ主は咄嗟に金属バットを手に持って玄関から逃走を図ったところ、玄関でペンライトの老婆と鉢合わせし、その老婆の足を金属バットで突くようにして撃退してなんとか逃走できたそうです。

 

その後、スレ主は警察に通報し、駆けつけた警察官にペンライト老婆と侵入してきた男、そしてもう1人40代の女の3人が逮捕されたそうです。

 

この3人は、ウトロ地区の住人ではなく、近くの府営団地に住む親子で、度々ウトロ地区の住人とトラブルを起こして窓ガラスを割ったりしていたという事でした。

 

スレッドのオリジナルの文章はかなり分かりづらいのですが、内容を客観的に見ておそらく作り話ではなく事実を書き込んだのだろうと推測されます。

 

長らく不法占拠状態にままで放置されれいたウトロ地区はある意味で治外法権というか無法地帯化していたため、こうした怖い体験をした住民も少なくなかったようです。

 

 

 

ウトロ地区出身とされた芸能人には安田美沙子がいるがデマ

 

安田美沙子のプロフィール

 

生年月日:1982年4月21日

出生地 :北海道札幌市

出身地 :京都府宇治市

身長  :161cm

血液型 :O型

 

 

ウトロ地区出身とされた芸能人として、人気タレントの安田美沙子さんがいます。

 

公式プロフィールの安田美沙子さんの出身地がウトロ地区のある京都府宇治市である事と、在日コリアンの方が通り名によく使う文字である「安」の字が苗字に含まれている事などからウトロ地区の出身ではという噂が出てきたようです。

 

しかし、安田美沙子さんの出生地は北海道札幌市で、幼い頃に京都府に引っ越しをして小学校1年生まで大宮町(現在の京丹後市)で、小学校2年生から宇治市に引っ越して、その後はそこで成長しています。

 

なので、安田美沙子さんがウトロ地区の出身である事はありえません。

 

また、ウトロ地区出身だと噂されている芸能人は安田美沙子さんの他にはいないようです。

 

 

ウトロ地区の現在① 不法占拠状態は解消される見込み

 

出典:https://pbs.twimg.com/

 

ウトロ地区は1945年以来、長年にわたって住民による不法占拠の状態が続いてきましたが、歴史背景のところでも書いたように、2011年までにウトロ地区住民および支援団体が、地区全体の約30パーセントにあたる土地を買い取り、その場所に市営住宅が建設され住民の移住が開始された事から、不法占拠状態は完全に解消される見込みです。

 

現在もウトロ地区住民が居住していたバラック小屋などは、ほとんどが取り壊されずにそのまま残されているようですが、大半の住民が既に新たに建設された市営住宅に移住している事から、これまで不法占拠されていた地域は閑散としており、一部の建物は廃屋化が進み、実質ゴーストタウン化しているという事です。

 

市営住宅の第2期棟がまだ(2022年6月時点)完成していないため、まだ15世帯ほどがウトロ地区に残されている事から、厳密にいうと一部はまだ不法占拠状態となっていますが、この人々も2022年度中には市営住宅に移住する予定であり、それに伴ってウトロ地区の不法占拠状態は完全に解消される見込みとなっています。

 

 

 

ウトロ地区の現在② ヘイトクライムの放火により火災が発生

 

出典:https://kyoto-np.ismcdn.jp/

 

2021年8月30日16時25分頃、ウトロ地区内の空き家となっていた木造家屋から火災が発生し、周辺の空き家や倉庫、民家などに延焼して、空き家と倉庫計5棟が全焼、民家2棟が半焼する被害が出ました。

 

30日午後4時25分ごろ、京都府宇治市伊勢田町ウトロの小屋から煙が出ているのに、近くにいた京都府警宇治署の署員が気付いた。4時間半後に消したが、同署によると、少なくとも建物7軒が焼けた、という。

 

引用:「炎と爆発音」小屋から出火、7軒焼く 京都、宇治・ウトロ

 

 

 

この火災で「ウトロ平和祈念館」への展示予定品のうち10点が焼失

 

出典:https://kyoto-np.ismcdn.jp/

 

この火災により、2022年4月に開館予定(当時)であった「ウトロ平和祈念館」に展示予定だった生活用品などの物品10点や住民運動などで使用した看板40枚などが焼失しています。

 

京都府宇治市伊勢田町ウトロ地区で空き家など7棟が焼けた30日の火災で、太平洋戦争中に計画された京都飛行場建設に携わった朝鮮人労働者や子孫らの歴史を紹介するため、来年4月に同地区にできる「ウトロ平和祈念館」の展示予定品の一部が燃えたことが31日、分かった。

 

引用:来年開館の祈念館展示品が焼失、京都・宇治のウトロ火災 セウォル号学生ら制作の看板も

 

この火災ではウトロ地区の住民に死傷者は出ませんでした。

 

 

 

22歳の男が非現住建造物等放火の容疑で逮捕

 

出典:https://wp2019.jp/

 

ウトロ地区での火災から約3ヶ月後の2021年12月6日に、ウトロ地区の空き家に放火した疑いで、奈良県桜井市高田の有本匠吾という男(当時22歳の無職)が非現住建造物放火の容疑で京都府警に逮捕されました。

 

在日コリアンが多く暮らす京都府宇治市のウトロ地区の空き家に放火したとして、京都府警は6日、奈良県桜井市高田の無職有本匠吾容疑者(22)を非現住建造物等放火の疑いで逮捕し、発表した。

 

引用:ウトロの空き家に放火容疑で男逮捕 住民運動の看板も焼失 京都府警

 

この有本匠吾という男は、同年7月(ウトロ地区の火災の約1ヶ月半前)にも、愛知県名古屋市中村区の在日本大韓民国民団愛知県本部や韓国学校の施設に放火して雨どいなどを焼損させたとして、器物損壊で逮捕され同年11月に名古屋地検に起訴されていました。

 

そして有本匠吾は裁判で犯行の動機として韓国が嫌いで、日本人に注目して欲しかったなどと供述しました。また、その他にもこの男は、

 

「韓国が嫌いだった。日本人に注目してほしかった」。朝鮮半島出身者の子孫が暮らす京都府宇治市の「ウトロ地区」の住宅に火を付けたとして、非現住建造物等放火の罪で起訴された男(22)は、そんな供述をしたという。

 

引用:「韓国が嫌いだった」京都・ウトロ放火、22歳の男はなぜ事件を起こしたか ヘイトクライムは防げるか(前編)

 

また、その他にもこの男は、展示品を焼失させることでウトロ平和祈念館の開館を阻止する目的があった事や、コロナ禍によって仕事を失い、事件を起こすことへの躊躇いがなかった事、後悔はない事なども供述しています。

 

2022年6月21日に京都地裁で開かれた有本匠吾の論告求刑公判では検察側が懲役4年を求刑しています。判決は8月30日に下される予定です。

 

在日コリアンらが多く暮らす京都府宇治市のウトロ地区の空き家に放火したなどとして、非現住建造物等放火罪などに問われた奈良県桜井市の無職有本匠吾被告(22)の公判が21日、京都地裁であった。検察側は「偏見や思い込み、憂さを晴らしたいという身勝手な動機で犯行に及んだ」として懲役4年を求刑し、弁護側は「更生を考慮した判決」を求めて結審した。判決は8月30日。

 

引用:京都・ウトロ放火事件、被告に懲役4年求刑 検察側「身勝手な動機」

 

 

 

ウトロ地区の現在③ ウトロ平和祈念館が開館

 

出典:https://pbs.twimg.com/

 

2022年4月30日、「ウトロ平和記念館」が予定通りに開館しています。

 

30日、在日コリアンが多く住む京都府宇治市伊勢田町ウトロに「ウトロ平和祈念館」がオープンした。

 

引用:平和祈念館開館、ウトロに笑顔

 

ウトロ平和記念館の場所はウトロ地区内(財団によって買取された土地)で住所は「宇治市伊勢田町ウトロ51-43」となっています。Googleマップから地図を引用しておきます。

 

 

 

 

まとめ

 

今回は、京都府宇治市に存在する在日韓国・朝鮮人の集住地域「ウトロ地区」についてまとめてみました。

 

ウトロ地区の場所は「京都府宇治市伊勢田町ウトロ51番地」で、陸上自衛隊大久保駐屯地の北隣に張り付くように所在しています。地図はGoogleマップなどでも確認可能です。

 

ウトロ地区の歴史は、第二次世界大戦中にまで遡り、同地区に飛行場と飛行機工場を建設するための労働者として集まった朝鮮半島出身者がルーツとなっています。

 

戦争が終結した後もGHQからの退去命令を無視して同地域に居座り続けた朝鮮半島出身者が、そのまま居住域を形成し、その親族や子供、別の地域から移住してきた人々によって次第に集落化していきました。

 

戦後、この地域は民間企業の所有地となったため住民らは不法占拠状態となって立ち退きを求められましたがこれを拒否して訴訟に発展するなど紆余曲折がありました。

 

現在は不法占拠状態解消の目処が立ち、住民らは支援団体などによって買い取られた土地に建設された市営住宅への移住を開始しています。

 

こうした歴史的な背景から、ウトロ地区は危険で闇が深く怖いといったイメージが定着していますが、実際にはそれほど危険な場所ではなく、節度を守って訪れている限りは取り立てて怖いという事はありません。

 

ウトロ地区出身の芸能人としては、タレントの安田美沙子さんの名前が噂されていましたが、これは事実ではなくデマ情報です。

 

2021年には、韓国に敵対感情を持つ有本匠吾という22歳無職の男が、ウトロ地区内の建物に放火をして、7棟が燃える火災を引き起こし、その後逮捕されています。

 

現在のウトロ地区については、住民の市営住宅移住が進んでいるほか、ウトロ平和記念館が開館するなど問題の解決に向けて前進が見られます。

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