日本のスラム街(貧民窟)の有名ランキング20選!ドヤ街&不法占拠など【最新決定版】

日本にもスラム街(貧民窟)のような場所が東京や大阪などの大都市には点在しています。スラム街はドヤ街だったり、不法占拠した人が住む場所に多いようです。

 

日本のスラム街の有名ランキングTOP20をまとめました。

この記事の目次

スラム街(貧民窟)とは

 

出典:toyokeizai.net

 

スラム街とは、貧困層が過密状態で住んでいる地区のことです。掘っ立て小屋のようなものが立ち並び、荒廃とした独特の雰囲気を放っています。

 

スラム街では教育や医療、その他のサービスは受けることができず、行政が下手に介入できない状態であることが多いため、一種の無法地帯と化していることが多いです。スラム街の住民たちは次のような特徴・リスクがあります。

 

・失業率が高い
・犯罪率が高い
・治安が悪い
・麻薬やアルコール依存症のリスクが高い
・自殺率が高い

 

世界中の大都市のほとんどにスラム街が形成されていて、スラム街の住民は世界的に見ると増加傾向にあり、21世紀初頭では10億人、2030年には20億人になると推計されています。

 

現在の日本では、発展途上国にあるような「The スラム」というものはありません。

 

しかし、戦後すぐの頃(1970年代前後)まではスラム街のような場所はありました。また、一種独特の雰囲気があり、「治安が悪い」と言われるような地域はありますし、周辺住民から「あそこはスラム街のようになっている」と噂される地域はあります。

 

今から、そのような日本のスラム街の場所の有名ランキングを20位からご紹介していきます。

 

 

日本のスラム街の場所・有名ランキング20位:岐阜・国際園

出典:sockpuppet.blog.jp

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング、第20位は岐阜県にある国際園です。 岐阜県岐阜市花園町にある国際園は青線、つまり非合法な売春街でした。

 

もともとは、戦後に金神社境内で私娼窟ができていたのですが、立ち退き計画のもとに花園町に移転してきて、そこに有名な青線が出来上がったのです。

 

現在は寂れたスナック街のようになっていますが、青線地帯だったころは一種独特の雰囲気を放っていました。

 

 

 

日本のスラム街の場所・有名ランキング19位:三河島

出典:ameblo.jp

 

日本のスラム街だった場所として有名なのは、東京都荒川区西日暮里の三河島です。三河島は西日暮里駅~日暮里駅~三河島駅あたりのエリアです。

 

このエリアは江戸時代に刑場があり、さらに屠畜場があるため、いわゆる「部落民」や朝鮮半島から移住してきた貧困層が集まり、スラム街を形成していました。

 

また、戦後は朝鮮半島から逃れるために親族を頼ってきた韓国の済州島出身者が集まり、一大コリアンタウンを形成し、一種独特の雰囲気がある街になっています。

 

 

 

日本のスラム街の場所・有名ランキング18位:本木のバタヤ部落

出典:ameblo.jp

 

東京都足立区の本木はバタヤ部落のスラム街でした。バタヤとは廃品回収業者のことです。

 

もともとこの本木は屠畜場があり、靴職人や草履職人、革産業などに従事する靴屋長屋がたくさん建設され、バタヤ達も集まってきて、バタヤ部落が形成されました。さらに、昭和恐慌や第二次世界大戦にも貧民や被災民が流れ着いたことで、戦後にはスラム街となります。

 

1960年の「不良住宅調査」では「全国最大のスラム」と表現され、1960年代には東京最大のスラム街となったのです。

 

ただ、1970年代に入ると、行政によって公営住宅斡旋が行われたため、本木のバタヤ部落(スラム街)は消滅しています。

 

 

 

日本のスラム街の場所・有名ランキング17位:小岩

出典:yorusannpo.blog

 

東京都江戸川区にある小岩は、東京23区内にありながらも「東京のスラム街」と呼ばれることがある場所です。小岩は総武線が走り、東京駅まで約15分という好立地でありながらも、風俗街やスナック、サラ金などが多くあり、昭和のディープな雰囲気が残る街です。

 

特に、本木のようなスラム街が形成されていたというわけではありませんが、やや治安が悪く、独特の雰囲気が残ることから、少し小岩を茶化す意味でも「スラム街」と呼ばれるようになったようです。

 

また、新小岩駅(新小岩駅は葛飾区ですが)が一時期自殺の名所として有名になったことから、小岩と新小岩を混同して、「小岩はヤバイ」、「そういう人(自殺を考えるような人)が多い街」と考えて、「小岩=スラム街」と思われるようになった可能性もあります。

 

「月曜から夜ふかし」では小岩をヤバい街として紹介していて、マツコ・デラックスさんが小岩を絶賛(?)していたことも、小岩=スラム街っぽいというイメージがついた理由かもしれません。

 

 

 

日本のスラム街の場所・有名ランキング16位:沖縄県コザ市

出典:4travel.jp

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング16位は、沖縄県コザ市です。沖縄県コザ市は現在、沖縄県沖縄市になっていますが、このコザ市はもともとはアメリカ兵向けの歓楽街で、遊郭のようなものがありました。

 

その後、日本人向けのちょんの間(元赤線・青線が合った地区)となり、スラム街のようになっていきました。

 

「でも、このあたリはまだ土曜の夜になれば人で賑わってます。どスラムはこの裏」
銀天街と書かれたアーケードをくぐると、街全体が廃墟のようだった。今は摘発で潰れたちょんの間、吉原があった場所でもある。

 

引用:【動画】人気ラッパーRICK-Cと 沖縄最暗部「コザのどスラム」に潜入 | 覚醒ナックルズ – Part 2

 

以前は、荒廃した独特の雰囲気があったことから、「コザはスラム街」と言われていました。現在は沖縄市となり生まれ変わっていますが、治安が悪い地域、寂れて雰囲気が怪しい地域は残っています。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング15位:香里園駅西口

出典:tamagazou.machinami.net

 

大阪府寝屋川市にある香里園の西口は独特で治安が悪く、スラム街に近い雰囲気がある場所です。もともと、寝屋川市自体が「スラム街」と呼ばれることがあります。

 

そのスラム街「寝屋川市」の中でも、香里園駅の西口は治安が悪く、怪しげで寂れていて、ごちゃごちゃ&混とんとした商店街があります。カオスな雰囲気があり、暴力団の事務所もあって、アウトローな場所です。

 

香里園東口はスラム街と呼ばれる西口とはかなり雰囲気が違っていて、スラム街感はありません。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング14位:福岡の千代

出典:allxa.blog114.fc2.com

 

福岡県福岡市博多区の千代という場所は、九州最大のスラム街と呼ばれています。千代は戦後にバラックが立ち並び、在日朝鮮人が多く住んでいました。これらのバラックは不法占拠だったと言われています。

 

当時は、バラックや木造の長屋が立ち並び、住居環境が劣悪だったために、スラム街のような雰囲気がありました。現在も所々スラム街の時の名残が残っているほか、コリアンタウンとなっていて、焼き肉屋やホルモン屋、韓国食材店などが集まっています。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング13位:樋之口町

出典:youtube.com

 

大阪府大阪市北区樋之口町の大川沿いのエリアも、スラム街として有名な場所でした。天満駅から徒歩15分のエリアは、戦後の混乱期にそこにバラックが建てられ、不法占拠が行われ、そのエリアはスラム街化しています。

 

現在でもそのバラックは残っていて、日本とは思えないような風景が広がっています。このバラックには誰かが住んでいるようで、「居住権」を盾に不法占拠を続けていて、行政側も積極的な撤去は行っていないようです。

 

しかも、この樋之口町のスラム街の近くには、シティタワー・大阪天満という高層タワーマンションが建築されています。

 

このスラム街と最新タワーマンションの対比は、現代社会の闇を思い起こさせるものとなっています。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング12位:千川のバタヤ部落

出典:j-koreans.org

 

日本のスラム街で有名なものには、千川のバタヤ部落もあります。

 

池袋の近くにある東京都豊島区要町。この千川駅近くの要町三丁目の交差点には、戦後にバタヤ(廃品回収業者)稼業の人たちが、約2600坪のエリアに2000人も住んでいました。1人あたり約1坪(畳2畳分)ですから、人口密度はかなり高かったことがわかります。

 

このバタヤ稼業の人たちは在日コリアンの人たちが多く、不法占拠をしてこの千川のバタヤ部落を形成していました。

 

一時期2000人が住んでいたバタヤ部落は、日本の高度経済成長と共に少しずつ縮小されて、消滅しました。現在の千川のバタヤ部落があった場所にはスーパー(ライフ)やライオンズマンションが建っていて、スラム街だった面影は残されていません。

 

 

 

日本のスラム街の場所・有名ランキング11位:新川スラム&高速長田

出典:ja.wikipedia.org

 

日本のスラム街の場所・有名ランキングの11位は新川スラムと高速長田です。新川スラムは、兵庫県神戸市中央区の南本町通で、明治時代には「新川スラム」と呼ばれるスラム街を形成していました。

 

新川スラムは当時は日本最大のスラム街でしたが、現在はその面影は残っていません。

 

それに代わるようにして形成された神戸のスラム街が高速長田周辺です。この辺りは神戸のコリアンタウンで、治安が悪いことで有名でした。

 

神戸には長年住んでいましたが、それこそ高速長田-大開(兵庫区になりますが)辺りは、震災前は立ち入り禁止レベルと言われていたこともあったのですが、今はそこまででもないようです。

 

引用:神戸市長田区と西成ではどちらのほうが治安悪いのでしょうか? – 以前… – Yahoo!知恵袋

 

ただ、阪神淡路大震災以降は、高速長田あたりも少しずつ変わってきているようです。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング10位:松山市石手川

出典:twitter.com

 

愛媛県松山市石手川の蒼社川沿いにバラックが立ち並び、独特の雰囲気がある場所があります。ボロボロのバラックが並ぶこのエリアはもともとは国有地でした。しかし、戦後の混乱期にバラックが建てられ、不法に占拠された状態が続いています。

 

現在でもそのバラックで生活している人々がいて、一種の無法地帯と化しています。不法占拠しているバラックは無秩序に建てられていて、ボロボロで一種独特な雰囲気があるため、「スラム街」と言っても過言ではない場所になっています。

 

愛媛県と松山市は強制退去を視野に入れていたことがあったようですが、「居住権」の問題の為か、現在でも強制退去は行われていません。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング9位:川崎市日進町

出典:e-kansai.net

 

神奈川県川崎市川崎区にある日進町にも、スラム街のような場所があります。この日進町はドヤ街と呼ばれる場所で、日雇い労働者が多く住み、日雇い労働者のための簡易宿泊所が多く存在していました。

 

周辺にはNTTDoCoMo川崎ビルや川崎日航ホテルなどのビルが立ち並ぶようになり、ドヤ街との格差が顕著になっています。

 

また、2015年には簡易宿泊所で火災があり11名が死亡する事件がありました。この事件をきっかけに高齢者の日雇い労働者が減少して、スラム街のような雰囲気ではなくなっています。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング8位:崇仁地区

出典:www.ktv.jp

 

京都駅近くにもスラム街はありました。京都駅の東側に位置する崇仁地区は部落民や在日コリアンの人たちが集まって住んでいた場所でした。

 

バラックが立ち並ぶエリアであり、江戸時代から差別されてきた人たちが住むエリアだったこともあって、アンタッチャブルな場所であり、戦後も京都の中でも特に開発が遅れた地域です。

 

「(自宅は)この辺やった。悲惨やったで。トイレは、7、8軒が共同やろ、水道は引かれてへん、ガスは引かれてない。それで、河原町から向こう(西側)へ行ったら、ガスも水道も引かれている」

 

引用:【特集】差別と闘い、勝ち取った「改良住宅」から引越し…変わる「崇仁地区」 割り切れない住民の思い | 特集 | 報道ランナー | ニュース | 関西テレビ放送 カンテレ

 

現在は戦後に建てられた古びた公営住宅が残っていますが、スラム街のような雰囲気はなく、京都市立芸術大学が移転してくる予定になっているので、街の雰囲気は大きく変わりつつあります。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング7位:笹島ドヤ街

出典:kshun100.blog.fc2.com

 

愛知県名古屋市中村区椿町にもスラム街のような場所があります。名古屋のターミナル駅である名古屋駅の太閤通口側は「笹島ドヤ街」と呼ばれる場所、スラム街のような雰囲気が残るエリアです。

 

笹島ドヤ街は戦後に闇市が建ち、名古屋駅が新設されるときには日雇い労働者が生活するドヤ街でした。その名残は今でも残っていて、ターミナル駅のすぐ近くなのに昭和の香りが漂う古い建物が残り、開発が遅れています。

 

名古屋駅の東側は「大都市名古屋」そのもので華やかな雰囲気ですが、西側の「太閤通口」は駅裏と呼ばれていて、古びた独特の雰囲気が残っています。

 

 

 

日本のスラム街の場所・有名ランキング6位:ウトロ地区

出典:utoro.jp

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング、第6位はウトロ地区です。

 

ウトロ地区は京都府宇治市伊勢田町51番地の場所にあるスラム街です。ウトロ地区は在日コリアンが集まっていた地区で、戦時中に飛行場を作る建設労働者たちが使っていた飯場だった場所です。

もともと、在日コリアンが多かった地区ですが、1930年代からさらに朝鮮半島からのコリアンが集まり、さらに戦後も在日コリアンが合流しました。

飯場だったウトロ地区に戦前から住んでいた在日コリアンたちは、そのまま不法占拠を続け、ウトロ地区はバラックが立ち並ぶスラム街になっています。

ずっと不法占拠状態が続いていましたが、2016年にウトロ地区に市営住宅が建つことになり、ウトロ地区の住人はその市営住宅に住むことで、ウトロ地区のスラム街は取り壊されました。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング5位:川崎池上町

出典:sankei.com

 

日本の有名スラム街の1つが、川崎市の池上町です。川崎市川崎区池上町はそのほとんどが日本鋼管(現・JFEスチール)が所有する土地です。

 

戦前は荒地でした。そして、そこに工場で働くために朝鮮半島からやってきたコリアンたちがそこにバラックを建てて住むようになります。コリアンたちは池上町に集まり始め、1939年に日本鋼管(現・JFEスチール)が土地を買い上げて飯場を作ります。

 

戦後の混乱期はさらに在日コリアンが集まり、不法占拠を続けることになりました。池上町の家はボロボロのバラックで、不法占拠のために行政サービスは受けられないこともあり、池上町はスラム街のような独特の雰囲気が漂っています。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング4位:竹ノ塚

出典:diamond.jp

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング、第4位は竹ノ塚です。竹ノ塚は東京都足立区竹の塚にある場所で、足立区の北部にあり、隣は埼玉県になります。

 

この竹ノ塚は住宅が密集していて、よく言えば下町、悪く言えばスラム街のような雰囲気があります。竹ノ塚の駅前には消費者金融やパチンコ店、水商売・風俗店などが立ち並び、東京の中でも治安が悪く、「女性の一人暮らし」にはおすすめできない場所とも言われています。

 

また、住みたくない街の上位の常連の街で、インターネット上の情報では「民度が低い」、「ごみが散乱していて住民の質が悪い」とも言われています。

 

また、リトルマニラと呼ばれるほど、フィリピンパブが多く、さらに在日コリアンが多い地域でもありますので、コリアンとフィリピン人が多く、日本とは少し違う雰囲気が漂っています。

 

では「竹ノ塚」駅周辺はというと、はっきりいって治安が良いとはいえません。特に歓楽街のある「竹の塚1丁目」の犯罪率は高いので、物件を選ぶ際には避けたほうが無難です。

 

引用:治安の悪さで有名な「足立区・竹ノ塚」団地の奥に広がるのは… | 富裕層向け資産防衛メディア | 幻冬舎ゴールドオンライン

 

東京都民からも、竹ノ塚=スラム街・治安が悪いと思われている街です。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング3位:寿町

出典:plaza.rakuten.co.jp

 

日本のスラム街の場所有名ランキングの第3位は、横浜にある寿町です。寿町は神奈川県横浜市中区にあるドヤ街です。寿町は東京の山谷、大阪のあいりん地区(釜ヶ崎)に並ぶ日本三大ドヤ街の1つです。

 

この寿地区は1955年(昭和30年)まではアメリカ軍が接収していました。接収が終わった後は、日雇い労働者向けの簡易宿泊所が建設されるようになり、港湾労働に携わる日雇い労働者が多く集まり、大岡川沿岸にはバラックが立ち並び、ドヤ街が形成されました。

 

大岡川沿岸のバラック群は「大岡川スラム」と呼ばれるようになりました。

 

また、この寿町や大岡川スラムは、青線地帯(非合法の売春地帯)や麻薬の密売地域としても知られる場所で、麻薬に関しては警察っていの取り締まりで供給源を断たれた中毒者200人が路上に飛び出すという事件もあったほどです。

 

1990年代からは中国や東南アジア、中米などの外国人売春婦が流入するようになりました。現在は簡易宿泊所に観光客を呼び込もうとしていますが、治安の問題や日雇い労働者のトラブルなど問題が山積みとなっています。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング2位:山谷地区

出典:yorusannpo.blog.jp

 

東京のスラム街として有名な場所は、山谷地区でしょう。山谷は東京都台東区の北東部にある地域で、現在の清川・日本堤・東浅草付近にあります。横浜の寿町、大阪西成のあいりん地区と並び、日本三大ドヤ街の1つです。

 

山谷は太平洋戦争後に東京都が東京大空襲などの被災者のために、仮の宿泊所を用意したことが始まりで、この仮の宿泊所が簡易施設へと変わっていきました。そして、戦後の日本の復興・高度経済成長期になると、日雇い労働者の労働重要が高まり、山谷に日雇い労働者が大勢流入してきました。

 

そして、東京で唯一のドヤ街が形成され、東京最大級のスラム街となっていったのです。

 

山谷の労働者たちは(山谷だけでなくほかのドヤ街にも当てはまりますが)劣悪な労働環境に不満を募らせていき、1960年代には数千人規模の暴動を複数回起こしています。また、生活保護費の支給の要求などで行政側とトラブルを起こしたり、警察官が山谷の日雇い労働者に刺されて死亡するなど、いろいろな事件が起こっています。

 

暴動が複数回起こるなんて、まさに「スラム街」ですよね。

 

日本最大のソープ街である吉原が隣接していたり、路上生活者も多いため、決して治安が良い場所とは言えません。

 

ただ、2002年の日韓ワールドカップごろから、外国人観光客を山谷の簡易宿泊所に呼び込む動きがあり、交通の便が良い場所であることからも評判が良く、新しい簡易宿泊所もできて、少しずつ街の雰囲気が変わっているようです。

 

 

 

日本のスラム街の場所の有名ランキング1位:西成のあいりん地区(釜ヶ崎)

出典:mainichi.jp

 

日本のスラム街の場所の有名ランキングの第1位は西成のあいりん地区です。大阪府大阪市西成区の北部にあるあいりん地区は、釜ヶ崎とも呼ばれる場所で、横浜の寿町、東京の山谷と並ぶ日本三大ドヤ街です。

 

ただ、このあいりん地区(釜ヶ崎)はほかの2つのドヤ街を寄せ付けないほどヤバいスラム街と言われています。大阪市は戦後に社会党系の市長を次々に輩出したため、西日本各地から引い雇労働者が流入し、ドヤ街が形成されました。

 

あいりん地区ではたびたび暴動が起こっていて、1961年に最初の暴動が起こり、2008年まで24回の暴動が起こっています。

 

さらに、路上生活者は分かっているだけで約1,000人近くにも上り、違法露店や不法投棄、売春、処方薬の違法売買、覚せい剤の売買などが日常的に行われる場所でした。日常的に違法行為が行われるなんて、さすが日本一有名なスラム街です。

 

しかし、橋下徹氏が大阪市長になってからは、あいりん地区の治安は良くなり、あいりん地区のすぐ近くには星野リゾートの高級ホテルがオープンするなど、少しずつ街の様子は変わっているようです。

 

 

 

 

日本のスラム街の場所・有名ランキングのまとめ

日本のスラム街の場所・有名ランキングを20位から1位までまとめました。日本のスラム街は、発展途上国の本当のスラム街と比べると、本当の意味での「スラム街」とは言えないものばかりです。

 

ただ、独特の雰囲気で治安が悪いところが多いので、足を踏み入れる時には注意した方が良いと思います。

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