雄別炭鉱は釧路市にある炭鉱跡地です。数々の悲惨な事故を起こしたためか、現在も心霊写真が撮れる、宜保愛子も恐れたやばい場所として知られます。
今回は雄別炭鉱について歴史、監視カメラやヒグマ出没の噂、雄別炭鉱病院跡地の霊安室についてまとめます。
この記事の目次
雄別炭鉱の歴史と場所(地図あり)
雄別炭鉱は北海道釧路市阿寒町の雄別地区にある炭鉱跡地です。一時期は国内でもトップクラスの石炭産出量を誇り、道内の経済と雇用を支えた場所でもありました。
雄別炭鉱は1917年(大正6年)に雄別地区に15の鉱区が開かれたことから運営が開始され、もとは北海道炭礦鉄道株式会社という会社が15の鉱区すべてを買収、経営していました。
しかし第一次世界大戦後に経営難に陥り、北海道炭礦鉄道株式会社は株式と経営権を三菱鉱業に譲渡。その後は炭鉱周辺に労働者やその家族が集って暮らす「企業城下町」もつくられました。
炭鉱全盛期には阿寒町雄別地区に労働者の子どもが通う小学校や中学校、病院、映画館などまで存在したとされます。
しかし1960年代に入ると日本でも石炭から石油へとエネルギー革命の波が押し寄せ、国内の炭鉱はどんどん閉山に追い込まれていきました。
雄別炭鉱も例外ではなく1970年2月に閉山を余儀なくされ、当時雄別地区に住んでいたおよそ15,000人もの住民たちも、生活の糧を求めて阿寒町の中心街や釧路市、関東などに散らばっていきました。
そのため雄別地区は炭鉱閉山後、数年でゴーストタウンと化し、現在も雄別炭鉱病院跡地などいくつかの建物は取り壊されずに放置されています。
雄別炭鉱の場所と行き方
釧路空港、もしくは最寄りの大楽毛駅から雄別炭鉱に向かう場合は、道道240号線を阿寒湖方面に北上していくと到着します。
右手に道道274号線が見えたあたりで左手にゴーストタウンと化した集落が見えてきますので、その一帯が雄別炭鉱の跡地です。
現在でも雄別炭鉱病院跡地、雄別炭鉱煙突はGoogle Mapに表示されるので、向かう場合には参考にするとよいでしょう。
なお雄別周辺は国有林であるため、道路から見学するだけではなく立ち入る際には入林許可が必要となります。立入禁止のゲートも設けられているので、これを超えて敷地に入ったとなると悪質な不法侵入だと見られても文句は言えません。
また林の中は電波が届かないため、興味本位で立ち入って道に迷ってしまうと外部と連絡ができなくなるおそれもあります。くれぐれも許可なく、雄別炭鉱の敷地内に立ち入らないようにしてください。
雄別炭鉱で起きた事故
かつての日本の炭鉱では地下深くに埋まった石炭を掘るために、主に「坑内掘り」という手法が採られていました。雄別炭鉱も例外ではなく、炭鉱夫の手による坑内掘りでの掘削が主流だったといいます。
坑内掘りの現場では狭い坑道を人の手で掘り進めて石炭採掘を続けるため、劣悪な環境での労働が強いられることが多く、坑内に充満したメタンガスが原因で爆発事故が起きることもありました。
雄別炭鉱でも1933年に大祥内坑でガス爆発事故が起こり、5人が死亡しています。そしてその後も下記のような爆発事故が相次いで起こりました。
- 1935年に雄別茂尻炭鉱でガス爆発・95名が死亡
- 1955年に雄別茂尻炭鉱でガス爆発・60名が死亡、負傷者17名
- 1969年に雄別茂尻炭鉱でガス爆発・19名が死亡、負傷者24名
ほかにも1967年に落盤事故で6人、1968年に崩落事故で4人が亡くなったことが記録されています。
このような事故は機械化される前の炭鉱作業では珍しいことではなく、現在でも鉱物や石油などの天然資源が豊富な途上国では、危険かつ劣悪な環境での労働が問題視されています。
しかし鉱山の規模が大きかったことから、雄別炭鉱は国内では目立つほどの数の事故を起こしてきました。犠牲者を多く生んだ悲惨な過去があるため、現在では北海道屈指の心霊スポットとして恐れられるようになったのかもしれません。
雄別炭鉱の現在
前述のとおり1970年に閉山されて以降、雄別炭鉱とその周辺は住む人のいないゴーストタウンとして放置されています。
そして現在も雄別地区には、雄別購買会、雄別炭鉱病院、雄別地区と釧路駅を結んでいた雄別鉄道の雄別炭山駅の旧駅舎などの建物が朽ち果てたまま残されています。
広大な敷地が無人のまま放置されていることから、雄別炭鉱は人気の肝試しスポット、心霊スポットとして有名になった雄別炭鉱ですが、2007年には経済産業省の近代化産業遺産にも登録されており、今後も現在の状態のまま保存される見通しです。
雄別炭鉱のやばい噂① 病院跡地では心霊写真が撮れる
心霊スポットとして知られる雄別炭鉱のなかで、もっともやばい、怖いと囁かれているのが炭鉱労働者やその家族を診察していたとされる雄別炭鉱病院跡地です。
この病院には炭鉱で起きた爆発事故や崩落事故の死者が多数運ばれた霊安室がある、爆発事故で亡くなった人の地縛霊が棲みついていて心霊写真が撮れるという噂があります。
ただ、雄別炭鉱で起きたガス爆発事故のうち、大規模なものは茂尻炭鉱で発生したことから死傷者はこの病院ではなく最寄りの赤平の病院に搬送されたのではないか?と考えられます。
実際に茂尻炭鉱から雄別炭鉱病院までは300kmも離れていますから、ここまで死傷者が運ばれた可能性はゼロに近いでしょう。そのため爆発事故で亡くなった方の霊が病院跡地に現れる、というのは都市伝説だと思われます。
なお、この病院は『失楽園』で知られる作家の渡辺淳一氏が医師としてかつて勤務していたことでも知られています。
雄別炭鉱のやばい噂② あるはずの霊安室と手術室が見つからない
雄別炭鉱病院の地下には霊安室と手術室があるはずなのに実際に行くとなぜか見つからない、という噂もあります。病院の地下が迷路のように入り組んでおり、霊安室と手術室を探して降りていくと、道に迷って出られなくなると恐れられているようです。
ほかにもネット上で有名な怖い話として知られているのが、雄別炭鉱病院の霊安室に閉じ込められてしまった女性の話です。
ある時、地元のヤンキーが若い女性を肝試しと称して無理やり雄別炭鉱病院跡地に連れてきた。
ヤンキーたちは面白半分に女性を廃病院地下にある霊安室に閉じ込め、ドアが開かないようにしてしまった。
しばらく女性は怖さを訴えて泣き叫んでいたが、急に静かになったため心配になったヤンキーが霊安室を開けてみると、まるで鬼のような形相の女性が掴みかかってきたという。
しかも先程までは黒かった彼女の髪の毛は真っ白になっており、変わり果てた姿になっていたそうだ。
雄別炭鉱病院から連れ出された彼女は、その後、精神病院に入院している。
霊安室に閉じ込められた女性は、部屋の中で世にも恐ろしいものを見たために発狂してしまったという結末です。
しかしこれらの噂はすべて作り話で、雄別炭鉱病院の地下にはもともと広さ3畳程度の物置部屋しかありません。病院開業時から、地下に霊安室や手術室は存在しないのです。
また近年では雄別炭鉱病院の地下は水没しており、立ち入ることも困難となっています。
ということで北海道ツーリング上陸2日目は釧路に移動しながら林道を10本近く(合わせて150キロ程)走破して雄別炭鉱跡行って歴史を堪能して廃病院には霊安室など無いことを知ってwからの釧路で入った旨い居酒屋「日米」にて轟沈w pic.twitter.com/iXPgmRGV71
— やさぐれ/8390 (@YSGR_DQN) July 19, 2015
雄別炭鉱のやばい噂③ 建物のなかは監視カメラだらけ
雄別炭鉱病院跡。
ダミーもありましたがセンサーやカメラがそこら中に設置してあって驚きました・・・ pic.twitter.com/FVCMLt42tm— ひろりん△あと18日頑張れば北海道 (@hiroring0323) October 31, 2020
雄別炭鉱病院跡地はそこら中に監視カメラが設置されているという噂もありますが、これは本当です。
以前は雄別炭鉱病院跡地に肝試しに訪れる人が多く、また地元の不良や暴走族のたまり場にもなっていたことから、廃病院のなかは壁や柱に落書きが多くされていました。
しかし詳細な時期は不明ですが、2018年から2019年にかけて建物内の補修がおこなわれたようで、壁や天井にセンサーライトや防犯カメラが取り付けられたのです。
監視カメラを設置したのは行政ではないらしく、釧路市のHPなどを見ても補修をしたという情報は見つかりませんでした。
しかし、これまでも雄別炭鉱周辺では地元の人達が草むしりや清掃をする様子が見られていたため、おそらく治安維持のために有志の方々によって設けられたものなのかと思われます。
出典:http://intheair.starfree.jp/
雄別炭鉱病院は武道館も手掛けた有名建築家の山田守氏による設計による名建築としても知られているため、雄別炭鉱が近代化産業遺産に指定されてからはいっそう熱心に保全活動がおこなわれているのかもしれません。
雄別炭鉱のやばい噂④ 煙突に子どもの霊が出る
出典:https://minkara.carview.co.jp/
雄別炭鉱に残っている巨大な煙突にまつわる怖い噂もあります。高さ50mを超す煙突のてっぺんには子どもの霊が現れ、こちらに向かって手を振ってくるそうです。
この子どもの霊に手を振り返してしまうと煙突の上まで連れて行かれてしまい、そこから突き落とされて殺されてしまうのだといいます。
また煙突が逆さまに見えることがあり、逆さの状態の煙突を目撃してしまった人は二度と雄別炭鉱から出られなくなるという話もあるようです。
雄別炭鉱のやばい噂⑤ 宜保愛子が除霊を恐れた
雄別炭鉱は最恐の霊能力者と謳われた宜保愛子さんが生前に訪れていて、怖すぎて除霊を拒んだ場所だと言われています。
実際に宜保愛子さんは30年ほど前に雄別炭鉱を訪れており、その様子は『霊視!宜保愛子の道東霊所巡り』として北海道放送で放送されました。そのため怖すぎて除霊をせずに帰ったという点は事実ではないのですが、宜保さんが雄別炭鉱で霊視を試みたというのは事実です。
上の動画は実際に宜保愛子さんが雄別炭鉱を訪れた番組を録画したもので、雄別炭鉱購買会で霊の供養をおこなっている様子が見られます。
宜保さんによると購買会付近には炭鉱夫の霊が複数いるようで、なかには「自分の居場所はここにしかない、娑婆に帰ると捕まる」「帰る場所もない、ここにいるしかない」と語る霊もあったそうです。
なお、この番組がきっかけとなって、北海道内で雄別炭鉱が心霊スポットとして認知されるようになったとも言われています。
雄別炭鉱のやばい噂⑥ ヒグマが出没する
雄別炭鉱に関する話の中で、もっとも危険度が高く、やばいと言われているのが炭鉱跡地にヒグマが出没するという噂です。
釧路市が公開しているヒグマ出没マップによると、雄別炭鉱のある阿寒町周辺でヒグマの目撃情報が相次いでいることがわかります。
また釧路市内ではエゾシカも頻繁に目撃されているため、こちらにも注意が必要です。ヒグマよりは危険度が低いものの、興奮した鹿に体当たりをされた場合は骨折するおそれもあります。
雄別炭鉱周辺の林ではスマホや携帯電話の電波も入らないため、万が一ヒグマやエゾシカに遭遇して危険な目に遭っても助けを呼ぶことが困難です。このことから考えても、安易に雄別炭鉱の敷地内に入るのは避けるべきでしょう。
雄別炭鉱のまとめ
この記事では北海道屈指の心霊スポットとして知られる雄別炭鉱の歴史や、ネット上で囁かれているやばい噂などについて紹介しました。
掘削作業中に爆発事故や崩落事故が起きて死傷者が多く出たことから、霊が出ると話題になった雄別炭鉱ですが、現在では文化遺産にも登録されており、許可なく中に入ることはできません。
ただ布伏内コミュニティセンターには雄別炭鉱の資料が数多く展示されており、阿寒町も町おこしとして炭鉱の歴史を学ぶツアーを開催しているようです。雄別炭鉱に行ってみたい、栄えていた頃の炭鉱の様子が知りたいという方は、こういったものを利用すると良さそうですね。