キメラとは異なる遺伝情報を持ち合わせた生物や、その状態を意味する言葉で、ギリシア神話の神話生物・キマイラに因んで名付けられました。この記事ではキメラの特徴や実在する本物のキメラ動物や人間、日本人にもキメラはいるのかなどを紹介します。
この記事の目次
キメラとは?特徴や雑種との違い
キメラとは2つの異なる遺伝子情報のセットを体内に持つ生物のことです。
頭がライオン、体は山羊、尻尾は蛇といったように、体内に複数の異なる生物の特徴を持つギリシア神話に登場する神話生物「キマイラ」に因んで、異種の遺伝子情報を持つ持つ生物のことを「キメラ」と呼ぶようになったとされます。
通常、生物の体は親の受精卵が細胞分裂を繰り返して作られるため、体内の細胞はすべて同じ染色体と遺伝子の情報を核内に持っています。
しかし、キメラ生物は本来は持ち得ないはずの2個体の異なる遺伝情報を保有しているのです。
なお、トラとライオンをかけ合わせたライガーや、ライオンとヒョウをかけ合わせたレオポンなどの雑種(ハイブリッドアニマル)はキメラではありません。
雑種は受精卵の核に2つの系統や染色体が含まれているものの、遺伝子のセットはすべて同じもの(クローン)であるため、キメラとはまったく異なるものとされています。
キメラ生物は実在する?動物のキメラ一覧
異種交配で生まれた雑種ではなく、動物の卵子に人間の細胞を注入するなどして人間と動物両方の遺伝子情報を持つキメラ生物を持つ生き物を作り出す実験も進められています。
ここでは近年の実験で作出された実在する動物のキメラについて紹介していきます。
①猿の細胞を持つ豚
2019年11月28日、学術雑誌「Protein & Cell」の誌上で「中国の科学院動物研究所傘下の研究チームによって、カニクイザルと豚のキメラが作出された」という論文が発表されました。
この論文によると、体外受精をさせた豚の胚盤胞にカニクイザルの胚性幹細胞を注入してから母豚に移植したところ、10匹生まれた子豚のうちの2匹が体内にカニクイザルの遺伝情報を持つキメラだったとのこと。
異なる遺伝子情報を持つキメラの子豚の心臓、肝臓、肺、膵臓、皮膚、子宮からは、ごく微量ではあるもののカニクイザルの細胞が確認されたといいます。
なお、残念ながらこの時に生まれた子豚は、キメラの個体もそうでない個体もすべて誕生から一週間以内に死亡してしまいました。子豚が短命であったのはキメラであったためではなく、豚では困難とされる体外受精によって誕生したためではないかと考えられています。
②羊と人間のキメラ胚
2018年2月、サイエンスメディア「Science Alert」が、アメリカのスタンフォード大学の研究チームによって人間と羊のキメラ胚の作出に成功したと報じました。
人間と羊のキメラ胚を作り出したのは細胞生物学者の中内啓光教授が率いるチームで、ヒトの幹細胞を羊の胚に移植することで、羊の細胞1万個につきヒトの細胞が1個含まれるキメラ胚を生み出したとされます。
このキメラ胚が羊そのものに及ぼす影響は少なく、中内啓光教授は発表当初から「キメラ胚の影響で羊の顔つきや体型、脳に人間の要素が見られる、といったことは起こりません」と説明していました。
実際に羊には人間の要素が見られることはなく、発生から28日後にキメラ胚は自然消滅したとのことです。
③背中に人間の耳を持つマウス
人間の耳を胴体に持つマウスは、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の共同研究で1997年に誕生しました。
この耳はマウスの受精卵に人間の遺伝子情報を注入したことで生まれたのではなく、牛の軟骨細胞から人間の耳の形状の軟骨を作り、それをマウスの皮の下に仕込んで体内に吸収されるのを待って定着させたものです。
理論上は人間に移植することが可能とのことですが、資金難を理由に実用はされてませんでした。
また2016年には東京大学と京都大学のチームが、同じようにラットの背中で人間の耳の軟骨を培養することに成功しています。
④人間の脳を持つマウス
出典:https://www.newscientist.com/
2014年、アメリカのロチェスター大学メディカル・センターの研究チームが、人間の脳細胞をマウスに定着させ、「半分、人間の脳を持つマウス」を作り出しました。
人間の胎児のグリア細胞をマウスの幼体の脳細胞に移植して成長を観察したところ、移植の1年後にはマウスが本来持っているグリア細胞が人間のグリア細胞に置き換わり、見る見るうちに増殖していったといいます。
研究チームによると人間のグリア細胞を移植されたマウスに対して電気ショックを与えたところ、危機予知に対して高い学習能力と記憶力を見せたとのこと。
このことから、人間のグリア細胞を持つキメラマウスは通常のマウスよりも高い知能を持つと考えられました。
しかし、同時に研究チームは「脳自体はあくまでもマウスのものであるため、人間の細胞を移植したからと言って『アルジャーノンに花束を』に登場するような超天才マウスが生まれるわけではない。マウスの脳として、処理能力があがっただけ」と説明しています。
なお、同研究チームはマウスよりも知能の高いラットでも同様の実権をおこなって成功させており、次いで猿での研究も検討したとのことですが、こちらは倫理的な理由で断念したとのことです。
キメラ人間の特徴・日本人にもいる?
故意に人間の細胞をほかの生物に注入して作り出したキメラではなく、偶然に誕生した「人間のキメラ」も実在しています。
アメリカ、カリフォルニア州でモデル兼シンガーとして活動をしているテイラー・ミュールさんは、体内に双子の片割れの遺伝子を持っている「キメラ人間」であることを公表しています。
テイラーさんは別件で病院を訪れて検査を受けたことがきっかけで、自分の体内に自分の遺伝子セットのほかに双子の片割れの遺伝子セットを持っていることを知ったそうです。
テイラーさんの体は上の写真のように左右で皮膚の色が違っているのですが、以前は本人も家族も、「単なる痣だろう」としか思っていなかったといいます。
しかし、ニューヨーク大学ランゴンヘルス医療センターのジョン・パパス博士によると、皮膚の色が左右で分かれているのも双子の片割れの遺伝子の影響であるとのことです。
またテイラーさんの体を詳細に調べると、ほかにも左右で体の大きさが若干異なる、歯の生え方にも左右で違いが見られたとされます。
もっとも問題なのは、テイラーさんの体には「免疫系と血流が2つある」こと。
テイラーさんのブログによると、彼女はこれまで原因不明の不調に悩まされ続けてきたといいます。そして病院に行ったところ、キメラであることが原因で健康問題が起きていることが明らかになったのだそうです。
テイラーさんの体は双子の片割れの遺伝子情報や細胞を異物として認識しており、これらを攻撃し続けている状態であるために免疫疾患を抱えることになってしまったのです。
現在、テイラーさんは自分のようなキメラの体質を持った人間がいることを周知する取り組みや、自分健康状態を向上させる工夫をしているといいます。
なお、テイラーさんのようなケースは非常に珍しく、日本人で同様の症状が見られた例は発表されていません。
キメラ猫が話題に・珍しい体毛の動物は本物のキメラ?
2012年、顔の半分が綺麗に毛の色が分かれた三毛猫のビーナスが世界中で注目を集めました。
カリフォルニア大学でイエネコの遺伝子研究をしているライオンズ博士も「ビーナスのような猫はきわめて珍しい存在。これまで見たことがない例」と語り、ビーナスはさまざまなメディアで「キメラ猫」として紹介されました。
しかし、ライオンズ博士によると猫のキメラは珍しいことではなく、また珍しい存在だからといってビーナスがキメラとは限らないとのこと。
雄の三毛猫は非常に珍しいという話は有名ですが、これは雄の三毛猫がX染色体を1つ多く持つ染色体異常であり、なかにはキメラの個体もいるのだそうです。
ところがビーナスは雌であるため、ライオンズ博士によると染色体異常ではなく単に偶然、このように顔半分に黒い毛が集中し、半分に茶と白の毛が発現するという変わった柄の三毛猫になっただけの可能性があるといいます。
また博士によるとビーナスのもっとも不思議な点は珍しい体色ではなく、左目が青いことなのだそうです。通常、猫の目の色は緑色か黄色で、体毛が白い猫にのみ青い目が生まれるとされます。
しかし、ビーナスは首元に白い毛が一箇所生えているだけです。そのため、イエネコの研究科の目にはビーナスがキメラかどうかよりも、青い目を持っているのかのほうが稀少で重要だといいます。
ショウジョウコウカンチョウの野生のキメラも発見される
2019年、アメリカのペンシルベニア州で体の左右で紅白に色が分かれたショウジョウコウカンチョウが目撃されました。
ショウジョウコウカンチョウは雌雄で体毛が違い、雄は赤、雌は灰褐色です。そのため紅白の体毛を持つ個体は雄と雌、両方の遺伝子情報を持つ「雌雄キメラ」ということになります。
人間の感覚では雌雄同体は極めて稀少という印象がありますが、鳥類では雌雄キメラは珍しいことではなく、鳥類の研究家の間では体毛が雄と雌でまったく違うショウジョウコウカンチョウだからこそ、話題になったとされています。
キメラ動物を作る目的と倫理的な問題
日本では人間以外の生物の細胞や臓器を人間に移植して、キメラを作出することは禁止されています。しかし、アメリカでは「ヒトキメラ」の研究禁止が政府によって解除されており、2017年度からは研究助成金も導入されました。
人間の細胞を注入したキメラ胚を作ることで新しい病気の予防法や治療法の確率、臓器移植に役立つと期待が集まる一方、アメリカでも人工的に作出したキメラ胚を人間の体内に入れることについては賛否が集まっています。
安全性のほかに依然として取り沙汰されているのが倫理上の問題であり、「何が生まれるのかわからない、誰が責任を取るのか」「人体実験との線引が曖昧になる」といった批判は根強くあります。
キメラの語源になった神話生物・キマイラやその他の合成獣
キメラの語源になったキマイラは、ギリシア神話における最強の巨人・デュポーンと上半身は美女、下半身は大蛇という怪物・エキドナの間に生まれた娘です。そのため山羊の頭を持つ女性として描かれることもあります。
中世のキリスト教では淫欲や悪魔の象徴として捉えられることが多く、時代が下ると異種の生物の要素を持つ怪物・合成獣全般を指す言葉としても使われるようになりました。
神話に登場する合成獣は多く、キマイラ以外にも以下のようなものが有名です。
ギリシャ神話
・カプリコーン…山羊の上半身に魚の下半身
・ケンタウロス…人間の上半身に馬の胴体
・スフィンクス…人間の頭にライオンの胴体
・ハーピー…人間の女性の上半身に鳥の翼と下半身
・サテュロス…人間の上半身に山羊の下半身と角
・ミノタウロス…牡牛の頭に人間の体
・ヒッポカンポス…山羊の上半身に魚の下半身
メソポタミア神話
・アンズー…ライオンの頭にワシの体
・パズズ…ライオンの頭と四肢に鳥の翼とサソリの尾
・ギルタブリル…人間の頭にサソリの体
・パピルサグ…人間の上半身に馬の胴とサソリの尾
キメラについてのまとめ
今回はキメラについて、その特徴や定義、雑種との違いや実在するキメラ動物、人間のキメラについて紹介しました。
キメラ生物の作出と聞くと、マッドサイエンティストの非人道的な研究といった印象が未だにありますが、現実にはキメラ胚やキメラ生物の臓器で助かる命は少なくないと考えられています。
しかし、実際に人間に移植するにはキメラ胚の1%以上は人間由来の細胞でなければならない、などの研究結果があるそうで、臓器移植のためだけに人間の細胞を多く持つ生物を作るのか、その生物が人間の要素を強く見せ始めた時どのように扱うべきなのかなど問題は山積みだと指摘されています。
そう遠くない将来、医療用のキメラ生物は実用化されているのでしょうか。想像すると恐ろしい気もしますね。