1997年3月に起こった東電OL殺人事件を覚えていますか?この事件の被害者はエリート社員と立ちんぼという2つの顔を持っていたことで大きな話題になりました。
東電OL殺人事件の被害者の渡辺泰子さんの生い立ちや親・家族、経歴と結婚の有無、事件前に見られた奇行、事件の概要や死因、現場、逮捕されたゴビンダさんが無罪になった理由、真犯人や真相についてまとめました。
この記事の目次
渡辺泰子は東電OL殺人事件の被害者
渡辺泰子
生年月日:1957年6月7日
没年月日:1997年3月9日
年齢:39歳(事件時)
職業:東京電力の社員
渡辺泰子さんは1997年3月9日未明に起こった東電OL殺人事件の被害者です。
事件当時39歳で、東京電力の管理職に就いていたエリート社員でした。
渡辺泰子さんは東京電力のエリート社員という社会的に立派とされる立場にいましたが、夜は毎日立ちんぼをしていました。被害者は昼はエリート社員、夜は売春婦という2つの顔を持っていたことで、マスコミがこの東電OL殺人事件と被害者の渡辺泰子さんのことをセンセーショナルに報じました。
また、一度は犯人として逮捕されたネパール人のゴビンダさんは冤罪で無罪判決となったことで、渡辺泰子さんを殺害した真犯人は不明であり真相がわからないままになっています。
東電OL殺人事件の概要
1997年3月19日、東京都渋谷区円山町にあるアパートの1階空室で、女性の遺体が発見されました。
警察の捜査により、この女性は東京電力社員の渡辺泰子さん(39歳)と判明しました。渡辺泰子さんは3月8日に自宅を出て、同日の深夜に現場付近で目撃されたのを最後に行方が分からなくなってました。
渡辺さんの膣内には精液が残っていたほか、所持していたと思われる4万円がなくなっていました。
捜査により、現場の隣のビル4階に住む不法滞在のネパール人ゴビンダ・プラサド・マイナリさんが5月20日に逮捕されました。ゴビンダさんは容疑を否認し、最高裁まで争ったものの有罪判決となりましたが、再審請求が通り、2012年に無罪が確定しています。
渡辺泰子(東電OL殺人事件)の親・家族
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渡辺泰子さんは4人家族で育ちました。
・父親
・母親
・渡辺泰子
・妹
妹は6歳年下です。
高学歴のエリート家族
渡辺泰子さんのご両親は高学歴のエリートです。
父親は東京大学工学部電気工学科を卒業後、東京電力に入社した技術畑の人です。東京電力の幹部候補になり、役員昇進も視野に入っていましたが、渡辺泰子さんが大学2年生の時に52歳で亡くなっています。
一説によると、父親は反原発派であり、そのことで出世できなかったとも言われています。
母親は有名国立大学の教授の娘で、家族・親戚には学者や医師が多い名門家系であり、日本女子大学を卒業しています。
渡辺泰子と親・家族の関係
渡辺泰子さんの家族関係はやや歪んでいるものでした。
渡辺泰子さんは父親と非常に仲が良く、父親を尊敬していました。
しかし、母親と6歳下の妹とはさほど仲が良いわけではなく、会話もあまりなかったとのこと。
家族内では、「渡辺泰子+父親 VS 母親+妹」という対立構造になっていたと言われています。
事件当時、渡辺泰子さんは実家で母親と妹との3人暮らしでしたが、母親は渡辺泰子さんが毎日売春をしていることを知っていたけれど、見て見ぬふりをしていたと言われています。
また、渡辺泰子さんが殺害されてから遺体が発見されるまで10日ありましたが、毎日帰宅していた娘が10日間音信不通になっても、捜索願は出されていませんでした。
このことから、渡辺泰子さんと母親・妹の関係性はあまり良いものではなかったと考えることができます。
渡辺泰子(東電OL殺人事件)の生い立ち
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渡辺泰子さんは1957年に東京都品川区で生まれました。子供の頃から真面目で勉強ができるタイプだったこともあり、慶應義塾女子高校から慶應義塾大学経済学部に進学しました。
彼女は、父親に溺愛されて育った。高校から慶應に通う才女に、父は自分の後継者として、あるいは「長男のように」期待をかけていたという。
父親から期待されて育ったようです。父親からの期待・愛情を一身に受けて育つ中で、渡辺泰子さんは母親・妹と距離ができてしまったのかもしれません。
渡辺泰子(東電OL殺人事件)の経歴
父親の死と東京電力入社
渡辺泰子さんは慶應義塾大学経済学部に入学し、国家公務員上級試験を目指して勉強に励んでいました。
しかし、大学2年生の時に最愛の父親が胆管ガンで52歳の若さで他界します。
父親の他界は非常にショックだったようで、この頃に渡辺泰子さんは激やせして、摂食障害になったようです。
ふっくらしていた体つきはがりがりに痩せ、人を寄せつけない雰囲気をもっていたという。摂食障害に陥っていたという話がある。
この時のショックが尾を引いたのか、目指していた国家公務員上級試験もうまくいかず、父親と同じ東京電力に入社することになりました。
東京電力初の女性総合職もエリートコースから外れる
1980年に東京電力に「初の女性総合職」として就職した渡辺泰子さんは、「亡き父の名を汚さぬようがんばります」と宣言し、仕事に邁進します。
しかし、1985年に東京電力内でハーバード大学留学選抜に選ばれなかったという挫折を味わいます。この選抜はライバルの女性社員が選ばれました。この頃に、再び摂食障害を発症したと言われています。
それでも、渡辺泰子さんは企画部調査課に所属し、東洋経済新報社が主宰する民間経済学者・高橋亀吉賞に論文を応募して、佳作に入選するなど、仕事に全力で取り組んでいました。
しかし、1988年に民間のシンクタンクに出向を命じられ、出世コースから大きく一歩遅れることになりました。
1993年には東京電力の電力事業に対する経済の影響を研究する部署である企画部経済調査室長副長に昇進し、管理職に就いています。
事件当時も東京電力の社員であり、政界との連絡役などの仕事も請け負っていました。
1989年頃から夜の仕事を始める
初の女性総合職として鳴り物入りで東京電力に入社した渡辺泰子さんは、1989年頃から夜の世界に足を踏み入れます。
東京電力は副業禁止でしたが、1989年頃からはクラブのホステスを始め、1991年頃からは渋谷で立ちんぼをするようになります。さらに亡くなる前年からは、会社が休みの土日には五反田の「マゾッ娘宅配便」というホテヘルでも働くようになりました。
昼はエリート社員夜は売春の生活
1991年頃から渋谷で売春をするようになった渡辺泰子さんは、昼はエリート社員、夜は売春婦という生活を送るようになります。
東京電力では企画部経済調査室に所属して、月に1~2本の報告書をコツコツと作成していましたが、夜も自分にノルマを課して客を取っていたのです。
渡辺泰子さんは「1日4人」をノルマとしていて、しかも必ず終電で杉並区永福にある自宅に帰っていました。渡辺泰子さんの売春価格は2万5000円~4万円程度でしたが、客が取れなくてノルマが達成できない時は数千円、時には2000円まで下げていました。
また、嫌がる客を駐車場に引っ張って行って、そこで性行為をしたこともあったとのこと。
「売春」ではありますが、渡辺泰子さんの異常なまでに真面目で、絶対にノルマを守るという決意を見えてきます。
立ちんぼをしていた頃の渡辺泰子さんの生活を見ていきましょう。
・7時:出社のために自宅を出る
・17時:定時退社
・18時過ぎ:渋谷の109に行き、化粧室でメイクをしてウィッグをつけて円山町へ
・18時過ぎ~終電まで:売春(ノルマ4人)
・翌0時30分ごろ:終電で永福町の自宅に帰る
これを平日は毎日続けていました。土日は午後から五反田のホテトルに出勤し、夜からはまた渋谷の円山町で立ちんぼです。
この生活を毎日休みなく続けていました。そして、事件に巻き込まれてしまったのです。
渡辺泰子(東電OL殺人事件)は結婚していない
渡辺泰子さんは事件当時39歳でしたが、結婚してませんでした。結婚歴もなく独身だったんです。
いくら「東京電力初の女性総合職」と言っても、女性は結婚するのが当たり前の時代でした。周囲からは「結婚しないの?」と言われ、「結婚できないオールドミス」という烙印を押されたことも、後述のように渡辺泰子さんが精神を病んでいった原因の1つかもしれません。
渡辺泰子(東電OL殺人事件)は精神を病んでいた?
東電OL殺人事件の被害者である渡辺泰子さんは、事件前は精神的にかなり病んでいたと言われています。昼は大企業のエリート社員、夜は売春婦。しかも、自分に売春のノルマを課して、休むことなく毎日売春を続けたというのは普通のことではありません。
また、渡辺泰子さんの事件前の行動が判明するにつれて、渡辺泰子さんの異常さが目立つようになり、さらに渡辺泰子さんの周囲の人や家族は、誰も彼女に救いの手を差し伸べなかったのかと思えてきます。
拒食症になっていた
渡辺泰子さんは事件当時はかなり痩せていて、摂食障害(拒食症)になっていた可能性が高いです。
渡辺泰子さんの売春婦をしていた時の写真が週刊誌に掲載されましたが、鎖骨が浮き出てて、痛々しいほど痩せています。
当時の渡辺泰子さんは169cmで44kgしかなかったとのこと。
売春をしていた円山町にあるコンビニエンスストアの店員は、渡辺さんはコンビニでおでんを購入する時はこんにゃくなどの低カロリーの具材に大量のおでん出汁を容器に入れていたと証言してます。また、客からは「骨と皮だけのような肉体だった」との証言があります。
渡辺泰子さんは父親が大学2年の時に亡くなったのをきっかけに摂食障害を発症。一度は治ったものの、また20代で再発、さらに30代半ば~後半にかけて再々発・悪化したようです。
それだけストレスがかかった状態だったし、精神的に不安定になっていたものと考えることができます。
お金目当てではない売春
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一般的に売春をする女性は経済的に困窮したから、仕方がなく体を売るというケースが多いです。
歌舞伎町の大久保公園周辺の「立ちんぼ」の女性たちも、ホストに貢いだり、売り掛けのお金を支払うためなど「金銭目的」で売春をしていることが多いですよね。
でも、渡辺泰子さんはお金目的で売春をしていたわけではないようです。
なぜなら、渡辺泰子さんの事件当時の年収は約1000万円だからです。東京電力の管理職となれば、年収は1000万円超えるのは納得です。
しかも、東京電力の株式などを持っていたため、個人資産は7000万円もありました。
倒産のリスクはない東京電力で年収1000万円、30代で個人資産は7000万円。定年まで働けば、結婚していなくても老後の心配はないですよね。心配どころか、リッチな老後を送ることができるだけの財力はあるはずです。
それなのに、売春をしていた。しかも、毎日毎日休みなく、「1日4人」をノルマにして、さらに土日はホテトルと掛け持ちしていた理由は、「自傷行為」と言えるのではないでしょうか。
自傷行為と言うと、リストカットなどを思い浮かべる人が多いと思いますが、不特定多数の人と性行為をするなど自分の身体を大切にしないような性の逸脱行為も自傷行為の1つとされています。
一般的に誤解されていることが多いが、セックス依存症とは、ただ快楽に浸り続けているわけではなく、自分の体を大切に扱うことができない自傷行為なのだ。ただ、本人にとっては、不特定多数の男性とセックスを繰り返すことが不安や葛藤、痛みを和らげる鎮痛作用=自己治療の側面もあるため、それが影響して自ら風俗店で働くことを望むケースも少なくない。
精神的に不安定で病んでいるから、自傷行為をしてしまう。その自傷行為は、渡辺泰子さんの場合、立ちんぼ・売春という形になったのかもしれませんね。
そうでないと、一切お金に困っていないのに、毎日毎日ノルマを課して売春をするという説明ができません。
奇行が目立つ
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渡辺泰子さんは事件前は奇行が目立っていました。
・路上で放尿
・ホテルの室内やベッドで排泄
・終電で菓子パンやおでんを食べる
・ビール瓶を拾って換金する
・コンビニで万引きをしていた
・2000~3000円で屋外(駐車場など)で性行為をすることもあった
ビール瓶の換金は奇行とは言えませんが、落ちているビール瓶を拾って大企業社員が換金するというのは異様な光景ですよね。
トイレではない所で排泄をするというのは、もう精神的には追い込まれている。専門的な治療が必要な状態だったことは間違いないでしょう。
もしかしたら、「法律や倫理的に禁止されていることをやる」ことが、渡辺泰子さんにとってストレス発散になっていたのかもしれません。
渡辺泰子に救いの手を差し伸べず
渡辺泰子さんは事件前、精神的にかなり病んでいたことは間違いないでしょう。がりがりに痩せた状態で、毎日売春し、奇行を繰り返していたら、誰かしら救いの手を差し伸べなかったのかと思ってしまいます。
でも、母親は娘の渡辺泰子さんが売春をしていたことは知っていても放っておいたようですし、職場の東京電力内でも渡辺泰子さんが売春をしていたことは知れ渡っていたようです。
隠蔽体質の最たるものは泰子が夜の商売をしていることを、東電の連中がみんな知っていたことだよ。それでいて社員が身体を売っているなんて認めるわけにいかないから処分するでもなく、ロクに寝てないから会議中にウトウトする泰子を、同僚はみんなでバカにして笑っていた。どれだけ陰険な会社かわかるだろ。
渡辺泰子さんの心の中はわかりませんが、孤独で誰も助けてもらえず追い込まれていったのかもしれませんね。
渡辺泰子(東電OL殺人事件)が精神的に病んだ理由は?
渡辺泰子さんがここまで精神的に病んだ理由は、父親の死と挫折が関係しているのではないでしょうか。
大学2年生の時に尊敬し理想としていた父親が亡くなったことで大きなショックを受けています。
その後、父親のようになるために東京電力に入社したものの、思うような成果を上げることができませんでした。
ハーバード大学留学の選抜には選ばれませんでしたし、1988年には出世コースを外れて民間のシンクタンクに出向することになりました。これは、渡辺泰子さんにとって大きな挫折だったはずです。
また、当時は今以上に「女性」という理由だけで出世できない風潮もありました。どんなに頑張っても、男性社員に後れを取ることになり、父親のようになれない。
そんなストレス・挫折・絶望感で渡辺泰子さんは精神的なバランスを崩し、「父親の期待に応えられないダメな自分」という烙印を自分自身に押して、自傷行為として売春をするようになり、売春をしたことでさらに精神を病んでいって奇行に走っていったのかもしれません。
渡辺泰子(東電OL殺人事件)の事件当日の行動
事件が起こった1997年3月8日は土曜日で会社は休みでした。
渡辺泰子さんは昼から五反田のホテトルに出勤していましたが、客がつかなかったため、17時30分ごろにホテトルを出て、渋谷に向かいます。
19時ごろに常連客の男性と会い、ラブホテルに行って、避妊せずに性交しています(この男性の血液型はO型)。その後、シャワーを浴びて、22時16分ごろにホテルを出て、男性と別れ、円山町で立ちんぼを開始します。
23時30分前後に事件現場の「喜寿荘」に通じる階段で、渡辺泰子さんと思われる女性と東南アジア系の男性が一緒にいるのを目撃されています。
そして、翌0時ごろに「喜寿荘」の201号室(現場の真上の部屋)の住民が、現場から男女の喘ぎ声を聞いています。
これ以降、渡辺泰子さんの行方は分からなくなり、無断外泊をしたことはなかったものの、捜索願などは出されないまま、3月19日に遺体となって発見されました。
渡辺泰子(東電OL殺人事件)の死因
渡辺泰子さんの死因は、頸部圧迫による窒息死です。
司法解剖の結果、被害者の死因は頸部圧迫による窒息死と推定されました。
つまり、犯人に首を絞められて殺害されたということになります。遺体発見時、着衣に乱れはありませんでしたが、頭部、顔面部等に打撲傷、擦過傷があり、膣内にはO型の精子が残っていました。
また、ショルダーバッグが残っていましたが、現金4万円がなくなっていました。
渡辺泰子が被害者となった東電OL殺人事件の現場
出典:jiji.com
渡辺泰子さんが殺害された現場は、渋谷区円山町にあった「喜寿荘」101号室です。事件当時、事件現場は空室になっていて、誰も住んでいませんでした。
お世辞にもキレイとは言えない古いアパートで、事件当時は施錠されておらず、渡辺泰子さんはこの現場で犯人と性交後に殺害されたと見られています。
現場は現在民泊に!?
この東電OL殺人事件の現場は1966年に建てられた古いアパートですが、現在は何と「民泊」として使われているそうです。
「中国人らしき人たちが住んでるみたい。夜中によく出入りしてるよ」
「民泊にも使われているようです。大きなスーツケースを転がして、白人の方が部屋に入っていくのをよく見ます」
なるほど、現場となった部屋のドアの鍵は、民泊に使われる部屋でよく見られる「テンキー錠」に変わっていた。
日本人にとっては事故物件であり、そのような古いアパートに入居する人はいませんが、外国人旅行者にとっては渋谷から徒歩圏内にあるレトロで安い民泊になるのかもしれません。未解決の殺人事件現場が民泊として使われているのは衝撃ですね。
渡辺泰子・東電OL殺人事件で逮捕された犯人は無罪判決に
ネパール人のゴビンダさんが犯人として逮捕された
東電OL殺人事件では、現場の隣のビル4階に住むネパール人男性のゴビンダさんが逮捕されました。
逮捕された理由には主に次のようなものがあります。
・現場のカギを持っていた
・不法滞在だった
・現場からゴビンダさんの毛髪が採取された
・現場のトイレに捨てられたコンドームからゴビンダさんのDNAが検出された
ただ、ゴビンダさんは無罪を主張していました。
無期懲役が確定
裁判では第一審では現場に第三者がいたことを否定できないとして、ゴビンダさんに無罪判決が出たものの、第二審では無期懲役の判決、最高裁では上告が棄却され、2003年に無期懲役が確定しています。
再審請求で無罪判決!
一貫して無罪を主張していたゴビンダさんは2005年3月に再審請求をします。2011年に弁護側の要請で現場で採取された物証のうちDNA鑑定されていないもののDNA鑑定を実施したところ、次の事実が明らかになりました。
・渡辺泰子さんの膣内から発見された体液はゴビンダさんのものではない
・現場の陰毛や被害者の爪から採取されたDNAと膣内の精液のDNAが一致
部屋に残されていた陰毛や被害者の爪からも、膣内に残されていた体液と同じDNAの皮膚片が発見され、真犯人は被害女性の体内に体液を残した男ということが明白となった。
引用:東京電力のエリート社員はなぜ路上でカラダを売っていたのか、本当の犯人はどこへ…「東電OL殺人事件」が残した“2つの謎”(1997年の事件) | 文春オンライン
このDNA鑑定により再審が行われ、2012年にゴビンダさんに無罪が言い渡されました。
渡辺泰子殺害の真犯人は?東電OL殺人事件の真相
渡辺泰子の定期券が巣鴨で発見
ゴビンダさんに無罪判決が言い渡され、冤罪だったことが明らかになったことで、問題になるのは事件の真相と真犯人についてです。
真犯人につながる手掛かりは「巣鴨」です。
渡辺泰子さんの定期入れは、事件から4日後(遺体発見の1週間前)の3月12日に巣鴨にある民家の庭に落ちていました。渡辺泰子さんは巣鴨に土地勘はありません。会社も自宅も売春エリアも違う場所なので、巣鴨に行く理由はありません。
それなのに、なぜか渡辺泰子さんの定期入れは巣鴨にあったんです。
ということは、巣鴨に土地勘があり、事件当日に渡辺泰子さんと性交した人物(客?)が真犯人ということになります。
週刊アサヒ芸能には、巣鴨に土地勘があり、渡辺泰子さんと面識があり、現場に残された体液等の血液型と一致する人物がいると書かれていました。
釜田は被害者と接点があり、事件直前に被害者と揉めていた男に酷似していた。また、犯行現場に残された「第三者」の遺留品と血液型も一致していた。定期券入れが捨てられた巣鴨に土地鑑も持っていた。今でも「真犯人」の要素を持つ重要人物だと思っている。
また、週刊文春では事件当時、巣鴨にはイラン人やバングラデシュ人が多く住んでいて、怪しい雰囲気があったと報じました。
ちなみに、定期券が発見された場所の周辺には、1997年当時、イラン人やバングラデシュ人などが多く暮らしていた。特にイラン人は、違法テレフォンカードを販売したり、不法滞在をしながら暮らしている者も少なくなかった。
引用:(2ページ目)東京電力のエリート社員はなぜ路上でカラダを売っていたのか、本当の犯人はどこへ…「東電OL殺人事件」が残した“2つの謎”(1997年の事件) | 文春オンライン
最後に渡辺泰子さんを現場付近で目撃した人の証言によると、東南アジア系の男性と一緒にいたそうですので、「イラン人」「バングラデシュ人」は怪しいかもしれませんね。
すでに死亡または出国済みか
渡辺泰子さんが殺害された東電OL殺人事件は未解決のままで真犯人や事件の真相はわかっていません。
ただ、真犯人はもしかしたらもう逮捕できない状態になっている可能性が高いです。
上記の週刊アサヒ芸能が報じた人物が真犯人の可能性は低いでしょう。週刊アサヒの情報によると、この人物は別件で逮捕されたこともあるようです。渡辺泰子さんと接点があった人物が逮捕されたら、DNA鑑定はされているはず。それでも、真犯人として逮捕されないということはDNAが一致しなかったのでしょう。
目撃証言から、真犯人は外国人の可能性があります。4万円を盗んでいることからも、怨恨よりも支払い時のトラブルから事件に発展したと考えられます。ただ、外国人が犯人だった場合、すでに出国しているのではないでしょうか。
普通に考えて、外国人が日本で殺人を犯してしまったら、日本から逃亡して母国に戻ろうと考えますよね。出国して母国に帰ってしまったら、日本の警察が逮捕するのはほぼ不可能です。
これだけセンセーショナルに報じられた東電OL殺人事件がまだ未解決ということは、真犯人はすでに出国、もしくは何らかの理由で死亡しているのかもしれません。
渡辺泰子(東電OL殺人事件)のまとめ
東電OL殺人事件の概要と被害者である渡辺泰子さんの親・家族と生い立ち、経歴や結婚の有無、精神状態、死因や現場、犯人の無罪判決や事件の真相・真犯人をまとめました。
2010年に殺人罪は時効が廃止されていますので、真犯人が判明しない限り、東電OL殺人事件の捜査は続くことになります。もし、真犯人がすでに死亡していたり、外国人で出国していたりしても、なんとか真相だけでも判明してほしいです。