富士銀行行員顧客殺人事件の犯人/岡藤輝光の現在!事件の被害者など詳細・裁判の判決とその後もまとめ

富士銀行行員顧客殺人事件とは1998年に発生した、富士銀行春日部支店の行員による不正貸付および顧客殺害事件です。この記事では本件の詳細や犯人・ 岡藤輝光と被害者夫妻の関係、事件が起きた場所、判決、犯人の大学や家族、現在について紹介します。

富士銀行行員顧客殺人事件の概要

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

1998年7月2日、埼玉県宮代町内でマッサージ店を経営する福田次郎さん(当時74歳)と妻・ツネさん(当時67歳)が殺害される事件が発生しました。

 

夫妻を殺害したのは、富士銀行(現在のみずほ銀行)の現役行員であった岡藤輝光(当時31歳)。

 

バブル崩壊が起こり、その影響でどこからも融資が受けられないと運送業者に泣きつかれた岡藤輝光は、顧客の福田さん夫妻の定期預金5,700万円を不正に引き出し、それを運送業者など2社に貸し付けました。

 

しかし運送業者が倒産して債務回収が困難になり、多額の債務を負うことになった岡藤輝光は不正行為の発覚を恐れて夫妻を絞殺。

 

その後、一週間も経たないうちに逮捕に至り、岡藤輝光には無期懲役の判決が下っています。

 

なお、この事件で検察側は「被告を信じきっていた罪のない老夫婦(夫の次郎さんは全盲であった)を騙し、私欲のために利用して殺害した残虐な犯行」と激しく糾弾し、死刑を求刑していました。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件の詳細① 被害者・福田さん夫妻

 

出典:https://www.pakutaso.com/

 

富士銀行顧客殺人事件の被害者である福田次郎さんは九州で生まれ、14歳の頃に家族とともに台東区入谷に引っ越してきたといいます。

 

両親は入谷で古道具屋を営んでおり、次郎さんも家業を手伝っていたそうです。次郎さんは、網膜色素変性の影響で幼少期から視力が低く、「数年で失明する可能性が高い」と診断されていたといいます。そのため、次第に古道具屋での勤務が困難になっていき、自活するためにとマッサージ師の道へと進みました。

 

もう1人の被害者となる福田ツネさんは新潟県出身で、家計を支えるために12歳の頃から埼玉県内にある製紙工場に出稼ぎに来ていました。そしてしばらく製紙工場で働いた後に、台東区内で洋裁の仕事を得て転職します。

 

そこで次郎さんとツネさんは知人の紹介で知り合い、順調な交際を経て結婚したといいます。結婚後の2人は台東区内に13坪の自宅を購入し、息子も誕生。次郎さんは指圧院を開業して、経営も軌道に乗っていったそうです。

 

そして夫妻は息子が巣立っていった後、バブルの好景気に沸く1988年に台東区入谷の自宅を約1億円ほどで売却します。自宅を売却した後は息子一家と一緒に暮らすために埼玉県宮代町に家を購入し、引っ越しました。

 

なお、新居を買った後に残ったお金は富士銀行の春日部支店に預けていたとのことです。

 

その後は宮代町の自宅に息子一家が移り住んできて、2世帯での生活が始まります。この頃にはすでに次郎さんは失明しており、ツネさんも小学生の頃に背骨を痛めたものの、経済的な理由で治療が受けられなかったことが原因で、脊柱に障がいを負っていたそうです。

 

それでも息子が同居していれ生活に支障はなかったのでしょう。しかし1992年になって急に息子の転勤が決まり、夫妻は再び2人暮らしになってしまいます。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件の詳細② 被害者夫妻と犯人の出会い

 

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宮代町に引っ越してきた後も、次郎さんは指圧院を経営していました。そしてその常連客には、富士銀行春日部支店の行員がいました。

 

彼は福田さん夫妻の担当でしたが、顧客と行員という関係を超えての付き合いがあり、体の不自由な夫妻の買い物に同伴したり、たびたび店に顔を出したりと親しくしていたそうです。

 

しかし、そんな親切な行員も1996年には福田さん夫妻の担当を外れてしまい、夫妻には新しい担当がつくこととなります。

 

1996年8月から夫妻の担当になった行員こそ、富士銀行顧客殺人事件の犯人・岡藤輝光です。

 

当時31歳であった岡藤輝光は1996年4月から春日部支店に転勤になっており、渉外担当をしながら草加市内にある銀行の家族寮に住んでいました。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件の詳細③ 浮貸し

 

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そして1997年の秋、岡藤輝光のもとに運送業者から融資の相談が入ります。この頃、日本の銀行では1990年から93年にかけて起きたバブル崩壊の影響を受けて貸し渋りが強まっていました。

 

そのため、どこからも融資を受けられず資金繰りに苦しむ中小企業が多く発生した時期でもあり、相談をしてきた運送業者もその一つでした。

 

岡藤輝光は融資可能か審査をはじめましたが、すぐに運送業者が貸付要件を満たしていないことが発覚。

 

この段階で断らなけれないけなかったのですが、岡藤輝光は秘密裏に融資を通そうと「浮貸し」という不正行為に手を出してしまうのです。

 

銀行員などが正規の手続きを踏まずに、自分もしくは特定の顧客のために不正に金を貸すことを浮貸しといい、出資法3条でも禁じられた行為です。

 

運送業者からの融資依頼を断れなかった岡藤輝光は、福田さん夫妻の預金に目をつけました。

 

1998年1月に福田さん夫妻のもとを訪れた岡藤輝光は、「新しく販売される特別な定期預金に預金を移しませんか?」と騙して、夫妻に定期預金の解約をさせます。

 

そして自分で動かせるようになった福田さん夫妻の預金を、勝手に運送業者など2社に貸し付けてしまったのです。

 

返済期日までに運送業者が融資を返済すれば、福田さん夫妻にも何事もなかったように利息をつけて定期預金を返せますし、浮貸しは誰にもバレません。

 

運送業者に恩も売れるうえ、融資の利息から夫妻に返済する定期預金の利息を抜いた金額は自分が着服できる。岡藤輝光は軽い気持ちで、浮貸しに手を付けたのでしょう。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件の詳細④ 破綻

 

しかし自体はそううまくは進みません。都市銀行の融資条件を満たせないような中小企業にお金を貸しても戻ってくる可能性は低く、岡藤輝光が勝手に融資を認めた運送業者も約束をした6月30日までに貸し付けた2,500万円を返済できませんでした。

 

さらに福田さん夫妻も「特別な定期預金」に対して不信感を覚えるようになり、解約と返金を要求してきました。

 

6月26日に「今月末に返金期限が到来する1,500万円は再運用しない。返金してほしい」と頼まれ、なんとか同週の金曜日であった7月2日までの猶予はもらったものの、福田さん夫妻はそれ以上の譲歩はしませんでした。

 

そしてこの日、預り証を出してくれと言われた岡藤輝光はやむを得ず「7月2日に定期預金の一部、1,500万円を返金する」という旨を自分の名刺の裏に書いて、福田さん夫妻に渡します。

 

返金を強く求められた当日、「浮貸しを隠蔽する方法は福田さん夫妻殺害しかない」と考えた岡藤輝光は、深夜にコンビニエンスストアでサラダ油、チャッカマン、ハンカチ2枚、ゴム手袋を購入してから夫妻の家に向かい、放火を図りました。しかし、この日は戸締まりが強固であったために放火殺人を断念。

 

一方、1,500万円もの大金の預り証が名刺の裏の走り書きということに不安を覚えた妻のツネさんは「本当に7月2日に返金してくれるんですよね?」と、春日部支店に確認の電話を入れます。

 

電話を取り次いだほかの行員にも返金の約束を知られてしまったこともあり、「早く福田さん夫妻の口封じをしないと」と焦った岡藤輝光は、7月1日の昼のうちにセキ薬品姫宮店に立ち寄って、凶器となる荷造り用のビニール紐を購入しました。

 

そんな折、間の悪いことに7月1日夕方に岡藤輝光に辞令が出されます。7月10日付で本店融資部への異動と住宅債権買取機構への出向。これは栄転でしたが、浮貸しがバレれば栄転の話も立ち消え、それどころか懲戒免職になってしまいます。

 

浮貸を隠蔽したいと考えた岡藤輝光は、なんとしても7月2日中に福田さん夫妻を殺害しようと決心しました。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件の詳細⑤ 肩を揉むふりをして絞殺

 

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定期預金を返金する約束をしていた1998年7月2日。

 

午前11時頃、福田さん夫妻の家を訪れた岡藤輝光は「今、支店の方で返金の手続きをとっています。転勤が決まりましたので、先にご挨拶に伺いました」などと頭を下げ、「最後の親孝行として、肩揉みをさせてください」と、しおらしい申し出をしてツネさんの背後に回り込みました。

 

そしてそのまま、隠し持っていたビニール紐を使ってツネさんの首を締め上げて絞殺。

 

さらに「私の肩の揉み方が悪かったせいか、奥様の気分が悪くなってしまったようです。様子を見ていただけませんか?」などと言って、近くにいた次郎さんを呼び寄せました。

 

目が見えないため、まさかツネさんが殺されているとは思わない次郎さんは「大丈夫か?どう具合が悪いんだ?」と話しかけながら妻の足をさすっていたといいます。そこに背後から近づいて、ツネさん同様にビニール紐で絞殺したのです。

 

2人を殺害した岡藤輝光は、証拠隠滅のために放火をしようと考えましたが、家のガス栓がうまく開かなかったために諦めて、福田さん夫妻の家を荒らして強盗殺人を装いました。

 

また犯行がバレるのを危惧して、「7月2日に1,500万円を返金する」という旨を記した自分の名刺を現場から持ち去っています。

 

なお、浮貸の件があるまでは福田さん夫妻も岡藤輝光に対して好意的だったのでしょう。栄転の報告を受けたときにはお祝いの言葉をかけていたうえ、肩揉みの申し出にも抵抗なく応じていたとされます。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件の詳細⑥ 事件の発覚

 

福田さん夫妻を殺害した後も岡藤輝光は何食わぬ顔で出勤し、働いていました。

 

しかし事件から2日後の7月4日の午前9時頃、マッサージを受ける約束をしていた次郎さんの友人が福田さん夫妻の家を訪れたことで早々に事件が発覚します。

 

この日、夫妻のもとを訪れたのは岡藤輝光の前任の担当であった人物でした。彼は担当を外れた後も夫妻との交流を続けていたのです。

 

その後、捜査の早い段階で警察は岡藤輝光に目をつけ、7月8日に事情聴取がおこなわれました。犯行を隠し通すことはできないと観念した岡藤輝光は8日中に犯行を自供し、強盗殺人罪で逮捕されました。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件の裁判と判決

 

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1999年9月30日、浦和地方裁判所は岡藤輝光に対して無期懲役の判決を下しました。被告人自身が殺人は認めても強盗については否認していましたが、検察の起訴どおり浦和地裁も強盗殺人罪を認めての量刑でした。

 

検察が死刑を求刑したのに対して無期懲役を言い渡した理由については、以下のように説明されました。

 

・浮貸しによって被告人が得られる利益は多くなく、一攫千金を狙った強盗殺人などと同列には語れない

 

・夫妻殺害についても計画性は認められるが、綿密周到ではなくいきあたりばったりな点が見られる

 

・殺人事件にまで発展する前に不正行為に気づき、対処する機会があった被告人の上司らの責任も否定できない

 

・犯行の模倣性・伝播性は決して大きいとは言えない

 

・被告人に反省の態度が見られ、前科前歴もなく、年齢も若い

 

・富士銀行および被告人の父親が賠償金支払いの申し出をしている

 

検察及び遺族は一審の判決を不服として死刑を求めて控訴しました。しかし、2000年12月に東京高等裁判所がこれを棄却し、検察、弁護側双方が上告をしなかったことから、岡藤輝光は無期懲役刑に服することになりました。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件の犯人・岡藤輝光の人物像

 

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岡藤輝光は1966年7月17日に、福岡市内に誕生しました。父親は自動車運転手、母親は酒屋を経営していたといいます。

 

大学卒業後は富士銀行に入社し、最初は東京足立区の竹塚支店に勤務。銀行窓口業務に携わった後に融資担当に配属になり、福岡の門司支店、北九州支店を経て1996年4月より春日部支店に勤務となりました。

 

私生活では1996年2月に学生時代から交際していた恋人と結婚しており、この年の12月に長男、1998年11月には次男が誕生しています。

 

勤務態度は真面目で欠勤などもなく、人当たりがよい一方で、安請け合いをしがちであったり忘れっぽかったりと、場当たり的でルーズな面も見られたそうです。

 

また事件当時に配属されていた取引先第一課では最も年長であったためか、わからないことがあっても上司に指示を仰ぐ、同僚に相談するといったことをせずに自己解決しようとすることが多く、不備になった書類を抱え込むなどして事務処理を停滞させていたとの話もあります。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件の犯人・岡藤輝光の高校と大学は?

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

岡藤輝光は福岡県立筑紫高校の出身で、ラグビー部所属。2年生の時には花園にも出場していたそうです。

 

高校卒業後は福岡大学体育学部に推薦入学、この時にラグビー部のマネージャーをしていた妻と知り合ったといいます。大学時もラグビー一筋だったようで、大学選手権に出場したほか、4年生の時には副主将にも抜擢されました。

 

通常、富士銀行のような大手の都市銀行が採用する学生には、早慶卒業以上の学力が望ましいとされています。

 

しかし、当時はバブル経済の影響も受けて富士銀行内では営業拡大戦略の下に、熱意と体力のある体育会系の人材を積極的に採用しよう!という試みがとられていました。

 

岡藤輝光もこの試みの下に採用されたのですが、事件後には「質の低い学生は都市銀行の不良債権」などと彼の学歴に問題があるような報道までされ、報道のあり方について議論を呼びました。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件が起きた場所

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件が起きた場所、つまり福田さん夫妻の自宅については詳しい番地などは公開されていません。

 

裁判の記録には「スーパーかわいち姫宮店駐車場から徒歩400m」という記載がありますが、このスーパー自体が現存していないため、どのあたりか絞り込むのも困難です。

 

ただ、上記の記録から最寄り駅は東武鉄道伊勢崎線の姫宮駅だと予測されます。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件のその後① 岡藤輝光と家族の現在

 

無期懲役の判決が下った岡藤輝光は、現在も服役中です。なお、無期懲役の場合も服役から30年が経過すると仮釈放審理がおこなわれるため、最短で30年で出所するケースもあります。

 

ただ、無期懲役を言い渡されて30年で出所できる受刑者は、2014年度のデータでは0.3%に過ぎないとされています。そのため本来は真面目な性格で、逮捕後には「死刑判決も受け入れます」と反省をしていたという岡藤輝光であっても、最短での出所は難しいかもしれません。

 

岡藤輝光の妻と2人の子どもについては、現在どのような暮らしをしているのか不明です。

 

逮捕前に岡藤輝光は妻に対して「俺が刑務所に入るようなことになったら、どうする?やっぱり離婚だろうか」などと尋ねていたそうで、実際に逮捕後には離婚したとの話もあります。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件のその後② 銀行側の責任

 

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岡藤輝光が浮貸しをしていた相手は、倒産した運送会社だけではありませんでした。1996年にも、取引先第二課の課長代理に新規取引先として営業をかけるように指示された土建屋を相手に浮貸しをしていたことが明らかになっています。

 

この土建屋は岡藤輝光が営業に訪れた時点で、すでに他行で信用保証協会の限度額一杯まで貸付を受けており、信用貸付は不可能な状態でした。

 

しかし、春日部支店での会議でも「信用貸付はできない」と判断されたにもかかわらず、岡藤輝光は土建屋の社長から「うちは大手のゼネコンとも取引があるし、返済能力はある」と迫られて「なんとかしてみましょう」などと安請け合いをしてしまったのです。

 

そうして、目をつけたのが福田さん夫妻の定期預金でした。前任者と良好な関係を築いていたことから、福田さん夫妻は「あの方と同じ富士銀行さんだから」と無条件に岡藤輝光のことを信用してくれていました。

 

そのため担当になって日が浅いにもかかわらず、岡藤輝光は福田さん夫妻が比較的短期の定期預金で資産を運用しており、かつ元本には手を付けないでいることなどを本人たちから聞いていたといいます。

 

「あの夫婦の預金ならば手を付けてもバレないだろうし、土建屋の社長にも恩を売れる」そう考えて、福田さん夫妻の定期預金から合計3,000万円を不正に引き出して、土建屋に貸し付けました。

 

この時は返済期日までに土建屋の社長が返済をしたために、浮貸しは誰にもバレることなく済んだのですが、浮貸しを決意するまでの間、岡藤輝光はしつこく支店長や上司に土建屋の融資を認めてほしいと頼むなどしていたそうです。この時に彼の動向を監視しておけば、事件は起きずに済んだでしょう。

 

さらに事件のきっかけとなった運送業者についても、担保にできるかどうかわからない京橋税務署の差押物件の土地を購入するために融資を求めていたなど、不穏な点があることを上司も認識していたといいます。

 

これらの点から銀行側にも責任があるのではないかと指摘されており、実際に銀行側も岡藤輝光が起訴された後には、当時の会長であった橋本徹氏など16名の3ヶ月減俸や、春日部支店の支店長の降格などの内部処分をおこないました。

 

また富士銀行は被害者遺族への賠償金として5000万円以上を支払ったとされており、多額の賠償金を用意したことが岡藤輝光の死刑回避にも繋がったとされています。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件のその後③ アンビリーバボーでドラマ化される

 

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富士銀行行員顧客殺人事件は、2017年9月14日放送の『奇跡体験!アンビリバボー』でも取り上げられ、再現ドラマが放送されました。

 

当時の視聴者からは「大学時代に経済学を学んでいれば、バブル崩壊の後、建設業界が回復するのは当分先だとわかるんだけどな。やっぱり適材適所ってあるわ」「なんで自殺じゃなくて、老夫婦を殺そうという発想になるのか理解できない」といった声が寄せられています。

 

 

 

富士銀行行員顧客殺人事件についてのまとめ

 

今回は1998年に発生した、現役の銀行員による顧客の老夫婦殺害事件、富士銀行行員顧客殺人事件について紹介しました。

 

この事件に対しては「銀行のノルマがきつかったのではないか?」「犯人も向いていない仕事に就いてしまったことはわかっていても、妻子のために辞められずにノイローゼ状態だったのかもしれない」等、岡藤輝光を庇う声も少なからずあがっています。

 

しかし殺害された福田さん夫妻には何の罪もなく、自分たちが転勤した後にこのような惨劇に親が巻き込まれてしまった息子さんの悔しさも、察するに余りあります。

 

犯人の岡藤輝光は裁判中に「親の期待を裏切りたくなかった」などと語っていました。故郷で暮らす親を思い遣る気持ちがありながら、なぜ子どもが独立した後に2人で支え合って生きている福田さん夫妻を殺害できたのか、少しも福田さん夫妻の姿に自分の親を重ねることはなかったのか、理解に苦しみます。

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