ヴォイニッチ手稿は1912年にイタリアで発見されたという古文書で、解読不能の文字と奇妙な絵で記されている奇書です。この記事ではヴォイニッチ手稿の内容や正体、全文を読む方法やダウンロードの可否、危険と言われる理由を紹介していきます。
この記事の目次
ヴォイニッチ手稿とは
出典:https://www.independent.co.uk/
『ヴォイニッチ手稿』とは1912年にイタリアの古物商、ウィルフォリド・ヴォイニッチによって発見された古文書です。
大きさは縦23.5 cm 、横 16.2 cm 、厚さ 5 cmで、現存する部分だけで240ページからなります。(少なくとも28ページが落丁していると言われている)。
全編、羊皮紙に手書きで綴られており正式なタイトルは不明。そのため発見者の苗字をとって、このような仮称がつけられました。
中身は独特なタッチで描かれた奇妙な絵と、絵の隙間を埋めるようにびっしりと書かれた文章で構成されており、既知のどの言語とも異なる文字が使われていることが最大の特徴です。
内容は「植物」「天文学」「生物」「薬草学」などに分かれていることなどが明らかになっていますが、文字だけではなく挿絵も大半が実在する生物や植物などとはかけ離れた動植物を描いているため、具体的に何のことを記しているのか未だに解釈がわかれています。
後述しますがウィルフォリド・ヴォイニッチの手に渡る前に、数人の権力者らの手に渡っていたことが判明しており、その来歴もいっそうこの古文書の謎を深めています。
ヴォイニッチ手稿の内容
『ヴォイニッチ手稿』は大きく分けて4つの内容にわかれていると考えられています。
最初に120ページもの分量を割いて現存するどの種にも似ていない謎の植物が描かれた「植物の部」。
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次に約20ページに渡って円形の図に星のような記号が描かれた「占星術」の部。
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続いて女性と植物のような生物が描かれた「生物」の部。女性しか描かれていないこと、生命の誕生や妊娠を暗喩しているような絵もあるため、生殖に関する内容なのではないかとも考察されています。
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最後は約20ページに渡ってさまざまな植物の根のようなものだけが描かれた「薬草学」の部。
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見開きで右側のページの右上に通し番号がふっており、それによると「12、59、60、61、62、63、64、74、91、92、97、98、109、110」に該当する合計28ページが欠落していることが判明しています。
また、使用されている羊皮紙のサンプルを放射性炭素年代測定にかけたところ、古ければ手稿が作られたのは1404年とされており、手稿の取引履歴からは1600年頃に作成されたのではないかと考察されています。
ヴォイニッチ手稿の作者
作者の名前なども記載されていないことから、『ヴォイニッチ手稿』は誰によって書かれたものなのかもはっきりとはわかっていません。ここでは『ヴォイニッチ手稿』の作者として有力視されている2人の人物について紹介していきます。
①ロジャー・ベーコン説
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『ヴォイニッチ手稿』は、1912年にイタリアのイエズス会派修道院ヴィラ・モンドラゴーネで発見されました。
発見者のウィルフォリド・ヴォイニッチは珍本を主に扱っていた古物商で、ひと目見て興味を惹かれ、『ヴォイニッチ手稿』を手に取ったといいます。
というのも、この古文書にはラテン語で書かれた以下のような内容の手紙が添付されていたのです。
いとも尊く名高き猊下
初めてこの本を見た時から、あなたにご覧いただきたく感じておりました。キルヒャー猊下、これを読み解けるのはあなたのほかにおりますまい。
②エドワード・ケリー説
ヴォイニッチ手稿の文字
上の画像の文字が『ヴォイニッチ手稿』で使われているものです。この文字は既知のどの文字とも異なり、解読に挑んだ人々は「サイファ(文字単位での暗号)ではないか」と推察しました。
そのためラテン語などに置き換えていけば読めるのではないかと考えられ、文字を置き換えるルールが探られました。
サイファによって書かれた文章を解読する際には、「頻度解析」という手法がメジャーだといいます。
頻度解析とは文章によく出てくる文字をピックアップし、他の言語でよく使われる文字(英文ならば「e」がもっとも使われる)に置き換えて、文章の流れを推測しながら置き換えを進めるという解読方法です。
しかしながら『ヴォイニッチ手稿』は手書きの筆記体で綴られていることも手伝って、1文字の切れ目がわからない、どこを抽出して1文字とするのか判断が付きづらい、という問題が発生し、やはりここでも解読者の意見が分かれてしまったといいます。
ヴォイニッチ手稿の解読と考察① 万能薬のレシピが書かれているという説
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『ヴォイニッチ手稿』を手に入れたウルフォリド・ヴォイニッチは、解読とこの本の来歴について調べようとしました。
ヴォイニッチ手稿の解読と考察② ベーコンによる実験ノートという説
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『ヴォイニッチ手稿』の解読に取り組んだアメリカの弁護士、ジェームス・マーティン・フューリーは、この手稿はロジャー・ベーコンの私的な実験ノートだったのではないかと結論づけました。
フューリーは挿絵の横に沿えられた短い文章はキャプションではないかと考え、かねてから「女性の子宮と卵巣を暗喩した絵ではないか」と指摘されていた下の絵に着目し、向かって右側に書かれた言葉の意味は「卵巣」だと仮定しました。
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そしてこの言葉をラテン語で子宮を示す「femminino」に照らし合わせ、ほかの文の解読も進めていったのです。
すると文章自体は意味不明ながらも、「十分な湿気」「反芻」「女性」「その後」「下に」といった単語が繰り返し書かれていることがわかったといいます。
そのためフューリーは、この手稿は目の前で起きていることを書き留めたものなのではないか、と考えたのです。そして謎の文字については実験結果を速記をするために、ベーコンが作り出したオリジナル文字だったのではないかと結論づけました。
しかしながらフューリーの説では以下のような矛盾が生じます。
・手稿には修正跡が見られない。実験結果を書き写しているのなら、書き損じや修正があるはず。
・手稿の構成を見る限り、まず絵を描いてから隙間に文字を描いている。実験ノートだとすると、先に絵を描くのは不自然ではないか。
たしかにこの反論は真っ当なもので、現在ではフューリーの説は誤りだという見方が一般的です。
ヴォイニッチ手稿の解読と考察③ 人工言語を作成しようという試み説
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暗号解読のエキスパートも『ヴォイニッチ手稿』の解読に挑戦しています。太平洋戦争時に日本軍が使用していた「紫暗号」を解読したウィリアム・フレデリック・フリードマンも、手稿の解読に取り組んでいました。
フリードマンは『ヴォイニッチ手稿』に興味を持っており、解読のための費用を軍に申請するほどだったといいます。しかし、軍からは「あんなものを解読したところで、古びた植物図鑑ができるだけだ」と予算を拒否してしまい、共に「紫暗号」の解読に取り組んだ有志と独自に手稿の解読に取り組んだとされます。
研究者らしい完全主義者であったフリードマンは、生前に自分の成果や進捗を発表することはありませんでした。
しかし、フリードマンが亡くなった翌年の1970年に『季刊哲学』という雑誌に彼が遺したとされる解読結果が掲載されたのです。
それによると『ヴォイニッチ手稿』は「ア・プリオリタイプの人工言語を作成しようとする試みだった」といいます。
ア・プリオリタイプの言語とは、既存のいずれの言語とも異なる構造を持ち、既知の言語に基づかずに作られた人工言語のことです。
フリードマンは人工言語作成の過程で試験的に書かれた書物が『ヴォイニッチ手稿』だったのではないか、と結論づけました。
しかしフリードマンはこれ以上の情報を残しておらず、以降にこの説を受け継いで研究し、成果を出している研究者もいません。そのため彼の説が正しかったのか否かは残念ながら判明していないのです。
ヴォイニッチ手稿の解読と考察④ デタラメ・偽書なのではないかという説
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『ヴォイニッチ手稿』は完全な偽書なのではないかとする説もあります。多くの人々、著名な暗号研究者までもが手稿の解読に取り組んでいるにもかかわらず、何もわかっていないのは内容がないからではないのか、デタラメを書いてるからなのではないかと言われているのです。
偽書、デタラメであるとする人々は『ヴォイニッチ手稿』の作者は前述のエドワード・ケリーではないかと指摘しており、霊媒師を騙った詐欺師だったという疑惑もあるケリーならばデタラメの書物を作成していても不思議ではないと主張しています。
また、2004年にはイギリスのキール大学で数学科の講師を務めるゴードン・ラグ氏は、手稿は「ガルダン・グリル」という道具を使って書かれたのではないかとも指摘しています。
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カルダン・グリルとは穴の空いたテンプレートのようなものです。マス目に書かれた文字の羅列の上にこれを置き、その穴から見える文字を書き写していきます。
穴の場所をずらしながら文字を書き起こしていくと、一見して意味不明でありながらも文章らしい記号の羅列が完成するのですが、『ヴォイニッチ手稿』も、このカルダン・グリルを使って書かれたデタラメなのではないかというのです。
ラグ氏によるとこの手法であれば3ヶ月ほどで手稿が完成するはず、とのことです。
ヴォイニッチ手稿の正体がついに判明した?
2017年9月5日、イギリスの歴史学者ニコラス・ギブズがついに『ヴォイニッチ手稿』の正体が判明したとして文学誌『The Times Literary Supplement』に解読結果を発表しました。
ギブズ氏によると『ヴォイニッチ手稿』の正体は当時流通していた医学書の中身を寄せ集めたものでとくに女性向けの健康法を記しているとのこと。
ギブズ氏は「ここまで解読に手間取った理由は、過去に解読に挑戦してきた人々が古書について知識が足りなかったから」と断じており、自身は歴史学者としての知識を活かして『ヴォイニッチ手稿』が書かれたとされる時代の文献にあたり、描かれた挿絵の類似点などから医学書だと判断したといいます。
また、ギブズ氏は手稿内で使われている謎の文字も古代ギリシャの医薬品書に使われているラテン語の略語と似通っているとして、上の図のように「aq=aqua(水)」「ris=radacis/radix(根)」と解読を進めたそうです。
ギブズ氏の説への批判
しかしながらギブズ氏の説には世界中の暗号解読学者やアマチュアの暗号愛好家から反論が寄せられており、「単に内容を考察する説が1つ増えただけで、これで解読完了とは認められない」との意見が大勢を占めています。
・批判派はギブズ氏の説について以下のように指摘しています。
・単に自分の主張に沿う文節を抜き出して、解読できた!と言っているに過ぎない。
・恣意的に自分の説に沿うように文字を解読している。
・単なる考察の1つに過ぎないものを権威のある『The Times Literary Supplement』誌が報じたことで大事になった。
また、ギブズ氏は「『ヴォイニッチ手稿』は目次が落丁しており、そのせいで解読が困難になった」と語っていました。たしかに落丁ページがあるのは確認されているのですが、目次も落丁しているのか、そもそも目次があったのかどうかは判明していません。
ヴォイニッチ手稿は危険?後ろから29ページの意味とは
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一時期ネット上では『ヴォイニッチ手稿』は危険と囁かれたことがあります。これはかつて2ちゃんねるのオカルト板に建った「ヴォイニッチ手稿読めるけど、質問ある?」というスレッドから発生した噂です。
このスレ主は「自分は異世界(植生植物の世界)と現世を行き来できる能力を持っており、『ヴォイニッチ手稿』の作者も同じ能力を持っていたため、手稿の解読ができる」と説明しており、手稿の内容については以下のように書き込んでいました。
・『ヴォイニッチ手稿』は人間と植生植物の関係やアダムとイブの関係について記された本。
・非常に危険な内容を含む。また、悪用されると危険なため、全文解読したものを公表することはできない。
・人間の戦争によって現世は滅びる。
・近いうちに現世と異世界の魂の交換が行われる。
・魂の交換は浄化のために行われ、交換されるのは第一から第九宇宙の生物のみ。(植生植物の世界と地球は第三宇宙にあり、植生植物の世界のほうが上位)
・『ヴォイニッチ手稿』の作者は第三宇宙の管理人ヴォイニッチの生まれ変わり
後ろから29ページ目が怖い?
このやりとりのなかで話題となったのが、「『ヴォイニッチ手稿』の後ろから29ページには何が書いてあるの?」という質問に対する、スレ主の「植物の名前と危険性、食べれるかについて書いてあります」という答えです。
こう聞くと食べられる野草、毒のある野草の見分け方のようなものが書かれているだけという印象です。しかし、時期を前後してオカルト板に建った「ヴォイニッチ手稿が読めるかもしれません。」というスレに書かれていた以下の内容とあわせると怖いと噂されるようになったのです。
人間が植物を有効利用するマニュアル的なものではなく、植物が人間を利用して生命活動を維持する、ということです。
スレ主は『ヴォイニッチ手稿』の内容は上位の存在である植物が人間を有効利用する世界の話を記したものと書き込んでおり、たしかにこのスレを読んでから後ろから29ページの内容を知ると「植物の危険性」「食べれる」という言葉が物騒に感じられます。
どちらも2ちゃんねるのスレ発祥のネタではありますが、植物だけの世界がある、植物が人間よりも上位という設定はスレ民にも好評だったようです。
ヴォイニッチ手稿は全文ダウンロード可能
『ヴォイニッチ手稿』の原本は現在米国イェール大学のバイネッケ・レアブック・マヌスクリプト図書館に所蔵されていますが、全文pdfファイルで公開されており、以下のページから無料でダウンロードが可能です。
https://shkspr.mobi/blog/2013/08/voynich-manuscript-ebook/
ヴォイニッチ手稿についてのまとめ
今回は史上もっとも謎めいた奇書の1つに数えられる『ヴォイニッチ手稿』について、内容や解読結果、危険と言われている理由をふくめて紹介しました。
大々的にギブス氏の説で解読完了と報じられた後も、アマチュアから暗号のプロまでさまざまな人が『ヴォイニッチ手稿』の本当の正体を求めて解読に挑戦しており、現在も定期的に結果が発表されています。
ルドルフ2世の時代には、数千万円で取引されたとされる『ヴォイニッチ手稿』。興味のある方はダウンロードしてみてはいかがでしょうか。