テレゴニーとは、以前に性交した相手の特徴が他の雄との間にできた子どもの間に遺伝するという理論で、先夫遺伝とも呼ばれます。この記事ではテレゴニーは真実なのか嘘なのか、人間や犬など種別ごとの例やなんJでの議論についてもまとめていきます。
この記事の目次
テレゴニーとは?理論の概要と歴史
テレゴニーとは過去に雄と性交経験がある雌が、別の雄との間に子どもを作った場合、子の父親ではないかつての性交相手の特徴も子に遺伝するという理論で、たとえば再婚後に現在の夫との間に生まれた子どもの容姿や性格が、血の繋がりもないはずの前の夫に似るという考え方です。
もとは古代ギリシアの哲学者・アリストテレスが提唱した理論で、12世紀以降にキリスト教国でアリストテレス哲学が再評価された際に、テレゴニー理論も知られるようになったとされます。
近代以降の研究では遺伝学的にありえない、オカルトとみなされてきましたが、近年になってハエの遺伝メカニズムにテレゴニーと似た特徴が確認されたことから、信憑性のある説として再び注目を集めています。
なお、かつてテレゴニー理論は、男性が結婚相手に処女性を求める理由の1つとも言われてきました。
ギリシャ神話のなかのテレゴニー
ギリシャ神話に登場するテセウスは、人間の王女アイトラーと人間の王アイゲウス、そして海の神ポセイドン、3人の親の血を引いた半神半人の英雄として描かれています。
アイトラーはアイゲウスとの間にテセウスを身ごもった晩の前日の夕方、自らの身を犠牲としてポセイドンに差し出して犯されたという伝承があり、そのためにテセウスはテレゴニー的な遺伝を持ったとされているのです。
テレゴニー的な考え方は19世紀末まで支持された
19世紀末までは、現実の人々の生活でもテレゴニー理論は信じられていたとされます。
たとえば1361年にイングランドのエドワード黒太子がジョーン・オブ・ケントと結婚する際には、彼女には2人の前夫がいたうえ、前夫との間に4人の子を成していたことから、エドワード黒太子との間の子にも前夫の特質が遺伝するとして反対を受けたといいます。
また1820年にはスコットランドの貴族のモートン卿がクアッガ(サバンナシマウマの亜種。現在は絶滅している)と栗の牝馬を飼育し、その栗の牝馬と白の種牡馬を交配したところ、生まれた仔馬の脚にクアッガのような縞模様があったと王立学会に報告しました。
クアッガのような縞模様を持つ仔馬はテレゴニー的な妊娠によって生まれたものと考えられ、チャールズ・ダーウィンも1861年出版の著書『飼育下の動植物の変化』のなかで、このケースを引用紹介しています。
実際には、縞模様を持つ仔馬が生まれた理由はテレゴニーではなく、色の優性遺伝子によって親馬に隠されていた毛色が仔馬の代で発現しただけです。
しかし、このケースは「モートン卿の牝馬」と呼ばれ、1865年にメンデルの法則が確認されるまではテレゴニーを証明する事例として広く信じられていたといいます。
メンデルの法則により隔世遺伝が知られるようになってからはテレゴニーの信憑性も薄まっていきましたが、19世紀後半になると差別主義者の間でテレゴニー的な考え方が重宝されるようになりました。
たとえばナチスは、「一度でもアーリア人以外の人種と関係を持った女は、二度と純粋なアーリア人の子どもを生むことができない非国民だ」と主張していたといいます。
テレゴニーは真実?ハエの遺伝研究で明らかになったこと
2014年12月、ニューサウスウェールズ大学のチームによって「雌のハエを複数の雄と交配させた結果、生まれてくる幼虫は最初に交尾した雄と同じくらいの大きさに育つ」という研究結果が報告されました。この実験は、以下のような手順でおこなわれたといいます。
1.複数匹の雄のハエに質の異なる餌を与え、体の大きな個体と小さな個体をつくる
2.産卵する場所がない環境で、1匹の雌のハエと複数匹の雄のハエを閉じ込めて交尾を促す。
3.雌のハエは産卵できる場所がないと交尾しても受精しないため、複数の雄の精液を体に貯めることになる
4.2週間後に産卵できる場所がある環境で、雌を別の雄と交尾させて産卵させる
結果、最初に体の小さな雄と交尾して産卵せず、2週間後に大きな雄と交尾して産卵した場合は幼虫の体は小さく、逆に最初に体の大きな雄と交尾して産卵せず、2週間後に小さな雄と交尾して産卵した場合は幼虫の体は大きくなることが確認されたそうです。
研究チームは500匹以上ものハエの遺伝を調査したといいますが、結果は同じで最初に性交した雄の大きさが血縁関係にない子に遺伝することが判明したと報告しています。
どのような理由でハエにこのような遺伝が見られるのかは解明されていませんが、最初に交配したオスの精液中の化学物質が、後の妊娠にも何らかの影響を及ぼす可能性があるのではないか?と考察されています。
テレゴニーは人間でも起こり得る?
ニューサウスウェールズ大学のラッセル・ボンデュリアンスキ教授はハエの研究結果を受けて「血の繋がりがある父親の特徴が子に受け継がれるのはもちろんだが、遺伝にはもっと複雑な要素があると考えられる」と語っていました。
さらにボンデュリアンスキ教授は「女性は過去の性交渉で獲得した男性の遺伝子のなかから、子孫に残すものを選り好みできる可能性がある」とも述べており、人間にもテレゴニー的な妊娠があることを示唆しています。
ただ、これらのボンデュリアンスキ教授の見解は論文ではなく、イギリスのゴシップ紙「Daily Mail」の紙上で示したものなので、人間にもテレゴニー的な妊娠は起こり得ると専門家が明言したとまでは言えません。
ハエの研究から、テレゴニー理論は本当なのかもしれないと考えられるようになりました。しかし人間で同様の調査をすることは不可能なため、人間の子どもにも母親が関係を持った父親以外の男性の特質が受け継がれるのか否かは不明です。
テレゴニーに関する嘘や都市伝説① 駒田徳広元プロ野球選手の噂
以前、元プロ野球選手の駒田徳広さんと最初の妻との間に、駒田さんとは似ても似つかない黒人の子どもが生まれ、これが原因で離婚に至ったという噂がネットで流れたことがありました。
この噂は5ちゃんねるのなんJ(なんでも実況J)を中心に広がっていき、「駒田選手の最初の奥さんは黒人と不倫をしていて、駒田選手は托卵された」という説のほかに「テレゴニーで奥さんが結婚前に付き合ってた黒人の遺伝が強く出た」という説まで囁かれるようになりました。
現在でもテレゴニー理論は本当だと主張するブログやSNSアカウントなどでは、「駒田選手に黒人の子どもが生まれたのがテレゴニーが真実だという証拠」と書かれていますが、これは嘘で、そもそも駒田さんと最初の妻の間には子どもはいません。
駒田さん本人の耳にもこの噂は入っていたようで、パーソナリティを務めるラジオ番組『駒田徳広のミュージックブルペン』2016年9月16日放送回で、「僕についても、ネットでいろんな噂が流れているみたいですね、最初の妻との子どもの話とか。でも、前妻との間には子どもはいないので、全部デマです。いい加減な嘘に惑わされないでくださいね」と否定しています。
なお駒田さんと前妻の離婚原因も不倫など男女関係ではなく、妻の投資失敗から夫婦の仲がギクシャクしたことだそうです。
テレゴニーに関する嘘や都市伝説② ネットの体験談
5ちゃんねるやガルちゃんなどのネット掲示板やヤフー知恵袋などでも、定期的に「夫婦ともに日本人なのに、なぜか黒人の子供が生まれた」といった相談がされています。
これらのネット上での話のルーツは1990年代に流行った「以前、黒人男性数人にレイプされたことがあり、その後、日本人男性と結婚したのに生まれた子がなぜか黒人だった」という都市伝説なのではないかと思われます。
実際に海外では両親の肌の色と違う子どもが生まれることがあるようですが、これらのケースはかなり稀で、CNNなどのニュースで世界的に報道されています。そのため、日本で同様のことが起きてまったく話題にならないとは考えづらいでしょう。
また、白人の両親から生まれたにもかかわらず、本人の容姿は黒人の特徴を持ち合わせていたサンドラ・ライングという女性も存在し、彼女の生涯は『Skin』という映画にもなっていますが、サンドラの肌の色についてはポリジーン遺伝ではないかと考えられています。
テレゴニーに関する嘘や都市伝説③ 精子には逆転写酵素がある
ネットで一時期「精子中には逆転写酵素を持つRNAが存在していて、一度でも性交した女性のDNAに組み込まれる」という内容コピペが流行し、これがテレゴニー理論を裏付ける証拠となると言われたことがあります。
これももちろん研究論文として発表されたものではなく、誰が言い出したのかさえ不明なネットの噂話ですので、テレゴニー理論を裏付ける論拠とは言えません。
また人間の体内にはRNaseと呼ばれるRNAを分解する酵素が免疫機能として備わっているため、万が一、精子にそのような性質があったとしても、女性側のDNAを書き換える前にRNaseに分解されてしまうと考えられます。
テレゴニーに関する嘘や都市伝説④ 犬にはテレゴニーが起こる
ブリーダーのなかにはテレゴニー理論を信じていて「一度でも他種の犬と交尾した雌は、ブリーディングには使わない」という人もいるそうです。
これもネットでの噂なので実際にそのようなブリーダーがいるのかは不明ですが、犬でも猫でもシリアスブリーダー(特定の種について熟知しており、種の保存と性質の向上を目標に交配をおこなっているブリーダー)は、どのペアでいつ子どもを作るかをしっかり計画して交配を進めています。
そのため自分の犬舎にはいない、外から侵入してきた雑種犬や他種の犬と雌の交尾を許してしまうような管理のできていないブリーダーは良くない、そのような犬舎から犬を迎えるべきではないという話から発生した噂なのではないかと考えられます。
また競走馬のブリーディングでもテレゴニーが信じられているとの噂もネット上で見られましたが、これも真偽は不明ですし、そもそもサラブレッドのブリーディングでは異なる種牡馬と繁殖雌馬の組み合わせでの交配が普通におこなわれています。
テレゴニー理論はなんJでも議論の対象に
5ちゃんねるのなんJでもテレゴニー理論は本当なのか、嘘なのかがたびたび議論されていますが、人間には起こり得ないという考えているユーザーが多いようです。テレゴニーは嘘だという主張には以下のようなものがあります。
・ハエで立証されたと言っても、単為生殖もできるような生物と人間を同列には考えられない
・人間なんてもともと交雑種のようなものだし、どの代でどこの血が入ったのかなんて正確に把握できない。だから親とは違う容姿の子が隔世遺伝で生まれるのも当然
・古代から信じられてきたとか言うけど、提唱したのが生物学者ではなく哲学者なのがお察し
・ハエはともかく生理がある人間や犬なんかでテレゴニーが起きるとは思えない
・先夫遺伝なんて女側が浮気や不倫を隠すための体の良い言い訳にしかならない
科学的に証明されていない、きちんとした論文がないという理由から否定的な見かたをする人が多いようです。一方でテレゴニー理論を信じている人の主張には以下のようなものがあります。
・かつては遺伝性の癌の存在も否定されていたくらいだから、遺伝にはまだ解明されていないことがあっても不思議ではない
・輸血や臓器移植を受けた後に性格が変わる人がいるという話を聞いたことがある。テレゴニーはそれに近いものなのではないか
・犬や馬ではテレゴニーが信じられていると聞いた
テレゴニーとマイクロキメリズム
自分以外の他者の細胞が体内に入り込み、生き続けることをマイクロキメリズムと呼びます。マイクロキメリズムは胎盤で繋がっていた母親と子どもの間でのみ確認されており、母子とはいえ、なぜ他者の細胞が免疫に排除されずに体内で生き残れるのかは不明です。
ところが,実際には成人した男性から母親の細胞が見つかったり,出産後,数十年たった女性から息子の細胞が見つかったりしている。母親由来の細胞が本人の細胞とともに心臓の一部となっていた例もある。
マイクロキメリズムが確認されている生物は人間、犬、猫、馬、ネズミなどで、これらの哺乳類でも他者の細胞を体内に残し続けることができるのであれば、ハエと同様にテレゴニー的な妊娠も可能なのではないかとも言われています。
テレゴニーについてのまとめ
この記事ではテレゴニー理論の概要やテレゴニーが真実だという論拠となったハエの研究、テレゴニーにまつわる嘘の情報や噂について紹介しました。
過去にトンデモ理論と言われていたものが実は正しかったというケースはたびたびありますから、テレゴニーは嘘、100%あり得ないとは言い切れないでしょう。しかし少なくとも現在の段階で論拠となっているものはどれも信憑性が低く、テレゴニーを信じるだけのものはない様子です。