風不死岳ヒグマ事件の被害者と遺体の状況/発生場所や登山の危険を選んだ経緯もまとめ

1976年に風不死岳ヒグマ事件は発生しました。

 

場所は北海道風不死岳、タケノコ狩り登山の一向が次々とヒグマの襲撃を受けます。更に入山の危険性を無視した4家族が被害者となり遺体は執拗に脚部を食い千切られます。本事件とその後の経緯を説明していきましょう。

風不死岳ヒグマ事件とは

 

出典:Twitter

 

事件の舞台となった風不死岳は有名なヒグマ多発地帯であり、タケノコ・山菜狩りを行うにしてもヒグマとの遭遇率が非常に高いという大前提がありました。

 

仮にヒグマと対峙した際には、適切な対応を即座に求められる危険区域です。

 

本事件においてヒグマの襲撃は3回に渡るのですが、2回目までは手ひどく重傷を受けたものの死者自体は皆無です。残念ながら3回目の襲撃で2人の犠牲者が出てしまいます。

 

それではなぜ?3回目の襲撃で犠牲者が出てしまったのでしょうか?

そもそも2回に渡るヒグマの襲撃により、当時の風不死岳は『ヒグマ出没注意報』が発令され、警察により入山禁止になっています。

 

そんな厳戒態勢の中、なぜ風不死岳山中で3回目の襲撃が起きてしまったのか?大きな疑問が残ることと思います。

 

その謎を解き明かすために、まずは時系列順に「風不死岳ヒグマ襲撃事件」の詳細を追っていきましょう。

 

 

 

風不死岳ヒグマ事件・一回目の襲撃

 

出典:https://cumacuma-cuma.com/

 

第一の襲撃事件は1976年6月4日の午後2時半ごろに突如起こります。

 

風不死岳の九合目付近まで仲間5人とタケノコ採りに来ていた、青森県八戸市在住の56歳男性がその背後からヒグマの襲撃に会うのです。

 

男性は手にしていた鉈で必死に応戦し、すぐさま仲間の男性も駆けつけ金テコを振り回し、ヒグマに対し必死に応戦します。

 

その甲斐もあり、やがてヒグマはひるみ始めます。その隙を逃さず56歳男性を救出し即座に救急搬送され、何とか一命は取りとめます。

 

これが加害ヒグマと人間とのファーストコンタクトになりました。

 

 

風不死岳ヒグマ事件・二回目の襲撃

 

出典:https://yamahack.com/

 

翌日の6月5日、またしてもヒグマによる襲撃事件が起こってしまいます。

 

今回は朝の午前9時ごろ、場所は前回より低い標高の風不死岳山麓の山林内です。第一の襲撃と同じく、被害者はタケノコ狩りの真っ最中でした。

 

苫小牧市在住の53歳男性が不運にも第二の被害者となります。タケノコ狩りをしていた男性の目の前に、突如として前回と同じ個体と思われるヒグマが立ち塞がっていました。

 

男性は適切なヒグマへの適切な対処法を熟知していました。男性の様子をジッと窺うヒグマ、その時男性はカッと目を開きヒグマと目線を反らさず、静かに後ずさりをします。

しかしここで不運が訪れてしまいます。

 

後ずさりしていた男性は事もあろうか、木の根につまづいてしまい仰向けに倒れてしまいます。

 

ヒグマはそれを見ると即座に男性に飛び掛かり、事もあろうか左足に食らいつき、左右に激しく振り始めたのです。明らかに左足を噛み千切ろうとしていました。男性もひるみません。残った右足でヒグマの顔面を幾度となく渾身の力を込め蹴り続けました。

 

男性の必死の抵抗にひるんだヒグマは左足を離してしまいます。ところが今度は右足に食らいつき、ヒグマ特有の巨大な爪で男性の右足を押さえつけ、再度その脚を引き千切ろうとするのです。

 

男性にとって幸運だったのは複数人でタケノコ狩りに来ていた点でしょう。

 

騒ぎを耳にし駆けつけた親戚の男性はすぐに状況を把握し「大声で怒鳴る」「ヒグマを睨みつける」「木をゆする」といった威嚇行動を取ります。突然の第三者が出てきた上に、ヒグマは親戚男性の行為にひるみ、ようやく男性を開放します。

 

男性は全治2か月の重傷でした。

 

 

 

風不死岳ヒグマ事件・最後の襲撃

 

出典:https://pikule.jp/

 

ここまで2人の重傷者を出した本事件。事態を重く見た警察は『ヒグマ出没警報』を発し、風不死岳への『入山禁止』措置を取ります。

 

しかしここで最悪の被害が出てしまいました。

 

9日未明、岩見沢市と栗山町から訪れた4家族11人のグループが、事もあろうか「入山禁止」を無視しタケノコ狩りを始めてしまったのです。

 

手分けしてタケノコ狩りに興じていた4家族は、正午になると約束した待ち合わせ場所に集まります。ところが、いくら待てども一向に「26歳」「54歳」「58歳」の男性3名が姿を見せません。心配に思った54歳男性の長男(28)らが、手分けして男性らを探し回ります。

 

すると…風不死岳のカルデラ湖「支笏湖」近くの国道276号線より、200mほどの山中に26歳男性が重傷を負い倒れ込んでいるのを見つけます。

 

すぐさま支笏湖のボート店に彼を連れ込み、警察・救急への通報を頼んだ後…風不死岳に戻り自力で探索を続けると言う、最悪の選択肢を選んでしまいました。

 

通報を受け北海道警察の警察官12名・猟友会の猟師7名が現場に駆けつけます。ここから大規模な捜索活動が行われます。

 

ところが、警察官・猟友会メンバーの必死の探索もむなしく、26歳男性が倒れ込んでいた場所から僅か20mほどの地点に「後頭部」と「両脚」をひどく噛まれ、すでに息絶えている54歳の男性を見つけ出しました。

 

その瞬間!近くの茂みから突如ヒグマが現れます。

 

咄嗟に銃を構えた3人の猟友会メンバーにより、至近距離から無数の弾丸を喰らい、とうとうこの人食い熊は駆除されました。

 

更に54歳男性の数10m上の地点で、変わり果てた姿の58歳男性が発見されるのです…

 

これで3日間に渡りヒグマが人間を襲撃した獣害事件『風不死岳ヒグマ事件』は終結を迎えます。

 

被害は死者2名・重傷者3名。射殺されたヒグマは体重200㎏、体長1m70cmほどの推定年齢2歳5ヵ月のメスヒグマでした。メスのヒグマとしてはかなり巨大であり、その牙には人間の髪の毛が絡まりついていたそうです…。

 

 

 

風不死岳ヒグマ事件が起こった場所

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

風不死岳ヒグマ事件が起こった場所は“北海道千歳市支寒内・風不死岳の麓”です。

 

風不死岳(ふっぷしだけ)と読み、今なお活動を続けている“カルデラ火山”として2011年に『活火山』の認定を受けています。

 

標高1102.5mの山であり「ふっぷし」はアイヌ語で「トドマツのあるところ」を意味しますが、1954年の洞爺丸台風で大部分がなぎ倒されてしまい、今やその面影はありません。

 

事件現場は第一の襲撃が本山の9合目・二番目の襲撃はさらに低地の山の中腹域・そして死者を出した最後の襲撃は、山の麓であり加害グマは国道まで進出しています。

 

元々風不死岳は道内でも指折りのヒグマ生息地であり、タケノコや山菜狩りに訪れる人の中にはヒグマ対策として“ヘルメット”を被る人もいたそうです。

 

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襲撃現場が徐々に下降しているのは「人を襲う事を覚えてしまった」「親離れしたばかりのヒグマ」と言うのが最大の要因です。

 

風不死岳ヒグマ事件の加害ヒグマの推定年齢は2歳半。通常ヒグマは2~2年半ほど母親と行動を共にします。おそらく狩りの仕方も未熟であり、第一の事件で人間を仕留めるのは容易いことだとインプットされてしまったのでしょう。

 

狩りの下手さ加減で第一・第二の襲撃では犠牲者は出ませんでしたが、徐々に人を仕留めるコツを身につけて行ったと推測されます。

 

徐々に事件現場が麓に近づいているのも、加害ヒグマが人間を積極的に狩るための知恵をつけていった結果です。

 

 

 

 

風不死岳ヒグマ事件・なぜ登山の危険を選んだのか?

 

出典:Wikipedia

 

上記の画像は「チシマザサ」と言い、笹の仲間の植物です。別名「ネマガリダケ」とも呼ばれています。

 

なぜ?こんな植物を紹介するかというと、実は一連の事件の発端になった「タケノコ狩り」は私たちが普段口にしているタケノコではないからです。

 

このチシマザサ、通称ネマガリダケが「タケノコ」と呼ばれていたんですね。

 

苦みが少なく地元の特産品で、5月・6月に収穫可能な伝統的のある初夏の食べ物。山菜としての人気が高く、味噌汁や煮物にしたり直焼きし皮を剥いて食します。

 

そして北海道では古くから“おでん”の具として親しまれてきました。

 

出典:Wikipedia

 

このネマガリダケは風不死岳周辺に多く自生しており、かなりの高値で売買される代物です。その値段は7~8kgで10万円。70年代当時としては破格の賃金です。

 

要はこの『ネマガリダケ』収穫の欲につられ、警察の入山禁止措置も無視し風不死岳に入山してしまったのが最大の失態なのです。

 

それとは別に70年代当時でも周辺の町や村から、若者が次々に都市部へ移動し“限界集落化”していたという当時の世相も一因でしょう。

 

働き盛りを超えたお年寄りの収入減は早々あるものではありません。

 

そういった点でも自分の生活のために危険を顧みず、ヒグマが大量に生息している風不死岳へと足を運び続けた経緯があるのです。

 

その証拠に死者まで出した本事件が終息しても、当時の風不死岳はタケノコ狩りの人間で未だに溢れかえっていたほどなんです…。

 

 

 

風不死岳ヒグマ事件の被害者と遺体の損壊状況

 

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風不死岳ヒグマ事件により命を奪われた2名の男性は、2人とも脚の筋肉を全て食い尽くされた悲惨な状況でした。

 

これは狩りの腕が未熟な子離れ直後のヒグマが、2回目の襲撃時に木の根につまづき、その脚を加害ヒグマに晒してしまったからでしょう。

 

狩りの腕もまだまだ未熟なメスヒグマ。初めて食べようとした人間の部位を執念深く覚えていたと推測されます。ヒグマの性質として一度仕留めた獲物…本件の場合は「人間そのもの」ですが、ある意味狩りに成功した「脚」という部位を格好の餌と認識してしまったのでしょう…。

 

このヒグマ獣害事件で幸いだったのは、犠牲となった方々の亡骸をキチンと埋葬できたことでしょう。他のヒグマ獣害事件などでは、犠牲者の身体の部位が体内から発見されることも少なくありません。

 

出典:Twitter

 

また、成熟したヒグマは基本的に臆病で、余程の飢えがない限りわざわざ人間を襲う事はありません。ヒグマにとって人間は大型の獲物であり、反撃もしてくる厄介な獲物なんです。

 

そんなヒグマが2人の人間を襲ったのは、テリトリー侵害…つまり縄張りを犯したことも要因として挙げられます。

 

そしてヒグマの獣害事件の際、真っ先に狙われるのは身体の先端。つまり「頭部」「腕部」「脚部」など食いつきやすい場所だそうです。

 

 

 

 

風不死岳ヒグマ事件のその後

 

風不死岳ヒグマ事件が起こったのが昭和51年(1976年)、既に46年も前の出来事です。

 

その間、風不死岳の現状は余り変化がないと言っても過言ではありません。しかし過疎化に伴う人口減で、タケノコ狩りを行う周辺住民はほぼいなくなりました。

 

その代り、風不死岳に登る登山客とヒグマとの軋轢は増えつつあります。

 

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ヒグマ多発地帯という事は広く認識されていますが、SNSなどで登山が趣味の方の風不死岳レポートをよく目にします。

 

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この様に実際にヒグマと遭遇し、下山を余儀なくされる登山客もいるようですね。

 

出典:Twitter

 

写真の様に風不死岳入山口には未だに“熊出没注意”の看板が掲げられています。これらの看板などを見て初めて『風不死岳ヒグマ事件』を認知する方も多く、やはり風不死岳への無闇な入山は避けるべきでしょう。

 

まとめでも述べますがこの『風不死岳ヒグマ事件』は他の獣害事件の様に、メディアや書籍で取り上げられる機会が非常に乏しくなっています。事件からまだ40年余りという事も関係するのでしょうか?

 

その後の注意喚起等も徹底してもらいたいものです。

 

 

 

まとめ

 

残念ですが『風不死岳ヒグマ事件』は日本四大ヒグマ獣害事件である『三毛別羆事件』『福岡大ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件』『石狩沼田幌新事件』『札幌丘珠ヒグマ事件』と比べると、残された資料やその知名度が極端に低くなります。

 

書籍やWEB上にもほとんど事件の痕跡がなく、地元の方々が辛うじて風不死岳がヒグマ多発地帯という事実を知るのみでしょう。

 

しかし本獣害事件の特異性は他の四大事件と比べて、人間がネマガリダケ・タケノコ収穫という私利私欲のため、自ら危険地帯に足を運んでいるところです。

 

確かに稀少性があり高値で売れる“ネマガリダケ”、そしてタケノコ狩りがやや廃れた今日では登山スポットにも選ばれる風不死岳。過去に2名がヒグマの犠牲となり3名が重傷を負ったという事実を踏まえた上で、登山客たちには積極的に注意喚起をし、後世の記憶に残していきたい事件ですね。

 

 

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